今季の判定基準とVARに期待すること/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.02.20 13:30 Sat
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JFA(日本サッカー協会)は2月16日、今年最初となるレフェリングの判定基準(スタンダード)とVARの説明会を開催した。これは今シーズンのJリーグの判定基準を紹介するもので、ルールに変更があった場合は適用される時期も含めて把握しておかなければならない重要なブリーフィングだ。結論から言うと、特に新たな変更点はなかった。脳しんとうにより交代した選手は再出場できないことはJリーグで決定しているものの、グラスルーツのレベルではJFAの理事会での承認を経てからの決定となる。


そして司会役の元国際主審の扇谷マネジャーは以下の4つのプレーについて留意点を強調した。

(1)コンタクトプレーについては昨シーズン同様、レフェリーは選手が倒れたからといって簡単に笛を吹かずノーファウルとする。

(2)昨年7月に改正された通り、守備側の選手がスライディングで倒れた際に、攻撃側の選手のクロスが手に当たったとしても、守備側の選手の手は体を支えるためハンドとならない。ただし、その手が横や縦に伸びていたらハンドとなる。

このジャッジに関してオブザーバーで会議に参加した松尾主審は「ボールが手のどこに当たったか、どういう風に当たったのか判断は難しい」と、ペナルティーエリア内ではPKに直結するだけに、ジャッジの難しさを話した。

(3)オフサイドでは、直接ボールに触れなくても、インパクト(妨害)するプレー、GKを惑わすようなプレーはオフサイドであることが確認され、具体例としてクラブW杯決勝のバイエルン・ミュンヘンのレバンドフスキのプレーが指摘された。

(4)著しく不正な、一発レッドに相当するプレーは、ファウルを受けた選手のチームが1タッチでゴールできるなど得点に結びつく可能性があればアドバンテージを取るが、そうでなければ攻撃側のアドバンテージは取らず、プレーを止めて不正を行った選手を即座に退場処分にする。

これは、アドバンテージによるプレー続行で、ファウルを犯した選手が万が一にも得点したり、さらなるカードに値するプレーをしたりした場合など余計なリスクを背負うことになるからだ。本来なら退場にする選手が新たなアクションに関与してしまうことを避けるためである。

ただ、不正なプレーがイエローの場合は、主審の判断により攻撃側のアドバンテージをとることは認められる。

そして最後に、昨シーズンは第1節で終わったVARの説明が行われ、「どこまで戻ることができるか」についてのレクチャーがあった。VARらはスタジアム外のコンテナ内などで映像を見ながら、プレーをチェックしている。J1リーグでは12台のカメラが映像をとらえ、1プレーにつき3~4台のカメラでチェックしているそうだ。

そこであるチームがボールを奪い、攻撃をスタートさせるとVARは「APPスタート」と言って映像をチェックする。このAPPとはVARのタグ付けを意味し、「事象に関して最後の攻撃の起点にタグ付け」することだという。

そう言われてもピンとこない読者も多いのではないだろうか。そこでヒントになるのが昨年のACL準決勝、蔚山現代対神戸戦である。

試合は52分に右CKから山口蛍のゴールで神戸が先制した。さらに75分、MF安井拓也のボール奪取から神戸はカウンターを仕掛け、最後はMF佐々木大樹が押し込んで追加点を奪ったかに見えたが、VARによるオンフィールドレビューの結果、主審はゴールを取り消した。

安井がボールを奪った時点でAPPはスタートし、ゴールが決まったものの事象は安井まで戻された。そして安井のプレーが反則か反則ではないかのジャッジで、最初はノーファウルと判定した主審がオンフィールドレビューを見てジャッジを覆したため、神戸の追加点は取り消された。

このプレーに関しては昨年末のコラムでも書いた。安井のプレーが反則かどうか。これはもう主観の問題のため論議しても結論は出ないだろうし、主審がジャッジを下した以上、それを覆すことはできない(その後、蔚山の同点ゴールに副審はオフサイドのフラッグを上げたものの、VARでゴールが認められ、延長で神戸はPKからの失点で敗退)。

