サカつくRTWが1周年!豪華な「大感謝キャンペーン」を見逃すな!

2019.04.20 22:05 Sat
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4月19日(金)に1周年を迎えたスポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブを つくろう! ロード・トゥ・ワールド』(以下 サカつく RTW)が、"1周年記念大感謝キャンペーン"を実施中だ。

◆「サカつく RTW」1周年記念大感謝キャンペーン

◇★5 選手がもらえる!“1 周年記念特別ログインボーナスキャンペーン vol.1
開催期間:2019年4月17日(水)〜5月1日(水)3:59

期間中ログインするだけで、香港リーグで活躍する「★5 中村祐人選手(CF/ストライカー系統)」、「★5 井川祐輔選手(CB/ディフェンスリーダー系統)」をプレゼント
※上記期間を過ぎると、未消化のログインボーナスを受け取ることができません。ご注意ください。

ログイン日数
1日目:★5 中村祐人選手
2日目:★5 井川祐輔選手

◇合計 GB3600 個をプレゼント!“1 周年記念特別ログインボーナスキャンペーン vol.2
開催期間:2019年4月17日(水)〜5月8日(水)3:59

期間中のログインで、合計 GB3600 個をプレゼント

◇【1 周年限定バージョン ★5 選手登場!】1 周年記念スカウト開催!
開催期間:2019年4月17日(水)〜5月8日(水)3:59

1周年を記念して、★5ラインナップに1周年限定バージョン★5 選手のみが登場する“1周年記念スカウト”。
★5選手のラインナップには、ヨーロッパ最優秀選手にも輝いた南米出身の超有名選手が登場。また、その選手とともに欧州のトップチームで活躍する合計9名の★5選手が1周年限定バージョンで登場。

◆「サカつく RTW」公式ツイッター 1 周年記念 アイテムプレゼントキャンペーン
開催期間:2019年4月17日(水)〜5月1日(水)23:59

「サカつくRTW」公式ツイッターでは、“1周年記念 アイテムプレゼントキャンペーン”を開催。
該当のキャンペーンツイートのリツイート数が 1,000 リツイートを達成すると、「サカつく RTW」を プレイしている方全員に「★4 確定チケット」をプレゼント。
さらに、抽選で1名様に10,000GB、3名様に3,600GBをプレゼント

<キャンペーン参加方法>
STEP1:「サカつく RTW」公式 Twitter(@sakatsuku_com)をフォロー
STEP2:該当のキャンペーンツイートをリツイート

賞品:
1,000RT 達成:「★4 確定チケット」 「サカつく RTW」をプレイしている方全員

10,000GB/1名様
3,600GB/3名様



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エゴと献身性の相反する能力を持ち合わせたアフリカ最高のストライカー、サミュエル・エトー

