ユベントス退団のブッフォンが有終の美!今後のキャリアは「限界がどこにあるのかを見極める」
2021.05.20 14:25 Thu
元イタリア代表GKジャンルイジ・ブッフォンが、ユベントスで最後のトロフィー獲得に喜びの言葉を残している。『フットボール・イタリア』が伝えた。
今季限りでのユベントス退団が決定しているブッフォン。19日に最後の試合となるであろうコッパ・イタリア決勝のアタランタ戦に臨んだ。チームは31分にFWデヤン・クルゼフスキのゴールで先制すると、41分にMFルスラン・マリノフスキーのゴールで追いつかれるも、73分にFWフェデリコ・キエーザが決勝ゴール。
ブッフォンにとってはこれが6度目のコッパ・イタリア制覇で、パルマでチームメイトだったエンリコ・キエーザに並ぶ最多記録に。通算20年過ごしたユベントスで有終の美を飾ることになった同選手だが、大きな満足感に包まれているようだ。
「このような形で終えられたことは、私にとって誇りであり、とても幸せなことだ。また、この勝利をチームメイトやファンの皆と分かち合えたことは、ケーキに仕上げのデコレーションをしたようなものだ」
「ファンやユーベに携わる人たち、チームメイトに監督たちは常に私の人生の一部だ。この関係が終わったからといって、それで終わりではない。私はユーベの全世界のために、大きな愛とプロ意識と勇気を与えられたと思う。そのことを誇りに思うよ」
また、今後のキャリアについて、引退の可能性は示唆しながらも、現役を続けていく熱意を強く示した。
「夢を見て、新しい地平線、新しいプロジェクト、新しいチャレンジで自分を充電できたら幸せだ。勝てないかもしれないが、そこは気にしていない。私がプレーしてきたのは、トロフィーを得るためではなく、旅に出るため、自分自身に挑戦するためだった。それが私の存在の本質なんだ」
「私は今でも自分自身に挑戦し、旅をして、自分の体、エネルギー、本質の限界がどこにあるのかを見極める必要がある。先週も言ったが、何が起こるかわからない。私は愛する家族のいる幸せな男だから引退するかもしれない」
「しかし、もし私よりももっとクレイジーな人が連絡してきて、もっと素晴らしいことを想像させてくれるのなら、その人について行こうと思う」
今季限りでのユベントス退団が決定しているブッフォン。19日に最後の試合となるであろうコッパ・イタリア決勝のアタランタ戦に臨んだ。チームは31分にFWデヤン・クルゼフスキのゴールで先制すると、41分にMFルスラン・マリノフスキーのゴールで追いつかれるも、73分にFWフェデリコ・キエーザが決勝ゴール。
ブッフォンにとってはこれが6度目のコッパ・イタリア制覇で、パルマでチームメイトだったエンリコ・キエーザに並ぶ最多記録に。通算20年過ごしたユベントスで有終の美を飾ることになった同選手だが、大きな満足感に包まれているようだ。
「ファンやユーベに携わる人たち、チームメイトに監督たちは常に私の人生の一部だ。この関係が終わったからといって、それで終わりではない。私はユーベの全世界のために、大きな愛とプロ意識と勇気を与えられたと思う。そのことを誇りに思うよ」
「すべての物事には終わりがある。私は43歳になった。この年齢になると、人気のない、奇妙な、あるいは狂っているとさえ思えるような選択をしなければならない。しかし、私がこのように43歳になれたのは、あの小さな狂気の火花のおかげで、人生のあらゆる瞬間に限界を設けず、夢を持つことができたからだ」
また、今後のキャリアについて、引退の可能性は示唆しながらも、現役を続けていく熱意を強く示した。
「夢を見て、新しい地平線、新しいプロジェクト、新しいチャレンジで自分を充電できたら幸せだ。勝てないかもしれないが、そこは気にしていない。私がプレーしてきたのは、トロフィーを得るためではなく、旅に出るため、自分自身に挑戦するためだった。それが私の存在の本質なんだ」
「私は今でも自分自身に挑戦し、旅をして、自分の体、エネルギー、本質の限界がどこにあるのかを見極める必要がある。先週も言ったが、何が起こるかわからない。私は愛する家族のいる幸せな男だから引退するかもしれない」
「しかし、もし私よりももっとクレイジーな人が連絡してきて、もっと素晴らしいことを想像させてくれるのなら、その人について行こうと思う」
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世界一にもなれた稀代の創造主、ファン・セバスティアン・ベロン
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ディ・グレゴリオがユベントスの一員として古巣インテル戦へ…感謝語る「13歳で父を亡くした僕にもっとも寄り添ってくれたのがインテルの大人たち」
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1チームに1人欲しかった“万能型サイドバック”、ジャンルカ・ザンブロッタ