日本(Jリーグ)においてVARは、2019年にルヴァン杯(決勝トーナメント)などで試験的に採用され、リーグ戦では20年のJ1リーグから本格運用する予定でいた。しかしご存じのようにコロナ禍でリーグは延期され、VARも密になることなどから採用が見送られた。

このため今シーズンが実質的な本格運用となる。そこで気になるのが、「VARオンリーレビュー」と「オンフィールドレビュー(OFR)」の違いだ。

両者の違いについてJFAのHPには、
「VARオンリーレビュー(VARの助言だけ)」→オフサイドポジションでいたかどうか? ボールが手にあたったかどうか? という、映像から事実として確認できる事象に対して使用する。

それに対して
「オンフィールドレビュー(OFR。主審が映像を確認する)」→選手同士がどの程度の強さで接触したのか? ボールが腕にあたったが意図的であったか? また、その腕を用いて自身の体を不自然に大きくしたか? という、主観的な判断が必要となる事象に対して使用する。

とある。前者は明らかな事実を確認できるため、確認中に映像がスタジアム内のオーロラビジョンに流されることはない。それに対して後者はファン・サポーターも映像を確認できるものの、あくまで最終決定権は主審にある。

この「主観的な判断」が正しいのかどうか。これこそが一番難しい判断ではないだろうか。VARの本格導入により、例えばゴール後の歓喜のシーンにタイムラグが生じるかもしれないし、VAR判定を求めるファン・サポーターのブーイングが起きるかもしれない。それは選手も同じだろう。

VAR元年となる今シーズンのJ1リーグ。これはこれで楽しみでもある。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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試合前に知ったルーケの訃報/六川亨の日本サッカー見聞録