サッカー史には数多くの偉大なアフリカ人ストライカーが名を残している。 古くはミランで活躍しバロンドールも受賞、今は一国の長になっている元リベリア代表FWのジョージ・ウェア大統領、背番号「4」が特徴的で、心臓病がありながらもアーセナルをはじめとするプレミアリーグのクラブやナイジェリア代表として活躍したヌワンコ・カヌ、コートジボワールを強豪国へと引き上げた黄金世代の1人で、チェルシーではチャンピオンズリーグ制覇など数多くのタイトルを獲得。戦争を止めたというエピソードもあるディディエ・ドログバら、多くのスター選手がいる。 ヨーロッパの舞台だけでなく、Jリーグでも2020シーズンに得点王を獲得したFWオルンガのインパクトは絶大。かつては“浪速の黒豹”としても知られたパトリック・エムボマらも活躍し、その能力の高さは知られたところだろう。 現役でもリバプールを支えるエジプト代表FWモハメド・サラーやセネガル代表FWサディオ・マネなどがいるが、そんなアフリカ人ストライカーたちの中でも、一線を画すスタイルで活躍したのが元カメルーン代表FWサミュエル・エトーだ。 <span class="paragraph-title">◆地元の名門育ちのストライカー</span> エトーは、カメルーンのドゥアラにある名門アカデミーのカジ・スポーツアカデミーの一期生。その後、エスパニョールで長らく活躍したGKイドリス・カメニやマンチェスター・ユナイテッドでもプレーしたMFエリック・ジェンバ=ジェンバら、多くの才能ある選手を輩出している。 16歳になったエトーはスペインの名門、レアル・マドリーのカスティージャに入団。当時レアル・マドリー・カスティージャは3部に所属していたため、外国人選手が出場できず。エトーはレガネス、エスパニョール、マジョルカへとレンタル移籍し経験を積んだ。 マジョルカではその活躍が認められ2000年夏に完全移籍。3シーズンを過ごし、チームをコパ・デル・レイで優勝に導くなど、その才能が開花。2004年夏にバルセロナへと完全移籍した。 <span class="paragraph-title">◆ヨーロッパで輝いた“黒い宝石”</span> バルセロナへと加入したエトー。加入1年目からエトーは活躍。ラ・リーガで37試合に出場し25ゴールを記録。ラ・リーガ優勝を経験した。 そして迎えた2年目も躍動。ラ・リーガでは 34試合で26ゴール7アシストを記録し得点王を獲得。チャンピオンズリーグでは11試合で6ゴール2アシストを記録し、決勝のアーセナル戦でもゴールを決め、ビッグイヤー獲得に貢献した。 バルセロナではブラジル代表FWロナウジーニョとの抜群の連携を見せ、一気に得点力を開花させたが、そのエトーはロナウジーニョの影響もあり献身的な守備を身につける。そしてそのプレースタイルが、後のキャリアにも影響する。 5シーズンのバルセロナでのプレーでインパクトを残したエトーは、2009年夏にインテルへと移籍。セリエAの舞台に活躍の場を移すと、そのバルセロナで身につけた献身性を武器に32試合12ゴール。チャンピオンズリーグでも13試合で2ゴール2アシストと、数字に残る成績は低下したものの、チームへの貢献度は大きいものだった。 結果として、バルセロナ最後の2008-09シーズン、そしてインテル最初の2009-10シーズンと2年連続で国内リーグ、国内カップ、そしてチャンピオンズリーグの3冠を達成。史上初の快挙を成し遂げた唯一の選手となった。 その後のエトーは、世界各国を転々。ロシアのアンジ・マハチカラ、イングランドのチェルシー、エバートン、イタリアのサンプドリア、トルコのアンタルヤスポル、コンヤスポル、カタールのカタールSCでプレー。クラブレベルでは6カ国を経験した。 クラブレベルでは公式戦720試合で360ゴール117アシスト。2試合に1点のペースを生涯通じて記録した偉大なストライカーだ。 <span class="paragraph-title">◆CL決勝で決めた2つのゴール</span> バルセロナでは199試合で130ゴール40アシストを記録したエトー。数多くのゴールを決めてきた中、重要なゴールも多い。 まずは、チャンピオンズリーグ決勝でのゴールだ。エトーは、バルセロナ時代に2度チャンピオンズリーグで優勝。その2度の決勝ではどちらもゴールを奪っている。 1つ目2005-06シーズンのアーセナルとの決勝。この試合は、アーセナルのGKイェンス・レーマンが18分で退場するというアクシデントからスタート。さらに37分にはその数的不利なアーセナルが、ソル・キャンベルのゴールで先制するという展開となった。 数的有利なバルセロナとしては逆転したいなか、試合は終盤へ。それでも76分にエトーが見せる。 