【東本貢司のFCUK!】ユヴェントス復興の“源泉”

2015.05.14 09:35 Thu
▽大方の予想を覆してユヴェントスは“王者”レアル・マドリードを振り切り、ベルリンの決勝進出に名乗りを上げた。さて、この結果は「番狂わせ」か? ヨーロッパのフットボールシーンを俯瞰しながらフォローするジェネラルなファンにとっては「その類」かもしれない。あるいは、過ぐる9年前の2006年、八百長仕掛けの容疑でスクデット二連覇の栄誉を剥奪されてセリエB降格に追い込まれた「悪夢」を知る人々にとっては―――。いや、どこまでいってもこれは“他国”の話、FCUKで取り上げるには相応しくない? ちょっと待った。悪夢から足掛け10年の時を刻んでヨーロッパの頂点に臨む(そもそも、ユーヴェのCLでの戦績は至極控えめなのだ)までに這い上がった「The Old Lady」ことユーヴェの復興には、どうやら我らがイングランドも少なからず寄与しているらしいのである。

▽ユヴェントス“奇跡の復興”の土台を築いた最大の要因は、それまで長年トリノと共用してきた通称「スタディオ・デッレ・アルピ」を全面改築して2011年にオープンした、その名も「ユヴェントス・スタデイアム」である。補足すると、これについてはある意味で非常に運命的なイベントの関与も指摘しておかねばならない。奇しくもユーヴェが降格した同じ2006年にトリノ市で開催された冬季オリンピックだ。すなわち、恥辱にまみれた地元のライバルと一線を画す意味でもあったのか、トリノはこの五輪メイン会場「スタディオ・オリンピコ(旧「スタディオ・ムッソリーニ」を改築したもの)に本拠を移す。それがデッレ・アルピ改築の一種の呼び水となったのは容易に想像できよう。さて、ここで本稿の“サブテーマ”の登場となる。新スタジアム創造にあたってユーヴェの経営陣はそのモデルケーススタディーに着手、そして選ばれたのがロンドンの「エミレイツ」だったのだ。

▽関連文献などによると、リサーチ対象はそれ以外のいくつかの代表的な“母国の殿堂”にも及んだようだが、ユーヴェのリサーチチームは特にこの、落成間もないアーセナルのホームスタディアムに感銘を受け、お手本としたという。その要点は二つ。飲み物などを扱う売店の整備・活性化とそこから生み出される馬鹿にならない利益率、そしてピッチとスタンド最前列までの距離が「異様に近い」事実だった。何を今さら? いや、もとい、そう、彼らの目にはその「フットボールスタディアムとしてのありのままの形と機能」が復興の起点とするに相応しいと映ったのではなかったか。この辺りはあくまでも筆者の憶測だが、悪夢と恥辱を振り払っての再出発にあたって「これ以上はない正論の根拠」と受け止められたに相違ない。その証拠と言うべきだろう、ユーヴェはこの“原点を模した”新スタディアムのこけら落としに世界最古のクラブ「ノッツ・カウンティー」を招いたのだ。
▽ある意味で、ごく些細な、しかしながら象徴的にして“必然”の啓示でもあっただろう。なぜなら、ノッツ・カウンティーが古くから愛用するユニフォームこそ他でもない、ユーヴェ伝統の「黒と白のストライプ」のオリジナルなのだから。この記念ゲームについては当時何かの機会に紹介した記憶があるが、さて、FCUKの読者はその顛末などについて覚えておられるだろうか。いかにも「誇らしく、かつ、シンボリックに」物語る当時の記事にこんな件がある。「ノッツ・カウンティーはあろうことか、大いなるユヴェントス再生の門出を“台無し”にした。劇的な同点ゴールのスコアラー、リー・ヒューズの名を我々フットボール人は永遠に忘れることはあるまい」! だが、それこそが天啓の祝砲に他ならなかった。なぜなら、以後今日に至るまで、カルチョ最高峰の栄誉の象徴「スクデット」は、この4万1千収容の新スタジアムから一度として持ち去られてはいないのだから。そして、蘇った世界的名門ユーヴェは一つの総仕上げとして、勇躍ベルリンの決戦に挑む。

▽そうは言えど、グアルディオラ率いるバイエルンをあっさりと打ちのめし、そのペップ曰く「ペレと同等、あるいはそれ以上」の絶大さを世界のファンに見せつけた怪物メッシの前には、さすがに「ここまで」―――と高を括る意見も少なくないだろう。だが、それもまたユーヴェの復興、あるいはその天啓を持続させる糧になりそうな予感もするのだ。ミランを追われた老練ピルロ、サー・アレックスが見限ったポグバ、世界有数の問題児テヴェスの“イレギュラートリオ”が如何なく発散する、ある意味で“フレッシュな意外性と底力”が、どでかい仕事をやってのける期待は尽きない。エミレイツの粋に触発され、古豪ノッツ・カウンティーの手荒い祝福を受け、プレミアの水を舐めた“いわくつきの”新旧スター二名が醸し出す“得体のしれなさ”にインスパイアされた、新生 Old Lady が、なぜか誕生間もない「光り輝くシャーロット王女」にダブって見えてくる―――とは、やはり、身勝手きわまりない無理筋の贔屓目でしかないのは百も承知。だとしても、なんと言われようが筆者はユーヴェの肩を持つ! “陰の、裏のイングランド勢代表”として?!

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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