W杯2次予選は日本でセントラル開催の裏側/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.05.14 21:15 Fri
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JFA(日本サッカー協会)は13日、カタールW杯アジア2次予選の残り6試合が日本でのセントラル開催になることと、その対戦スケジュールを発表した。

まずは5月28日、フクダ電子アリーナでのミャンマー戦(19時30分キックオフ。無観客試合)でスタートする。軍事クーデターにより政情が不安なミャンマーだが、13日の理事会後、須原専務理事は次のように見通しを語った。

「ミャンマー協会とは密に連絡を取っています。協会から『行ける』と連絡が来ていますし、日本で練習もしたいと言っている。我々としては受け入れ態勢を整えるだけで、まだ来日のフライトまでは決定していません」

ミャンマーに対しては市民への発砲など人権問題で国際的に批判が集中しているものの、「いまのところ、その議論は出ていません。(日本政府への)入国許可はこれから取ります」(須原専務理事)ということだった。

サムライブルーはその後、札幌に移動してキリンチャレンジカップのジャマイカ戦(19時30分)、7日はパナソニックスタジアム吹田でのタジキスタン戦(19時30分)があり、同日はヤンマースタジアム長居でキルギス対モンゴル戦(16時)もある。

11日は再びキリンチャレンジカップのセルビア戦(19時25分)がノエビアスタジアム神戸で開催され、ミャンマー対キルギス戦がヤンマースタジアム長居で行われる(16時)。そして15日にサムライブルー対キルギス戦(19時25分)がパナソニックスタジアム吹田で、タジキスタン対ミャンマー戦(19時25分)がヤンマースタジアム長居で開催される予定だ。

新型コロナウイルスの感染が拡大するなかでサムライブルーの活動が決定した背景について、須原専務理事は「基本ポリシーは2つです。まず関係者の安全の確保、次いで政府・自治体の考えと一致させること。中止や延期は想定していませんが、その時の状況を考慮し、タイムリーに動いていきたい。3月の経験と知見があり、安全な準備態勢を取りたい」と、3月の韓国戦やモンゴル戦、U―24アルゼンチンとの2試合などが評価されたことを強調した。

当初W杯予選はオーケーでも、セルビア戦は中止になることが危惧された。この点についても「強化試合は公式戦のパフォーマンスを上げるためと話して理解してもらった」と須原専務理事。さらに今回の特例について「W杯予選と五輪の準備は大切なポイント」とも話した。

今週初めのNPBとJリーグの対策連絡会議でも、政府は緊急事態宣言を継続しながら、プロ野球とJリーグの有観客試合を自ら認可した。それと同じように、5月31日で緊急事態宣言が解除されるかどうか分からない状況で政府・自治体がサムライブルーの活動を認可したのは、3月の実績があるとはいえ、東京五輪開催のためのプロパガンダと思えてならない。

3月と同様に、海外から訪れる選手はバブル方式で対処し、公共交通機関を使わず、札幌への移動はチャーター機を用意し、ホテルに隔離し、定期検査を欠かさず実施。さらに必要な措置を政府と自治体と議論する予定だ。

サムライブルーだけでも来日するチームはジャマイカ、セルビア、ミャンマー、モンゴル、キルギス、タジキスタンの6チーム。これに日本の海外組を加えたら、バブル方式での対処はかなりのコストがかかるはず。

さらに6月上旬はU-24日本代表の強化試合が博多と豊田であり、なでしこジャパンは広島、栃木での試合が予定されている。対戦相手が各1試合なら4チームが来日する計算になり、サムライブルーと合わせれば10チーム×23人で230人の選手に加え、監督やコーチなどのスタッフを含めれば300人近くの大所帯になるだろう。そんな彼らが日本列島を大移動する。

だからこそ、「五輪のシミュレーションになる」とも言える。他の競技ではここまで来日チームを招聘できないだろうし、バブル方式やPCR検査などのノウハウもサッカー界はここ1年で蓄積してきた。JFAとしてはW杯予選を実施したいし、五輪でメダルを獲得したい。一方の日本政府は、国内外からの逆風に対して感染者を出さず、無事に国際大会を開催できれば安全のアピールになる(それも身銭を切らず)。

