【東本貢司のFCUK!】ボーンマスの奇跡と軌跡

2015.04.30 11:50 Thu
▽「あり得ないことが起きた」「“彼ら”は不可能を可能にした」とは、現地での専らの騒ぎようだ。ブリテン島南岸にある小さな海浜都市ボーンマスのクラブ『AFCボーンマス』のプレミアリーグ昇格決定。1899年の創立以来初のトップフライト参入は確かに快挙であり、事件には違いない。が、セルバンテスの『ドン・キホーテ』を翻案したミュージカル『ラ・マンチャの男』のメインテーマソング、『 The Impossible Dream 』まで引き合いに出すほどのどでかい偉業なのか。例えば、ざっと15年ほど前の21世紀初年度、フルアムは実質6年で4部の底辺からプレミア昇格を果たしたが、この過程は今回のボーンマスのケースと概ねよく似ている。というより“格差の振り幅”なら上だ。だが、そんな「フルアムの劇的なスピード昇格」も「AFCボーンマスのあり得ない奇跡」の前にはかすんでしまうと言わんばかりのはしゃぎよう、もてはやしようなのだ。無論、それには訳がある。

▽まず、フルアムは首都ロンドンの古豪で歴史的には今をときめくチェルシーの“兄貴分”に当たり、40年代末から60年代末までの都合約10シーズンほど、1部でプレーした実績がある。50年代終盤にはFAカップ準優勝が一度。その間、ミスター・フルアムと呼ばれた伝説の“マエストロ”ジョニー・ヘインズや、277試合で134得点をあげたグレアム・レガットという大エースもいた。また、70年代の顔の一人でイングランド代表にも選ばれたロドニー・マーシュはクラブ生え抜きの人気者であり、さらに、2部時代とはいえあのジョージ・ベストも在籍して話題を集めた。お世辞にも「一時代を築いた」とは言えなくとも、フルアムは辛うじて全国クラブの端くれに加えられなくもないステイタスを有しているのだ。ところが、ボーンマスにはそんな“華”らしきものが見当たらない。わずかに、ウェスト・ハム辞任後のハリー・レドナップがしばらく指揮を執ったことや、その秘蔵っ子で十代のジャーメイン・デフォーが9試合連続ゴールを決めたことぐらいしか思いつかない。

▽いや、「ボーンマスの奇跡」、もしくは、元チェアマンのトレヴァー・ワトキンズが瞼を熱くして語る「まさかこんな日(プレミア昇格)が来るとは夢にも思わなかった」歓喜と感動のほどを物語るに当たっては、もっと端的な涙ぐましい事実の蓄積と軌跡があった―――。
【1】1997年1月、市街地中央の公園に「Save The Cherries」と書かれた小さな募金箱が設置され、以来、その募金を元手に細々とクラブ経営を賄ってきた(「チェリーズ」はクラブのニックネーム)。

【2】とはいえ、そんな市民の募金ごときでは如何ともし難く、2008年には過去10年で二度目の破産申告。あと5分で倒産(解散)確定の瀬戸際で“救世主(新オーナー、ジェラルド・クラスナー)”が登場、最悪の事態を免れる。
【3】だがその翌シーズン、17ポイント剥奪の処分に甘んじて4部転落。同時に一切の補強活動も禁止に。

【4】案の定、新シーズンも絶不調、もはやノンリーグ陥落必至かと思われたシーズン最後のホームゲーム、劇的なスティーヴ・フレッチャーのゴールにて水際で踏みとどまる・・・・。

▽今、ホーム「ゴールドサンズ・スタジアム」の一角は、同ストライカーにあやかって「スティーヴ・フレッチャー・スタンド」と名付けられているが、最大の功績の主は同年元旦から指揮を執ることになったばかりの監督エディー・ハウ以外にはあり得ないだろう。当時弱冠31歳のハウが叩き込んだ「徹底してポジティヴで澱みのないパス&ラン」が、以来、わずか6年でボーンマスを地獄の淵から天国の入り口に引き上げたのだ。いや、こんなありきたりな“戦術的能書き”では何もわからない。それよりも、ハウが「過去10年間の最優秀監督賞」をフットボールリーグ(2~4部)から授与された事実だけで事足りる。そして、ボーンマスを10年間率い、同クラブ史上最も成功した監督を自認していたハリー・レドナップの言葉―――「エディー・ハウがやってきたおかげで、わたし(の存在)などあっけなく吹き飛ばされちまって過去の人だ。あいつは出来る。しかも、見ていてすこぶる楽しい。来季はシーズンチケットを2枚買って毎試合欠かさず観戦することにしよう」!

▽本稿執筆中の最中、イタリアはナポリ沖合に浮かぶカリプ島のクラブ『カリプ』がセリエA昇格を決めたニューズが飛び込んできた。聞けば、カリプも1999年に破産危機に見舞われ、こちらの場合は実際に解散の憂き目にあってから再結成したという。つまり、形の上では“創立15年”のひよっ子クラブ。カリプ島(市)の人口はたったの6万7000。スタジアムの収容数は法外な4000強。ボーンマス同様、途方もない話だ。実は筆者、70年の早春にボーンマスを訪れている。かの国に住み着いて初めての一泊旅行だった。翌71年の夏にはイタリアに旅し、カリプ島の素朴なレストランで美味なパスタを賞味している。その帰途、ガトウィック空港内でなぜか目に留まって購入したアルバムが、他でもない『Saturday In The Park』をフィーチャーしたシカゴの新譜アルバム。そりゃもう当然、来シーズンはボーンマスとカリプが一番の贔屓チームになる。たとえ、武運つたなく、あるいは、やむなくも降格の運命にさらされようと。

※なお、厳密にはボーンマスのプレミア昇格は未確定。残る1試合でチェリーズが敗れ、3位のミドゥルズブラが20点差以上(!)で勝てば、“奇跡”は夢と消えてしまう。


【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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