縦パスがアンドレス・イニエスタから入ると、ヘンリク・ラーションのワンタッチパスに反応し、ニアサイドを撃ち抜いた。 さらにエトーは2008-09シーズンの決勝でマンチェスター・ユナイテッド相手にゴール。こちらは打って変わって、開始10分で決めたゴールだ。 このゴールもボックス手前でボールを持ったイニエスタからのスルーパスをボックス内右で受けると、鋭い切り返しで相手をかわすと、そのままニアサイドを撃ち抜いた。 <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJETUZHelRZbCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> <span class="paragraph-title">◆新たな章の始まり</span> 次に紹介したいのはインテル時代のデビューゴールだ。 インテルではジョゼ・モウリーニョ監督の下で3冠を達成したが、その役割はバルセロナ時代のストライカーから少し変化していった。 エゴイスティックな自らのゴールを優先しがちなストライカーとは異なり、周りの選手を生かすアシストや、守備面でも貢献する献身性を伴ったエトーは、本当の意味で相手の脅威となった。 そのエトーがインテルで最初に決めたゴールが2009年8月8日に行われたスーペルコッパ・イタリアのラツィオ戦だった。 <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJHS1NmTFJ0NiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> シーズン開幕前に行われた一戦。エトーにとってはインテルでの公式戦デビュー戦となった試合だが、この試合ではその変化の片鱗を見せる。 献身的なプレーを続けたエトーだがチームは2点ビハインドで試合終盤へ。すると78分、マリオ・バロテッリの浮き球のパスに反応し豪快に蹴り込んで魅せた。 当時はディエゴ・ミリート、バロテッリ、そしてエトーとストライカータイプが揃う中で献身的なプレーを発揮していたエトー。この時はゴールを仕留める役割だったが、この後にウイング起用が増え、このシーズン3冠を達成した。 <span class="paragraph-title">◆プレミア初ハットトリック</span> そして3つ目はプレミアリーグでの活躍だ。 エトーはチェルシーとエバートンに在籍経験があるが、どちらも短いものだった。 チェルシーには1シーズンしか在籍しなかったが、その中でハットトリックを記録。それがマンチェスター・ユナイテッド戦だった。 <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJIeFZIdW1iRyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> 前述の通り、バルセロナ時代の2008-09シーズンのチャンピオンズリーグ決勝でユナイテッド相手にゴールを決めていたエトー。今回はプレミアリーグの試合でハットトリックをやってのけた。 2014年1月19日に行われた試合ではカットインからのシュートで先制ゴールを決めると、2点目はグラウンダーのクロスに合わせて追加点。3点目はCKの流れからこぼれ球を蹴り込みハットトリックを達成した。 エバートン時代を含めプレミアリーグでは12ゴールしか決めていないが、そのうちの3点がユナイテッド戦。この年は優勝を争っていたものの、終盤に失速し3位に終わっていた。 <div id="cws_ad"><hr>バルセロナやインテルなどのクラブチームで活躍し、カメルーン代表としても歴代最多ゴール数を誇るエトーが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せたゴールが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。</div> <a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=https://ryan.onelink.me/C7cD/f7dd12&c=sega_20210715_2" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20210728.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> 2021.07.31 22:15 Sat
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1チームに1人欲しかった“万能型サイドバック”、ジャンルカ・ザンブロッタ