そうした日本政府の思惑(だったとして)を癪に感じているのは僕だけではないだろう。

最後に改めてアジア予選の現状を確認した。グループFの日本は現在5連勝で勝点15の首位で、あと1勝すればグループリーグ突破が決まる。残り1試合で勝点3の最下位モンゴルは予選敗退が決定。残る1枠を勝点10のタジキスタン(残り2試合)、同7のキルギス(残り3試合)、同6のミャンマー(残り3試合)が争っている状況だ。

日本がミャンマー戦に勝利して予選突破を決めたら、2位争いに注目してみるのも面白いのではないだろうか。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた


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JFA100周年で歴代ベストマッチ10/六川亨の日本サッカー見聞録

去る9月10日、JFA(日本サッカー協会)は創設100周年を迎え、舞浜にあるシアターで200人以上のゲストを招いて記念式典を開催した。JFAの前身である大日本蹴球協会(戦後に日本蹴球協会と名称を変更)が誕生したのは1921年(大正10年)9月10日のことだった。 日本サッカー協会と改称したのは1974年と、西ドイツW杯が開催された年のため“クライフ旋風”を記憶しているオールドファンも多いだろう。それでも半世紀も前のことだから、改めて月日の流れる早さを感じずにはいられない。 式典にはFIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長も祝福のビデオメッセージを寄せるなど祝賀ムードに包まれた。そしてゲストには、釜本邦茂氏をはじめとするメキシコ銅メダル組はもちろんのこと、日本人プロ第1号の奥寺康彦氏、サッカー教室で日本全国を回り普及に貢献したセルジオ越後氏、18年にJFAの殿堂入りしたラモス瑠偉氏らが元気な姿を見せて関係者と旧交を温め合っていた。 記念式典では日本サッカーの歴史を振り返りつつ、ゲストがステージに登壇して当時の思い出を語ったが、もう一つ興味深かったのが、JFAのサポーティングカンパニーである朝日新聞社が企画した「あなたが選ぶ、日本サッカー名勝負」の発表だった。 こちらはタブロイド版8ページの新聞でベスト29(同数で並んだ試合があるため実際はベスト32)まで発表されたので、そのうちのベスト10を紹介しよう。W杯か五輪絡みの試合が上位に来ていることは、読者の想像通りである。 まず10位(56ポイント)は意外にも、日本代表の試合ではなく2016年12月18日のクラブW杯決勝、レアル対鹿島の試合だった。初めてクラブW杯に出場した鹿島が難敵を退けて決勝戦に進出。レアルとの決勝では柴崎岳が2ゴールを決めて“白い巨人”を慌てさせた試合といえば、思い出す読者もいるのではないだろうか。 9位(61ポイント)は、オールドファンの得票が多かったのだろう。1968年10月24日のメキシコ五輪3位決定戦で、日本が釜本氏の2ゴールでメキシコを2-0と下し、銅メダルを獲得した試合だ。その後、日本は12年ロンドン五輪と21年東京五輪で3位決定戦に勝ち進んだが、あと一歩及ばすメダルを逃している。もしも銅メダルを獲得していれば、メキシコ五輪より上位にランクされたのかどうか。こちらは24年のパリ五輪で確かめられることを期待したい。 8位(80ポイント)も意外なようで、「なるほど」と納得できる選出だ。1995年5月15日といえば、もうお分かりだろう。記念すべきJリーグの開幕戦、オランダ人ストライカーのマイヤーのミドルシュートで先制したヴェルディ川崎だったが、1979年ワールドユース得点王のラモン・ディアスの決勝点で横浜マリノスが2-1と逆転勝利を収めた試合だ。ディアスはその後もゴールを重ね、Jリーグ初代得点王に輝いた。 7位からはW杯の試合が登場する。まずは2002年日韓W杯グループリーグ初戦、日本対ベルギーの試合だ(81ポイントと7位とは僅差)。埼玉スタジアムでの開幕戦、ビルモッツのゴールで先制された日本だったが、小野伸二のタテパスに鈴木隆行が足を伸ばして同点ゴールを押し込む。その後も稲本潤一がドリブル突破から逆転シュート決めたものの、追いつかれて2-2のドロー。しかし日本はW杯初の勝点1をゲットした。 6位も同じく日韓W杯のグループリーグ、日本対ロシア戦(91ポイント)だった。舞台を横浜国際(日産スタジアム)に移しての第2戦、日本は初戦で負傷した森岡隆三に代わり宮本恒靖が3バックの中央に入った。そして中田浩二の左アーリークロスをゴール中央で柳沢敦が落とすと、走り込んだ稲本が右足で突き刺し決勝点。勝点を4に伸ばし、決勝トーナメント進出に大きく前進した。 5位は、予想通りベストテン入りした試合だが、もっと上位にランクインしてもいい試合ではないかと思った。ここらあたり、もしかしたら投票者の年齢層が関係しているかもしれない。といったところで、ベスト5の紹介は来週に譲りたい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.09.18 10:40 Sat
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クラブW杯ってあったの?/六川亨の日本サッカー見聞録

