マルコ・マテラッツィ
Marco MATERAZZI
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| ポジション | DF |
| 国籍 |
イタリア
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| 生年月日 | 1973年08月19日(52歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | 193cm |
| 体重 | 92kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 代表 |
マルコ・マテラッツィのニュース一覧
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あの日を最後に18年…マテラッツィ氏が改めて「ジダンと会いたい」
マルコ・マテラッツィ氏がジネディーヌ・ジダン氏と会いたいそうだ。 2006年ドイツW杯決勝「イタリア代表vsフランス代表」。試合後、世界王者が決まった勝敗以上に注目され、業界の枠を超えた世界的関心ごととなったのは、あの「頭突き」の件だ。 延長戦、イタリア代表DFマテラッツィに対し、フランス代表キャプテンのMFジダンが突然「頭突き」。衝撃の場面を目撃した第4審が主審に伝え、世界的名手に1発レッドが提示された。 イタリアがPK戦の末にフランスを撃破したのち、両者への事情聴取で判明したのは、繰り返されたマテラッツィによるジダンへの挑発。前者が執拗に後者の家族を侮辱し、とうとう我慢ならなかった末の「頭突き」となったのだ。 この大舞台が現役ラストゲームだった世界的名手の1発レッドを誘発…もともと強烈な個性で知られていたマテラッツィはサッカー界における“ヒール”の代表格となったのである。 あれから18年、マテラッツィ氏は51歳に。 氏はベッティングサイト『Lucky Block』のインタビューでジダン氏とのバトルを改めて振り返り、これまでと同様、ジダン氏へのリスペクトを再表明。「会いたい」と語る。 「ジネディーヌは正真正銘、サッカー界のレジェンドだ。オレはいつだって彼を尊敬してきたよ。“マテラッツィ監督”はレアル・マドリーを率い、欧州を3連覇したことだってあるんだぜ。テレビゲームではあるがな」 「あの日以来、ジネディーヌとは一度も話していないし、同じ場所にいたこともない。何年もの時間が経過して、なにも問題はない…喜んで彼と会話をしたいと思っているところだ」 2024.11.21 21:05 Thu2
今日の誕生日は誰だ! 8月19日は、2006年ドイツW杯で当代No.1プレーヤーの衝撃退場劇を生んだ“悪童”のバースデー
◆マルコ・マテラッツィ 【Profile】 国籍:イタリア 現役時在籍クラブ:インテルなど 誕生日:1973年8月19日 ポジション:DF 身長:193㎝ 体重:92㎏ ▽『今日の誕生日は誰だ!』 8月19日は、元イタリア代表DFマルコ・マテラッツィ氏だ。 ▽名ディフェンダーにしてサッカー界随一の“悪童”としても知られるマテラッツィ氏は、アマチュアのクラブやセリエC1のトラパーニなどでのプレーを経て、23歳の時にペルージャでセリエAデビュー。2000-01シーズンにはシーズン11得点を決め、当時のディフェンダーとしてのリーグ最多得点記録を塗り替えたこともある。その後、インテルに入団してからも公式戦209試合に出場し33得点を記録。パワフルな守備だけでなく得点力でもチームに貢献し、自身の着用した背番号23を特別なものにした。 ▽マテラッツィ氏と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、イタリア代表として臨んだ2006年ドイツ・ワールドカップ(W杯)でのエピソードだろう。フランス代表との決戦が延長戦にもつれ込むと、当時相手国の絶対的司令塔であったジネディーヌ・ジダン氏を挑発。頭突きを受け、大会後の引退を表明していた当代ナンバー1プレーヤーを退場に追い込んだ。 ▽マテラッツィ氏は、その事件から10年後の2016年に当時を振り返り、「ジダンを罵倒するのに彼の妹を引き合いに出した。いくつかのメディアが彼の母を侮辱したと報道したがそれは違う」とコメントしている。 ※誕生日が同じ主な著名人 チェーザレ・プランデッリ(サッカー指導者) ジョアン・ピント(元サッカー選手) ロベルト・アボンダンジェリ(元サッカー選手) アレッサンドロ・マトリ(サッカー選手/サッスオーロ) ジョアン・オマリ(サッカー選手/サガン鳥栖) 鈴木智也(サッカー選手/FC東京) オービル・ライト(ライト兄弟の弟) ウィラード・ボイル(科学者) ココ・シャネル(デザイナー) イアン・ギラン(歌手/ディープ・パープル) ジョン・ディーコン(ベーシスト/クイーン) ヤガミトール(ドラマー/BUCK-TICK) 木村沙織(バレーボール選手) ディーン・フジオカ(俳優) ふかわりょう(お笑い芸人) 2018.08.19 07:00 Sun3
