1993年のエポック③U-17W杯日本大会/六川亨の日本サッカーの歩み

2020.06.02 17:00 Tue
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1993年、ソロモン諸島ガダルカナル島でのU-17W杯オセアニア最終予選を取材したことは先週のコラムで紹介した。当時、現地で出会ったソロモン諸島の監督は青年海外協力隊で現地に赴任していた日本人の渡邊和典(わたなべ かずのり)さんだった。

彼とは現地で別れて以来音信不通だったが、ふとしたことで同業者が彼と知り合いになり、携帯の番号だけは聞いていた。しかし電話をかけることも、メールを送ることもしないまま27年が過ぎた。帰国した93年はJリーグがスタートするなど慌ただしい日々を過ごしたこともあるが、それは言い訳に過ぎない。

彼の消息を知った時は、時が経っていたため僕のことを覚えてくれているか臆病になっていたのが正直なところだ。

それが、先週初めにコラムで彼を紹介したところ、木曜日の28日にメッセンジャーで連絡が来た。「1993年のエポック読みました!なんだかとても懐かしくなり、連絡した次第です。お元気ですか?」という文面だった。

すぐに電話して、27年ぶりに近況を聞いた。「こんな再会もあるのだな」と、改めてネット社会の影響力を実感した。僕の書いた原稿を、どこで誰が読んでいるのか、そしてつながっているのか、楽しくもあり、身の引き締まる思いでもある。

さて本題に戻ろう。93年、日本で初めて開催されたU-17W杯は8月21日から9月4日にかけて日本各地で開催された。最終予選を取材したオーストラリアは選手とも親しくなったので会いたかったが、試合は関西が多かったため一度も取材に行けなかったのが残念だった。

そして日本代表である。監督は国見高校の名将である小嶺忠敏さん。そしてコーチは東京ヴェルディの小見幸隆さんという異色の組み合わせだった。というのも当時のメンバーは松田直樹(前橋育英高)、中田英寿(韮崎高)、船越優蔵(国見高)ら高校生と、宮本恒靖(G大阪ユース)、財前宣之(読売クラブ。中田ら誰もが認めた天才だった)らクラブ育ちの選手の混成チームだったため、監督は「教育的な配慮」から高校の監督、そしてコーチにはクラブ出身という指導体制になった。

日本はグループAで1勝1分け1敗で2位となり決勝トーナメントに進出する。1勝もできずグループAで最下位に終わったのはイタリアだったが、この時のチームにはジャンルイジ・ブッフォン、フランチェスコ・ココ、フランチェスコ・トッティらがいた。

残念ながら日本は準々決勝で優勝したナイジェリアに1-2で敗れてしまう。準優勝はグループリーグで日本と同じA組のガーナで、後にバイエルン・ミュンヘンなどで活躍したサミュエル・クフォーがチームを牽引した。そして優勝したナイジェリアにはヌワンコ・カヌ、セレステン・ババヤロら3年後のアトランタ五輪で金メダルを獲得するメンバーが揃っていた。

大会後、カヌらナイジェリアの選手は、誕生したばかりのJリーグの“あるチーム”に売り込みをかけたが、当時はアフリカのティーンエイジャーよりも、ヨーロッパで実績を残したベテラン選手の方が重宝されたため、移籍は実現しなかった。たぶん格安で獲得できたはずだが、当時のJリーグの異常な盛り上がり方を考えれば仕方がなかったかもしれない。

3年後のアトランタ五輪で、28年ぶりに出場した日本は初戦でブラジルを倒し「マイアミの奇跡」を演出する。しかし1勝1分け1敗ながら得失点差でグループリーグ3位になり敗退を余儀なくされた。グループリーグで日本から勝利を奪ったナイジェリアが金メダル、日本に敗れたブラジルが銅メダルを獲得した。

2大会とも、グループリーグの対戦相手が違っていれば、結果も変わっていたのではないかと当時は思ったものだ。それもW杯に出たことのない僻みだったかもしれない。そして、メディアもファンもこの大会のことはすぐに忘れたと記憶している。なぜなら1週間後には、オフト・ジャパンが初のW杯出場に向けてスペイン合宿をスタートしたからだった。(以下、次週のアメリカW杯アジア最終予選に続く)