FIFAクラブW杯が今年日本で開催されることを知っているサッカーファンはどれだけいるだろうか? 当初の予定では12月9日から19日にかけて、首都圏を中心に開催される予定で、先シーズンのCLを制したチェルシー、オセアニアからはオークランド・シティ(ニュージーランド)、アフリカからはエジプトのアル・アハリの出場が決まっていた。 これに今シーズンのJ1リーグ王者と、川崎F、名古屋、C大阪が勝ち残っているACLの覇者、そして南米と北中米の優勝チームの計7チームが参戦して開催される予定だった。 しかし9日に開催されたJFA(日本サッカー協会)理事会で、「新型コロナの予測が難しい」ことに加え、「有観客で開催できるかどうかも不透明」(須原専務理事)なことから、日本は開催を返上することを決定した。 有観客にすると、世界中から選手と関係者に加えて各チームのファン・サポーターも集まる可能性がある。感染の拡大を防止するためにはそれなりの処置が必要になるものの、有観客にしたとしてもEUROの決勝のように5万~6万の入場者を入れることは日本ではできない。上限を制限するのは当然として、そうなると入場料収入の減少は避けられないだろう。 このためFIFAとは開催を見送る方向で協議を重ねてきた結果、JFAは開催の返上を正式に決めFIFAに通達した。今後の代替開催についてはFIFAが検討することになる。 そしてクラブW杯の開催を返上したことで、天皇杯の日程も正式決定した。すでに準々決勝は10月27日に開催されることは決まっていたが、9日の理事会で準決勝は12月12日、決勝は12月19日に国立競技場で開催されることが決定した。 天皇杯の決勝といえば、永年元旦の風物詩でもあった。かつては明治神宮で初詣を済ませた和服姿の女性が国立競技場のスタンドにはいたものだ。 須原専務理事も「サッカー協会としては(決勝は)1月1日がふさわしいし」と従来通りの開催を希望する。しかし「選手のコンディションに配慮すればリーグと天皇杯のオフを揃えたい。クラブW杯がないならシーズン終了を揃えたい」と“選手ファースト”を考慮しての変更を明かした。 従来、1月の日本のサッカーカレンダーは基本的にオフだった。厳寒だから当然だ。しかし19年は1月にUAEでアジアカップが開催され、翌20年1月はタイで東京五輪の最終予選を兼ねたAFC U-23アジア選手権が開催された。来年1月にアジアの主要大会は予定されていないものの、サッカーカレンダーをアジアに揃える必要は以前からあった。 その意味でもオフを早める今回の決定は賛成である。今シーズンのJ1リーグは20チームでリーグ戦を実施したし、東京五輪・パラリンピックの影響でアウェーの連戦を強いられたチームもある。チームによっては、19年のW杯ラグビー、20年は延期されたものの東京五輪のために、2年連続してアウェーの過密日程を組まれたチームがあった。 それでもチームから不満の声が漏れてこないのが、日本らしいと言えば日本らしい“美徳”でもある。そんな彼らには、是非とも来シーズンの捲土重来を期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.09.10 21:00 Fri
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オマーンに黒星スタートで早くも正念場/六川亨の日本サッカー見聞録

