ハンジ・フリック
Hansi Flick
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| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
ドイツ
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| 生年月日 | 1965年02月24日(61歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ |
ハンジ・フリックのニュース一覧
バルセロナのニュース一覧
ハンジ・フリックの人気記事ランキング
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「僕にとってはより厳しい…」ペドリがチャビ前体制とフリック体制のチーム内ルールの違いを明かす
バルセロナのスペイン代表MFペドリがクラブの懲戒制度について語った。スペイン『ムンド・デポルティボ』が伝えている。 ハンジ・フリック新監督の下でラ・リーガで首位、チャンピオンズリーグ(CL)でも直近は3試合連続4得点以上の大勝と絶好調のバルセロナ。 その好調のチームとともに中盤の要として存在感を示す背番号8は、スペインの有名な深夜トーク番組『Martinez and Hermanos』に出演し、クラブやチームメイトなど幾つかの興味深いエピソードを語った。 ラミン・ヤマルがサッカーゲームが不得意なことを暴露し、パウ・クバルシのインスタグラムアカウントをフォローしていないことを指摘され、番組中にフォローするなど和やかな雰囲気の中でペドリは、監督ごとに設定されるクラブの懲戒制度にも言及。 チャビ・エルナンデス前監督と、フリック監督のペナルティに関する違いについて語った。 「なぜ電話が鳴らなかったのか分からない。不在着信が何十件もあった。30秒で着替えて練習場に到着すると、リカバリーセッションのためにみんなが待っていてくれたんだけど、僕は恥ずかしさと申し訳なさでトマトのように真っ赤な顔だったよ」と、自身の遅刻エピソードを明かした23歳は、前体制では遅刻などの規律違反の際に罰金処分があったと説明。 「(罰金を)分単位で決める監督もいる。例えば、5分遅れると5000ユーロ。でもチャビの場合は、遅れたら5000ユーロで、次の遅れは2倍。以降も2倍になっていくし、4、5分遅れるだけでも大損だよ。罰金で得たお金はチームの食事代に充てられたり、通常は寄付されていたよ」 一方、ドイツ人指揮官は罰金を科さない代わりに、試合に出さないという、ある意味でより厳格なペナルティを設けているという。 「フリックの場合はそうではなく、遅刻したら試合に出してもらえない。僕にとっては、試合に出ないことの方が厳しいよ。それはアラベス戦でジュール・クンデに起こったことだよ」 そういった厳格なルールを設けるフリック監督だが、普段はそこまで堅物ではなく、友好的で、冗談も好きだと語っており、指揮官と良好な関係を築けているという。 2024.11.08 08:15 Fri2
フリック就任後のバイエルンが凄い! リーグ史上最速&最多記録を達成!
ハンジ・フリック監督就任後のバイエルンの戦績が凄まじいことになっている。 バイエルンは17日、ブンデスリーガ再開初戦となった第26節でウニオン・ベルリンと対戦しアウェイで0-2で勝利した。その2点目となったDFバンジャマン・パヴァールのゴールで、フリック監督就任からリーグ50得点に到達。 ブンデスリーガ公式によると、16試合での到達はリーグ史上最速で、1試合あたりの平均得点数も最多の3.1ゴールとなっている。フリック監督就任後、初のリーグ戦の相手はドルトムントだったが、最大のライバルを4-0で粉砕すると、続くデュッセルドルフ戦も4ゴールを決めて大勝。その後も、シャルケに5得点、ブレーメンやホッフェンハイムには6得点を奪うなど、圧倒的な強さで首位に返り咲いた。 その功績から、元々暫定指揮官だったフリック監督はすぐに正式監督の座に就くと、先月4日には2023年までの契約延長が発表された。なお、その他公式戦を含めると、21試合で18勝1分け2敗という成績となっている。 そして、その記録の立役者となったFWロベルト・レヴァンドフスキも、ウニオン・ベルリン戦でのPKによる先制ゴールで5シーズン連続での40得点を達成。ブンデスリーガでは26得点目で、ワンシーズンにおいて26試合までに26ゴールを決めたのはゲルト・ミュラー以来2人目の快挙だという。 なお、バイエルンは今後、23日にフランクフルト戦、平日開催となる26日にはドルトムントとのデア・クラシカーが控えている。 2020.05.18 14:50 Mon3
バイエルンを7年ぶりの3冠に導いたフリック監督がドイツ年間最優秀監督に輝く!