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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感染防止のため飲食は禁止/六川亨の日本サッカーの歩み

今週最初のコラムは、またまたコロナの話題になってしまった。これまでも何度となくコロナ話題で原稿を書いてきたが、6月上旬のFW金崎夢生、GKランゲラック(ともに名古屋)の感染が確認されて以降、6月下旬に再開・開幕したJリーグではコロナ対策が功を奏したのか、選手・スタッフはもちろん観客の感染者もゼロだった。「不幸中の幸い」ではないが、考えられる限り可能な対策を講じてきた成果と少しばかり安堵していた。 ところが24日、名古屋の若手DFの感染が判明し、翌日にはさらに2名の選手・スタッフに陽性反応が出て、26日のJ1リーグ第7節、広島対名古屋戦は同日の昼前に中止が決定した。 同日には村井満チェアマンと名古屋の小西工己社長が、オンラインでの緊急会見を開いて中止に至った経緯を説明。さらに27日にはNPB(日本野球機構)とJリーグ、専門家3氏による対策連絡会議が開催され、名古屋の現状分析と対応策について専門家からアドバイスを受けた。 詳細に関してはすでに多くの報道で見聞きしているかもしれないので省略する。26日の午前に試合を中止した理由としては、24日に発熱した宮原和也がPCR検査の結果、陽性と判明。これを受けて25日に全選手とスタッフ60名がPCR検査をしたところ、MF渡辺柊斗とスタッフ1人の感染が確認された。2人に発熱などの症状はなかったという。 問題はこの3名ではなく、彼らと濃厚接触した疑いのある選手の特定が、26日の22時過ぎでないと判明しないことだった。すでに名古屋の選手17名は広島入りしていたものの、濃厚接触の疑いのある選手を除外すると14名以下となる可能性があるため、チェアマン判断で試合は中止となった。 名古屋ならびにJリーグの対処は適切だったと言える。そして問題は、濃厚接触者の定義をどうするのかガイドラインで見落としていたことだった。時間的な余裕があれば問題はないが、今回のように試合直前に判明した場合を想定していなかった。 そして、その検査もクラブ任せにせざるを得ないという点だ。Jリーグはチケットの販売期間(1週間)も考慮に公式検査を2週間のインターバルで実施している。それ以上は「コストと時間も貴重になる。アドバイスをもとに検討したいが、今日なにか決まったわけではない」(村井チェアマン)というのが現状である。 PCR検査のインターバルを今後はどうするか。コストは各クラブに負担してもらうのか。しかし、そのクラブにしても、地域によって感染拡大にはバラツキがあるため、行政も含めて検査に温度差が出てくることが予想される。 さらに濃厚接触者については「実際に起きてみて対応にバタバタした。理由は行政との連携。保健所の判断になるが、関係を改善しないといけない」と舘田一博ドクター(東邦大学)が指摘したように、行政との“壁”も予想される。 今回のように“感染者”ではなく“濃厚接触者”の場合は保健所も「急を要する」とは判断しないだろう。まして、「明日試合があるから急いで調べて欲しい」とはとても言えない。 それでも今回の事例で分かったこともある。宮原は大分からの帰路の新幹線の車内で、宮原の隣に座っていたチーム関係者が、お腹が空いたため弁当を食べていた。隣には選手、スタッフがいたそうだ。当然席は空けて座っていただろうが、飲食の際は必然的にマスクを外さざるを得ない。これが行政は「濃厚接触の可能性がある」というスタンスだったと三鴨廣繁ドクター (愛知医科大学)は説明した(保健所はOKだそうだ)。 今後は移動のバスや新幹線などの車内での飲食は禁止されるだろう。同じことはスタンドの観客にも適用される可能性が高い。ただ、水分補給は熱中症の恐れがあるため認められるはずだ。 それにしても不思議なのは、記者からも質問が出たが、なぜ今回も名古屋だったのかということだ。愛知が地元である三鴨ドクターは名古屋の取り組みを高く評価していた。にもかかわらず感染者が出た。ここらあたりも、担当がどのセクションになるのかわからないが、しっかりと調査し、原因を追及して欲しいものだ。 今回感染した3名について小西社長は「外出は買い物くらい」と話していたが、その買い物で感染した可能性もある。舘田ドクターは「プロ野球とJリーグは感染リスクの低い集団です。感染は広まっていないので、いましばらく様子を見た方がいい。むしろ私生活、家庭内での感染リスクを避けることを徹底して欲しい」と警鐘を鳴らしていた。 舘田ドクターの言う通り、それはすべてのJリーガーとスタッフら関係者、そして彼らの家族に当てはまることは言うまでもない。今回の事例は、気を引き締める契機にもしたい。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】</br>1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.07.27 21:05 Mon
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Jリーグが制限緩和を10日まで延長/六川亨の日本サッカーの歩み

