小異を捨てて大同に就く今シーズンのJ/六川亨の日本サッカーの歩み

2021.02.09 21:25 Tue
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Jリーグは昨日8日、午前中に今年2回目となるNPB(日本野球機構)との対策連絡会議を、午後からは実行委員会を開催した。10都府県の緊急事態宣言の延長によりJリーグはガイドラインを改定。政府方針に従い大規模イベントの観客の上限は5000人、20時以降の外出自粛に伴いナイトゲームのキックオフ時間は18時以前とし、ビジター席の設置は都道府県の状況に応じて個別に対応することなどが発表された。

そうした状況でJリーグもNPBも、現在頭を痛めているのが「外国人問題」だ。


NPBの斉藤コミッショナーは「外国人の入国が早まらないとチームを構成できない。入国しても2週間の待機がある。この課題についてNPBも会議し、Jリーグと一緒に(政府に)提言したい」としながらも、「国民と医療機関が納得しないと政府も動けないだろう」とその難しさを話していた。

この「外国人問題」を複雑にしているのが、すでにJリーグでプレー経験や指導経験があり、在留資格のある外国人と、新規の外国人で差があることだ。前者は自宅などで2週間の待機後は活動を許されるが、緊急事態宣言により新規の外国人は入国が一切認められていない。

村井チェアマンも「新規の外国人はエビデンスがないのでこれからの問題」と頭を悩ませている。

実際のところ、選手23人、監督やコーチなどのスタッフ6人、その家族24人の計53人が入国できないでいる。さらに新規入国に際し、ビザの発給を待っている外国人もいて、こちらはJリーグも「人数を把握できていない」という状況だ。

徳島は、チームをJ1リーグに導き今シーズンから浦和の監督に就任したリカルド・ロドリゲス監督の後任として、スペイン人のダニエル・ポヤトス監督とマルセル・コーチを新たに招聘したものの、来日の目処が立っていない。

このまま緊急事態宣言が3月まで延長されれば、徳島は2月27日の開幕戦(アウェーの大分戦)を指揮官不在で戦わざるをえなくなる。

今シーズンのJ1リーグに関して、FC東京の長谷川監督は次のように話した。

「降格のない昨シーズンは、どのチームも自チームの良さを出す戦いをしてきた。しかし今シーズンは4チームが落ちるので、終盤戦だけでなく序盤戦から難しい戦いになると思う。どのチームも勝点1にこだわる戦いをしてくるだろうし、自陣にブロックを作って守りを固めてくることが予想され、得失点差も関係するのでスタートを大事にしたい」

そう話しつつ、FC東京はジョアン・オマリに代わる新外国人CBブルーノ・ウヴィニを獲得したものの来日は未定のため、メディカルチェックができず正式契約に至っていない。そうした選手は他のチームにもいて、同じような状況に置かれているだろう。

こうした不公平感も含め、8日の理事会について村井チェアマンは「昨年は先を見通せず、混乱・混迷のスタートだった。今年は覚悟を決めていて、ピリッとしている。タフなシーズンになるし、公平不公平はこれからもある。小異を捨てて大同に就く(意見の違いがあっても大勢が支持する意見に従う)。そんな感じでした」と振り返った。

今シーズンのJリーグは昇格と降格を復活させた。このためシビアに結果を出さざるをえないことから、例えば13名以上の選手を確保できず、代替日程をセットできないチームは「見なし開催」として0-3の敗退にすることを決めた。これも「小異を捨てて大同に就く」ことの1つだろう。

コロナ禍が今後どうなるのか。そしてワクチンの接種はいつ始まるのか。不確定な要素も多々あるが、昨年1年間のエビデンス(医学的根拠)をベースにしつつ、今年も「走りながら考える」しかないのが実情だ。

それでもJリーグは26日に開幕し、有観客で試合をできるのは大きな進歩と言えるだろう。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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5月15日Jリーグの日にまつわる思い出/六川亨の日本サッカーの歩み

