代表選手の背番号からみるプライオリティー/六川亨の日本サッカー見聞録2019.03.21 13:25 Thu

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コロンビア戦を2日後に控えた3月20日、JFA(日本サッカー協会)は日本代表選手23人の背番号を発表した。これまで2011年から長らく「10番」を背負った香川真司だが、9月にスタートした森保ジャパンでは招集されなかったため中島翔哉に譲り、中島が負傷辞退した1月のアジアカップでは乾貴士が背負った。

そんな森保ジャパンに香川が初招集され、中島も復帰したことで注目の集まった「背番号10」だが、すんなり香川に落ち着き、中島は「8」、乾は「14」に決まった。

中島自身も19日の練習後は「前から言っていますけど、そこまでずっと番号にはこだわっていないと。こだわっていないですし、やっぱり試合でいいプレーをすることがサッカー選手としても、日本代表の選手としても大事だと思うし、あんまり気にしてないというか、番号はただ番号というだけで、やっぱりいいプレーをしていくことが大事だと思います」と語り、香川も「番号でプレーするわけじゃない。もちろん10番は自分にとって誇りだけど、誰が決めるか分からないし、僕にもどうなるか分からないので。皆さん、楽しみに」と余裕のコメントを残した。

日本代表の背番号を決めるのは、「(日本協会に)任せています。私は関与していません」と森保監督が述べたように、JFAの仕事である。そこで今回の背番号だが、それなりの“配慮”があったようだ。

GKの3人は「1」と「12」、「23」が定番で、アジアカップで権田修一のつけていた「12」はすんなり再招集の中村航輔に落ち着いた。そして、これまで森保ジャパンに招集されてきた佐々木翔(4番)、三浦弦太(2番)、冨安健洋(16番)、柴崎岳(7番)、南野拓実(9番)、堂安律(21番)は慣れ親しんだ番号に変わりはない。

彼ら以外となると、やはり主力に近い選手が“若い番号”を与えられた印象が強い。復帰組の昌子源は、それまで室屋成が付けていた3番になり、室屋成は長らく長友佑都が背負ってきた5番を継承した。遠藤航の「6番」は同じく復帰組の山口蛍、原口元気が付けていた「8番」は中島、「11番」はロシアW杯で背負っていた復帰組の宇佐美貴史に戻り、それなりに過去の実績を忖度した選択のように感じられる。

その中で目を引いたのが23番以降の数字を背負った小林祐希の「25番」だ。JFAは国際大会の際に50~60人の選手を背番号とともにあらかじめ登録する。本来なら「22」はキャプテンでもある吉田麻也、「19」は酒井宏樹の定番だが、今回は前者を西大伍が、後者は安西幸輝が付けることになった。

それは裏返せば、彼ら2人が事前に登録されていないことにもつながるのではないだろうか。同じことは槙野智章の「20」を畠中慎之輔、大迫勇也の「15」を橋本拳人と初招集の2人が継承したことにもつながる。

それだけ「25」の小林は代表選手としてプライオリティーの高い選手(主力組は別として)と判断してもいいだろう。

そんな何気ない背番号だが、気になるのが長らくキャプテンとして日本代表を牽引してきた長谷部誠の「17」の不在だ。森保ジャパンがスタートした時は守田英正、アジアカップでは青山敏弘が継承した。今回、守田は合宿初日こそチームに合流したものの、負傷で辞退した。すでに守田で登録していたため使えなかった番号かもしれないが、そのことからも森保監督とJFAは守田に期待を抱いている表われではないだろうか。

最後に、9月に発足した森保ジャパンはコスタリカ、パナマ、ウルグアイ、ベネズエラ、キルギスとキリンチャレンジ杯で戦い、1月のアジアカップに臨んだ。そして今回は何かと因縁のあるケイロス監督率いるコロンビア、ベネズエラと対戦する。あらためて言うまでもなく南米と北中米の国々との対戦が多い。

それはヨーロッパが昨年9月からネイションズリーグを創設したため、招集が難しくなったことが影響している。そして、それは今後も続く可能性が高い。となると、今後のキリンチャレンジ杯も目玉となる招待国はウルグアイやコロンビアといった南米勢に限られるだろう。

そうしたパイプをつなぎ止めるためにも、今年6月にブラジルで開催されるコパ・アメリカには参加せざるを得ない理由があるのかもしれない。ペルーが開催を返上したU-17W杯もブラジルでの開催が決定した。なんだか南米に絡め取られていくような日本と感じられてならないのは私一人だけだろうか。
【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。
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久保効果が見込めないU-20日本代表/六川亨の日本サッカー見聞録