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ユベントスのレジェンドであるレオナルド・ボヌッチ氏(38)が来季、ユースチームの監督かファーストチームのコーチとして復帰する可能性があるようだ。イタリア『トゥットスポルト』が報じている。 ユベントスで8度のセリエA制覇に貢献したボヌッチ氏は昨季、ユベントスを退団。ウニオン・ベルリン、フェネルバフチェでプレーした後、昨年5月に現役を引退していた。 そのボヌッチ氏は今週始め、ユベントスのサッカー組織関係部長を務め、来季はGMに就任することが濃厚な盟友ジョルジョ・キエッリーニ氏、スポーツ・ディレクターのクリスティアーノ・ジュントリ氏と共に会食をしていたとのこと。 引退後は監督業のライセンス取得に励み、現在はU-20イタリア代表のコーチを務めているボヌッチ氏だが、古巣帰還となるだろうか。 2025.05.17 13:00 Sat4
【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.35“カペッロ・ユーベ”失意のカルチョーポリ/ユベントス[2005-06]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.35</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">2005-2006シーズン/ユベントス 〜カペッロ・ユーベ〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/2005-06juventus.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:ファビオ・カペッロ(59) 獲得タイトル:セリエA(後にカルチョ・スキャンダルで剥奪) 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力10:★★★★★★★★★★ タレント9:★★★★★★★★★☆ 連係9:★★★★★★★★★☆ 選手層8:★★★★★★★★☆☆ </p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">失意のカルチョーポリ</div> 名将・カペッロが就任した前シーズンにスクデットを奪還したユベントスは、この2005-06シーズンで圧巻の強さを見せる。当時のセリエA記録(2013-14シーズンのローマに開幕10連勝で破られた)となる開幕9連勝を達成すると、前半戦を17勝1分1敗という成績で終える。後半戦では無敗を維持しながら首位を独走し、追いすがるミランを振り切ってセリエA連覇を達成した。 しかし2006年4月、カルチョを震撼させる事件が起きる。イタリアサッカーに絶大な影響力を持つユベントスのモッジ会長を中心に八百長が行われていたことが発覚。2004-05シーズンとこのシーズンにユベントスが獲得したスクデットが剥奪され、クラブ史上初のセリエB降格となる処分を下される憂き目に遭った。 この影響で、ファビオ・カンナバーロやイブラヒモビッチといった2連覇に貢献した主力選手が相次いでチームを離れ、イタリア屈指の名門が地に落ちることとなる。それでも、デル・ピエロやネドベド、ブッフォンらスター選手が残留したチームは、翌シーズンに圧倒的な強さでセリエBの首位を走り、1年間でセリエAに舞い戻った。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">THE・ソリッド</div> ミランで黄金期を築き、ローマにスクデットをもたらしたカペッロは、ユベントスでも自らのスタイルを信条に隙のない非常にソリッドなチームを作り上げた。アーセナルからヴィエラを獲得し、磐石のセンターラインを築き上げると、堅守から前線のタレントを生かしたカウンターで得点を奪った。 守備面ではブッフォンがケガで出遅れたものの、アッビアーティが確実にその穴を埋め、カンナバーロやテュラムを中心に堅守を見せる。右サイドバックには全盛期のザンブロッタがアップダウンを繰り返し、左では売り出し中のキエッリーニとバルザレッティが果敢なプレーで攻守に貢献した。 中盤ではダブルボランチのエメルソンとヴィエラが抜群のフィルター能力で安定をもたらす。両サイドには円熟味あるプレーでチームを牽引するネドベドと、卓越したテクニックから精度の高いパスを供給するカモラネージを擁し、質の高い攻撃を披露した。 前線では、2年目ながら前線の軸となったイブラヒモビッチが、ゴール前で真価を発揮するトレゼゲと2トップを形成。クラブのバンディエラであったデル・ピエロはベンチを暖める日々が多かったが、ピッチに出ればゴールで監督の起用に応えた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">DFファビオ・カンナバーロ(32)</span> 176cmとセンターバックとしては小柄ながら、それを補って余りあるジャンプ力を誇る。このシーズンは、対人プレーの強さや抜群の読みなど、ディフェンダーとして完璧なパフォーマンスを披露。パルマ時代のチームメートであるブッフォンとテュラムとともに鉄壁の守備を築いた。さらに、シーズン後に開催されたドイツワールドカップ2006ではアッズーリを優勝に導き、ディフェンダーながらその年のバロンドールを獲得した。 2019.04.20 22:00 Sat5