いつもいつも、Jリーグとコロナの話題ばかりで食傷気味かもしれないが、今週も触れなければならない状況のようなのでご勘弁を。 Jリーグは20日、第11回臨時実行委員会を開催し、当初は8月1日から入場制限の引き上げ(チケッティング)やビジタ-席の開放(ファン・サポーター対応)など、制限を緩和する予定だったガイドラインを10日まで延長することを決定した。 予感は誰もが抱いていただろう。東京都を始め感染者の拡大が続いているからだ。Jリーグも先週16日の理事会会見後、20日に臨時実行委員会の開催を示唆していた。このため20日の午後は外出を控え、何かあったらすぐに対応できるようにしていた。 それでもJリーグからweb会見の案内メールが来たのは15時30分。村井満チェアマンは午前中に専門家の意見を聞いたそうだ。そこでの意見を要約すると「(コロナの)第2波の明言はなかった。オーバーシュート(爆発的急増)ではないが、現状は続き、危機感も強かった」という。 現時点で政府から正式な見解は出ていないため、会議では全クラブのコンセンサスを得るのに時間を要したのかもしれない。今後は7月22日に政府の専門家による分科会が開催される予定なので、何らかの政府見解が出ると予想。それを受けて27日にNPB(日本野球機構)との対策連絡会議が開催されるので、その後に実行委員会を開いて8月11日以降の方針を決める予定だ。 質疑応答では、感染者の拡大している「東京と関西だけでなく(制限の延長を)全国になった理由は何か」という質問があった。これに対し、村井チェアマンは「ガイドラインは規制の上限を決めている。上限の中でスタジアムの形状などに応じてクラブの裁量に委ねているが、政府の上限、見解が出されていない」ことを指摘。 東京の3クラブ、関東と関西のクラブ、それ以外の3グループに分けて話を聞いたそうで、「地域によって温度差はある」ものの、政府見解が出ていないので8月10日までの現状延長には「全会一致で異論はなかった」と会議の内容を説明した。 東京都は連日のように感染者が拡大したものの、20日は168人と2日連続して200人を下回った。とはいえ誇れることではない。このため首都圏と、感染者の少ない地域では規制に差をつけたらどうかという意見が出てくるのも理解できる。それだけ入場料収入は貴重な財源だからだ。 しかし全国一律にしないと、リーグ戦が成り立たないのも事実である。 さらに現状では、東京からの観戦者や観光客を「一見さんお断り(=地元のお客さんだけOK)」の張り紙で入店を断る飲食店もある。これは笑い話ではない。旅行の需要を喚起するための政府事業、「Go Toトラベル」も東京都内への旅行や東京都在住者の旅行を事業の対象から外した。 東京都在住者は「コロナウイルスの保菌者」扱いになる日も、そう遠い日の出来事ではないかもしれない。それでもJリーグとプロ野球は、選手・スタッフも観客も1人として観戦者を出していないことは誇っていいだろう。まずは22日、分科会がどのような見解を示すのか。 ここ数ヶ月はサッカーとは直接関係ない取材が増えているのも新型コロナウイルスの影響と言える。そしてそれは、多くのJリーグ関係者はもちろん、ファン・サポーターにとっても同じだろう。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】<br />1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.07.21 11:30 Tue
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Jリーグとプロ野球が進めた新型コロナ対策、両ドクターが感じた限界とは?/六川亨の日本サッカーの歩み