5月15日は「Jリーグの日」と言われている。今から28年前の93年5月15日、国立競技場でヴェルディ川崎(現東京V)対横浜マリノス(現横浜FM)の試合が開催された(2-1でマリノスの勝利)。 当時は翌16日の日曜日に残りの4試合がデーゲームとナイトゲームで開催された。昨日のJ1リーグではガンバ大阪と浦和レッズの試合が17時から開催されたが、奇しくも93年の開幕戦と同一カードだった。 この「Jリーグの日」、93年から制定されていたわけではない。2017年にJリーグが初めて制定して数々のイベントを開催するようになった。たぶん村井チェアマンの発案ではないだろうか。 というのも、初代の川淵チェアマン以降、歴代のチェアマンである鈴木氏(鹿島)、鬼武氏(C大阪)、大東氏(鹿島)の3氏はいずれもJクラブの社長経験者だった。このため「5月15日」は身近なため特別な感情を抱いていなかったのではないだろうか。その点、村井氏は一サッカーファンだったため、「5月15日」に特別な思いがあったと推測される。 28年前の開幕戦は、ヴェルディ川崎のマイヤーのJリーグ初ゴールに始まり、同年の得点王になったラモン・ディアスの決勝点、翌日の鹿島対名古屋戦でのジーコのハットトリックなど話題満載の2日間だった。 当時について、JSL(日本サッカーリーグ)時代は日産でプレーし、Jリーグの創設に伴い出身地の清水エスパルスへ加入した長谷川健太氏(現FC東京監督)は、「一番は我々がどうすればいいのか困った」と回顧する。 それもそうだろう。昨日まではアマチュアでプレーしていたのが、明日からはプロとしてプレーする。しかし「Jリーグができたからといって、すぐに上手くなるわけではない」からだ。 そこで長谷川監督は「とりあえず気持ち、姿勢だけはお客さんに満足してもらおうと開幕を迎えたと思います。戸惑いはあったが、逆にそれで注目していただいて、何か変わらなきゃ、技術はすぐに上手くならないので、気持ちでやろうと。そういう意味で大きく変わったと思います」と当時の心境を述懐した。 当時の試合を見返すと、技術・戦術のレベルは低いものの、行き来の激しい試合を90分以上も続けていた。球際での競り合いは現在より激しく、このため大けがをする選手もいた。そうした激しさ、肉弾戦がファン・サポーターの熱狂を呼び、Jリーグブームを巻き起こしたのだろう。 当時のチケットは「プラチナチケット」と呼ばれ、チケット欲しさに殺人事件が起きる悲しい出来事もあった。 ちなみに当時のサッカーダイジェストはJSL時代もJリーグが誕生してからも、選手インタビューに金銭を支払っていなかった。しかし清水エスパルスの広報から謝礼を要求された際にその理由を聞くと、「選手はプロなので」という返事だった。「プロとは何か」、誰もが試行錯誤の時代だったのかもしれない(もちろん取材は遠慮した)。 「Jリーグの日」に話を戻すと、万博で開催されたG大阪対浦和戦は19時04分キックオフのため、開幕を特集したダイジェストに掲載することはできなかった。なぜかというと、当時はまだデジタル化は到来していないのと、インターネットも現在のように普及していなかったからだ。 撮影はフィルムで行い、現像する必要がある。デーゲームなら新幹線で当日に持ち帰ることができるが、ナイトゲームでは締め切りに間に合わない。そこで掲載を断念しなければならなかった。 今から10数年ほど前のことである。縁あって浦和のムック本を制作することになった。そこで93年の開幕戦のチーム集合写真を国内最大手の写真エージェントに探しに行った。ポジフィルムで撮影された試合だったが、写真の総数は20点くらいで、いずれも選手は豆粒のように小さかった。 当時のカメラは今と違い、オートフォーカスではなく手動でピントを合わせなければならないため技術が要求される。加えて300ミリ以上の望遠レンズも欠かせない。しかし、目の前にある写真はどう考えても素人が撮影したものとしか思えなかった。 そして浦和の集合写真はない。ホームのG大阪の集合写真はあるため、そちらを優先したことで浦和の集合写真は撮り損ねたのだろう。そこでクラブを始め共同通信社などに確認したところ、判明したのはどこも93年の開幕戦の浦和の集合写真は「ない」ということだった。ちょっと衝撃的な事実である。 最後に思いついたのは、地元である埼玉新聞だった。新聞社のためモノクロかもしれないが、知人のサッカー担当記者に電話したところ、結果は「ビンゴ!」だった。ネガフィルムではあるがカラー写真で集合を撮影していた。 これもJリーグが掲げた「地域密着」のおかげかもしれない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.05.17 21:45 Mon
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緊急事態宣言継続でも有観客試合を国が推奨?/六川亨の日本サッカーの歩み

