【東本貢司のFCUK!】ヴァーディー大乱舞、その影で
2015.11.12 13:40 Thu
▽11月11日ーーー日本では、クリスマスやヴァレンタイン、はたまた近年のハロウィーンほどではないとしても、とどのつまりは経済効果狙いが見え隠れする「ポッキーの日」他なんだそうだが、欧米の旧連合軍国辺り(特に英語圏)にとっては、たぶん一年を通じて最も重い国家的記念日である。二度の世界大戦で戦火に散った戦死者を弔い、偲ぶ「リメンバランス・デイ」。例えば、この月に入った頃からクラブの監督たちの胸元に留められている赤いケシ(ポピー)の造花飾りにお気づきの方も多いと思うが、これがそのシルシ。つまり「赤い羽根」などとは似て異なるものだ。なぜ「ポピー」なのかというと、第一次大戦後に戦死者を悼んで書かれた有名な詩編に、象徴的に使われているモチーフだからだとか。かの国々では、詩が民族(民)の精神文化を後世に伝えるものとして息づいている。
▽折しも本年最後のインタナショナルウィークが今日12日から始まる。ヨーロッパでは来年のユーロ本大会出場権「最後の4枠」をめぐるプレーオフが主体で、すでに権利を勝ち取っている国々はそれぞれウォームアップフレンドリーマッチに臨む。悲願の初優勝を目指す“本命”イングランドは、スペイン、フランスという、重量級のマッチアップを組んでいる。話題の中心は何と言っても、今やプレミアきっての“ゴールプレデター”ジェイミー・ヴァーディーのスタメン試運転。「9試合連続ゴール(1シーズン中としてはプレミア史上最高)」の大記録がかかっていた先日のワトフォード戦では、後半に勇み足からそ径部を傷めたらしくフィールドに転倒、記録どころか代表戦も危うしかとヒヤッとさせたが、無事ピッチに復帰、自ら得たPKを豪快に決めて見事記録樹立と相成った。圧倒的な運動量と嗅覚を支える強靭な筋力、不屈の精神力を改めてまざまざと見せつけた格好だ。
▽ヴァーディーが単なる「時の人」ではない所以は、その特異で鮮烈な経歴にある。本連載でも以前取り上げたことに通じるが、改めておさらいすると、ほんの5年前までノンリーグ、つまりアマチュアリーグのストックブリッジ・パーク・スティールズというクラブの所属だった。ところが、レベルがどうあれ、以来彼の決定力ときたら、ただただ凄まじいばかり。ストックブリッジの3シーズンで66得点、続いて7部相当のハリファックスで1シーズン29得点、さらに一段階“昇格”したフリートウッドでも同31得点。そして、2012年からのレスター(移籍当時は2部)ではここまで109試合37得点。例えば、昨季までのレスターではさすがに数字の上で落ちているように見えるかもしれないが、各部優勝/昇格決定などのここぞというゲームでは、必ずと言っていいほど値千金のゴールを決めてきた。おわかりだと思うが、もし各クラブがヴァーディーという才能にどっぷり依存しているような状態だったなら、とてもこれほどのゴール量産などあり得なかったはずなのだ。
▽言い換えれば、ヴァーディーの真骨頂はチームと常に同期して彼自身も成長する点にある。これはあくまでも憶測になるが、例えばプレミアのスカウト連もそのことを大なり小なり看破していたのではないか。つまり、彼とチームのそのときどきの実力、あるいは実際の連携状況を見るにつけ、即獲得に走るという愚をあえて控えたのではないかということだ。“たかが”ノンリーグのレベルから一足飛びにプレミアという出世は、もちろん非現実的だとしても、何か“成長を見守りたい”というひらめきのような印象を持ったのではないか。かくて、ヴァーディーはその成長過程において最もふさわしいクラブ「レスター」に舞い降りたーーーそんな気がしてならないのだ。この点については改めて触れる機会を持ちたいと思うが、ごく簡潔に述べておくなら、ヴァーディーの能力を最大限に生かす絶好のチームメイト、特に司令塔ドリンクウォーターと近年出色のテクニシャン、マーレズとの出会いーーーこれが大きい。どんな才能もそれのみでは輝けないという、一つの真理。