現代サッカーにおいて、最も重要なポジションとも言われ、その重要性が高まっているのがサイドバックだ。 言わずもがな、4バック、または5バック時に最終ラインの両サイドに位置するポジション。3バックのシステムを採用するチームも増え、ウイングバックというポジションが増えたこともあるが、多くの役割を担うことが多いポジションだ。 かつてのサイドバックは、フルバックとも呼ばれ、守備を専門としてきた。そのため、高い技術や戦術眼よりも、上下動を繰り返せる持久力と、相手のウインガーに抜かれないための対人守備力が何よりも求められるポジションだった。 上手さよりも体力が求められたポジションだが、現代サッカーではそのイメージは全くと言っていいほどなくなった。むしろ、少し前のボランチが担っていたゲームコントロールをすることすら、サイドバックの選手が行うこともあるほど。戦術眼の高さが最も止められるポジションと言っても良いだろう。 時代の変遷とともに役割が変化してきたサイドバックだが、早い時期からチームに欠かせない役割を担っていた選手がいる。元イタリア代表のジャンルカ・ザンブロッタだ。 <span class="paragraph-title">◆今でこそ珍しくない両サイドバック</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/sega20210502zambrotta_2_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> イタリアのコモで生まれたザンブロッタは、地元のクラブであるコモで1994年にプロデビュー。1997年にはセリエAのバーリへと移籍する。右利きのザンブロッタだが、プロ当初のポジションは左のウイング。攻撃的なポジションではあるが、左サイドでプレーしていた。 1999年にユベントスへと移籍するが、加入当時は中盤のサイドでプレー。左右のサイドハーフでプレーを続けていた。転機は2002-03シーズン。日韓ワールドカップにも出場したザンブロッタは、W杯のケガで出遅れると、マルチェロ・リッピ監督によって左サイドバックにコンバートされた。 元々攻撃的なポジションをやっていたザンブロッタは、クロス精度には定評があり、中盤でも左サイドを担っていたこともありプレー面に大きな影響はなかった。さらに、当初は心配されていた守備面も徐々に慣れることで向上。攻守にわたってプレーできるサイドバックとして大きく成長していくこととなった。 さらに、2005-06シーズンには現在もユベントスでプレーするDFジョルジョ・キエッリーニが加入。その影響もあり、ファビオ・カペッロ監督の下では右サイドにコンバート。その後に移籍したミランでも当初は右サイドでプレーするが、再び左サイドバックにポジションを移すなど、キャリアを通して両サイドバックを担っていくこととなった。 <span class="paragraph-title">◆チームを支えたユーティリティ性</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/sega20210502zambrotta_3_tw.jpg" style="max-width:100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> そのザンブロッタは、左右の足が使える事はもちろんのこと、サイドバックとして必要な豊富な運動量を備え、対人守備も大きく成長した。何よりも、基本的なパフォーマンスが安定したことが最も重宝された理由だろう。 ユーティリティプレーヤーの中には、飛び抜けた才能がなく、器用が故に様々なポジションを務める選手もいる。主力にになりにくく、便利な控え選手という立ち位置で終わる選手も少なくない。 しかし、ザンブロッタはユーティリティという言葉以上に、万能という言葉が合う選手だろう。サイドバックだけでなく、1列前でもプレーが可能。どのポジションにおいても、遜色ないプレーを行える点は、チームにいてくれると助かる存在でありながら、チームの結果に寄与できる選手でもあった。 今ではマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督が“偽サイドバック”としてサイドバックに置く選手を中盤でプレーさせる方式があるが、ザンブロッタもその役割を担えただろう。戦術眼、キックの精度、そしてそれを支える持久力もあった。 ミランの後に加入したバルセロナでは右サイドバックとしてプレー。キャリアを通しては最終的に右サイドでのプレーが多くなったザンブロッタだが、現代サッカーでも高い能力を発揮したレジェンドの1人と言えるだろう。 <div id="cws_ad"><hr>ユベントスやミラン、バルセロナとクラブチームで活躍し、イタリア代表としてもワールドカップを制したジャンルか・ザンブロッタが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せたユーティリティ性を『サカつくRTW』ででも再現。是非一度チェックしよう。</div> <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD/4c7a9075" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20210428.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> <span class="paragraph-title">【動画】サイドバックとは思えない落ち着いた突破から左足ゴール</span> <span data-other-div="movie"></span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJCWGpUcGI1byIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> ユベントスやミラン、バルセロナとクラブチームで活躍し、イタリア代表としてもワールドカップを制したジャンルか・ザンブロッタが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場! 現役時代に魅せたユーティリティ性を『サカつくRTW』ででも再現。是非一度チェックしよう。 <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD/4c7a9075" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20210428.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> 2021.05.03 18:50 Mon
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2周年を迎えた“サカつく”、カナリア軍団の伝説の両サイドバックが登場!