何かと慌ただしい週の始まりだった。10日はNPB(日本野球機構)とJリーグの31回目となる「新型コロナウイルス対策連絡会議」が開催された。スポーツニッポンは浦和が酒井宏樹を獲得と報じ、夕方には神戸が“「イニエスタ選手に関する重要な記者会見」のライブ配信実施のお知らせ”を発信した。 会見は11日の14時からだが、神戸とイニエスタの契約は今年で切れる。このため契約延長か、あるいは昨シーズンのACLで負傷し、手術までした大腿が悪化して、今シーズン限りで現役引退かとの憶測が流れた。 その11日は13時からJリーグの実行委員会後の会見があったが、Jリーグも心得ていたのだろう。14時ちょっと前に会見を終え、神戸の会見に支障がないよう配慮した。 イニエスタに関して言えば、すでに報じられているように2年間の契約延長となった。当日37歳となったイニエスタは、2年後は39歳になる。カズや中村俊輔のような例もあるが、彼らは特別だろう。恐らく2年後のシーズンが終わったところで引退を表明するのではないか。 逆算するなら、イニエスタのプレーが見られるのはあと2年しかない。このため復調すればするほど、改めてイニエスタのプレーは注目を集めるに違いない。緊急事態宣言の出されている兵庫県だけに、5000人しかスタジアムに入れないのは神戸ファンにとっても寂しいことだろう。 その緊急事態宣言について、対策連絡会議では斉藤コミッショナーから会見の冒頭に大胆な発言が飛び出した。4都府県の宣言が5月31日まで延長されたことを受け、「31日までにコントロールできるのか。年間スケジュールを立てている組織は、その都度政府と交渉しないといけない。プロ野球は、無観客ならやる意味があまりない」と断言したのだ。 これには村井チェアマンも同調し、「国民の健康が大前提でも、プロは試合を消化するだけでなく、お客さんとの相互作用、生き甲斐や、やり甲斐になる。対策を講じ94~95パーセントは封じるエビデンスができた。去年の選手の感染数を越えたが、オンサイト検査とPCR検査で去年よりバージョンアップしている」と1年間の成果を強調した。 こうした実績が評価されたのかどうかは後述するとして、4都府県に緊急事態宣言が発令されている間、5月1日のFC東京対横浜FM(味スタ)や5日のルヴァンカップ、神戸対FC東京(ノエスタ)は無観客で、リモートマッチで開催された。 ところが緊急事態宣言が継続され、新たに加わった県があるにも関わらず、5000人か収容人数50パーセントの少ない方での有観客試合が認められた。 このことに関して斉藤コミッショナーは「今回は政府の方が緊急事態宣言を継続するなかで、一部緩和策が政府からリリースされた」と、政府が自ら緩和したことを明らかにした。最初の緊急事態宣言では無観客なのに、継続した緊急事態宣言下では有観客に変わっている。この差(矛盾)はどこにあるのだろうか。 変わったのはそれだけではない。例えば私事で恐縮だが、よくシニアの東京都リーグで使用する、西が丘サッカー場の近くにある赤羽スポーツの森という人工芝のサッカー場がある。ここは最初の緊急事態宣言で11日まで使用禁止になった。ところが宣言が継続される12日からは使用が認められた。恐らく施設は東京都ではなく北区のものだからだろう。 テレビでも、東京都美術館(上野)や江戸東京博物館(両国)ら都立の施設は小池都知事の要請により5月31日まで休館となっている。それに対し東京国立博物館(上野)や東京国立近代美術館(竹橋)は休館を止めるという。国立の博物館や美術館を管理する文化庁の職員は「密にならないし、会話もないので休館にする理由がわからない」とテレビの取材に答えたそうだ。 そこで調べたところ、確かに東京都の施設は5月31日まで休館を延長すると、国立の施設はいずれも5月12日から再開したり、夜間の開館を始めたりするとホームページに出ていた。 考えられる理由は1つしかない。NPBやJリーグの要請以上に、国としては五輪開催のためにも観客を入れたスポーツイベントを開催することで、安全性を証明したいのだろう。 対策連絡会議でも三鴨廣繁ドクター(愛知医科大学)は「五輪を開催か中止か。7~8割の世論は反対している。止めるのは簡単だが、準備を進めないと開催できない」と理解を示した。 IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長の来日が延期され、聖火リレーのたび重なる予定変更などで、いつの間にかすっかり“悪者”になってしまった東京五輪。ちょっと可哀想な気がしないでもない。 id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.05.11 18:15 Tue
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長谷川健太監督の意外な采配/六川亨の日本サッカーの歩み

