【超ジュニアサッカーガイド】PELADA FC|考える力を育てる。練馬発・進化し続ける街クラブ

2026.02.24 09:00 Tue
東京都練馬区。住宅街の一角に、夜になると白い光に包まれる人工芝のピッチが現れる。
そこに集まってくるのは、ただ「サッカーが好き」という理由だけではない子どもたちだ。もっと上手くなりたい。もっと考えられる選手になりたい。そんな意志を持った選手たちが、この場所へ足を運んでいる。

PELADA FC。

Tリーグ参入後、T3、T2、T1と3年連続で昇格し、クラブ化から約10年で東京でもトップクラスの強豪ジュニアクラブへと成長した存在だ。その歩みは決して一足飛びではなく、日々の積み重ねの先にある。結果だけを追い求めるのではなく、「育てる」ことに正面から向き合ってきたクラブだからこそ、いまの立ち位置がある。
■東京随一の環境を誇るジュニアクラブ

東京23区内で、これほどまでに「日常のサッカー環境」が整ったジュニアクラブは、決して多くない。
PELADA FCが活動拠点とする練馬フットボールパークは、フットサルサイズの人工芝ピッチ2面の専用グラウンドだ。曜日や時間帯に左右される公共施設とは異なり、「いつもの場所」で「いつもの準備」をしてトレーニングに入ることができる。その安定感が、子どもたちの集中力と習慣づくりを支えている。

さらに特筆すべきは、クラブが主体となって行う送迎体制だ。マイクロバスを含む複数台のチームバスにより、週末の試合だけでなく、平日の練習においても送迎を行う。

保護者の負担を軽減し、家庭環境に左右されずにサッカーへ取り組める環境を整えることで、学年ごとの活動は安定する。複数学年が同時に稼働できるため、クラブ全体としての練習密度も高まる。結果として、子どもたちがサッカーに「集中できる時間」を最大化している。

■チームの人数は1学年20人前後

PELADA FCの前身は、練馬区立田柄第二小学校を拠点とした「田柄二サッカークラブ」。学校の先生や保護者がコーチを務める地域の少年団として40年以上の歴史を持つ。2007年、活動の活発化と技術的向上を目指し、クラブチームとしての活動をスタートした。

「単に人数を増やすのではなく、目が届く範囲で、しっかりと子どもたちを育てたい」。代表の上野貢市氏が描いたこの理念は、創設当初から現在に至るまで受け継がれている。1学年あたり20人前後という“適正規模”は、コーチの目が届きやすく、選手一人ひとりを丁寧に見るための意図的な設計だ。

設立当初、外部コーチはおらず、地域のボランティアで運営されていた。しかし、子どもの体力低下や家族関係の希薄化、地域社会の結びつきの弱体化──こうした社会的背景を前に、上野氏は「子どもの幸せと地域づくりのために何かを起こす必要がある」と痛感した。その答えが、クラブとしての本格的な活動だった。

現在、PELADA FCはクラブチームとしての活動に加えて、サッカー教室の開催など、地域の裾野を広げる活動も行っている。限られた人的・資金的資源の中での運営ではあるが、NPO法人化を視野に入れた組織強化に取り組むことで、地域への貢献と子どもたちの健全な育成にコミットしている。

■ヘッドコーチはPELADA育ちのOB

PELADA FCのヘッドコーチを務めるのは、クラブOBであり、ジュニアユースの1期生でもある熊澤脩だ。彼は田柄二サッカークラブ時代からPELADAで育ち、新潟の帝京長岡高校へ進学。その経験が彼のサッカー観を大きく形成した。

高校時代に出会ったのは、トライアングルや3人目の動きといったポジショナルサッカーの概念。感覚でプレーしていた世界から、構造としてサッカーを理解する局面へと意識がシフトしていったという。熊澤コーチはこの経験を、指導現場において大切にしている。「どこに行っても通用する原理原則を身につけさせたい」という考えのもと、小学生年代からサッカーの本質的な理解を促していく。

大学進学後、指導者としての道を歩み始めた熊澤コーチは、国語教員を志した経験も持つ。この言語感覚は、選手に伝える際の言葉選びや概念の説明に活きており、感覚にとどまらない“理解としての習得”を促す要素になっている。

