ボリビア戦での賀川さんとの再会で思い出したリスペクトの意味/六川亨の日本サッカーの歩み

2019.03.29 12:05 Fri
Getty Images
3月26日、日本対ボリビア戦の行われたノエビアスタジアム神戸で、懐かしい方とお会いできた。同業者の大・大先輩である賀川浩さんだ。若い読者はご存じないだろうが、94歳にしていまなお現役のサッカージャーナリストだ。最後に現場でお目にかかったのは2014年のブラジルW杯だから、実に5年ぶりの再会となる。
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ワールドカップの取材は1974年の西ドイツ大会から始め、サッカーがいかに世界中で行われ、愛されているスポーツかを新聞やサッカー専門誌で紹介してきた。2010年の南アW杯こそドクターストップがかかり取材を断念されて連続取材は途切れたものの、サッカー王国ブラジルでのW杯は、それこそ死ぬ覚悟で取材され、FIFA(国際サッカー連盟)から逆取材される現場も目撃した。元々は選手で、戦前の神戸一中(現神戸高校)では全国制覇を達成し、戦後は神戸商大や大阪サッカークラブで天皇杯準優勝を果たしている。大学卒業後は産経新聞の記者としてサッカー“も”取材したが、その理由を聞いたところ、「サッカーで飯を食おう思たら、当時は新聞記者になるしかなかったんや」と教えてくれた。
10代の終わりに迎えた第二次世界大戦の末期には、特別攻撃隊(いわゆる特攻。飛行機で敵艦隊に突撃する攻撃)に志願。死を前に戦闘機を背景にして特攻服に身を包んで撮られた若き日の凜々しい姿を見せてもらったこともある。幸いにも出撃の数日前に日本は終戦を迎え、死地に赴くことはなかった。

賀川さんが凄かったのは、サッカーの技術・戦術への造詣の深さだけではない。サッカーにまつわる、その国の歴史や民族史、サッカーが発展してきた土壌など、サッカーを“文化”としてとらえてきたことだ。それを当時勤務していたサッカーダイジェストで連載し、担当編集者だったため、誌面に載せられない数々のエピソードを聞くことができたのはいまでも財産だと思っている。
ご自宅は神戸のため、1995年には阪神淡路大震災にも遭遇した。心配して電話したところ、元気な声が聞けて安心したが、「徹夜で原稿を書いていたので、ソファで寝てたら地震が来ました。1階にあるベッドで寝てたらペシャンコになってましたわ」と笑っていた。賀川さんがお住まいのマンションは、地震により1階すべてが潰れてしまったそうだ。生死を分ける体験を2度もしたことになる。

記者としてはペレの対談に始まりベッケンバウアー、ヨハン・クライフ、マラドーナとスター選手を直撃し、中学生だった岡田武史氏が西ドイツにサッカー留学に行きたいというのを、知人の頼みによりいさめたエピソードもある。関西在住ということでJリーグ誕生前はG大阪やC大阪、そして地元・神戸のプロ化にもアドバイスした。

そんな賀川さんが、ボリビア戦後の記者会見では熱心にペンを走らせ、森保監督のコメントをノートに記していた。そして会見終了後、森保監督から賀川さんに花束が贈呈されるサプライズがあった。すでに2010年にJFA(日本サッカー協会)の殿堂入りし、2015年にはFIFA会長賞も受賞している。

それだけに、なぜこのタイミングで花束の贈呈なのか疑問に感じたが、おめでたいことなので細かいことは抜きにしよう。森保監督も花束贈呈後、会見場にいる記者・カメラマンに向かい「皆さんにも花束を贈呈したいので長生きして下さい」と気配りのコメントを忘れなかった。

賀川さんにはこれからも長生きしていただきたいが、忘れられないことがある。78歳で迎えた2002年日韓W杯での出来事だ。埼玉スタジアムに取材に来られた際に、当時でも高齢であった。しかし埼玉スタジアムにある記者用のエレベーターはどういう理由か分からないがW杯開催中は使用禁止になっていた。

そこで大会関係者に事情を話し、賀川さんだけでもエレベーターを使用できるようお願いしたものの、返事は「使用はできません」というものだった。賀川さんは「わしはええから、階段で行きます」と、記者席のある5階まで階段を昇り降りされた。

幸いにもボリビア戦は賀川さんもエレベーターを利用することができたが、FIFAやJFAが提唱する「リスペクト」プロジェクトは、すべての高齢者や障害者を対象にするべきではないだろうか。スローガンは、実践しなければただの“うたい文句”に終わってしまう。

高齢化社会を迎えるなかで、まだJリーグは柔軟な対応が期待できそうだが、JFAは杓子定規の縦割り社会になっていないかと危惧してしまう。2002年のW杯を契機に組織が巨大化したことで、セクショナリズムが進んだ印象が強いからだ。ここらあたり、今後も注視していきたいと思い直した賀川さんとの久々の再会だった。

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