ロシアW杯でもインテル&バイエルンのジンクス継続! 1982年以降すべてのW杯決勝に選手を送り込む
ロシアW杯でもインテル&バイエルンのジンクス継続! 1982年以降W杯決勝に選手を送り込む ▽ロシア・ワールドカップ(W杯)の準決勝が終了し、フランス代表とクロアチア代表の決勝進出が決定した。これにより、1982年大会から続いていたインテル&バイエルンのジンクス継続されることになった。フランス『Le Parisien』が伝えている。 ▽1982年のスペイン大会以降、インテルとバイエルンの2チームはW杯決勝に所属選手を送り続けている。そして、ロシアW杯ではバイエルンのMFコランタン・トリッソがフランス代表として、インテルのMFマルセロ・ブロゾビッチ、FWイバン・ペリシッチがクロアチア代表として決勝の舞台に駒を進めることになった。 ▽また、バイエルンはドイツ代表の強さを背景に1982年以降のW杯決勝に所属選手27人を送り出しており、これは最多の記録だ。一方、インテルは16人と効率性の良さが際立つ数字となっている。 ▽なお、最終的に決勝を制してチャンピオンになった選手の数ではバイエルンが12人、インテルが9人とバイエルンがやや優勢だ。 ◆1982年以降のW杯決勝のバイエルンvsインテル一覧 ◆1982年決勝 イタリア 3-1 西ドイツ ▽バイエルン ヴォルフガング・ドレムラー(西ドイツ) パウル・ブライトナー(西ドイツ) カール=ハインツ・ルンメニゲ(西ドイツ) ▽インテル ジュゼッペ・ベルゴミ(イタリア) ガブリオレ・オリアリ(イタリア) アレッサンドロ・アルトベッリ(イタリア) ◆1986年決勝 アルゼンチン 3-1 西ドイツ ▽バイエルン アンドレアス・ブレーメ(西ドイツ) ノルベルト・エデル(西ドイツ) ローター・マテウス(西ドイツ) ディーター・ヘーネス(西ドイツ) ▽インテル カール=ハインツ・ルンメニゲ(西ドイツ) ◆1990年決勝 西ドイツ 1-0 アルゼンチン ▽バイエルン クラウス・アウゲンターラー(西ドイツ) ユルゲン・コーラー(西ドイツ) シュテファン・ロイター(西ドイツ) ▽インテル アンドレアス・ブレーメ(西ドイツ) ユルゲン・クリンスマン(西ドイツ) ローター・マテウス(西ドイツ) ◆1994年決勝 ブラジル 0-0(PK3-2) イタリア ▽バイエルン ジョルジーニョ(ブラジル) ▽インテル ニコラ・ベルティ(イタリア) ◆1998年決勝 ブラジル 0-3 フランス ▽バイエルン ビセンテ・リザラズ(フランス) ▽インテル ロナウド(ブラジル) ユーリ・ジョルカエフ(フランス) ◆2002年決勝 ドイツ 0-2 ブラジル ▽バイエルン オリバー・カーン(ドイツ) イェンス・イェレミース(ドイツ) トーマス・リンケ(ドイツ) ▽インテル ロナウド(ブラジル) ◆2006年決勝 イタリア 1-1(PK5-3) フランス ▽バイエルン ウィリー・サニョル(フランス) ▽インテル マルコ・マテラッツィ(イタリア) ◆2010年決勝 オランダ 0-1 スペイン ▽バイエルン マルク・ファン・ボメル(オランダ) アリエン・ロッベン(オランダ) エドソン・ブラーフハイト(オランダ) ▽インテル ヴェスレイ・スナイデル(オランダ) ◆2014年決勝 ドイツ 1-0 アルゼンチン ▽バイエルン マヌエル・ノイアー(ドイツ) バスティアン・シュバインシュタイガー(ドイツ) トーマス・ミュラー(ドイツ) フィリップ・ラーム(ドイツ) トニ・クロース(ドイツ) ジェローム・ボアテング(ドイツ) マリオ・ゲッツェ(ドイツ) ▽インテル ロドリゴ・パラシオ(アルゼンチン) ◆2018年決勝 フランス vs クロアチア ▽バイエルン コランタン・トリッソ(フランス) ▽インテル マルセロ・ブロゾビッチ(クロアチア) イバン・ペリシッチ(クロアチア) 2018.07.13 00:00 Fri4
マテラッツィ“兄貴”、インテル時代にバロテッリへ鉄拳制裁を下したと告白
