ACL蔚山戦VARの疑惑/六川亨の日本サッカーの歩み

2020.12.15 17:30 Tue
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先週末はJ1リーグのFC東京対広島、J2リーグの大宮対山口を取材した。NACK5での取材を終えて帰宅してからは、テレビでACL準決勝の神戸対蔚山を観戦したが、なんとも後味の悪い試合だった。1-1で迎えた延長後半も13分を過ぎ、PK戦突入が濃厚と思ったところ、それまで神がかり的なセーブを見せていたGK前川がFWネグランを倒してPKを与えてしまった。キャッチングが難しいならパンチングで逃げるという選択肢もあったが、それは結果論というものだろう。


前川はジャグリングしたボールをキャッチしようとしたまでは問題なかった。しかし伸ばした右足がネグランの腰に巻き付くような格好で一緒に倒れたため、押し倒したと判断されても仕方ない。

それでもGK前川のファインプレーがなければ延長前半で2点は食らっていただけに、激闘の立役者であることに間違いはない。蔚山との準決勝だけでなく、今大会の前川は「守護神」と呼ぶにふさわしいプレーを連発した。年内にも噂される日本代表のミニキャンプに招集してみてはいかがだろう。

そして蔚山戦は、VARについて考えさせられた。

蔚山の同点ゴール、左サイドを抜け出たキム・インソンか、それともユン・ビッカラムのシュートをゴール前でコースを変えて押し込んだヨハンセンか、どちらがオフサイドでアシスタントレフェリーは旗を上げたのかVTRを見る限りはわからなかった。

しかしリプレーを見る限り、キム・インソンはオンサイドに見えたし、ヨハンセンもマーカーと並んでいるように見えた。というより、VTRのカメラの位置から判断するのは難しく、タッチラインから撮影された映像でないと正確なジャッジは下せない。

このためオフサイド(ゴール)かどうかの判断に関してVARがレビューを求めたのは適切なジャッジだったし、映像による検証の結果、主審がゴールと認めたのだから従うしかない。

問題は神戸の2点目、佐々木のゴールだ。

ご存じのようにVARは次の4つのケースで適用される。

ゴールかどうか(ゴールに結びつくプレーも含む)
PKかどうか
一発レッドかどうか
間違った選手への退場処分と警告処分

ハーフライン付近でボールを奪った安井が攻撃の起点となり、ドウグラスのドリブルによるカウンターから最後は佐々木が押し込んだ、鮮やかなゴールだった。一連のプレーで主審は笛を吹くことなく、一度は佐々木のゴールを認めた。

ところがVARは1)の事象から主審にレビューを求めた。最初は正直、どのプレーが問題になったのかわからなかった。そして問題があるとすれば安井のプレーで、そこまで遡るのかと思ったが、それはそれで仕方がない。ところが繰り返されたリプレーを観ても、どれが反則なのか理解に苦しんだ。

安井のプレーが反則なら、韓国人選手のボディーコンタクトはほとんど反則と言っていいくらいだ。結果として神戸の2点目は取り消され、その後の失点により試合は延長戦に突入した。

VARがレビューを求めても、最終決定は主審である。そしてVARはその頭文字が示す通りあくまで「アシスタントレフェリー」だ。その目的は「最小限の干渉で最大の利益を得ること」にある。

しかしながら蔚山戦は、主審とVARの立場が逆転したような印象を受けた。VARは上記4プレーしか介入できないため、佐々木のゴールに「余計な干渉」をしてきた。にもかかわらず主審はVARの干渉を受け入れてジャッジを覆した(と感じられてならない)。

これは昨年1月のアジアカップでも思ったことだが、今大会の中東の審判団はどこまでVARに精通しているのかということ。グループステージではディエゴ・オリベイラ(FC東京)が悪質なタックルによってプレーが続行できなくなったが、主審のジャッジは甘いものだった。

