サウジ戦敗戦に思うこと/六川亨の日本サッカー見聞録

2020.01.11 14:00 Sat
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©︎CWS Brains, LTD.
タイ・バンコクで開催中のU-23アジア選手権。U-23日本代表は9日の初戦でサウジアラビアに1-2と敗れ黒星スタートとなった。

翌日10日、日本は16時30分からバンコク郊外のアルパイン・フットボールキャンプ練習場で、試合に出場しなかった選手11名が約1時間30分ほど、軽い負荷をかけたコンディション調整とリカバリーの練習に汗を流した。

練習に参加したのはGK小島と谷、DF立田、町田、MF菅、齊藤、遠藤、森島、相馬、松本、FW田川の11人。一夜あけて選手たちもショックから立ち直ったのか、4対4のボール回しやミニゲームでは歓声があがったり、笑顔がこぼれたりした。

練習の終了後は、この日が21歳の誕生日となる齊藤にメディアから誕生ケーキがプレゼントされた。ケーキを受け取った齊藤は、「こんなに大勢の人に誕生日のお祝いしてもらうのは子供のとき以来です」と素直に喜びを爆発させた。

そしてチームメイトに囲まれ報道陣の記念撮影に応じたが、最後は先輩たちからクールダウンで使った氷水を大量に入れたバケツの洗礼を受け、水もしたたる若者になっていた。

といったところでサウジ戦を振り返ろう。10日の練習前に関塚隆JFA(日本サッカー協会)技術委員長は、日本とサウジのチームの完成度について「相手は完成されたチーム。(日本は)準備の段階でバラツキがあった」と差を認めた。

それもそうだろう。サウジには昨年1月のアジアカップに出場した選手もいる。MFガリーグ(7番)は日本戦で交代出場したし、先制点を決めたFWアル・クライフ(10番)もアジアカップを経験している。そして大型FWアル・ハムダン(9番)は20歳でA代表デビューを飾った将来のサウジを担うストライカーだ。

対する日本は、アジアカップ経験者はゼロ。とはいえ、選手がいなかったわけではない。日本は冨安、堂安がアジアカップを経験したものの、今大会は所属クラブの許可が出ずに参加することができなかった。

今大会の初戦でイラクと1-1で引き分けたオーストラリアもエントリーメンバー中、オランダ、ドイツ、イタリア、イングランドなど海外組は11人もいる。しかし所属クラブが出場の許可を出したと言うことは、即戦力と見なされていないからだろう。

ところが日本は、多くの選手がAマッチデー以外は招集できなくなっている。

ここらあたり、前々回の2016年のU-23アジア選手権(兼リオ五輪予選)での日本は、決勝で韓国に逆転勝利を収めた。そのときの主力選手は中島であり大島、浅野、室屋、植田、鈴木といった選手で、彼らはみな国内組だった。手倉森監督が呼ぼうとした海外組は南野と久保裕也の2人だけ。この4年間でいかに若手選手の多くが海外流出したことがわかる。

これがフル代表ならAマッチデーに招集できる強制力があるからまだいい。しかし五輪代表に関しては、今後も若手選手の海外流出に効果的な歯止めはかかりそうにない。さりとて、日本人にとって五輪は4年に一度の一大イベントだけに無視するわけにはいかない。

幸い、すでに今夏の五輪の出場権は獲得している。本大会でメダルが獲れるかどうかはさておき、問題は4年後のパリ五輪だ。

現状のままでは今回と同じジレンマを繰り返す可能性が高い。そこで海外組と国内組をどう組み合わせてメダルを狙えるチームを作るのか。例えば若手選手が海外移籍する際に、五輪の予選と本大会への参加を義務づける契約が結べるのかどうか。クリアすべきハードルは高く多いだろうが、その仕組み作りに本格的に取り組まなければならない時期に来ている気がしてならない。

【六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。
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