Jリーグは7月6日にNPB(日本野球機構)の対策連絡会議を、翌7日には第7回実行委員会を開催し、それぞれメディアむけにwebでブリーフィングを実施した。7日の実行委員会では前日の対策連絡会議を受け、10日(J2の岡山対北九州)から観客を入れ(ホームチームに限り、5千人もしくはスタジアムのキャパの50%)、アルコールを除く飲食も販売することで合意した。 7日のブリーフィングでは、Jリーグ登録審判員が専従ではなく、仕事との兼業のため6月19日にPCR検査を受けられず、7月4日になったことについて公表しなかったことを一部大手メディアが批判。村井チェアマンが「一言でいうと私の失念」と謝罪する一幕もあった。 絶えず考えながら走り続けてここまで来た村井チェアマンである。選手の安心安全を考えたのはもちろんのこと、審判へのフォローも疎かにしていたわけではない。メディアへ公表することを「失念」し、それを部下もフォローできなかっただけに、そう目くじらをたてることでもないだろう。 それより気になったのは6日の対策連絡会議での専門家の発言だった。Jリーグは8月1日からスタジアムのキャパの50%を上限に観客を迎えることになる。アルコールの販売も解禁となる可能性が高い。 その上で東京都は4日連続して新型コロナウイルスの感染者が100人を越えたことについて、座長の賀来満夫ドクターは「10日前の接触を反映しているのでこれからも続くし、すぐには減らない。そして今の結果は10日後に出る」ということで、8月1日の上限50%の観客入場は7月20日以降の感染者の推移を見守る必要があるとした。 そして賀来ドクターと三鴨廣繁ドクターが揃って口にしたのが、濃厚接触の定義に関しての見解だった。 「プロ野球とJリーグは柔道、レスリング、ラグビーとは違う。スポーツによって違うが、保健所と議論していく必要がある」と賀来ドクター。 そして三鴨ドクターも「プロ野球もJリーグもベンチにいない限りありえないが、ベンチではマスクをしているので少ないと思います」と賀来ドクターをフォローしながら、「保健所と相談しながらやっていくとになると思いますが、(保健所の)所長によっては(定義が)厳しいところもあるので統一見解を出して欲しい」と注文をつけつつ公的機関である『保健所』との交渉の必要性を訴えた。 さらに両者はブリーフィングの最後の方で「ウイルスの専門家と相談しながら、いろんなことで問いかけ、問題を提起したが、一朝一夕にはいかない。PCR検査でも判断に迷うことはしょっちゅうある。国の判断よりいろんなエビデンス(検査方法)、陰性でも検査を繰り返すなどを、専門家会議と国に伝えていきたい」と、賀来ドクターは3月から重ねてきた会議について志なかばだったことを暗に示唆した。 三鴨ドクターはさらに具体的だ。 「限界を感じたのは法律があること。プロ野球もJリーグも変えられず、我々も砕け散った。行政、保健所の壁がある。しかし今回の事例が法律を変えたところもある。プロ野球とJリーグの会議は国民にとって有益だった」 国政との関わりについて斉藤コミッショナーは「8月1日から50%を入れる予定で、7月10日の問題でもかなり交渉した。最終的に内閣府の了解がなければならない」と話し、村井チェアマンも「政府見解をベースに受け入れた土台がある。今後も変化があるか注視したい」と述べるにとどめた。 政府は2月に立ち上げた医学的な見地でアドバイスを行う期間、「専門家会議」を6月24日に廃止し、新たに医療関係者に加え経済・労働・法曹・自治体・報道関係者からなる「新型コロナウイルス感染症対策分科会」をスタートさせた。 その狙いは感染症対策と経済対策をいかに両立させるかだろう。果たしてJリーグとプロ野球は無事に8月1日を迎えられるのか。個人的にはまだ一波乱ありそうな気がしてならない。なぜなら今回のコロナ対策で、国は有益なリーダーシップを発揮したとは思えないからだ。 最後に賀来、三鴨両ドクターの斉藤コミッショナーと村井チェアマンについてのコメントを紹介しよう。 「プロ野球もJリーグも(コロナが)わからない時から議論してきた。これをロールモデル(具体的事例)にしないといけない。ミスはある。100年に1回のことだから。プロ野球とJリーグが先陣を切って始めた。2人の強いリーダーシップを感じた」(賀来ドクター) 「2人とも素晴らしい。我々はプロ野球とJリーグの雇われもの。『科学的に発言して欲しい。最後は我々が判断する』と言われた。経営は素人だが、経営的な発言も取り入れてもらった。私たちの方が勉強させていただいた。100%、150%言うことはない」 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】<br />1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.07.09 09:45 Thu
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リモートマッチで感じたサポーターの存在/六川亨の日本サッカーの歩み