昨日26日に行われた国際親善試合、U-24日本代表対Uー24アルゼンチン代表戦のことである。アルゼンチンの選手がタテ1列になって入場してくると、全員が「セレステ・イ・ブランコ」のユニホームを着ているのは当然だが(GKも)、全員が「背番号10」のユニホームを着ていた。 その意味は誰でもすぐにわかっただろう。昨年11月25日に60歳で亡くなったアルゼンチンの英雄ディエゴ・マラドーナを追悼する行為である。 国歌の演奏と集合写真の撮影後、キックオフ前に選手たちはセンターサークルに並んだ。しかし、何のアナウンスもない。不審に思っているところ、ちょっと遅れてアナウンスと電光掲示板に3人の映像が映し出された。 中央はもちろん見慣れたマラドーナだ。そして左には年配の人物、右隣には口ひげを生やしたユニホーム姿の選手。まだ若い頃の姿で、確かに見たことがある。そしてアナウンスにより2人の名前を聞き、往時を思い出した。 年配の人物はアレハンドロ・サベーラ(66歳)で、14年ブラジルW杯ではアルゼンチン代表の監督としてチームを決勝まで導いた。決勝ではドイツに0-1で敗れたものの、MVPに輝いたリオネル・メッシがW杯で最も優勝に近づいた大会であり、マラドーナを擁した90年イタリアW杯以来24年ぶりの決勝進出というのも何かの縁かもしれない。昨年の12月に他界したことを知った。 そしてもう1人の選手は、オールドファンには懐かしい選手である。78年に地元アルゼンチンで開催されたW杯で、母国を初優勝に導いたストライカーのレオポルド・ルーケである。 アルゼンチン大会は、オランドとの決勝戦で延長に入りゴールを決め、通算6ゴールで得点王に輝いたマリオ・ケンペスがあまりに有名だ。バレンシア時代の79年には日本を訪れ、東京ドームになる前の後楽園球場で試合をしたことがある。 余談になるが、前座試合では日本リーグ選抜とFCアムステルダムが対戦。日本リーグ選抜はジョージ与那城とラモス・ソブリーニョ(日本国籍を取得する前)の読売クラブやカルバリオ(フジタ)らブラジル勢に加え、御大・釜本邦茂が参加。ブラジルらしい細かいパス交換から最後は釜本が豪快なボレーシュートを突き刺すなど、日本代表より強いチームであることは間違いなかった。 そのケンペスに次いで有名なのは清水などで監督を務めたオズワルド・アルディレスになるだろう。残念ながらルーケはヨーロッパに渡ることはなく、来日すらしたことはないので、アルゼンチンW杯での活躍しか日本人は知らない。 それでも母国のW杯では4ゴールを奪い、初優勝に貢献した。ケンペスとの長身(だったと記憶している)コンビに加え、ロン毛に口ひげでピチピチのサッカーパンツを履いていた姿はいまでも鮮明に思い出せる。 先月15日、新型コロナウイルス感染症による合併症で71歳の生涯に幕を閉じた。アルゼンチンのメディアは、試合よりも黙祷の1分間を取り上げていたようだが、改めて安らかな眠りを祈らずにはいられない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.27 21:45 Sat
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日本代表メンバー発表で分かった日本の弱点/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は3月18日、今月25日に開催される国際親善試合の韓国戦(19時20分/日産スタジアム)、同30日に開催されるカタールW杯アジア2次予選のモンゴル戦(19時30分/フクダ電子アリーナ)に臨む日本代表23名のメンバーを発表した。 発表に際しては、これまで代表の常連だった堂安律を始め、久保建英や三笘薫らアンダー24の選手はA代表ではなく、U-24日本代表の活動を優先することも併せて発表された。 さすがに冨安だけは、A代表にとっても欠くことのできない選手なのだろう。森保一監督は「育成年代で一緒にプレーしているので意思の疎通はできている」としてUー24日本代表ではなくA代表の活動を優先させたが、34歳のベテランCB吉田に何かあった時は、ディフェンス陣のリーダーとして期待されている裏返しに他ならない。 