オーストラリアとサウジアラビアは5年前の9月にスタートしたW杯アジア最終予選と同じメンバーだ。当時のUAEが今回はオマーンであり、同じようにイラクは中国、タイはベトナムに置き換えることができる。 そして日本は5年前、清武のFKから本田圭祐が先制点を奪ったものの、FKとPKから逆転を許し、78分の浅野拓磨のボレーシュートも主審はゴールと認めず、日本はW杯最終予選で、さらには埼玉スタジアムで初黒星を喫した。 それでも本田や香川真司、大島僚太らが惜しいシュートを放つなど、UAEゴールを脅かした。日本の誤算としては、オマル・アブドゥルラフマンという右サイドからゲームを組み立てる、中東史上最高のコントロールタワーを過小評価したことかもしれない。 ただ、その“借り”はアウェーで左MFの原口元気と左SB今野泰幸がオマルをきっちり封じて返した。 ところがオマーン戦である。同じ黒星スタートでも、今回は内容があまりにも悪すぎた。シュート数でも枠内シュート数、CK、FKといったデータはいずれもオマーンが上回った。海外組が多いことによる移動と時差のハンデはあるものの、これまでの日本は「それでも勝って」きた。しかしオマーン戦は、敗れただけでなく中国戦に期待できる好材料が何もないないのが深刻だ。 日本の決定機は前半22分に吉田麻也のロングパスを伊東純也が巧トラップからシュートに持ち込んだが、GKの顔面ブロックにより防がれた1回だけ。1トップの大迫勇也はCBのマンマークとボランチのプレスバックにより自由を奪われポストプレーを封じられた。トップ下の鎌田大地も狭いスペースでのプレーから、大迫の落としをなかなか受けられず、2次攻撃へと展開できなかった。 さらに伊東と古橋亨梧は、オマーンの両サイドバックを相手に自慢のスピードを発揮することができなかった。オマーンの両SBは、2人に負けず劣らずスピードがある。後半2分に右SBアルハルティがドリブルで攻め上がったが、古橋は自陣近くになってやっと追いつけたほど、アルハルティのドリブルにはスピードがあった。 試合を見ていて、「日本のストロングポイントはことごとく消されている」と感じたものだ。 チームを率いるブランコ・イバンコビッチ監督は、古くは02年に釜山で行われたアジア大会決勝で、山本ジャパン(U-21日本代表)を破って優勝しているし、05年にはイランの監督としてホームのアザディ・スタジアムでジーコジャパンから勝利を奪っている。そんなベテラン監督だけに、日本の攻撃パターンをしっかり研究し、対策を立ててきた。 試合をしていて選手には「一筋縄ではいかない」と感じたなら、例えば伊東は原口とポジションチェンジして左に回るとか、大迫との2トップにシステムを変更するなどの工夫が欲しかった。それは森保監督も同様だ。 すでに日本代表は3日の朝にドーハ入りし、同日の夕方にはホテルへ移動して検査の結果待ちだ。昨日ドーハで開催されたオーストラリア対中国戦はホームのオーストラリアが3-0で勝っている。日本と同じ連敗スタートとなった中国は、これもホームとなるドーハでの日本戦に必死に勝ちにくることが予想される。 中国も、身体能力では日本を上回る。そうした相手に森保監督がどんなスタメンを選択するのか。万が一連敗するようなことがあれば進退問題に発展するかもしれないだけに、両国にとって極めて重要な一戦と言える。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.09.04 10:45 Sat
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歴史に残るスリリングな一戦/六川亨の日本サッカー見聞録