▽ここで、ヴァーディーとは対照的な道を歩むことになった一人の“若き希望”の星について述べておこう。その名はマーヴィン・ソーデル。ご記憶にあるかどうか、今からざっと3年ほど前、突如ロイ・ホジソンがフル代表に大抜擢、結果的にフレンドリーのみの出場に終わったものの、2012年ロンドン五輪代表に選ばれて「将来最大のスター候補」ともてはやされたストライカーだ。かくて、一歩一歩の出世街道を駆け上がったヴァーディーとは違って、当時プレミアのボルトンに鳴り物入りで移籍したソーデル・・・・が、案の定出場機会は限られ、その上ボルトンは翌シーズンに2部降格して「ソーデル」の名前もなし崩しにフェイドアウト・・・・。現在24際、3部コルチェスターでエース級の活躍をしているソーデル自身、当時の“幻の日々”を振り返りつつ、運命の食い違いを噛みしめている。「あの頃はあれよあれよで自分の足元を確かめる暇すらなかった。今が本当の自分の姿と立ち位置。充実してるし、もしかしてここから這い上がっていければそれはそれ」・・・・その口調には落ち着いた大人の風情、ある意味で詩のような余韻すら感じる。ヴァーディーをお手本に明日を夢見ればいい。いつか近い日に「ソーデル」の名が世を騒がせる日を。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽折しも本年最後のインタナショナルウィークが今日12日から始まる。ヨーロッパでは来年のユーロ本大会出場権「最後の4枠」をめぐるプレーオフが主体で、すでに権利を勝ち取っている国々はそれぞれウォームアップフレンドリーマッチに臨む。悲願の初優勝を目指す“本命”イングランドは、スペイン、フランスという、重量級のマッチアップを組んでいる。話題の中心は何と言っても、今やプレミアきっての“ゴールプレデター”ジェイミー・ヴァーディーのスタメン試運転。「9試合連続ゴール(1シーズン中としてはプレミア史上最高)」の大記録がかかっていた先日のワトフォード戦では、後半に勇み足からそ径部を傷めたらしくフィールドに転倒、記録どころか代表戦も危うしかとヒヤッとさせたが、無事ピッチに復帰、自ら得たPKを豪快に決めて見事記録樹立と相成った。圧倒的な運動量と嗅覚を支える強靭な筋力、不屈の精神力を改めてまざまざと見せつけた格好だ。
▽ヴァーディーが単なる「時の人」ではない所以は、その特異で鮮烈な経歴にある。本連載でも以前取り上げたことに通じるが、改めておさらいすると、ほんの5年前までノンリーグ、つまりアマチュアリーグのストックブリッジ・パーク・スティールズというクラブの所属だった。ところが、レベルがどうあれ、以来彼の決定力ときたら、ただただ凄まじいばかり。ストックブリッジの3シーズンで66得点、続いて7部相当のハリファックスで1シーズン29得点、さらに一段階“昇格”したフリートウッドでも同31得点。そして、2012年からのレスター(移籍当時は2部)ではここまで109試合37得点。例えば、昨季までのレスターではさすがに数字の上で落ちているように見えるかもしれないが、各部優勝/昇格決定などのここぞというゲームでは、必ずと言っていいほど値千金のゴールを決めてきた。おわかりだと思うが、もし各クラブがヴァーディーという才能にどっぷり依存しているような状態だったなら、とてもこれほどのゴール量産などあり得なかったはずなのだ。
▽ここで、ヴァーディーとは対照的な道を歩むことになった一人の“若き希望”の星について述べておこう。その名はマーヴィン・ソーデル。ご記憶にあるかどうか、今からざっと3年ほど前、突如ロイ・ホジソンがフル代表に大抜擢、結果的にフレンドリーのみの出場に終わったものの、2012年ロンドン五輪代表に選ばれて「将来最大のスター候補」ともてはやされたストライカーだ。かくて、一歩一歩の出世街道を駆け上がったヴァーディーとは違って、当時プレミアのボルトンに鳴り物入りで移籍したソーデル・・・・が、案の定出場機会は限られ、その上ボルトンは翌シーズンに2部降格して「ソーデル」の名前もなし崩しにフェイドアウト・・・・。現在24際、3部コルチェスターでエース級の活躍をしているソーデル自身、当時の“幻の日々”を振り返りつつ、運命の食い違いを噛みしめている。「あの頃はあれよあれよで自分の足元を確かめる暇すらなかった。今が本当の自分の姿と立ち位置。充実してるし、もしかしてここから這い上がっていければそれはそれ」・・・・その口調には落ち着いた大人の風情、ある意味で詩のような余韻すら感じる。ヴァーディーをお手本に明日を夢見ればいい。いつか近い日に「ソーデル」の名が世を騒がせる日を。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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