今回選出されたメンバーは以下の通りだ(氏名の後の数字は出場試合数/予想されるポジション)。 GK/西川周作(31)、権田修一(18)、前川黛也(初) DF/吉田麻也(104/中央)、佐々木翔(9/左)、松原健(0/右)、山根視来(初/右)、畠中慎之輔(7/中央)、中谷進之介(初/中央)、小川諒也(初/左)、富安健洋(21/中央) MF/江坂任(初/中央)、遠藤航(25/ボランチ)、伊東純也(20/右)、原川力(初/ボランチ)、南野拓実(26/2列目のオールマイティー)、古橋亨梧(1/左右)、守田英正(3/ボランチ)、川辺駿(初/ボランチ)、鎌田大地(8/中央)、坂元達裕(初/右) FW/大迫勇也(45/1トップ)、浅野拓磨(22/右か1トップ) 森保監督は「集まった時の状態を見てベストのメンバーで韓国と戦う」と言っていたが、こうしてポジション別に出場回数から判断すると、ライバル韓国との試合のスタメンは次のようになると予想される(システムは4-2-3-1)。 GK権田 DFは右から松原、冨安、吉田、佐々木 ボランチは遠藤と守田、2列目は右から伊東、鎌田、南野、そして1トップは大迫である。 そしてポジション別に選手を比較してみると、日本の弱点も透けて見えてくる。まず1番は「ポスト長友」だ。初招集の小川は16年リオ五輪の時にも代表キャンプに招集されるなど期待されていたが、若いためなかなかFC東京でレギュラーポジションをつかめなかった。 しかし一昨シーズンからJ1で出場機会をつかみ、昨シーズンはルヴァン杯の優勝にも貢献した。フィジカルの強さに加えて空中戦も強い。小川自身は初招集に「驚きました。うれしい気持ちもあった。ここからが勝負。もっと引き締めないといけない」と話していたが、FC東京でのパフォーマンスからいつ呼ばれてもおかしくないと思っていた。 問題は小川とポジション争いをするのが32歳の佐々木ということだ。クレバーな選手だが、ドメスティックな選手であることは、これまでの国際試合で森保監督もわかっていたのではないだろうか。それでも山中亮輔(浦和)や杉岡大暉(鹿島。移籍したものの昨シーズンは精彩を欠いた)ではなく、佐々木というところにサムライ・ブルーの人材不足を感じずにはいられない。 同じことは1トップにも当てはまる。 一時は「東京五輪のオーバーエイジ1番手」と思われた大迫が、ブレーメンでは結果を残せずに出場機会が激減。移籍の噂も出ている。にもかかわらず、招集せざるを得ないところに日本の台所事情の苦しさがうかがえる(森保監督は手元に置いて見たいと言うかもしれないが)。 そこで記者会見でも質問が出たが、いまこそリーグ戦で結果を出している大久保嘉人を呼ぶべきだと思う。 森保監督は大久保について「ベテランも不要ではない。すでにたくさんの経験を積んで計算できるので違う選択をした」と言うものの、「底上げしながらベストのチームを作る」というコンセプトの「底上げ」は、言葉を変えれば「若返り」を意味するのではないだろうか。 しかし大迫のコンディションに問題があるのであれば、サムライ・ブルーはもちろん、U-24日本代表のオーバーエイジ枠として大久保の起用が浮上してもおかしくない。 さすがに、FC東京でまだスタメンでフル出場していない永井謙佑や、川崎Fの右サイドで輝きを放っている家長昭博を呼ぶべきだとは言えない。それでも9月から始まるカタールW杯アジア最終予選が、新型コロナの影響で日程や開催方式が変更されるなどのアクシデントを予想すると、チームの強化方法もこれまで通りの常識が通用しない可能性がある。 反町技術委員長と森保監督には理想を追求しつつも、万が一に備えて懐の深い対応を期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.19 13:30 Fri
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日韓戦フル代表の対戦は11年以来10年ぶり/六川亨の日本サッカー見聞録