カタールW杯アジア最終予選に臨む日本代表24名が26日に発表された。初招集はGKの谷晃生ただ一人で、東京五輪組(OA枠は除く)からは中山雄太、冨安健洋、板倉滉、堂安律、久保建英の5人が入った。 日本は9月2日、ホームにオマーンを迎える。前回のロシアW杯最終予選の初戦では、埼玉スタジアムでUAEにまさかの敗戦を喫しただけに、森保ジャパンには前車の轍を踏まないことを願うばかりだ。 その森保ジャパンの顔ぶれだが、相変わらず左SBの人材不足は解消されていないようだ。長友佑都の控えは佐々木翔と中山という、いつもと同じ人選。長友は所属クラブを模索している最中なので、コンディションが万全ではないかもしれないし、もしかしたら代表を辞退する可能性も否定できない。対戦相手とのマッチングにもよるが、4BKではなく3BKも視野に入れてオマーン戦と中国戦に備えた方がいいかもしれない。 攻撃陣では26日のELプレーオフ第2戦で先制ゴールを決めるなど、セルティックで好調を持続している古橋亨梧のプレーが楽しみだ。ポスト大迫として名乗りを上げるのか。もう26歳と決して若くはないが、いまが最盛期を迎えているストライカーだけに今予選でのブレイクを期待したい。 そしてJ1リーグでは、第26節で上位陣が順当に勝利を収めるなか、ついに首位の川崎Fの無敗記録がストップした。敵地に乗り込んでの一戦は福岡に0-1の完封負け。これで東京五輪後に田中碧と三笘薫が抜けた直後の試合こそ大分に勝ったものの、その後は2分け1敗と勝ちきれない試合が続いている。 その間に、横浜FMは4連勝で勝点を積み上げ、4試合で奪ったゴールは16、失点は僅か1ということで、得失点差でも+19で川崎Fと並んだ。川崎Fの独走かと思われたJ1リーグの優勝争いは、横浜FMとのマッチレースに様変わりしたと言っていい。 といったところで今回紹介したいのは、先週のコラムでもお伝えしたビーチサッカーの準々決勝だ。昨晩、タヒチ(15年と17年のW杯で準優勝)と対戦した日本は延長戦の末に5-4の勝利を収め、前回パラグアイ大会に続いてベスト4進出を果たした。 この一戦は、たぶんビーチサッカー史上に残るドラマチックな試合と言っても過言ではないだろう。 グループリーグで1-7と大敗したロシア戦の反省から、タヒチ戦の日本は受け身になることなく試合開始から果敢に攻めた。その甲斐あって5分にOGで先制すると、6分にはエースの山内悠誠がPKから追加点を奪う理想的な展開だった。ところが第2ピリオド(12分×3本)に1点を返されると、第3ピリオドでは31分にカウンターから失点して同点に追いつかれた。 さらに残り23秒で上里琢文がOGを献上し、2-3と逆転を許してしまう。ピッチサイドで観戦していた日本人の女性サポーターも茫然自失の表情で、それをテレビカメラは捕らえる。ところが日本は、キックオフからキャプテンの茂怜羅オズが右に出したパスを大場崇晃が砂地に叩きつけるシュートを決め、残り19秒で3-3の同点に追いついた。 試合は3分間の延長戦に突入し、日本はキックオフから攻め込み右CKを獲得すると、赤熊卓弥のヘッドによる折り返しを奥山正憲が決めて勝ち越しに成功。開始から19秒の早業だった。ところが30秒後、今度はタヒチの選手が歓喜の輪を作る。4-4の同点で試合は振り出しに戻った。 しかし日本も諦めてはいない。キックオフから攻め込むと、赤熊が執念のオーバーヘッド。これが右ポストを叩いてゴールに転がり込む。失点から11秒後の電光石火の早業だった。試合は残り11秒でタヒチがFKを獲得したが、決定的なシュートをGK河合雄介が2度にわたってセーブ。トータルスコア5-4で日本はタヒチを下してベスト4に進出した。 準決勝の相手はブラジルを延長戦で下したセネガル。ここまでくればチームの実力差はほとんどないようなもの。それでもタヒチ戦の劇的な勝利で、初の決勝戦進出に期待がふくらむ。試合は日本時間の29日の午前2時30分キックオフだ(第1試合のロシア対スイスは午前1時キックオフ)。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.28 18:30 Sat
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ビーチサッカー観戦のススメ/六川亨の日本サッカー見聞録