2周年を迎えたスポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう! ロード・トゥ・ワールド』(以下 「サカつくRTW」)は、4月28日(火)より、伝説のサイドバックコンビ「カフー」&「ロベルト・カルロス」が登場する“SUPER STAR FES LEGENDS"を開催している。 “SUPER STAR FES LEGENDS”には、スーパースター軍団のキャプテンとして活躍したレジェンド「カフー」が、新キャプテン特徴「カナリアの勇将」と新特徴「カット&フィード」を持った選手として登場!さらに、超攻撃的なプレースタイルと強烈なフリーキックで敵守備陣を恐怖に陥れたレジェンド「ロベルト・カルロス」が新特徴「戦慄の左足」、新スキル「Ex超弾道FK」を持った01-02シーズンバージョンの選手として登場する。 また、各地で行われる試合を勝ち進み、イベントチケットを集めて豪華な報酬と交換できるイベント“WORLD TOUR SOUTH AMERICA”も同時開催中となっている。 ◆【カフー&ロベルト・カルロス降臨!】 SUPER STAR FES LEGENDS 伝説のサイドバックコンビ「カフー」&「ロベルト・カルロス」が、レジェンド選手として登場する“SUPER STAR FES LEGENDS”を開催します。 本スカウトでは、スーパースター軍団のキャプテンとして活躍し、イル・ペンドリーノと呼ばれ、サッカー王国の栄光を体現した「カフー」(RSB/バランスSB系統)が登場します。新キャプテン 特徴「カナリアの勇将」は、自チームのポゼッション選手全員のマークをアップさせ、新特徴「カット&フィード」で自身のパスカットスキルとロングパススキルの発動率をアップさせます。 さらに、超攻撃的なプレースタイルと強烈なフリーキックで敵守備陣を恐怖に陥れたレジェンド「ロベルト・カルロス」(LSB/攻撃SB系統)が01-02シーズンバージョンで登場!プレイスキックとシュートが上がる新スキル「Ex超弾道FK」と、同様の効果でシュートの上昇量が極大アップする限界突破スキル「戦慄の弾丸+」、さらに基本能力に関わらずプレイスキック能力を上昇させる新特徴「戦慄の左足」を所持し、直接FKからの得点源として期待できます。 これまでに登場したFES限定選手の一部も★5選手にラインナップ! なお、本スカウトには「通算ボーナス」が付いており、通算300人目の選手を獲得することで、ラインナップされている★5選手の中から好きな1名を選んで獲得できる「SUPER STAR交換チケット」が手に入ります。 2020.04.29 12:00 Wed
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華麗な技と熱きハートでJを席巻した“妖精”ドラガン・ストイコビッチ

