【東本貢司のFCUK!】ヴィラの悪夢、ビッグクラブのエゴ

2015.07.23 14:00 Thu
▽正直、愕然としている。権力ならぬ戦力の一極集中傾向、いや、その“不均等志向"を一顧だにしないビッグクラブの身勝手さ、ここに極まれりというべきか。ここ数シーズン、辛うじてプレミア残留にこぎ着けてきた名門中の名門、アストン・ヴィラから、現戦力中の飛車角とも呼ぶべきファビアン・デルフとクリスチャン・ベンテケがいなくなる。ああ、それはチャンピオンズリーグ出場圏内を安泰にし、かつ王者チェルシーを乗り越えんとするための補強は必然の流れ、常に上を目指す“企業努力”の観点からも、誰にとやかく言われる筋合いはない、と、“彼ら”は言うだろう。現に、ジョゼ・モウリーニョはジョン・ストーンズ獲得に名乗り出たことをエヴァートン監督ロベルト・マルティネスに“非難”されても「ならば拒否すればいい。欲しいものを欲しいという権利は誰にでもある。ノーと言われればそれまで。何も悪いことはしていない」といたって涼しい顔だ。仰せの通り。

▽だが、この理屈には致命的な穴がある。当の名指しされたプレーヤーが移籍を強く希望し、条件(クラブが契約時に設定した上限移籍金以上の提示があるなど)が満たされてしまえば、もはやどんなにゴネようと打つ手はなくなってしまう。ラヒーム・スターリングがそうだし、今般のデルフ、ベンテケはまさにその踏み絵を踏まされた、もとい、自ら踏んだ。しかし、何と後味の悪い経緯、廻りあわせだったことか。まず、スターリングとベンテケの移籍は“表裏一体”だった。スターリングが残留に翻意していたら、リヴァプールは多分ベンテケ獲得資金捻出に苦慮していたに違いない。少なくとも、他のクラブと競合する兼ね合いから、新シーズン開幕前に話をつける見通しは厳しかったろう。見方を変えれば、ヴィラとしても、マン・シティーがスターリング獲得に支払った額を知ったあとでは、頑として抵抗する気力が萎えたのかもしれない。ならば、早々に手打ちを済ませ、オフの始動が始まった今のうちに穴埋め補強を進められる方が得策だと。だが、それにしても・・・・。

▽デルフのケースは、しかし、失態にも等しい誤算だった。今年1月、アーセナルからの強い関心が報道を賑わせていた中、デルフは敢然と「ヴィラ命」を宣言してヴィラ・パークのファンを狂喜させ、諦めムードだったチームメイトたちを感嘆させた。このオフも、シティーが実際に交渉に入った頃、「わたしはどこにも行かない。ここ(ヴィラ)が居場所だ」と述べてティム・シャーウッド監督以下を安堵させた。ところが、その舌の根も乾かない数日後、デルフは(ヴィラにとっての)悪夢のUターンを表明した。ファンは驚き、憤り、元ヴィラのスタン・コリモアも公の場で「けしからん」と非難した。それにしてもヴィラにとって痛恨の失敗は、デルフの上限移籍金をたったの(ビッグクラブなら躊躇なく捻出可能な)800万ポンドのままに放置していたことだ。契約更改のタイミングもまずかったろうが、何よりも1月の“英雄的なデルフの発意”に安心しきっていた節がある。では、なぜデルフはわずか一週間足らずで“文字通り”のヴィラン(悪役)に転じたのか。
▽真相は無論不明だ。が、もしかしたらの伏線として思い当たる事情ならある。オフ突入以前から、ヴィラには買収問題が持ち上がっていた。詳細は伏せられていたものの、一説にはアブダビ・グループ(シティーのオーナー)並みの資金源が期待されていたらしい。だが、7月に入った頃、話が流れたとの報道があった。ここからはさらに憶測になってしまうが、おそらくデルフのエージェントはクライアントに囁きかけたのだろう。例えば・・・・これじゃ有望な補強はしばらく(ヴィラには)無理だ、つまりまた残留争いが関の山ってことだぞ、いいか、君ももう25歳、この(シティー移籍の)チャンスを逃したら、さて、次(ビッグクラブからの誘い=チャンピオンズでプレーできる機会)はめぐってくると思うか? スターリングを見てみろ、20歳だぞ、しかも痩せても枯れてもあのリヴァプールを見限っちまった、それにヴィラのぬるま湯ん中でちやほやされるより、シティーでのポジション争いを勝ち抜く方がプレーヤー冥利ってもんじゃないか、自分のためだぜ・・・・。

▽誤解の無きよう。以上の仮説がもし正しいとして、このエージェントは至極まっとうでプロフェッショナルなアドバイスをしたと思う。なんとなれば、デルフの移籍金相場がぐんと上がってからの方が、自分の懐も潤うはずなのだから。それに、サウサンプトン。主力4名+次世代のエース1名を失って臨んだ昨シーズン、常に上位で踏ん張って意地を見せたではないか。ヴィラだってやってやれないわけがない。モウリーニョの言い分は正しく、マルティネスの苦情は事実上負け犬のそれに等しい・・・・。そう、わかっている。にもかかわらず、何なのだろうか、このやりきれなさは。カネとチャンピオンズ恋しさで何でもやってしまえる“世知辛い自由競争システム”への、何等かの抑止力、効果のある線引きを導入できないものなのか。何故にこんな愚痴を垂れるのかと言えば、ただひたすら、プレミアに限らずすべてのフットボールマッチで、常に拮抗した熱い丁々発止の渡り合いが観たい、その素朴な願いの一心なのです(次のFIFA会長がきっと何等かの手を・・・・?)。

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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