インテルのレジェンドである元イタリア代表DFマルコ・マテラッツィが、インテル時代のマリオ・バロテッリとのやり取りを回顧した。 マテラッツィは2001年から2011年インテルで活躍したDFで、ロッカールームをまとめる兄貴分としてチームの統率をとり、ファンからも愛されたレジェンドだ。 <div style="margin:0 auto; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJscWZXakI1biIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> そんなマテラッツィが16日、インスタグラムのライブ配信を使用したインタビューに応え、インテルでの経験を振り返り、2010年のチャンピオンズリーグ(CL)のバルセロナとの準決勝で起こったバロテッリとの事件についても回顧している。 この試合、途中交代で入ったバロテッリはピッチ上で精細を欠くパフォーマンスを見せたあげく、試合終了後にユニフォームを地面に投げつけていた。その後、ロッカールームに引き上げるバロテッリをマテラッツィが追いかけていく姿が目撃されている。 マテラッツィ氏は当時を振り返り、バロテッリを殴っていたことを明かした。 「彼をぶっ飛ばしたよ。本当だ。彼を愛しているが、あの日の彼はそれに相応しかった。今は友人だし、兄弟のような関係だが、マリオはあの日やってはいけないことをした」 「ベンチから出てきた後、カウンターのチャンスがあったのに彼はハーフウェイラインからロングシュートを打ったりしていた。ディエゴ・ミリートはカンカンだったよ」 「みんなマリオのポテンシャルを信じていたし、多くのゴールを決めて勝利にも貢献した。でも、その事件の1週間後、トレーニングで彼とマッチアップさせるようにモウリーニョに頼んだんだ。(対戦した後)一瞬で医務室送りにしてやったよ」 2020.04.17 16:30 Fri5
元イタリア代表FWヴィエリ、“笑い過ぎてちびりそうになった”インテル時代のすべらない話を披露
インテルのレジェンド、クリスティアン・ヴィエリ氏が、インテル時代のすべらない話を披露したようだ。 ヴィエリは、トリノでプロキャリアをスタートさせた後、ユベントス、アトレティコ・マドリー、ラツィオなどのクラブを渡り歩き、1999年から2005年の間インテルでプレー。公式戦143試合に出場し103ゴールをマークしている。 <div style="margin:0 auto; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJvVHIzZ1lqZyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> そんなヴィエリがインテルのチームメイト、マルコ・マテラッツィ氏と共にインスタグラムライブに出演し、インテルでの日々を回顧。その中で、1997年から2000年までインテルでプレーし、奇抜な髪型で個性派として知られていた元ナイジェリア代表DFタリボ・ヴェストと当時のインテル指揮官、マルチェロ・リッピ氏との奇妙な会話を明かした。 「あれは試合があった日の土曜の朝だった。私たちはリッピ監督の周りに立っていて、スタメン発表を待っていた。その後にウォームアップを始める予定だったからね」 「そしたらタリボ・ヴェストがあのデカくて低い声で『ミスター!神が私はプレーしなくてはならないと言っている!』って監督に言ったんだ」 「私はもうその時から腹を抱えて笑っていたんだ。そしたらリッピが『それは変だな、神は私にそんな話しなかったぞ』って返事した。笑い過ぎてちびりそうになったよ」 ちなみに神の声を聞いたという個性派DFヴェストは、後に牧師となり、ナイジェリアの大都市・ラゴスで自分の教会を設立したそうだ。 2020.04.24 17:55 Friマルコ・マテラッツィの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2016年1月1日 |
チェンナイインFC |
引退 |
- |
| 2014年9月12日 |
キャリア中断 |
チェンナイインFC |
完全移籍 |
| 2011年7月1日 |
インテル |
キャリア中断 |
- |
| 2001年7月1日 |
ペルージャ |
インテル |
完全移籍 |
| 1999年7月1日 |
エバートン |
ペルージャ |
完全移籍 |
| 1998年7月1日 |
ペルージャ |
エバートン |
完全移籍 |
| 1996年12月31日 |
カルピ |
ペルージャ |
レンタル移籍終了 |
| 1996年7月1日 |
ペルージャ |
カルピ |
レンタル移籍 |
| 1995年7月1日 |
トラーパニ |
ペルージャ |
完全移籍 |
| 1994年7月1日 |
Marsala 1912 |
トラーパニ |
完全移籍 |
| 1993年7月1日 |
US Tor di Quinto |
Marsala 1912 |
完全移籍 |
| 1991年7月1日 |
ACR Messina You |
US Tor di Quinto |
完全移籍 |
| 1990年7月1日 |
|
ACR Messina You |
完全移籍 |
マルコ・マテラッツィの代表履歴
| デビュー日 | 引退日 | チーム |
| 2001年4月25日 | 2008年6月22日 |
イタリア代表 |

イタリア
チェンナイインFC
引退
インテル
ペルージャ
エバートン
カルピ
トラーパニ
Marsala 1912
イタリア代表