■選手の頭に問いかけるトレーニング

PELADA FCの育成の特徴は、特定のスタイルに固執しないことだ。ポゼッションもドリブルもロングボールも否定しない。ただし、“なぜその選択をするのか”を常に問い続ける。
取材当日の練習は、一見シンプルな対人・局面練習だった。しかし熊澤コーチの視点は、ボールを持たない選手の“立ち位置と判断”にある。受け手はどこで仕掛けるのか。幅を取るのか、背後に抜けるのか。相手の立ち位置を見て選択できているか──。

「2人で主導権を握れなければ、3人目は生きない」。これは彼が繰り返す言葉だ。複雑なメニューを使うのではなく、シンプルな設定にルールを加え、現象を引き出し、それを言語化していく。こうしたプロセスこそが、PELADA FCの練習に息づく“サッカーを考える時間”なのだ。

■ジュニアユースへの内部昇格がゴールではない

熊澤コーチは、PELADA FCを「学習塾のような側面がある」と表現する。

卒業生たちは、Jリーグ下部組織、関東の強豪街クラブ、女子のトップカテゴリー、中体連など、多岐にわたる進路実績を誇る。ジュニアユースへの内部昇格をゴールとせず、選手一人ひとりの成熟度や将来像を踏まえた進路を提示する。

「PELADAに残ることが正解ではない」。

その言葉の裏には、選手の人生を長い目で捉える視点がある。

結果として、クラブを巣立った選手たちが、次の環境で評価を高め、再びPELADAの名を広めていく。

■T1リーグで得た基準を持ち帰る

Tリーグ参入後、T3、T2、T1と連続昇格を果たしたことは、クラブにとって大きな転機だった。

とりわけT1の舞台は、PELADA FCに新たな「基準」を突きつけた。二試合制で露呈する走力差、切り替えの速さ、守備の細部。技術だけでは埋まらない差を、現実として突きつけられた。

熊澤コーチは、その経験を「成長の材料」として捉える。走力強化や守備強度への要求が高まった背景には、T1での実体験がある。ただし、上位クラブのやり方をそのまま模倣することはしない。

重要なのは、概念を学び、自分たちの文脈に落とし込むこと。T1で得た基準を持ち帰り、日常のトレーニングへと反映させる。その積み重ねが、次のステージへの準備となっている。

■練馬のライバル「FC大泉学園」と共に高め合う

同じ練馬区でしのぎを削るFC大泉学園との関係は、PELADA FCを語る上で欠かせない存在だ。

公式戦での真剣勝負はもちろん、日常的な情報交換や指導者同士の対話が、互いの基準を引き上げてきた。

近隣に高い基準を持つライバルが存在すること自体が、クラブにとって大きな財産だ。練馬という一つの地域から、全国基準のクラブを生み出す。その意識が、双方の成長を後押ししている。

■アップデートを止めないクラブ、PELADA FC

照明の下、最後まで強度を落とさずボールを追う子どもたち。その姿に、PELADA FCが積み重ねてきた時間と、これから積み上げていく未来が重なって見える。

環境に甘えず、結果に満足せず、指導者自身がアップデートを止めない。PELADA FCは、短期間で強くなったクラブではない。前身クラブから続く歴史の中で、少しずつ、しかし確実に、「考え続ける文化」を育ててきたクラブだ。

練馬発、全国へ。

この人工芝の上から始まった挑戦は、いまも、そしてこれからも続いていく。

取材・文=北健一郎

【プロフィール】
熊澤脩(くまざわ・しゅう)
東京都練馬区出身。
田柄二サッカークラブ(現・PELADA FCの前身)で育ち、PELADA FCジュニアユース1期生としてプレー。
その後、新潟県の帝京長岡高校へ進学。
大学在学中からPELADA FCの指導に携わり、現在はジュニア高学年(4・5・6年生)を担当するヘッドコーチを務める。

【クラブプロフィール】
チーム名:PELADA FC
活動拠点:東京都練馬区
練習場所:練馬フットボールパーク
代表:上野貢市
創立:2007年(田柄二サッカークラブを母体にクラブ化)
部員数:
所属リーグ:三井のリハウスTリーグ「T1」(2025年時点)
大会実績:
第36回JA東京カップ5年生大会 東京都中央大会 準優勝 関東大会出場決定(クラブ初)
三井のリハウスリーグ東京都U12サッカーリーグ T2リーグ 優勝 T1昇格(クラブ史上初)
U12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2024予選 優勝(クラブ史上初)

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