新体制構築中のユベントス、デル・ピエロ氏入閣の可能性
2022.12.01 19:35 Thu
ユベントスのレジェンド、アレッサンドロ・デル・ピエロ氏が、重役として古巣に復帰する可能性があるようだ。イタリア『ガゼッタ・デロ・スポルト』が伝えている。
ここ数年のチーム成績が落ち込むなか、選手との契約や移籍などで虚偽会計や、不正なキャピタルゲインが疑われ、トリノ検察の調査対象に挙がっていたユベントス。そんな中、アンドレア・アニェッリ会長をはじめとする、パベル・ネドベド副会長ら役員の総辞職がアナウンスされ、暗に不正を認める格好となった。
クラブはすぐさまジャンルカ・フェレーロ氏を新会長に任命し、再構築に向けてスタートさせているが、まだまだ混乱の最中。来年1月18日に予定されている株主総会で新理事会メンバーが正式に発表され、そこが再出発となる。
そんな中、興味深い情報として、現役時代にユベントスに9年間にわたって在籍し、クラブ最多となる705試合の出場記録を持つ言わずと知れたレジェンドの復帰の可能性が伝えられた。フェレーロ新会長とマウリツィオ・スカナヴィーノ新CEOは、サッカーとユンベントスについて深い理解がある人物を必要としており、デル・ピエロ氏がその点で最適な人材と見込んでいるようだ。
同氏にはスポーツ・ディレクターとして立場や、バベル・ネドベド氏が務めた副会長のポジションが用意されていると言われるが、本人はクラブが総辞職を発表した直後のコメントで古巣復帰を否定していた。
ここ数年のチーム成績が落ち込むなか、選手との契約や移籍などで虚偽会計や、不正なキャピタルゲインが疑われ、トリノ検察の調査対象に挙がっていたユベントス。そんな中、アンドレア・アニェッリ会長をはじめとする、パベル・ネドベド副会長ら役員の総辞職がアナウンスされ、暗に不正を認める格好となった。
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同氏にはスポーツ・ディレクターとして立場や、バベル・ネドベド氏が務めた副会長のポジションが用意されていると言われるが、本人はクラブが総辞職を発表した直後のコメントで古巣復帰を否定していた。
なお、ユベントス入閣については同じレジェンドの一人であるダビド・トレゼゲ氏が「呼ばれれば戻るつもり」と意欲を示している。
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【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.23“リッピ第2次政権”復権の王者/ユベントス[2002-2003]
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