2018年に長谷川健太氏を監督に迎えたFC東京は、翌19年に悲願のリーグ初優勝にまい進していた。残念ながら終盤の失速で横浜FMに優勝を譲ってしまったが、昨シーズンも優勝が期待された。 「ファスト・ブレイク」――前線からの守備によるショートカウンターを武器に、永井とディエゴ・オリベイラの2トップは多少アバウトなロングパスでもマイボールにしてくれる機動力があった。 それまで天敵だったアウェーの浦和戦では、20年9月30日の試合で1-0の勝利を収めた。実に17年ぶりに“鬼門”だった埼玉スタジアムで勝利したのだ。さらに、どのチームにとっても勝つのが難しいカシマスタジアムでも18年に勝利するなど、3シーズンで3勝1分け2敗と勝ち越している。 その一方で、苦手としているのが鳥栖戦だ。とくに昨シーズンはホームで2-3と競り負けると、アウェーでは0-3と完敗。「今日はすべての面で鳥栖が上回った。完敗です」と潔く敗北を認めた。シーズン途中には室屋に続き橋本も海外へ移籍するなどの戦力ダウンに加え、東京五輪の影響から夏場にアウェーの連戦が続くなど、6位と不本意な順位で終えた。 そして迎えた今シーズンの鳥栖戦も、前半に左サイドの攻撃から2失点し、1-2と4連敗を喫した。 鳥栖は左サイドの仙頭と小屋松の京都橘高コンビがFC東京の右SB岡崎とCB渡辺剛にプレスを掛けてビルドアップを封じると、奪ったボールを素早く右サイドに展開して2点を奪った。FC東京の左SB小川とFWアダイウトンはストロングポイントではあるが、小川の攻撃参加によって生まれたスペースを鳥栖は利用した。 そこで長谷川監督が取った采配は、ハーフタイムに岡崎に代え内田、渡辺剛に代えて青木という選択だった。本来、内田はドリブル突破を得意とする攻撃的な選手である。中村帆高が負傷により長期離脱中とはいえ、彼を右SBに起用したことは、守備よりも攻撃を優先するという指揮官からのメッセージだろう。 そしてケガをしたようにも見えない渡辺剛を下げてボランチの青木を起用し、アンカーの森重を右CBに戻した。このコンバートについて森重は「ビルドアップするため、センターバックからのフィードで1枚剥がしたりするとか。前半はスムーズにやれていなかった。落ち着いて回せれば攻撃の時間は増えるかなと意識した」と理由を語った。 反撃するために攻撃的な選手を増やすのは素人目にもわかりやすい。しかし長谷川監督はまず自陣からのビルドアップを優先する一手を打った(その後は三田やレアンドロ、田川ら攻撃的な選手を投入)。確かに渡辺剛はプレスを受けると近くにいる岡崎にボールを預けることが多かった。時折ロングパスを試みるが、その精度は森重とは比べようがない。そこで森重をCBに戻すことでDF陣からのビルドアップを優先した。 この起用を見て思い出したのが、長谷川監督が就任した18年の試合だった。サイドMFでのプレーが多く、「シュートよりもクロスの意識が強かった」(長谷川監督)という永井を2トップで起用し、「シュートで終われ」とアドバイスすることでFW永井を再生した。 そして劣勢になると長身FW前田遼一を起用してパワープレーに出た。その際に、左SB太田に代えて21歳の小川をピッチに送ることが多かった。その理由を聞くと、「太田のクロスはニアの壁を越えていない」というものだった。 確かに試合開始から上下動を繰り返し、セットプレーキッカーも務めれば、蓄積された疲労もかなりのものになるだろう。試合終盤は曲がって落ちるクロスの精度が落ちるのも当然だ。そこで長谷川監督はサイドからのキッカーも交代させたのだ。 似たような話はヨハン・クライフ監督がバルセロナ時代にフリオ・サリーナスを交代で起用するときは、クロスの精度の高いサイドアタッカーも同時に投入すると聞いたことがある。サリーナスに質の高いクロスを供給できなければ、彼を投入した意味がないからだ。 森重をCBに戻したことで後半はFC東京もゲームを支配する。8分にその森重が左CKからヘッドで1点を返すと、その後も永井や小川、さらにアディショナルタイムにはレアンドロが決定的なシュートを放つ。いずれもGK朴一圭のスーパーセーブに阻まれて同点に追いつけなかったが、選手交代の効果はあった長谷川監督の采配だった。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.04.27 20:50 Tue
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東京V永井監督のコメント力。FC東京はミスから自滅/六川亨の日本サッカーの歩み