他国のチームを色眼鏡で見る必要はないが、中国選手は足裏を見せたり、足を高く上げたりするタックルが多いこと。韓国勢はボディーアタックの際にエルボーから入ることなどの事前情報をしっかりと把握してジャッジに生かして欲しい。

神戸はもちろんJFA(日本サッカー協会)もAFC(アジアサッカー連盟)に抗議文を出すそうだ。もちろんジャッジが覆るわけでも、ミスジャッジだったかどうかの判定が発表されるわけでもない。抗議文がどう扱われるかも不明であるが、AFCに影響力があると思われるJFA審判委員会と田嶋JFA会長兼FIFA理事の政治力に、ちょっと期待したい。

そして神戸についてはGK前川に加え、どの試合でも魂のこもったプレーと気迫あふれる空中戦で対戦相手のエースFWと火花を散らしたCB菊池も、ポスト吉田として日本代表
でのプレーを見てみたい選手だ。ドーハでのACLには日本勢3チームが参戦したが、“アジアの戦い”で最も経験値を高めたのが菊池ではないだろうか。
【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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INAC神戸の監督に星川氏が復帰/六川亨の日本サッカーの歩み

ネットでサッカーの記事を検索していたら、スポーツ紙が9月に開幕するサッカー女子プロリーグ「WEリーグ」への参入が決まっているINAC神戸がゲルト・エンゲルス監督の契約終了を発表。後任には元監督の星川敬監督(44歳)を招聘したことを報じていた。 WEリーグに関しては、なでしこリーグの女王である浦和が森栄次氏を監督から総監督にして、楠瀬直木監督との2頭体制になったり、雪辱を期す東京ヴェルディ日テレ・ベレーザは現監督の永田雅人氏(47歳)がS級ライセンスを持っていないため、GMの竹本一彦氏(65歳)を監督に迎え、永田氏はヘッドコーチとしてチームを指導するなどチーム作りに関する話題が豊富だ。 マイナビ仙台は日テレ・ベレーザやINAC神戸で指揮を執ったベテランの松田岳夫氏(59歳)を監督に招聘。ちふれASエルフェン埼玉は、現役時代は日本女子代表として活躍した半田悦子氏を、長らく指導してきた常葉大橘高から抜擢した。 FC十文字を母体とする大宮は、「なでしこジャパン」前監督で11年W杯ドイツ大会優勝の佐々木則夫氏(62歳)が総監督に就任。監督には大宮育成普及本部長の岡本武行氏(53歳)を迎え、コーチに元なでしこジャパンFWの大野忍氏が就任したと報じていた。 そこで星川監督である。同氏は日テレ・ベレーザの監督として09年になでしこリーグと皇后杯に優勝。翌10年はINAC神戸の監督に就任すると、ここでも皇后杯に優勝した。そして11年は澤穂希、大野忍、近賀ゆかりらの獲得に成功し、なでしこリーグと皇后杯の2冠を達成。さらに12年は両タイトルでの連覇に加え日韓女子チャンピオンシップも制して3冠を達成した。 ところが星川監督は数々のタイトルを獲得したにもかかわらず、12年12月にINAC神戸の監督を辞めヨーロッパに渡ってしまった。星川監督とは親しい間柄ではないが、何度か味の素フィールド西が丘で話を聞いたことがある。その時に印象に残っていた言葉が、「いくらリーグで結果を出しても、代表の監督にはなれません」という一言だった。 