豊富なテクニックや創造性を持ち合わせた選手を多く輩出し、“東欧のブラジル”と称されたユーゴスラビア代表。しかし、その栄光は長くは続かなかった。 強豪国として、ヨーロッパで名を馳せていたものの、国家の解体に合わせて代表チームも1992年を最後に国際舞台から排除。制裁が解けた1998年のフランス大会がユーゴスラビアとして最後のワールドカップとなった。(後にセルビア・モンテネグロ代表やセルビア代表は出場) そのユーゴスラビア代表の最後のメンバーであり、日本サッカー界にも多大なる影響を与えた男がいる。それが、ドラガン・ストイコビッチだ。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆世界の舞台で活躍したキャプテン</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 観客を魅了するプレーでJリーグの黎明期を支え、妖精を意味する“ピクシー”の愛称でも親しまれたストイコビッチ。ユーゴスラビア代表ではキャプテンを務め、同国の英雄でもあるストイコビッチは、キャプテンとして臨んだ母国最後のワールドカップで底力を見せつけた。 ドイツと同組になったユーゴスラビアは、初戦でイラン代表を下すと、2戦目のドイツ代表戦はストイコビッチを中心とした華麗なサッカーで試合を支配。自らもゴールを決め、一時は2-0とリードしたものの、結果は2-2のドローに終わった。 その後の3戦目のアメリカ代表戦にも勝利。グループリーグを2位で通過すると、決勝トーナメント1回戦ではオランダ代表と対戦。ストイコビッチが華麗にFKから同点弾をアシストしたが、後半アディショナルタイムに失点し、最後のワールドカップはベスト16に終わった。 ユーゴスラビアとして最後のワールドカップに出場したストイコビッチ。その舞台に立った時、すでにストイコビッチは名古屋グランパスでプレーしていた。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=http://redirect.sega-net.com/rtw/191017_73658.html&c=sega_20191017_1">今ならストイコビッチが手に入る!<br />≪『サカつくRTW』はこちら≫</a><hr></div><div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆日本に衝撃を与えた“妖精”</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 遡ること4年、1994年6月にストイコビッチは日本へとやってくる。その当時所属していたのは、フランスの名門・マルセイユ。現在は日本代表DF酒井宏樹が所属しているクラブだ。 ストイコビッチは、自身が生まれたセルビアのニシュでプロキャリアをスタート。ラドニツキ・ニシュの下部組織に14歳で入団すると、16歳でトップチームへ昇格。18歳でユーゴスラビア代表デビューを果たしている。 また、1984年のユーロでは、当時の大会最年少ゴールを記録。同年のロサンゼルス・オリンピックでは銅メダル獲得に貢献するなど順調にキャリアを積んだ。 持ち前の華麗なテクニックは多くの者を魅了し、ストイコビッチの存在はヨーロッパでも知れ渡る。加えて、その後多くのJリーグファンも体感することになる“闘志”を持ち合わせており、そのメンタリティがJリーグ、特に名古屋グランパスを大きく変貌させた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆名将と妖精の共演、名古屋の栄光</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> ストイコビッチは、最終的に2001年まで名古屋に所属し、そのまま現役引退となったが、長年Jリーグでプレーを続けた要因の1つが名将の登場だ。 マルセイユで1992-93シーズンにチャンピオンズリーグを制した一員であり、リーグ5連覇を達成していたストイコビッチだったが、マルセイユの八百長が発覚。この影響でマルセイユはリーグ降格の処分も下された結果、ストイコビッチは半年間限定でヨーロッパを離れると決断し、名古屋へと加入した。 加入当初は、Jリーグのジャッジに馴染めずレッドカードやイエローカードを多く提示されていたストイコビッチだったが、チームの低迷に伴い新指揮官にアーセン・ヴェンゲル監督が就任することが決定。これにより、ストイコビッチもチームに残る決断を下した。 1995年シーズンも開幕当初は退場を繰り返したストイコビッチだったが、徐々に本領を発揮。かつての輝きを取り戻すと、リーグ戦で15ゴールを記録。また、天皇杯ではサンフレッチェ広島との決勝で勝利し、チームにタイトルをもたらした。ヴェンゲル監督の戦術とストイコビッチにけん引されたチームはついに花開き、ストイコビッチはこのシーズンのJリーグMVPを受賞している。 後にアーセナルの指揮官になるため、1996年9月に名古屋を離れたヴェンゲル監督だったが、その際にストイコビッチを連れて行くつもりだったと後に明かしている。しかし、ストイコビッチは名古屋との契約を延長。「家族」への想いもあり、名古屋へ留まることを決意する。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=http://redirect.sega-net.com/rtw/191017_73658.html&c=sega_20191017_2">今ならストイコビッチが手に入る!