先週末の10日は久しぶりにJ2リーグの東京V対山口戦を取材した。昨シーズンまで山口の監督を務めた霜田氏(元JFA技術委員長)は、古くからの知人である。このため山口の監督に就任以来、機会があれば試合を見に行くようにしていた。 ただし昨シーズンも、この日の対戦相手である東京Vの永井監督が「非常にボールを大事にして、(ボールを)保持しながらいいサッカーをやられている。監督が代わっても同じ方向性の素晴らしいチーム」と言ったように、ポゼッションにこだわっていた。そして、そこを対戦相手に狙われてもいた。 DF陣でのパス交換からボランチを経由してサイドに展開しようとしても、ボランチが狙われてボールを失いショートカウンターを食らったり、DF陣がプレスを受けてミスから失点したりしていた。 しかし東京V戦ではベテランCB菊地が今シーズン初スタメンを飾り、柏や仙台、神戸でプレーした渡部とコンビを組んだことで、ピンチとみるや無理してパスをつながずロングキックで逃げるなどリスク管理を優先していた。 それでも東京Vの両サイドハーフの攻め上がりによる素早い攻撃を防ぎきれず、1-3の逆転負け。渡邉監督も「内容もフラストレーションのたまる試合で申し訳ない」とファン・サポーターに謝っていた。 一方、勝った東京Vで興味深かったのが、永井監督の次のコメントだ。誰かに質問されたのではなく、会見の最後の方で自ら発言した。 「あえて反省と言うと、後半に3対1で山下が運んで行って、最終的に山下がシュートを打った。我々の目的は崩すのではなく、最終的にはゴール。もう1度真剣に考えたい。今後につなげるためにも大事なプレーだった」 問題のシーンは後半36分、山口陣内でCB菊地にFW佐藤凌とFW山下がプレスをかけてボールを奪い、山下がドリブルで突進してGKと1対1からシュートを放った場面だ。シュートはゴールの枠を捕らえることができず、右上に大きく外れた。 ドリブルで突進する山下の右側にはプレスをかけた佐藤凌と、後半から出場したMF石浦の2人がフリーでいたため、山下はGKを引きつけてから2人にパスを出すという選択肢もあった。その際に注意するのはオフサイドだけ。そうすればダメ押しの4点目を奪うことができた。 もしも山下がシュートを決めていれば、永井監督もあえて指摘しなかっただろう。それでも3-1と快勝しながら、決定的な1プレーにこだわった。 かつて日本代表の監督を務めていた岡田武史氏は「勝負の神様は細部に宿る」と言ったことがある。永井監督も、勝敗はもちろんのこと、1プレー1プレーのディテールにこだわるタイプの“勝負師"かもしれない。 そして翌日のJ1リーグでは、首位の川崎FがFC東京を4-2と退けた。堅守速攻を武器にするFC東京なら、破壊的な攻撃力を誇る川崎Fに一矢報いることはできるのではないか。ディエゴ・オリベイラとアダイウトンならゴールをこじ開けられるのではないかと期待したが、残念ながら開始早々のミスによる失点でFC東京は大敗した。 FC東京はCB渡辺剛が札幌戦でのレッドカードから出場停止。右SBの中村帆高も負傷と台所事情の苦しさはあった。このためアンカーで存在感を発揮していた森重をCBに下げ、ボランチに青木と安部を置き、永井を今シーズン初スタメンに起用する4-4-2を採用した。この2トップは優勝争いを演じた一昨シーズンの布陣である。 しかし永井は肩の負傷から当時の輝きを取り戻してはいないし、移籍したばかりの青木と、夜の会食が発覚して謹慎処分の解けた安部(前節の札幌戦ではイージーなパスミスが目立った)のコンビは、やはり急造の感は否めなかった。せめてもの救いは今シーズン出番の少ない高萩のクロスから内田がJ1初ゴールを決めたこと。 それにしても、川崎Fの強さは別格と感じないではいられない。5月2日は現在2位の名古屋と対戦するが、この1戦の勝敗にかかわらず独走の予感が早くも漂っている。あまりにも強すぎるチームの出現は、個人的にはリーグをつまらなくすると思っている。 そういう意味では圧倒的な強さを誇るバイエルンやパリSG、ユベントス(今シーズンは例外)などヨーロッパのリーグに近い存在になりつつあるのかもしれない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.04.12 21:40 Mon
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Jリーグは抗原検査の実施を承認/六川亨の日本サッカーの歩み