確かに彼が指摘した通り、歴代のなでしこジャパンの監督はリーグ戦の結果とは無関係だ。 1990年代以降でも、鈴木保氏(89~96年)は加茂周氏が日産(現横浜FM)の監督時代にコーチとして支え、その後は日産の監督も務めたが、日産FCレディースの監督としてはLリーグで6チーム中4位、10チームでも4位が最高の成績だった。 唯一の例外は宮内聡氏(97~99年)で、帝京高校時代に選手権で優勝を飾り、古河(現ジェフ千葉)でもリーグ優勝とアジアクラブ選手権優勝に貢献。日本代表としても守備的MFとして活躍した。93年から97年まで指導したプリマハムFCくノ一ではLリーグでチームを初優勝に導く。そして昨シーズンからはちふれASエルフェン埼玉の代表取締役会長に就任した。 宮内氏に続くのが上田栄治氏(02~04年)で、現役時代はフジタ工業(現湘南)のFWとして活躍し、リーグ優勝3回、天皇杯優勝2回を誇る。現役引退後はJFA(日本サッカー協会)のナショナルトレセンコーチや技術委員などを歴任し、06年には女子委員長も務めた。 異色なのが上田氏に代わって監督を務めた大橋浩司氏(04~07年)だろう。中学の教師をしながらJFAのS級ライセンスを取得し、01年からJFAの専属指導者になる。なでしこジャパンの監督として06年のアジア大会で準優勝して北京五輪の出場権を獲得すると、07年の女子W杯にも出場した。 大橋氏からバトンを受けた佐々木則夫氏(08~16年)については説明も不要だろう。帝京高校でインターハイ優勝、選手権3位となり、明大を経てNTT関東(現大宮)でプレー。33歳で現役引退後は大宮の監督や強化普及部長などを務め、06年からなでしこジャパンのコーチとU―20女子代表の監督を務め、ドイツW杯優勝とロンドン五輪で銀メダルの成果を残した。 そして現在の高倉麻子監督は、現役時代は読売ベレーザで数々のタイトルを獲得し、指導者としてS級ライセンスを取得後はU-17日本女子代表の監督としてW杯初優勝などの成績を収めてAFCの女子年間最優秀監督賞を7回も受賞した。 日本初の外国人監督となったハンス・オフト氏以降、日本人の代表監督は誰もがJクラブで実績を残した。加茂周氏は日産でリーグと天皇杯、横浜フリューゲルスで天皇杯に優勝、岡田武史氏はリーグ連覇、西野朗氏は柏でナビスコ杯、G大阪で3冠獲得、森保一氏はリーグ優勝3回といった具合だ。 ところがなでしこジャパンの監督は、監督になるための基準や目安がこれまでは曖昧だった印象が強い。リーグで結果を残すよりも、上田氏や大橋氏のようにJFAの仕事をした指導者が優先されると指摘されても仕方ないだろう。 しかしそれも、WEリーグの誕生で変わるかもしれない。資格の関係で女性監督はまだまだ少ないが、それが増えることで代表監督もリーグで結果を残した監督が就任するようになるかもしれない。あるいは男性監督かもしれないし、能力があれば外国人監督だっていい。いまはまだ先行き不透明なWEリーグだが、9月にはどんな成長を遂げているのか。プロになった選手たちの声を聞くのが楽しみでならない。 <hr><div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.02.24 17:30 Wed
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海外組のFW陣は復調するか/六川亨の日本サッカーの歩み

