J1リーグの結果により招集選手を決める難しさ/六川亨の日本サッカー見聞録

2019.12.06 21:30 Fri
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4日は韓国釜山で開催されるE-1選手権2019に参加する日本代表と、今月28日に長崎で開催されるキリンチャレンジ杯に出場するU-22日本代表のメンバーが発表された。とはいえ日本代表は国内組で編成され、U-22日本代表を含めて週末のJ1リーグの結果やJ1参入プレーオフ出場チーム、さらには21日の天皇杯準決勝に出場する4チームなどに配慮して追加メンバーを決めるという。

J1の残留争いがかかっていたり、ACLの出場権獲得がかかっていたり、チームとしては死活問題だけに、そう簡単に選手を貸し出すことはできないだろう。

そして、その伏線は、10月のW杯アジア2次予選のホーム・モンゴル戦、アウェー・タジキスタン戦と、U-22日本代表のブラジル遠征の前の会見でもあった。10月3日の会見で関塚隆技術委員長は会見の最後に「代表の活動中に国内外のチームに協力してもらっている。コンディションを含めた選考になった。J2の昇格争いをしているチームと、ルヴァン杯で勝ち残っているチームもあるので、配慮できる部分は配慮しました」と語った。

当時の日本代表は海外組が数多く、国内組は3人しかいなかった。一方のU-22日本代表は、ルヴァン杯の準決勝に残っている鹿島、川崎F、G大阪からの選手招集は1名にとどめた。代表強化の時間は限られていて、東京五輪まで残された日数は少ない。かといってクラブにも配慮しなければならない。森保一監督にしても悩ましいことだろう。

そして、そんな配慮を欠いたのが、9月5日のキリンチャレンジ杯と10日のアウェー・ミャンマー戦だった。4日にはルヴァン杯の準々決勝第1戦、8日は第2戦があり、FC東京はG大阪と対戦した。

FC東京はレギュラーの左サイドバック小川諒也が天皇杯での負傷で長期離脱中。日本代表に橋本拳人と永井謙佑を取られ、U-22日本代表の北中米遠征で岡崎慎も不在だった。さらに羅相浩(ナ・サンホ)が韓国代表で使えず、名古屋へ移籍した太田宏介の代わりにレンタルで獲得した呉宰碩(オ・ジェソク)もG大阪との試合には出場できず、結果論だが主力5人を欠くことになった。

このため長谷川健太監督は左サイドバックに17歳のバングーナガンデ佳史扶をスタメンで起用せざるを得なかった。もちろんトップチームでのデビュー戦だ。9月7日にはJ3リーグでFC東京U-23の試合もあっただけに、選手のやりくりには苦労した。

その結果、ルヴァン杯は0-1、2-1で1勝1敗となったものの、アウェーゴールによりトータル3-2でG大阪が準決勝に進出した。当時の長谷川監督は不満を漏らすことはなかった。自身が日本代表選手だったこともあり、日本代表の活動には協力的だったからだ。

ただ、準々決勝だから選手を貸し出せと言われても、クラブとしは割り切れるものではないだろう。シーズンの日程に関してはJリーグの原博実副チェアマンがJFA(日本サッカー協会)とすり合わせをしている。それでも齟齬が出てしまうのが日常的なリーグ戦と、数少ない代表戦の強化日程だ。

来年は1月9日から26日にかけて、タイでU-23アジア選手権が開催される。当然U-23日本代表の選手は所属チームでのキャンプに参加できない。そして7月23日から8月8日にかけて東京五輪があり、9月にはW杯予選が4試合ほど組まれている。

すでに来シーズンの日程作りは始まっていると思うが、どのような妥協点を見いだすのか。シーズンの移行も含めて議論を重ねるしかないだろう。
【六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。
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