先週末の4月3日と4日、J1リーグは久しぶりに9試合を実施した。新型コロナの影響でクラスターの発生したG大阪は6試合が中止となっていたが、3日の第7節は開幕戦以来となるアウェーの広島戦に臨み結果は0-0のドローに終わったものの35日ぶりに試合ができた。待ち望んだ試合ができたことで、選手はもちろんチーム関係者も胸をなで下ろしたことだろう。 しかしながら最近も浦和やC大阪、福岡、岐阜に感染者が出るなど新型コロナの脅威は変わらない。そうした状況で4月5日に第29回となるJリーグとNPB(日本野球機構)と専門家による対策連絡会議が開催された。 会見の冒頭で挨拶に立った村井チェアマンがG大阪の感染者のゲノム解析を行った結果、感染源はバスの車中ではなく、ロッカーの可能性が高いことを報告した。 賀来満夫ドクター(東北医科薬科大学)によると、バスの車中での会話や狭いトイレは感染の危険が高いものの、G大阪の陽性の選手5名のゲノムを解析したところ、感染経路の調査によりウイルスの種類が違うことが判明。試合後のロッカーでの会話が感染経路となった可能性が高いと報告した。 試合後、勝ったチームの選手はつい大声を出してしまうかもしれないし、距離も近くなってしまう可能性がある。このため愛知医科大学の三鴨廣繁ドクターも「ロッカー内での会話でもマスクが必要ということ」と警鐘を鳴らした。 G大阪に関しては、6日に開催されたJリーグの実行委員会後、中止となった6試合の新たな開催日程が発表された。第11節のアウェー名古屋戦(3月3日開催予定)は4月22日で、その後の第2節から6節の5試合は7月24日、27日、30日と8月3日、6日の東京五輪期間中に開催される(J1リーグは7月11日の第22節終了後、8月9日まで試合はない)。 いくらナイトゲームとはいえ、夏場の暑い時期に中2日(1試合だけ中3日)の連戦が5試合も続くかなりハードな日程となっている。しかし試合を開催できなければ0-3の負けという『みなし開催』のルールがあるだけに、チーム一丸となって乗り切るしかないだろう。 5日の対策連絡会議では、プロ野球のヤクルトが出入り業者から選手が感染した事例も報告され、今後は出入り業者に加えてマッサーなどもPCR検査の実施や体温表の提出などを義務づけた方がいいというアドバイスもあった。 そしてJリーグは独自に『オンサイト検査(抗原検査)』を実施することを発表。ただし詳細は6日の実行委員会で説明してからということで、5日の対策連絡会議では具体的な話はなかった。