昨夜14日は21時からプレミアリーグのサウサンプトン対ウルブス戦、22時からはラ・リーガのヘタフェ対レアル・ソシエダ戦をDAZNで観戦した。サウサンプトンの南野拓実はホーム初スタメンとなる序盤こそ左MFの位置で攻撃に絡み、10分には惜しい左足シュートを放ったが、時間の経過とともに次第に画面からフェードアウトする。 ドリブルで仕掛けるシーンは皆無で、パスが来ても無理せずリターンすることが多く、見ていてフラストレーションばかりが募った。試合はイングスの鮮やかなボレーで先制したサウサンプトンだったが、51分にPKから同点にされると、南野は62分に交代を余儀なくされる。そしてチームは66分に逆転ゴールを許して逆転負け。この結果6連敗で13位に後退した。 一方ヘタフェの久保建英は、前節のレアル・マドリー戦同様アレーニャとともにベンチスタート。チームは30分に左クロスから失点すると、ホセ・ボルダラス監督は58分に久保とアレーニャを同時投入したもののスコアを動かすことはできず、4試合連続ノーゴールの3連敗とこちらも泥沼にはまっている。 久保は交代直後の66分に右FKからゴールを狙ったが、ニア上狙いのシュートは低い弾道のため壁にブロックされてしまう。このシーン以外は、ヘタフェがロングボールを多用したため空中戦の競り合いと、こぼれ球に両チームの選手が殺到する肉弾戦となり、久保とアレーニャを起用した効果はほとんどなかった。 もしもこの2試合をFC東京のファン・サポーターが見ていたら、きっと「シュート打て!」と叫んでいたことだろう。 この2人に限らず、ブレーメンの大迫勇也は13日のフライブルク戦に80分から登場したものの見せ場を作ることはできなかった。 ほんの1年ほど前は、東京五輪のOA(オーバーエイジ)枠で1トップの絶対的候補にあげられていた大迫だが、今シーズン聞こえてくるのはネガティブな報道ばかり。 彼らだけでなく、海外でプレーする攻撃的なポジションの日本人選手は、押し並べて評価が低い。かろうじて鈴木優磨(シント=トロイデン)と伊東純也(ヘンク)が1月は結果を残したが、代表クラスの選手はほとんど国外でプレーしているベルギーリーグでの活躍のため、割り引いて考えるのは酷な仕打ちだろうか。 逆に評価を高めているのがセリエAとブンデスリーガの2人だ。冨安健洋(ボローニャ)と吉田麻也(サンプドリア)は試合結果にかかわらず高評価を得ている。同じくシュツットガルトの遠藤航も評価を高めた昨シーズンだったし、それは今シーズンも変わらない。さらに試合を重ねるたびにメディアも驚いているのが長谷部誠(フランクフルト)だ。 本人は代表からの引退を表明しているものの、リベロもしくはボランチとして必要なら代表に再招集すべきではないだろうか(FC東京の森重真人の左右両足の正確なフィードも代表の武器になると思っている)。 今週末の20日はゼロックス・スーパーカップが開催され、来週26日にはJ1リーグの開幕でシーズンインを迎える。そして3月は、25日にW杯アジア2次予選のミャンマー戦、30日はモンゴル戦が控えている。 新型コロナの影響次第だが、2月12日現在の外務省ホームページはドイツ、スペイン、フランス、ベルギー、ポルトガルが日本からの入国を禁止している。イタリアとUAEは入国に際し条件付きか行動制限が課されている。 コロナ規制の緩和状況にもよるが、大迫、久保、南野、そしてアル・アイン(UAE)でデビューした中島翔哉らはコンディションと同時に、チームの所在地の条例により再入国に厳しい制限があるのなら招集を断念し、3月の代表戦の攻撃陣は国内組で編成しなければならないかもしれない。 そこで問題は、国内組でどんな攻撃陣を組めるかということになる。こちらは過去の実績に加え、今シーズンの活躍次第ということになるだろう。候補としては川崎Fの小林悠、家長昭博、三笘薫、横浜FMの前田大然、鹿島の上田綺世といったところか。それとも意外なニューカマーが出現するか。ここらあたりに注目して見るのも面白いのではないだろうか。 <hr><div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.02.16 12:15 Tue
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小異を捨てて大同に就く今シーズンのJ/六川亨の日本サッカーの歩み