早いもので、東日本大震災から10年が過ぎた。 10年前の今日は金曜日だった。自宅で原稿を書き終え、代々木第一体育館で開催されている第16回全日本フットサル選手権を取材するため準備をしていると、突然強い揺れを感じた。立っていられずベッドに腰掛けて揺れが収まるのを待った。 テレビをつけると、やがて信じられない光景が次々と目に飛び込んできた。津波に押しつぶされる家々。陸に打ち上げられる船。夕方には市原の石油コンビナートが燃え上がっている。この世のものとは信じられない光景の連続に言葉を失った。 フットサルを取材していた同業者は、最初は誰もが体育館の外に飛び出したそうだ。しかし体育館の中の方が安全だろうということで、三々五々、戻ったという。揺れが落ち着いたところで帰路に着いたが、当然ながら公共交通機関は全面ストップしている。タクシーを拾おうにも道路は大渋滞。仕方なく徒歩で家路に着かざるを得なかった。 神保町で仕事をしていた友人は、千葉県野田市の自宅まで徒歩で帰るのに8時間かかったと言っていた。自宅に帰れず、会社に泊まったという知人も多かった。しかし、被災地の惨状は筆舌に尽くしがたいことを、時間の経過とともに知った。 震災によって亡くなった方々とそのご遺族に対し、改めて哀悼の誠をささげます。 さて、昨日JFA(日本サッカー協会)は3月25日に強化試合として韓国戦を開催すると発表した。当初はW杯2次予選のミャンマー戦が行われる予定だったが、軍事クーデターによる政情不安から開催が見送られた。 しかし昨日の記者会見で反町技術委員長は、「飛び越えていないハードルはまだ7、8個ある」と厳しい状況であることを説明した。まず海外からの選手の来日についてはアスリートトラックの適用がマストだが、「100パーセントと言われると断定できない。それに近い形で粛々と準備している」と話すにとどめた。 観客の有無についても「21日に緊急事態宣言が解除されるなら」という条件付きで「有観客にしたい」とのこと。 試合開始時間も決まっていないため、開催に関してはかなり流動的と見ていいだろう。 そして日韓戦である。直近の試合を振り返ってみると19年12月(釜山)は0-1、17年12月(味スタ)は1-4、15年8月(武漢)は1-1、そして13年7月(蚕室)は2-1だった。いずれもEAFF E-1選手権(13年と15年は東アジアカップという名称)での対戦で、フル代表での対戦ではない。 13年はブラジルW杯へ向けて若手発掘の大会と位置づけられ、原口、齋藤学、柿谷、清武らが代表入りにしのぎを削った。韓国サポーターの掲げた横断幕が問題になった大会でもあった。 15年の武漢は、新型コロナが流行したことで知られるようになったが、とにかく暑かった記憶がある。そして17年は日本で開催されながら韓国に1-4と完敗し、ハリルホジッチ監督との契約解除の遠因になった試合でもあった。 こうして見ると、互いにフル代表で戦ったのは11年8月、札幌ドームで行われた10年前の試合まで遡る。この試合で日本は香川の2ゴールと本田のゴールで3-0の勝利を収めた。日本が韓国から3点を奪ったのは1974年の日韓定期戦(4-1)以来だが、スコアだけでなく試合内容でも圧倒したため、韓国メディアは「札幌の大惨劇」と報じ、危機感を強めていた。 11年は、1月のアジアカップ準決勝でも2-2からのPK戦で韓国は敗れ、日本に優勝を許している。ザッケローニ監督は韓国と4戦して2勝2分け(1PK戦勝ち)と無敗を誇った。そして、この11年の2連勝が13年の対戦で韓国サポーターが横断幕を掲げる一因になった可能性も高い。 10年ぶりとなるフル代表による日韓戦。しかし、韓国もソン・フンミンら海外組の出場は難しいだろう。それは日本も同じで、両国とも国内組による対戦になるのではないだろうか。加えて日本はU-24日本代表の試合もあるだけに、意外な選手が選考されるかもしれない。さすがに大久保嘉人はないと思うが……。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.11 21:15 Thu
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緊急事態宣言の延長で3月下旬のIMDに影響か?/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は3月4日に今年3回目の会合を開き、終了後に反町技術委員長が記者からの質問に応じた。 7日を期限としていた4都府県の緊急事態宣言を菅首相は2週間程度延長する意向を示したことで、反町技術委員長は「アンダーカテゴリーの活動は延期する」と決定した。 気になる3月下旬のIMD(インターナショナルマッチデー)でのサムライブルーのW杯アジア2次予選モンゴル戦とU-24日本代表のテストマッチ2試合だが、反町技術委員長は「2週間程度の“程度"が気になる。2週間弱になるのか、最終的に政府の決断に従うが、我々は活動したい。それを政府がどんな判断をするか。五輪の活動も含めてお願いしている段階で、解除されたらできるよう粛々と準備を進めている。持ちうるものすべてを生かして万全の対策をとりたい」と決意を表明した。 反町技術委員長によるとアルゼンチンは3月20、21日まで国内リーグがあるため来日は試合直前になる。そこでアスリートトラック(ホテルとスタジアムと練習場の往復に移動を制限し、専用車で移動することを条件に14日間の待機措置の免除)が適用されることが試合開催の前提条件となる。 それは30日のモンゴル戦も同様で、延期となった25日のミャンマー戦(日産スタジアム)の代わりのテストマッチに関しては、3月1日の会見で反町技術委員長は「現実的にアジアしかない」と話していたが、韓国が浮上していることを質問されると「それはノーコメント」と言葉を濁した。 ただ、補足して「活動はしたい。できるだけ強い相手と」と述べたため、韓国との対戦になる可能性は高いだろう。 政府の緊急事態宣言の延長が決まれば、Jリーグは8日に予定されているNPB(日本野球機構)と専門ドクターによる対策連絡会議で善後策を協議することになるだろう。4都府県での試合は20時までに終了するようキックオフ時間を18時に早めることが予想され、J1リーグなら来週水曜10日の第3節と17日の第5節が対象試合となる。 そして観客数も5000人か50パーセントの少ない方ということになるだろう。その代わり、緊急事態宣言の出されていない地域では、引き続きキャパシティの50パーセントの入場者を認めるよう働きかけるのではないだろうか。 気になるのは昨日3日に名古屋と対戦する予定だったG大阪の4選手に陽性判定が出て、もう1人が濃厚接触疑い者ということで試合が中止されたことだ。これ以上、感染が拡大しないことを祈りつつ、感染経路の追跡はしっかり行って欲しい。 今回の中止により、G大阪が名古屋との代替日程を確保できない場合、今シーズンは降格があるため「みなし開催」として0-3で敗戦となる可能性もある。くれぐれも初のケースとならないよう、代替日程の確保に全力で取り組んでもらいたい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.04 21:50 Thu
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クリアソン新宿のホームスタジアムはどこになるのか?/六川亨の日本サッカー見聞録