バイエルンを率いるハンジ・フリック監督(55)が2020年のドイツ年間最優秀監督に輝いた。 同賞はドイツ『キッカー』とドイツスポーツジャーナリスト協会の投票により選出される。 フリック監督は、昨年11月にニコ・コバチ前監督の後任としてアシスタントコーチから暫定監督に昇格すると、すぐにチームを立て直し正式監督に就任。就任後は公式戦36戦33勝と圧巻の成績を収め、ブンデスリーガ、DFBポカール、チャンピオンズリーグ(CL)を制覇。チームを7年ぶりのトレブル(3冠)に導いた。 受賞したフリック監督は『キッカー』に対して次のように語っている。 「当たり前だが、今回の受賞はとても嬉しく思っている。これは共に取り組んでくれ、日々サポートしてくれたコーチ陣全員に対する賞だと思っている」 なお、栄誉に輝いたフリック監督は、525票のうち223票を獲得。次点の164票を獲得したリバプールのユルゲン・クロップ監督(53)、40票の支持を得た3位のフライブルクのクリスチャン・シュトライヒ(55)らを抑えての受賞になる。 2020.08.30 23:35 Sun4
ドイツ代表史上初の解任…日本代表が引導を渡したフリック元監督は123年の歴史で初
日本代表戦が最後の試合となってしまったドイツ代表のハンジ・フリック元監督(58)だが、ドイツ代表史上初の解任劇だった。ドイツ『スカイ・スポーツ』が伝えた。 9日、国際親善試合で日本と対戦したドイツ。カタール・ワールドカップ(W杯)のリベンジを目指した中、ホームに日本を迎えるも、1-4で惨敗に終わった。 これにて親善試合3連敗。2023年は6試合でわずか1勝という状態となっており、2024年の自国開催のユーロに向けた暗雲が。選手の入れ替えや新たな戦い方を模索している中での結果に、選手たちも擁護する声がある中、10日にドイツサッカー連盟(DFB)は解任を発表した。 フリック監督は就任から25試合での解任に。コーチとして2014年のブラジルW杯で優勝を経験したほか、バイエルンでもタイトルを獲得していたが、代表でのキャリアは短いものとなった。 ドイツ代表はこれまで10人が指揮。最も成功し、長期間指揮したのはヨアヒム・レーブ氏。198試合を指揮し、2014年のW杯を制していた。その前のユルゲン・クリンスマン氏は2年間という短い期間だったが、自国開催のドイツW杯を指揮していた。 2002年の日韓W杯を指揮していたのは今回暫定指揮官となったルディ・フェラー氏だった。 いずれにしても、これまでの監督は解任ではなく、ユーロの後やW杯の後に退任している状況。2大会連続のW杯グループステージ敗退、今回の親善試合3連敗と、ドイツ最大の危機を迎えている状況。 <span class="paragraph-title">【動画】監督解任の引き金に…日本代表がドイツ代表を粉砕!</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="_dGahn1hnks";var video_start = 0;</script><div style="text-alignMrV1LJF66uIcenter;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2023.09.12 08:50 Tue5
フリック監督解任でドイツ凋落の原因は?/六川亨の日本サッカーの歩み
日本がドイツ戦に4-1と快勝した翌日、飯田橋のJFAハウスでは第19回日本サッカー殿堂掲額式典が、名誉総裁である高円宮妃殿下をお招きして開催された。今年の掲額者は現国士舘大学理事長の大澤英雄氏、元JFA会長の大仁邦彌氏、長年少年サッカーの指導者として育成に貢献し、現在はコメンテーターとして活躍中のセルジオ越後氏、漫画「キャプテン翼」の作者である高橋陽一氏、そして2011年の女子W杯で優勝したなでしこジャパン(日本女子代表チーム)だった。 辛口コラムで知られるセルジオ越後氏だが、前夜の日本の快勝には「何も言うことはありません」と答えて会場の笑いを誘った。そして選手として来日し、その後は1979年に日本で開催された第2回ワールドユース(現U-20W杯)にコカ・コーラ社が大会スポンサーになったことで、「普及をしようと思って」スタートした「さわやかサッカー教室」で全国を巡回。25年間で50万人以上の少年少女を指導した。 指導を始めた当時の日本は「高校生からサッカーを始める子も多かった」時代だった。今回の受賞に関しても、「普及を評価されたのはうれしい。国籍はブラジルですが、日本に来て51年、両親の国でもらえたのもうれしい」と素直に喜びを口にした。 そして今日である。やはりというか、ドイツ代表のハンジ・フリック監督がDFB(ドイツサッカー連盟)から解任された。英BBCによると、1926年に役職が設置されて以来、任期中の解任は初のことだそうだ。 これまでもドイツ(西ドイツ時代を含め)は、代表監督の任期は最低でも8年、2回のW杯というのが暗黙の了解だった。アシスタントコーチ時代を含めれば、代表チームに関わる時間はさらに長い。そうした継続性と合理性・計画性が、彼らのストロングポイントと思われてきた。 実際、28年に監督に就任したオットー・ネルツ(34年の第2回イタリアW杯で3位)からハンジ・フリックまで歴代監督は11人しかいない。日本が、大日本蹴球協会を設立した1921年以降、現在の森保一監督まで延べ30人という人数と比べてもその少なさがわかるだろう(岡田武史氏や長沼健氏の再任は人数にカウントしていない)。 80年代まで、日本の場合は五輪やW杯予選で敗退すると監督交代が基本で、98年に初めてW杯に出場してからは、4年サイクルで監督が代わるのが通例となっていた。それに対しドイツは長期的な視野に立っての強化から、最長ではヨアヒム・レーヴが15年間でW杯は10年南アで3位、14年ブラジルでは優勝、08年のEUROでも準優勝を果たしている。 