Jリーグは昨日8日、午前中に今年2回目となるNPB(日本野球機構)との対策連絡会議を、午後からは実行委員会を開催した。 10都府県の緊急事態宣言の延長によりJリーグはガイドラインを改定。政府方針に従い大規模イベントの観客の上限は5000人、20時以降の外出自粛に伴いナイトゲームのキックオフ時間は18時以前とし、ビジター席の設置は都道府県の状況に応じて個別に対応することなどが発表された。 そうした状況でJリーグもNPBも、現在頭を痛めているのが「外国人問題」だ。 NPBの斉藤コミッショナーは「外国人の入国が早まらないとチームを構成できない。入国しても2週間の待機がある。この課題についてNPBも会議し、Jリーグと一緒に(政府に)提言したい」としながらも、「国民と医療機関が納得しないと政府も動けないだろう」とその難しさを話していた。 この「外国人問題」を複雑にしているのが、すでにJリーグでプレー経験や指導経験があり、在留資格のある外国人と、新規の外国人で差があることだ。前者は自宅などで2週間の待機後は活動を許されるが、緊急事態宣言により新規の外国人は入国が一切認められていない。 村井チェアマンも「新規の外国人はエビデンスがないのでこれからの問題」と頭を悩ませている。 実際のところ、選手23人、監督やコーチなどのスタッフ6人、その家族24人の計53人が入国できないでいる。さらに新規入国に際し、ビザの発給を待っている外国人もいて、こちらはJリーグも「人数を把握できていない」という状況だ。 徳島は、チームをJ1リーグに導き今シーズンから浦和の監督に就任したリカルド・ロドリゲス監督の後任として、スペイン人のダニエル・ポヤトス監督とマルセル・コーチを新たに招聘したものの、来日の目処が立っていない。 このまま緊急事態宣言が3月まで延長されれば、徳島は2月27日の開幕戦(アウェーの大分戦)を指揮官不在で戦わざるをえなくなる。 今シーズンのJ1リーグに関して、FC東京の長谷川監督は次のように話した。 「降格のない昨シーズンは、どのチームも自チームの良さを出す戦いをしてきた。しかし今シーズンは4チームが落ちるので、終盤戦だけでなく序盤戦から難しい戦いになると思う。どのチームも勝点1にこだわる戦いをしてくるだろうし、自陣にブロックを作って守りを固めてくることが予想され、得失点差も関係するのでスタートを大事にしたい」 そう話しつつ、FC東京はジョアン・オマリに代わる新外国人CBブルーノ・ウヴィニを獲得したものの来日は未定のため、メディカルチェックができず正式契約に至っていない。そうした選手は他のチームにもいて、同じような状況に置かれているだろう。 こうした不公平感も含め、8日の理事会について村井チェアマンは「昨年は先を見通せず、混乱・混迷のスタートだった。今年は覚悟を決めていて、ピリッとしている。タフなシーズンになるし、公平不公平はこれからもある。小異を捨てて大同に就く(意見の違いがあっても大勢が支持する意見に従う)。そんな感じでした」と振り返った。 今シーズンのJリーグは昇格と降格を復活させた。このためシビアに結果を出さざるをえないことから、例えば13名以上の選手を確保できず、代替日程をセットできないチームは「見なし開催」として0-3の敗退にすることを決めた。これも「小異を捨てて大同に就く」ことの1つだろう。 コロナ禍が今後どうなるのか。そしてワクチンの接種はいつ始まるのか。不確定な要素も多々あるが、昨年1年間のエビデンス(医学的根拠)をベースにしつつ、今年も「走りながら考える」しかないのが実情だ。 それでもJリーグは26日に開幕し、有観客で試合をできるのは大きな進歩と言えるだろう。 <hr><div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.02.09 21:25 Tue
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ゼロックス杯の変遷と日本サッカーの歩み/六川亨の日本サッカーの歩み