<br />≪『サカつくRTW』はこちら≫</a><hr></div><div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆“イナット”でチームを鼓舞</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> ユーゴスラビア代表でもキャプテンを務め、名古屋グランパスでもキャプテンを務めていたストイコビッチ。彼の人生は予想だにしない苦境の連続だった。 前述のマルセイユの八百長問題の前には、ユーゴスラビアが内戦の制裁を受けて1992年のユーロ出場権を剥奪。また、クロアチアがユーゴスラビアからの分離独立を宣言したことにより、ズボニミール・ボバンやダボル・シュケル、ロベルト・ヤルニらユーゴスラビアの主力選手がクロアチア国籍を選択し、チームを去っていった。 さらに、1999年にはNATO(北大西洋条約機構)によるユーゴスラビアへの空爆が開始。母国の政治問題にも翻弄されたサッカー人生だったが、ストイコビッチには“イナット”があった。 “イナット”とは、セルビア語で「意地」を意味するもの。追い込まれた状態を、一気にプラスに転換させるものであり、日本で言うところの「火事場の馬鹿力」だろうか。ストイコビッチは、この“イナット”でキャリアを積んできたと言ってもいい。 そのメンタリティは、名古屋でも影響を及ぼしている。Jリーグオリジナル10でありながら、優勝争いにすら加われていなかった名古屋だが、その闘志と“イナット”でストイコビッチはチームを牽引。ヴェンゲル監督の影響もあったが、チームは上位を争うチームに変貌を遂げた。 名古屋は、シーズン中に浮き沈みが激しいチームだったが、ここぞの場面でのストイコビッチのゴールがチームを救った。そして、諦めないメンタリティがチームメイトにも根付いていった。 ストイコビッチは、イエローカード、レッドカードを受ける回数が多かったのも、何もラフプレーが多かったわけではない。殆どが曖昧な判定への不服であり、抗議でカードを貰うことが少なくなかった。 プレー期間が長くない外国人選手だが、ストイコビッチは通算イエローカード数も外国人選手最多の72枚。レッドカードに至っては、Jリーグ最多の13枚だ。しかし、これは“イナット”の裏返しとも言える。 まだまだヨーロッパに比べてレベル差があった当時のJリーグでは、審判の能力も当然のことながら低かった。ストイコビッチは、自分が異を唱えることで、Jリーグのレベルと同時に、審判のレベルをも向上させていたのだ。 もちろん、自身が出場停止になることでチームの成績が落ちることもあったが、それすらもチームメイトを成長させた。華麗なテクニック、ゲームをコントロールする能力がありながら、メンタル面からもチームを鍛え直す、真の意味での“闘将”でもあったのだ。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆妖精の魔法は続く</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20191017_13_tw5.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">©︎J.LEAGUE<hr></div> 名古屋で現役を退いたストイコビッチは、その後母国のサッカー協会会長や古巣であるツルヴェナ・ズヴェズダの会長を歴任した。 そして2008年、再び名古屋へと復帰。監督としてチームに戻ると、再び名古屋躍進の原動力となる。 就任1年目から、チームを優勝争いに押し上げると、2010年には名古屋にとって初となるJ1優勝を達成。間の2009年には、横浜F・マリノスのGK榎本哲也が蹴り出したボールを、革靴ながらダイレクトで蹴り返すと、ボールは見事にワンバウンドでゴールに吸い込まれた。(すぐに退席処分となったが、このシーンは世界中で話題となった) 引退してもなおチームに活力を与えたストイコビッチ。選手として、監督として名古屋に栄光をもたらせた“レジェンド”だ。常勝軍団である鹿島アントラーズにおけるジーコのような存在と言ってもよいかもしれない。 名古屋ファン、サポーターだけでなく、Jリーグのファン・サポーターにも愛されるストイコビッチ。華麗なテクニックと熱いハートを持つ“妖精”は今なお魅了し続けているのかもしれない。 《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》<hr><div style="text-align:left;" id="cws_ad">多くのJリーグファンを虜にしたドラガン・ストイコビッチが、大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br /><br />天皇杯を制した1999年の名古屋グランパス時代のストイコビッチがゲームで復活する。あの興奮が『サカつくRTW』で蘇ること間違いなし。この機会に是非一度チェックしてみよう。</div><div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=http://redirect.sega-net.com/rtw/191017_73658.html&c=sega_20191017_3">今ならストイコビッチが手に入る!<br />≪『サカつくRTW』はこちら≫</a><hr></div> 2019.10.25 08:00 Fri
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【インタビュー】“ナガラジェンヌ”でもある『サカつくRTW』秘書就任の井上里奈さんがFC岐阜&サッカー愛を語る