Jリーグは27、28日、約4カ月ぶりにJ2リーグが再開し、J3リーグも開幕した。選手・関係者はもちろんのこと、ファン・サポーターがどれほどこの日を待ち望んでいたか。それを計るバロメーターの1つとして各試合会場の入場者数をあげられるが、再開・開幕2試合はリモートマッチ(無観客試合)のため彼らの熱量を計ることはできない。 スタジアムで直接取材することはできなかったが、それでも映像越しに各会場では録音しておいたファン・サポーターの声援を流したり、段ボールの写真をスタンドに置いたりして各クラブは工夫を凝らしていた。得点後には選手が揃ってファン・サポーターに感謝を捧げる場面もあった。こうして少しずつJは日常を取り戻して行くのだろう。 27日の試合後、Jリーグの公平性を保つため「降格なし」などのルール作りに尽力した原副理事長はスポーツ紙に独占告白した。その一部を抜粋しよう。 「リモートマッチは選手の声、ぶつかり合う音まで聞こえる。サッカーができる喜びが伝わってきた。先月、93年5月15日のJリーグ開幕戦の映像を見た。決してうまくはないけど当時の選手から感じたのは、自分たちが成功させるという使命感。今日の選手たちも同じ気持ちを持ったと思う」 同感である。と同時に93年との違いも感じた。 Jリーグの開幕当初の93~94年のJリーグは、選手はもちろんファン・サポーターを含め、スタジアム全体が異様な雰囲気に包まれていた。簡単に例えるなら「昨日までアマチュアだった選手が、一夜明けたら高給取りのプロ」になっていた。 しかし一夜で技術が向上するわけがない。このため選手は、週2試合(さらに延長戦もあった)のハードスケジュールにもかかわらず、90分間手(足)を抜かず、全力で走り、ぶつかり合った。 今と比べれば多くの選手が技術的に未熟だったため、トラップが大きくなることもあった。するとミスした選手とボールを奪おうとする選手が、ルーズボールめがけて激しく交錯する。そこで選手生命に関わる大けがが多かったのも開幕したばかりのJリーグだったと記憶している。それでも選手のひたむきなプレーにファン・サポーターは感動し、熱狂した。 もしかしたら、JSL(日本サッカーリーグ)の時代にはなかった彼らの熱量に満ちた声援が、選手から極限までのプレーを引き出していたのかもしれない。 それに比べると、27、28日に再開・開幕した全試合を見たわけではないが、J2はもちろんJ3の選手もイージーなトラップミスはほとんど見られなかった。Jリーグの誕生により日本のサッカーは格段の進歩を遂げたが、一番スキルアップしたのはトラップの技術ではないだろうか。シュートに関しては、磐田戦で2ゴールを決めた京都のFWピーター・ウタカのように、外国人選手の方がまだ一枚上手かもしれないが……。 J2、J3に続き7月4日にはJ1リーグも再開される。そこでは、より熱いバトルが繰り広げられることだろう。試合はもちろんのこと、ゴール後に選手がファン・サポーターに向けどんなメッセージを発するのかも、Jリーグの新たな楽しみの1つになるかもしれない。コロナ禍による「災い」を「福」に転じる効果とも言える。 リモートマッチではあるが、リモートマッチだからこそ気づけた、ファン・サポーターと選手との深い絆でもあった。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】<br />1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。</div> 2020.06.30 12:00 Tue
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無観客試合で聞こえる選手の声/六川亨の日本サッカーの歩み