かつて72年にEUROで初優勝後、74年の自国開催のW杯でも優勝したあとは(ヘルムート・シェーン監督)、96年にEUROで3度目の優勝を飾るまで、ドイツはW杯でも優勝か準優勝が当たり前の時代があった。そんなライバルをゲリー・リネカーは「サッカーは11人でやるスポーツだが、最後に勝つのはドイツだ」という名言を残した。 しかしそれも、W杯で2大会連続してグループリーグ敗退では「過去の名言」と言わざるを得ない。 では、なぜドイツはここまで凋落してしまったのだろうか。シュバインシュタイガーは2013年にバイエルンの監督に就任したベップ・グアルディオラが3年連続してブンデスリーガを制したことで、「ドイツサッカーのバルセロナ化」をもたらしたことが凋落の一因と、日刊ゲンダイIGITALで鈴木良平氏(日本人初のドイツS級ライセンスを初めて取得)が紹介していた。「シンプルにゴールを目指し、劣勢でも諦めない姿勢」、いわゆる「ゲルマン魂」の喪失である。これはこれで、面白い指摘だと思う。 そしてもう1点は、やはり育成が上手くいっていないのか、代表選手のスケールダウンを感じずにはいられない。日本との試合でも、脅威になっていたのはサイドアタッカーのサネとニャブリくらい。そんな彼らも後半、日本が5BKにして人数を増やすと前半の輝きは失われていった。 超大国だったころのドイツ(西ドイツ)には、ローター・マテウスやマティアス・ザマー、ミヒャエル・バラックのような「中盤の将軍」がいた。前線には速さ、強さ、高さを兼ね備えたルディ・フェラー、ユルゲン・クリンスマン、ミロスラフ・クローゼといったストライカーがいた。しかし一昨シーズンまで得点王はロベルト・レヴァンドフスキが5シーズン連続して獲得しているように、ドイツ人選手の影はかなり薄まっている印象が強い。 いまドイツサッカーに何が起こっているのか。それを日本も調べることで、今後の強化に役立てることができるのではないだろうか。ドイツをロールモデルに強化を進めてきた日本サッカーだけに、同じ失敗を繰り返さないためにも彼らの問題点を共有すべきである。 2023.09.12 10:15 Tueハンジ・フリックの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2000年7月1日 |
FC Bammental |
引退 |
- |
| 1993年7月1日 |
ケルン |
FC Bammental |
完全移籍 |
| 1990年7月1日 |
バイエルン |
ケルン |
完全移籍 |
| 1985年7月1日 |
ザントハウゼン |
バイエルン |
完全移籍 |
| 1982年7月1日 |
|
ザントハウゼン |
完全移籍 |
ハンジ・フリックの監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2025年7月1日 |
バルセロナ |
監督 |
| 2021年8月1日 | 2023年9月10日 |
ドイツ |
監督 |
| 2019年11月3日 | 2021年6月30日 |
バイエルン |
監督 |
| 2019年7月1日 | 2019年11月2日 |
バイエルン |
コーチ |
| 2017年7月1日 | 2018年2月26日 |
ホッフェンハイム |
マネージング・ディレクター |
| 2014年9月1日 | 2017年1月16日 |
ドイツ |
スポーツ・ディレクター |
| 2006年9月1日 | 2014年8月31日 |
ドイツ |
コーチ |
| 2006年7月1日 | 2006年8月31日 |
ザルツブルク |
コーチ |
| 2000年7月1日 | 2005年11月19日 |
ホッフェンハイム |
監督 |
| 1996年7月1日 | 2000年6月30日 |
FC Bammental |
監督 |
ハンジ・フリックの今季成績
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勝
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分
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負
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| カタール・ワールドカップ グループE | 3 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 |
| 合計 | 3 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 |
ハンジ・フリックの出場試合
| カタール・ワールドカップ グループE |
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| 第1節 | 2022-11-23 |
|
vs |
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日本 | ||||
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H
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| 第2節 | 2022-11-27 |
|
vs |
|
スペイン | ||||
|
A
|
| 第3節 | 2022-12-01 |
|
vs |
|
コスタリカ | ||||
|
A
|

ドイツ
FC Bammental
ケルン
バイエルン
ザントハウゼン
ドイツ
ホッフェンハイム
ザルツブルク