セガが誇る大人気サッカーゲームサカつくこと『プロサッカークラブをつくろう!』のシリーズ最新作、サッカークラブ経営シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう! ロード・トゥ・ワールド』(以下、『サカつくRTW』)で公式秘書に就任した井上里奈さんが超ワールドサッカー編集部を訪問してくれた。 東海エリア代表として全国サカつく秘書オーディション秘書リーグに出場していた井上さんは、2度の選考会をトップの成績で通過。その素顔は、地元のクラブでもあるFC岐阜をこよなく愛する“ナガラジェンヌ”だった。 そこで、今回はインタビューを実施。秘書就任の意気込みはもちろんのこと、溢れ出る岐阜愛、サッカー愛を語ってもらいながら、好きな選手や理想のクラブ像まで語っていただきました。 取材・文・写真:菅野剛史 取材協力:セガ <span style="color:#496fd6;font-weight:700;font-size:1.1em;">◆長谷部選手が一番好き、岐阜はビクトル選手</span> 出身は岐阜なんですけれども、岐阜に小さい頃からずっと長い間住んでいたので、その頃家の近くにFC岐阜のホームスタジアムである長良川競技場が近くにあったので、そういった意味で小さな頃からサッカーを身近に感じていました サッカーを好きになったキッカケは、近くにサッカースタジアムがあったことも大きいんですが、東京に来てからは色々なクラブチームがありますし、サッカーをより身近に感じる機会が多くなりました。最初は日本代表戦がメインで、サッカーが放送されるときに見る感じでしたが、今は色々な媒体でサッカーを見ることができるので、そういったもので見ています。今はチャンピンズリーグが時期なので、チャンピオンズリーグも注目しています <span style="font-weight:700;">──FC岐阜以外に好きなチームや選手はいらっしゃいますか?</span> 長谷部(誠)選手が好きなので、浦和レッズがそういった繋がりで今も好きですし、今はドイツのフランクフルトに所属していて、ヨーロッパリーグにも出ているので、そういったものを見たりしています。選手を好きになって、サッカーやそのチームを追い掛けることをしているので、長谷部選手は個人的に一番好きです <span style="font-weight:700;">──長谷部選手を好きになったキッカケは?</span> 日本代表でキャプテンも務めていましたし、長い間代表戦で見ることができたので、『若いのにキャプテンをやってる。この人すごい!』っていう風になって、どんどん好きになっていった感じです <span style="font-weight:700;">──FC岐阜では好きな選手はいらっしゃいますか?</span> FC岐阜ではGKのビクトル選手です。ビクトル選手がイチオシ選手です。もちろん、風間(宏矢)選手や、2019シーズンから加入した前田(遼一)選手も凄く注目選手だと思いますが、ビクトル選手は2018シーズンも本来ならば入っていた点を何度も何度も防いでくれました 点数、結果には表れないんですが、(失点が)0とか1で抑えた影にビクトル選手の活躍があったというのは、実際に試合を見ないとわからないんですよね。見たからこそ分かる楽しさがあると思います。頑張ってくれたビクトル選手は今シーズンも応援しています <span style="font-weight:700;">──今注目している若手選手はいらっしゃいますか?</span> ありきたりですが、久保建英選手やまだカンテラですが中井(卓大)くんですね。5年後、10年後が楽しみです <span style="color:#496fd6;font-weight:700;font-size:1.1em;">◆一緒に成長して行くのがJリーグの魅力</span> <span style="font-weight:700;">──現在もスタジアムには観戦に行かれますか?</span> 岐阜にいた頃は近くにスタジアムがあったので行くことはできていましたが、今はなかなかスタジアムに足を運ぶことができていないです。放送などで見たりしますが、今はスタジアムに足を運べていないので、今年はたくさん足を運びたいと思います <span style="font-weight:700;">──ファンとしてJリーグを見られていますが、魅力と感じる部分は?</span> チームは地元ありきだと思いますが、一緒に成長して行く感があるなと思っています。地元が岐阜なので、FC岐阜の話しかできないですが、Jリーグに参入して10年目になりますが、色々と紆余曲折あって、5年前の2014シーズンにはラモス(瑠偉)監督が就任して、川口能活選手や難波(宏明)選手が入って、どんどん盛り上がって行くのを肌で感じることができました それに伴ってファンの数やサポーターの数も増えて、スタグルもすごく充実して行くのが分かると、一緒に成長している気がするなというのがJリーグの魅力だと思います 最初からJ1で活躍しているチームは、確立されているからこそ楽しいんですけど、一緒に成長していけるというのは、J2やJ3の方があって、応援して行くという点でも一緒に成長できると思います <span style="font-weight:700;">──地域として周囲の変化は感じましたか?</span> 土日になると道が緑色になります。バスも走るんですが、バスも緑色なので、一面緑になります。『今日あるわ試合』ってなります。それも、年々増えている感じがするので、嬉しくなります 順位の割にサポーター数がいいんです。年間平均でも7位とかで。順位は下から数えた方が早いんですが、そういったところでも地元に密着していて暖かいチームだなと思います <div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/cws20190328sega_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div> <span style="color:#496fd6;font-weight:700;font-size:1.1em;">◆理想のクラブ像は「ファンと一緒に作っていく」</span> <span style="font-weight:700;">──今回『サカつくRTW』で秘書になられましたが、秘書就任が決まった時の心境は</span> 最初はもちろん嬉しかったですが、私に務まるのかなと不安もありました。サッカーが好きな気持ちはたくさんありますし、『サカつくRTW』のオーディションをいただいた時よりも、色々なことを知ってどんどん好きになっていったので、一緒に成長していければいいかなという思いなので、今は気負わずに楽しんで秘書をやっていければと思います <span style="font-weight:700;">──秘書を務めるとした場合、理想のクラブ像はありますか?</span> 今はリアル「サカつく」と言われている取り組みがあって、直接ファンの意見が反映されるチームが色々増えています。それがFC町田ゼルビアとか、Jリーグではないですが奈良クラブとか。選手と運営とファンが近い所得作っているのは凄くいいなと思います 町田に至っては、『ゼルつく』という『FC町田ゼルビアをつくろう』(Abema TV)という番組があるので、ファンの声を直接運営に反映できるシステムがあるので、そのようなファンと一体になって作っていくことがJリーグの醍醐味だと思います もちろんファンサービスやファンイベントも大事だと思いますが、何かファンと一緒に作っていけるような運営ができたらいいなと思います <span style="font-weight:700;">──『サカつくRTW』はプレイされていますか?</span> やっています。今コツコツやっているんですが、何年目の壁があるようで、その壁の1つにぶち当たっています。どうやったら強くなるかなというのを、試行錯誤しながら、色々なサイトを見ながらやっています <span style="font-weight:700;">──JリーグモードではFC岐阜の選手を獲りたくなりますか?</span> もちろんです。今はJリーグモードがあるので、Jリーグモードでは国内の選手がいっぱい出てきますし、岐阜の選手が出てきたら取り敢えず強くても弱くてもスカウトしています <span style="font-weight:700;">──ロード・トゥ・ワールドモードもやられていますか?</span> 最初に星5の選手が何回か引けると思うんですけど、最初にポール・ポグバ選手を獲得して、凄く使いやすくてずっと育てていきました。選手を好きになって、マンチェスター・ユナイテッドも好きになったので、最初のポール・ポグバ選手に凄く思い入れがあって、今も追い掛けています <div style="position: relative;text-align:center;padding-bottom: 56.25%;height: 0; overflow: hidden;" id="cws_ad"><iframe style="position: absolute;top:0; left:0; width:100%;height:100%;" src="https://www.youtube.com/embed/HAe2m-Vb3SE" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></div> 2019.03.28 21:00 Thu
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