3月19日に始まったJリーグのwebブリーフィングは、6月23日の臨時理事会のブリーフィングで33回目を迎えた。週に換算すると15週になるので、単純計算で毎週2回はNPBとJリーグの対策連絡会議(計10回)か、Jリーグの理事会と臨時理事会、実行委員会と臨時実行委員会が開催されたことになる。 Jリーグの再開・開幕に向け、多くの関係者が寸暇を惜しんで議論を重ね、最善の道を模索した33回の会議でもあった。そしてその努力は実り、いよいよ今週末からJ2リーグとJ3リーグが再開・開幕する。 22日には10時30分から対策連絡会議のブリーフィングが、16時からはJリーグの臨時実行委員会のブリーフィングが、そして17時30分からは急きょJFA(日本サッカー協会)理事会ブリーフィングと1日3回、トータル124分のリモート会議が行われた。 そして23日には17時30分から前日の臨時実行委員会を受け、臨時理事会が開催され、新型コロナウイルスの影響で変更された決議事項が承認された。 それぞれのブリーフィングで興味深かったことを上げると、対策連絡会議では三鴨ドクターが「(プロ野球もJリーグも)試合の中止については行政との関連が一番大きい。スポーツ庁と自治体、知事ら行政の決定に従っていく。知事に逆らって(専門家が)やることはない」と、試合開催の可否は知事の権限であることを改めて明言した。 Jクラブは56もあり、その規模は全国的だ。そして未だ感染者がゼロの岩手県もあれば、東京では連日のように感染者が報告されるなど、地域によってバラツキがある。村井チェアマンも「(56クラブの)難しさは全国一律ではなく地域、地域で一様ではないので、再開の難易度も高かった」と振り返る。このため各都道府県知事が最終判断を下すのは、当然と言えば当然と言えるだろう。 そして観客を入れての試合開催に関しても、館田ドクターは「患者数を見つつ、我々の情報分析でやるべきでないと判断したら、やめないといけない。7月10日はあくまで予定」と慎重な態度を崩さなかった。 Jリーグは再開・開幕へ大きく前進したものの、常に感染拡大のリスクはつきまとうので、「喉元過ぎれば」の例えではないけれど、あえて警鐘を鳴らしたのだろう。 続く臨時理事会で結論が出なかったのは、観客を入れた試合の際にアルコールの販売をどうするかということと、「投げ銭」に関してだった。アルコール(ビール)は利益率が一番大きい飲食でもある。クラブによっては1試合3千万円ほどの収益になる。スタンドを歩きながら販売する、いわゆる「売り子」は時期尚早として退けられたが、売店での販売に関しては「許容範囲」とという意見もあり、23日の臨時理事会後、専門家の意見を聞くことになった。 「投げ銭」については、何に対して支払うのか明確にしないと資金決済上でグレーになり、マネーローンダリングの疑いを持たれるかもしれないので、想定されるリスクをJリーグが提示し、クラブに判断してもらうことになった。こちらは法律の解釈の問題として、クラブのマーケティング担当と継続審議中だ。 興味深かったのは、19日に開幕したプロ野球で、無観客試合のためネット裏の放送席の解説者の声がバッターに筒抜けだったということで、Jリーグではどんな弊害があるかという質問だった。村井チェアマンの答は「監督の指示は聞こえるが、むしろ観客、ファン・サポーターには選手がどんな指示をしているか聞こえる、貴重な場ではないでしょうか」というものだった。 Jリーグはもちろん、日本代表でも試合が始まればゴール裏のサポーターの声援で選手の声はまるで聞こえない。しかしJリーグ開幕以前、1980年代のJSL(日本サッカーリーグ)では、メインスタンドにある記者席からバックスタンドの観客数をカウントできるくらいガラガラだった。「閑古鳥が鳴いている」という表現がぴったりのスタジアムだった。 サッカー専用の西が丘サッカー場(現・味の素フィールド西が丘)ではさらにピッチが近いため、選手の声は筒抜けだった。とはいえ、それが特別な指示だったかというと答はノーだ。考えてみて欲しい。サッカーは試合中に局面がすぐに変わるスポーツでもある。このため指示の声も複雑なものではなく、単純かつ簡潔だった。 例をあげるなら「行け」、「待て(ディレイ)」、「フリー」、「背負った」、「勝負」といった具合に一瞬で状況を現す言葉だった。後はシュートミスした時などに、選手が自分自身に向けて悔しさを現す言葉くらいだろう。 とはいえ、それらを聞けるのも数試合に限られているだけに、無観客試合を観戦できるファン・サポーターにとっては村井チェアマンが言う通り貴重な場であるといえる。 JFAの女子W杯に関するブリーフィングと、23日の臨時理事会後のブリーフィングについては、今週木曜のコラムで紹介することにしよう。 <div id="cws_ad"><hr>【文・六川亨】<br />1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2020.06.24 21:45 Wed
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