【東本貢司のFCUK!】チャーリー・A、畢生の一撃

2015.04.08 14:00 Wed
▽「無粋なチームだ」―――大半のファンはそう思ったかもしれない。そう、チェルシーファン以外は。いや、ブルーズ贔屓の中にも「引き分けでもよかったかな」と苦笑いした人がいたかもしれない―――とは、言い過ぎだとしても、4日土曜日の夕刻から翌日にかけて、イングランドのメディア周辺は「そのゴール」で持ち切りだった。ストーク・シティのスコットランド人MF、チャーリー・アダムが放った推定65ヤードの超ロングシュートが決まるまでのわずか5秒足らずの経緯と、アダムがかくも豪快に振り切ったインパクトについて。某メディアのスタジオ映像では、グレン・ホドルとジェイミー・レドナップがくどいほど、そのシークエンスを振り返りながら、興奮気味にやたらと早口の分析談義を交わしていたほどに。だが、この“アダムズ・センセイション”でイーヴンに追いつかれたチェルシーは結局勝利を収めた。そして翌日、マン・シティーがクリスタル・パレスに敗れ去った。

▽もしかすると、このアダムの年間最優秀ゴール級(少なくともその最有力候補)の一撃は、モウリーニョ・チェルシーの底力と復活優勝、および二冠王者シティーのあまりにも早い凋落を、鮮明に印象付けるメモリアルイベントとしても記されることになるかもしれない。ブルーズとシティーの違いとは何か。同じように、各国代表のワールドクラスを潤沢に揃えながら、チェルシーの場合はなぜか際立って目立つ“マスト・パーソナリティー”がこれといって思い浮かばない。前半大活躍したディエゴ・コスタの“お疲れ模様”も何のその、だ。方やシティーは、なんのかんの言ってもコンパニー、ヤヤ、ダヴィド・シルヴァ、アグエロのキーマン・カルテット頼り。彼らのうち、二名でも欠くゲームはほぼ必ず苦戦する。実際、揃ってピークを過ぎた感が強い彼らは、故障が多くフル出場が叶っていない。ペジェグリーニとて過渡期にあるのは百も承知だろうが、“ほぼ出来上がったチーム”を引き継いだことと、シティーでの年季の浅さという宿命から逃れられないのも事実なのだ。

▽今にして、モウリーニョがなぜ“チームきってのファンタジスタ”フアン・マタを見限ったのかが分かるだろう。そして、ポルトから第一次チェルシー、インテルまで目覚ましい成果をもたらしてきながら、個性もアクの強いギャラクティコ・レアルで“失意”を味わったのかも。実に明解ではないか。「名将モウリーニョ」の真髄は、スターをスターとして扱わない「高度な均質化」なのだ。目前で見せつけられたアダムのワンダーゴールについての彼のコメントは実に意味深である。「チャーリー・アダムには、50ヤード・シュートを撃つ“コンディション”があった」。そして「マラドーナやメッシですらあんなゴールは決められなかった」とも。あえて「能力」ではなく「コンディション」と表現し、超A級のスターを引き合いに出してまさに「一生に一度」と言わんばかりの“賞賛”を捧げる。さらに穿った見方をすれば「常に“能力”を誇示する傾向にあるクリスティアーノ辺りはもう一つ信頼が置けない」? いや、仮にそう質したところで苦笑いされるだけか?
▽邪推はこのくらいにして、アダムに話を戻そう。というより、今回のアダムに比肩し、あるいは凌駕する過去の出来事について。真っ先に思い浮かぶのは、ご存じデイヴィッド・ベッカムの出世イベントとなった、1996年・ウインブルドン戦のスーパーロングゴール。ただし、このときは「60ヤード強」だった。ベッカム、アダムを“数字”で超えるものとしては、2006年のシャヴィ・アロンソ(当時リヴァプール)の「2発」がある。正確な数字は未確認だが、いずれも「70ヤード前後」だといわれている。しかし、やはり上には上があるもので、「80ヤード」の記録を残した意外なプレーヤーが存在した。元イングランド代表で当時スパーズ(トッテナム)のGK、ポール・ロビンソンがここまでのキャリアで唯一マークしたゴールがそれ。2007年3月、ワトフォード戦、自らのペナルティーエリア外5ヤードからロビンソンが蹴ったフリーキックは、はるか彼方、ベン・フォスターの前に落ちてその頭上を越え、ゴールに飛び込んだのである。

▽さて、では、ギネスブックに燦然と輝く“最長記録”はというと―――奇しくもアダムの同僚ストーク所属で、かつ、なんとこれまたゴールキーパーの脚から生まれている。2013年11月のサウサンプトン戦、ボスニア代表アズミール・ベゴヴィッチの蹴ったクリアキックは、折からの風にも乗って実に「91.9メートル(正確を期すためなのか、ヤードでは記されていない)」を飛び、opposite number(=敵の同職)アルトゥール・ボルツの前で一度バウンドしてからゴールマウスに吸い込まれた・・・・。いや、でも、やはりこの手の記録は“まぐれっぽい”時の運が働いたというべき代物。たとえ、距離は及ばずとも、痛快なほど迅速な展開から間髪入れずはっしと放たれたアダムのゴールこそ、現時点でのベストワンではなかろうか。その意味の限りでは、あえてモウリーニョ理論に物申したい。確かに「コンディションがピタリ」だったとしても、語り継がれるに値する業績には違いあるまい。Hail to Charlie !

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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