シーズンの到来を告げる毎年恒例の「富士ゼロックス スーパーカップ2021」の記者発表が2月1日に開催された。今年もJ1リーグ開幕の約1週間前の20日13時35分より、埼玉スタジアムでキックオフとなる。過去の直近3大会はリーグ戦と天皇杯の覇者が異なったため新鮮味があったが、川崎FとG大阪のファン・サポーターには申し訳ないが、今年は両チームの対戦にちょっと食傷気味の感がある。 そんな両チームのファン・サポーターにとって気になるチケット販売だが、2月1日現在で詳細は発表されていない。首都圏に出されている緊急事態宣言がいつまで延長されるかにより、有観客にするか無観客にするか、有観客にするなら5000人以下にするなどの状況を見ているのだろう。(2日に3月7日まで延長となることが政府から発表) 他に気になったのは、冠スポンサーである富士ゼロックスが、4月から「富士フィルムビジネスイノベーション」に社名を変更することだ。これに伴い大会名称も変更になる予定だが、来年以降もスポンサーを継続するのかどうか。こちらは新型コロナの影響も予想されるだけに、軽々に判断することはできないだろう。 会見では、同一企業で長期に渡り「スーパーカップ」のスポンサーを務めたことで、ギネス記録と認定されて、ギネスワールドレコーズの授与式も行われた。1994年にスタートして実に27年間、J1リーグの年間王者と天皇杯覇者の対決を支援してきた。 ギネス認定といえば、1992年にスタートしたヤマザキナビスコカップ(2016年よりルヴァンカップに名称変更)も、同一スポンサーによる最長の「カップ戦」として2012年にギネス記録に認定されている。 同じカップ戦だが、わかりやすく整理すると「スーパーカップ」はタイトルホルダー2チームによる一発勝負で、「カップ戦」の方はJ1リーグに参加するチームによるトーナメントの争いで、「リーグカップ」と認識すればいい。 歴史的な背景として、「リーグカップ」の前身は1973年にスタートしたJSL(日本サッカーリーグ)カップだった。当時のJSLに所属する1部と2部のチームによるトーナメント戦で、現在のルヴァン杯と形式は同じだ。こちらは91年まで16回ほど開催され、Jリーグ誕生の前年に当たる92年に「ヤマザキナビスコカップ」としてリニューアルされ、現在まで続いている。 それに比べてややこしいのが「スーパーカップ」である。誕生したのはJSL時代の1977年で、当時はスポンサー企業の冠大会ではなく、ただ単に「スーパーカップ」と呼ばれていた。大会は現在と同じくリーグ戦(JSL)の優勝チームと天皇杯覇者の対戦で、84年まで8回開催された。 この大会と同時期に誕生したのが、海外から有名チームを招いて日本代表と対戦する「ゼロックス・スーパーサッカー」だった。77年はペレのいるニューヨーク・コスモス、78年はヨハン・クライフ率いるワシントン・ディプロマッツ、82年はディエゴ・マラドーナが全盛時代だったボカ・ジュニアーズ(マラドーナはその後も同大会で南米選抜とナポリでも来日)といった具合に世界のスーパースターが来日。そして90年のバイエルン・ミュンヘンを最後に大会は自然消滅した。 そしてJリーグ開幕前の92年、JSLと天皇杯、JSLカップ、そしてコニカカップ(JSL第3の公式大会として90年と91年の2回だけ開催)の優勝4チームによる「ゼロックス・チャンピオンズ・カップ」が1回限りの大会として開催された。 その後、Jリーグが誕生した翌年の94年、改めてリーグ王者と天皇杯覇者が激突する「ゼロックス・スーパーカップ」が誕生し、2009年からは「富士ゼロックス スーパーカップ」として今日まで続いてきた。 70年代末から90年まで続いた「ゼロックス・スーパーサッカー」は、同時期に誕生したジャパンカップ(キリンカップ)に比べ、招待チームが1チームのため来日するチームも豪華だった印象がある(トヨタカップは別格として)。 両大会とも目的は日本代表の強化だったが、ファンのお目当ては来日するスター選手のプレーだった(日本代表が弱かったせいもある)。しかし93年のJリーグ誕生と日本サッカーのレベルアップに伴い、キリンカップも国際Aマッチの大会にグレードアップした。 こうして振り返るとキリン、ヤマザキビスケット、富士ゼロックスの3社は暗黒の時代から日本サッカーをサポートし、代表の強化とファンに娯楽を提供するため魅力的なチームの招聘に尽力してきた。 今回は個人的に、ゼロックスサッカー(カップ)の変遷の記憶が曖昧なため、整理する意味でその足跡を簡単に辿った次第である。正直な印象として、「よく途中で大会が途切れなかったな」と思わずにいられなかった。 4月には社名が変わり、それに伴う人材の異動もあるだろう。新型コロナもいつ収束するかわからないが、同社には来年も大会を継続して欲しいと願わずにはいられない。 <hr><div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.02.02 20:40 Tue
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海外組と国内組の2つの日本代表/六川亨の日本サッカーの歩み