Jリーグは2月25日、今年初となる第1回の理事会を開催し、「Jリーグ100年構想クラブ」として新たにクリアソン新宿(関東リーグ1部)、鈴鹿ポイントゲッターズ(JFL)、ヴェルスパ大分(JFL)の3クラブを認定した。 これにより「Jリーグ100年構想クラブ」は、すでに認定されているラインメール青森(JFL)、いわきFC(JFL)、栃木シティFC(関東リーグ1部)、VONDS市原(関東リーグ1部)、南葛SC(関東リーグ2部)、ヴィアティン三重(JFL)、F.C.大阪(JFL)、奈良クラブ(JFL)とあわせて11クラブとなった。 クリアソン新宿というチームを知らない読者も多いかもしれないが、昨年12月には日本経済新聞に取り上げられ、つい最近もスポーツ紙がチームを紹介していた。新宿区をホームタウンとして将来のJリーグ入りを目指しているチームである。 Jリーグは93年の発足以来、23区をホームタウンにするチームはなかった。当時は東京都をホームタウンにすることに川淵チェアマンが大反対をした。それもそうだろう。黄金時代を迎えていた読売クラブ(後のヴェルディ川崎。現東京V)を筆頭に、東京都に本社のある三菱(浦和)、古河(後の市原。現千葉)、日立(柏)も東京都をホームタウンにしたかったからだ。 そこで東京都だけはホームタウンから外れてJリーグはスタートした。そして98年にFC東京が東京ガスからチーム名を変更し、東京都をホームタウンにしたものの、メインの活動は味の素スタジアムがある調布市や練習グラウンドのある小平市だった。さらに01年にはヴェルディがホームタウンを東京へ移すことが認められ現在のチーム名に至った。 ただし東京Vもホームタウンは東京都で、スクールは都内23区で活動しているものの、厳密な意味でホームタウンはどこかと聞かれると答に窮してしまう。それでもあえて言うなら、FC東京と同様に練習グラウンドとクラブハウスのある東京都稲城市がホームということになるのだろうか。 その東京Vが、一時期は23区の練馬区にスタジアムを建設してホームタウンにするという噂があった。昨年で営業を終えたレジャーランドの豊島園の再開発で、防災の拠点にもなるライフラインの整ったスタジアムを建設するというプランだった。そのための署名活動をサッカー仲間に手伝ってもらって集めたものだ。 しかし旗振り役だった区長の退任によりこのプランは雲散霧消した。 そしてクリアソン新宿である。新宿をホームタウンにするからには、ホームスタジアムも新宿区ということになるだろう。しかし、その候補地があるかどうか疑問だ。以前、東京都リーグや練習試合で区内の落合中央公園、西早稲田中学、西戸山公園、同多目的広場などで試合をしたことがあるが、いずれも正規のサッカーグラウンドを確保するには難しいスペースだった。ましてスタンド設置など不可能に近い。 となると候補地は新宿区以外となるが、既存の味の素フィールド西が丘はJ1基準ではないし、すでに東京Vや以前はFC東京U-23がJ3リーグでホームとして使っていた。駒沢陸上競技場は病院が隣接しているためナイター使用ができず、同じくFC東京と東京Vがホームとして使っている。 夢の島競技場は江東区を準ホームにするFC東京が慣例的に使ってきたし、江戸川陸上競技場はすでに東京23FC(関東1部)がホームとして使用している。葛飾区がスタジアムの新設計画があると聞くが、当然ここは南葛飾SCのホームになるだろう。 こうして改めて考えると、「Jリーグ100年構想」の学校の芝生化は着々と進んでいるが、芝生のスタジアム建設はそう簡単ではないことが分かる。 個人的には板橋区出身のため、23区をホームにするクラブの誕生を心待ちにしている。そしてホームタウンは地域限定になればなるほど、地元ファンにとっては愛着が沸くと思っている。 今回、クリアソン新宿と同時に「Jリーグ100年構想クラブ」に認定されたヴェルスパ大分は、チーム名こそ「大分」だがホームタウンは別府市と由布市だ。チーム名の一部にスパとあることからもわかるように「温泉」がキーワードとなっている。 コロナ禍で観光地はどこも苦労していると思うが、こうした地域密着の理念は大いに歓迎したい。 <hr><div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.02.27 13:40 Sat
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