なお、オンサイト検査はJリーグだけが実施予定で、NPBは従来通り月1回のPCR検査で対応する体制に変わりはない。 そのオンサイト検査である。村井チェアマンは「変異株が増えて感染力が増している。従前以上に厳しくする環境にある。機動的な対応が望まれている。専門家の意見を踏まえて今回の判断に踏み切った」と危機感を強めていた。 具体的には、『3名以上の陽性反応者か判定保留者』、あるいは『5名以上の濃厚接触と濃厚接触疑い者』が出たら実施する。検査は試合のキックオフ3時間30分前に、鼻咽頭と鼻腔から献体を採取し、15分ほどの判定時間の結果、陰性になったら試合出場が可能になるというシステムだ。 この抗原検査は『疑陽性』の可能性があるものの、PCR検査での陽性と陰性の全体の一致率は97・8%とかなり高い精度を誇っている。現在は自主隔離中の新規外国人選手も毎日の抗原検査と3日に1回のPCR検査を受けているが、肉体的にも精神的にも負担にはなっていないそうだ。ネックは1回2万円ほどかかる費用負担だが、安心・安全なリーグ戦を実施するためには仕方のないところ。 実施は「詳細な規約を作ってから」ということだが、それほど規約作りに時間はかからないだろう。 6日の実行委員会では、宮城県、大阪府、兵庫県に出された『まん延防止等重点措置区域』によりガイドラインを改定したことも報告された。すでに観客数について発表しているクラブもあるが、5000人か50%の少ない方で、ビジター席の設置は当該チームと対戦相手の自治体の見解を確認するか協議して有無を決める。キックオフ時間とアルコール販売は自治体の要請に準拠することとなっている。 緊急事態宣言が解除されたものの、第4波の到来も予想されるだけに、賀来氏と三鴨氏の両ドクターは、体調不良だったらスタジアム行きを諦めることと、試合後はどこにも寄らずに自宅へ帰ることを推奨していた。 余談ではあるが、実行委員会では現在15チームが参加しているJ3リーグが、将来20チームになったらJリーグ全体で60チームになる。その後はJFL(日本フットボールリーグ)との入替え戦の実施を、検討するかどうかの検討を始めた。そして木村専務は新聞等に出ていた「スパーリーグの構想は一切ない!」と断言した。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.04.06 22:15 Tue
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