去る18日の水曜夜、天皇杯の4回戦7試合が開催されたことを、どれだけのファンが知っていただろう。よほどコアなチームのファンでない限り、試合が開催されたことに気付かなかったのではないだろうか。JFA(日本サッカー協会)とNHKは、もう少し告知に力を入れてもいいと思ったものだ。 そんな天皇杯でベスト8に勝ち上がったのは、J1が6チーム(G大阪対湘南戦は9月22日開催)、J2が1チームと順当な結果になった。顔ぶれは川崎F、磐田、C大阪、鹿島、浦和、名古屋、大分の7チームだ。大分以外の6チームはいずれも天皇杯の優勝経験があるとはいえ、今シーズンの戦いぶりを見ると川崎Fが頭1つ抜け出ているかもしれない。 唯一J2勢で勝ち上がった磐田だが、同じブロックの本命・横浜FMが初戦(2回戦)でHonda FCにPK戦で敗退し、広島も3回戦でアマチュアシードのヴェルスパ大分に1-3と完敗したのは想定外だった。2回戦で順天堂大に延長戦の末に敗れたFC東京を始め、一発勝負の怖さでもあるだろう。 準々決勝は10月27日と、こちらも水曜ナイターの開催で、組み合わせ抽選会は9月24日に行われる予定だ。 そして天皇杯と同様(?)、あまり告知されていないがビーチサッカーのワールドカップ・ロシア大会が19日から始まった。 9月2日に初戦を迎えるカタールW杯アジア最終予選のアウェーは、放映権料の高騰からテレビの地上波では放送されないらしい。かわりにDAZNがAFC(アジアサッカー連盟)と28年までの長期契約を結び、W杯予選だけでなくアジアカップ(次回23年は中国で開催)やACLの放映権を獲得したと報じられていた。 同じようにビーチサッカーのW杯も、テレビ放送はBSのJ SPORTS(オンデマンド)でしか見られないため有料となる。それでもライブで見られることは画期的なことかもしれないが……。 そんなビーチサッカー日本(世界ランク6位)は、初戦でパラグアイ(世界ランク9位)と対戦した。第1ピリオド(12分間×3ピリオド)ではFKから2失点すると、第2ピリオドの開始早々にもオーバーヘッドシュートを決められ0-3のリードを許す。 2年前のパラグアイ大会でMVPを獲得したエース茂怜羅オズ(もれいら おず)のシュートはことごとくゴール枠を外れてしまう。前回大会はラモス瑠偉氏が監督を務めたが、今大会はオズが監督を兼任しているため、よけいなプレッシャーがあったのかもしれない。 しかし第3ピリオドに入るとピヴォの赤熊卓弥や山内悠誠が次々とゴールを重ね、第3ピリオドだけで6点を奪い、トータル7-4の逆転勝利を収めて好スタートを切った。第2戦のアメリカ戦は21日土曜の午後10時30分キックオフで、テレビ放映は20時45分となっている。 有料ではあるが、ロングシュートやオーバーヘッドのシュートが多く、砂地のため不規則なバウンドから思わぬシュートが決まるスリル満点のビーチサッカー。見たことがないというなら、是非一度、テレビ観戦をお奨めしたい。オズにいつものシュート感覚が戻れば、W杯初優勝も夢ではないだろう(前回大会は4位)。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.21 15:45 Sat
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