大会得点王がまさかの代表追放…赤道ギニア代表FWエンスエは「重大な規律違反」を繰り返し制裁

2024.02.14 12:55 Wed
赤道ギニア代表を追放されたエンスエ
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赤道ギニア代表を追放されたエンスエ
アフリカ・ネーションズカップ(CAN)で得点王に輝いたFWエミリオ・エンスエが、赤道ギニア代表から追放されることが決定した。

13日、赤道ギニアサッカー連盟(FEGUIFUT)は声明を発表。エンスエに対し、「重大な規律違反が数回あった」ことを理由に、一時的な代表追放の処分を下していた。
マジョルカ出身のエンスエは、マジョルカの下部組織出身。ファーストチーム昇格後は、カステジョンやレアル・ソシエダへのレンタル移籍を経験。その後イングランドに渡り、ミドルスブラとバーミンガム・シティでプレーした。

2018年1月からはキプロスのAPOELニコシアに加入。アポロン・リマソルでもプレーした後、ボスニア・ヘルツェゴビナのFKトゥズラ・シティでプレーし、現在はスペイン3部のFCインテルシティでプレーしている。

世代別の代表ではスペイン代表でプレーしていたが、A代表はルーツでもある赤道ギニア代表を選択。これまで42試合で23ゴールを記録し、キャプテンでもある中、先日までコートジボワールで行われていたCANでは5ゴールを記録して得点王に輝いていた。
FEGUIFUTによれば、エンスエは「大会前後に数回の重大な規律違反があった」とし、「追って発表があるまでは代表活動に参加しない」と、一時的に追放されることが決定したという。

また、FWイバン・サルバドールに関しても処分が下され、「今年1月29日、彼はアビジャンで不愉快な事件に巻き込まれ、国家警察の介入につながり、赤道ギニア代表の帰国に大幅な遅れが生じた。これは評判とイメージの低下に繋がった」と発表。詳細は明かされていないが、処分が下されるという。

エミリオ・エンスエの関連記事

国際サッカー連盟(FIFA)は、FWエミリオ・エンスエ(34)に対して、11年間に渡って赤道ギニア代表としてプレー資格がない状況でプレーしたとの裁定を下した。フランス『AP通信』が伝えている。 マジョルカ出身のエンスエは、マジョルカのカンテラ出身。ファーストチーム昇格後は、カステジョンやレアル・ソシエダへのレンタル移籍を経験。その後イングランドに渡り、ミドルズブラとバーミンガム・シティでプレーした。 2018年1月からはキプロスのAPOELニコシアに加入。アポロン・リマソールでもプレーした後、ボスニア・ヘルツェゴビナのFKトゥズラ・シティでプレーし、現在はスペイン3部のFCインテルシティでプレーしている。 世代別の代表ではスペイン代表でプレーしていたが、A代表はルーツでもある赤道ギニアを選択。これまで42試合で23ゴールを記録し、キャプテンでもある中、今年始めにコートジボワールで行われていたアフリカ・ネーションズカップ(CAN)では5ゴールを記録して得点王に輝いていた。 しかし、エンスエに関しては2011年までの6年間にU-16~U-21レベルのスペイン代表で26試合に出場。その内には公式戦も含まれており、その後の2013年3月に赤道ギニアの国籍を取得したことで、当時のレギュレーションでは国籍変更が認められない状況にあった。 そのため、2014年ブラジル・ワールドカップ(W杯)予選でカーボベルデ代表と対戦し、ハットトリックで4-3の勝利に貢献した際には、FIFAが同選手を無資格選手とみなし、この試合を没収試合として赤道ギニアの0-3の敗戦扱いとしていた。 ただ、この裁定後もエンスエは赤道ギニア代表としてのプレーを継続し、昨年11月に行われた2026年北中米W杯予選のナミビア代表戦、リベリア代表戦でもプレーし、いずれの試合でもゴールを挙げて1-0の勝利に貢献していた。 しかし、FIFAは5月24日にエンスエが無資格選手という理由から、赤道ギニアの2勝を剥奪する決定を下し、今月3日にその一件に関する判決を下した。 エンスエに関しては、偽造された赤道ギニアのパスポートを使用していたとされ、そのパスポートにはパルマ・デ・マヨルカ(スペイン)ではなくマラボ(赤道ギニア)で生まれたと記載されていた。 その事実もあり、FIFAは2013年の裁定を改めてエンスエが11年間に渡って赤道ギニア代表としてプレーする資格がなかったとの判決を下した。 また、FIFAは「間違いなく自分が出場資格がないことを知りながら」赤道ギニアでプレーし続けていたとの判決を下し、同選手に対して6カ月間の国際試合出場禁止の追加処分を科している。 2024.06.04 14:48 Tue

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