今週はシーズンオフにも関わらず、様々なアクションがあった。月曜25日の午前はNPBとJリーグの第24回対策連絡会議が行われ、午後にはJリーグの臨時実行委員会が開催された。両会議ともメインテーマはキャンプ時における注意事項で、無観客で実施されることや、取材する際にはメディアにも検査等が必要になることなどが確認された。 そして同日夜の20時にはAFC(アジアサッカー連盟)からメールが届き、FIFA(国際サッカー連盟)に続いてAFCもU-19アジア選手権(3月にウズベキスタンで開催)とU-16アジア選手権(4月にバーレーンで開催)、さらにフットサル(クウェート)とビーチサッカー(タイ)のアジア選手権も中止すると発表。U-20とU-17の女子アジアカップは夏や秋へと開催時期の変更も合わせて発表された。 その30分後にはACL(アジアチャンピオンズリーグ)の日程も発表され、東西のグループステージはセントラル方式(開催地未定)で、ラウンド16と準々決勝は1発勝負で開催することが決定した。 日本はもちろん、いまだに新型コロナは感染が拡大し、変異株の出現により大会の延期・中止はやむを得ないところ。 各大会の中止を受けて反町技術委員長は「FIFAに続きAFCの国際大会も中止となってしまったことは残念に思います。しかし、いままさに伸びようとしている選手たちの成長の芽を伸ばし続けることがJFAの役目だとも感じています。歩みをとめることなく、対象年代を含む若い世代の強化を継続し、選手たちを次のステージへとつなげていきたいと思います」とのコメントを、JFA(日本サッカー協会)を通じて出した。 こうなると反町技術委員長には、まだ2ヶ月先とはいえ3月のW杯アジア2次予選やU-24日本代表のテストマッチが予定通り開催できるのか聞きたくなるが、それに答えられる人は皆無だろう。ワクチンの開発が進んでいるとはいえ、まだ接種は始まっていない。 対策連絡会議で賀来満夫(東北医科薬科大)ドクターは、ワクチンの接種について「2月後半から医療従事者と高齢者なので、Jリーグとプロ野球選手は5月くらいになるだろう」と予測し、舘田一博(東邦大学)ドクターも「スポーツ選手だから(早くなる)ということはなく、一般人と同じ順序になると思う」と話していた。 状況が劇的に好転しない限り、3月の代表戦は延期の可能性が高いのではないか。 昨年12月、代表選手とACLに出場するJクラブの選手は、入国後14日間の待機期間中に練習や試合等を実施できる「アスリートトラック」の適用を受けた。それが緊急事態宣言の出されている現状、もしくは宣言が1ヶ月ほど延長された場合に適用されるのかどうか。それにより代表チームのメンバーも大幅に変わる可能性が高い。 極端な話、海外組の日本代表と国内組の日本代表の2チームを編成も視野に入れておくべきだろう。そうなると、いっそ国内組は、開催されるかどうか不確かだが東京五輪の強化も兼ねてU-24日本代表にしてはどうだろう。 これまで森保監督は多くの若手選手を招集してラージグループを作ってきたが、案外それが役に立つかもしれない。いずれにせよ、FIFAには素早い決断を期待したいところだ。 <hr><div id="cws_ad">【文・六川亨】<br/>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.01.27 15:00 Wed
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