今週始めの5月13日、U-20日本代表が流通経済大と練習試合を実施した。「GKは2人、フィールドは11人。プレーできる人間が限られていた」と影山雅永監督が言うように、週末のリーグ戦で出場機会がなかった選手を中心にして試合に臨んだ。それでも90分間で5-0と圧勝したが、正直物足りなさを感じたものだ。 それというのも今シーズンはFC東京で久保建英のスーパープレーを見ているからだ。ドリブル突破はもちろんのこと、彼のパスセンスが非凡であることは、先週末の磐田戦でも証明した。後半28分に右サイドのスペースに出したパスの意外性に、スタンドはどよめいたものだ。 見ていて「そこに出すか」と驚きを禁じ得なかった。残念ながら球足が長く室屋成は追いつけなかったが、その後にペナルティーエリア左の矢島輝一に出したパスは、矢島自身が来るとは思わず反応できなかったほどだ。 改めてU-20日本代表に久保がいたら、ポーランドでも世界の記者やファンに驚きをもたらすだろうと残念でならない。 そして“久保効果”はその他にもある。現在J1リーグで首位を走るFC東京の長谷川健太監督は、小川諒也や岡崎慎ら若手先週の台頭に“久保効果”を指摘する。 「若手が変わったのはタケ(久保)の存在が大きいですね。J1リーグでプレーしている姿を目の当たりにして、触発されていると思います。渡辺も1年目で試合に出てやっているし、岡崎もどん底に落ちて這い上がってきた。平川もそれを見ていて短い出場時間でしたがプレーしました」と“久保効果”を口にした。 同じことは2年前のU-20W杯の韓国大会でも当てはまる。当時15歳の久保に刺激を受け、堂安律(当時G大阪)や岩崎悠人(当時京都)らは「自分らも頑張らないと」と奮起したものだ。15歳という若さにもかかわらず、浮かれることなく、勝負に真剣に打ち込んでいた。 さて、その久保だが、長谷川監督によると、関係者から「日本代表に招集したいのでポーランドでのU-20W杯には招集しない」と連絡があったものの、その後は何の連絡もないそうだ。 ファンが一番気にしているのは、久保がどの大会に招集されるか、ということだろう。6月1日から始まるトゥーロン国際大会のU-22日本代表なのか、それとも6月5日と9日のキリンチャレンジ杯なのか、さらには6月14日から始まるコパ・アメリカなのか。 JFA(日本サッカー協会)は、U-20日本代表のメンバー発表の際に、上記のそれぞれの大会について、どう臨むのか基本的なスタンスを発表するべきだった。しかし久保と安部裕葵を外した理由を問われ、関塚隆技術委員長は「今日は世界大会に臨む21名の発表です。このメンバーと監督にフォーカスを与えて欲しい」と質問には答えず、「全カテゴリーが1つの目標に向かってしっかりと進んでいく。サムライブルーに到達するために、監督、技術委員会、JFAは1つになって考え、選手を成長させていく。共通理解を持って進んでいることを説明したい」と、抽象的な説明でお茶を濁した。 これでは、海外組と国内組も含め、日本代表もU-22日本代表も、選手の招集がうまく進んでいないと勘ぐられても仕方がないだろう。大迫勇也の所属するブレーメンは、コパ・アメリカはもちろん、今年12月の東アジアE-1選手権(韓国)と来年の東京五輪にも招集を拒否すると発表したそうだ。 Jクラブも近い将来、もしかしたらブレーメンら海外クラブのように、選手の代表招集を拒否する日が来るのかもしれない。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.05.16 17:45 Thu
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Fリーグの現状と未来/六川亨の日本サッカー見聞録

5月25日に開幕するFリーグ2019/2020のキックオフカンファレンスが5月9日にJFA(日本サッカー協会)ハウスで開催された。Fリーグは開催がJリーグと重なるために足が遠ざかり、ここ数年は試合会場に行っていない。せめて会見だけは取材しようと行った次第である。 オフィシャルスポンサーには『AbemaTV』と『アビームコンサルティング』と『伊藤園』の3社がつき、オフィシャルボールスポンサーに『sfida』、そしてオフィシャルパートナーに『ATHLETA』、『日本スポーツコート』、『ルートインホテルズ』の3社が名を連ねるなど、なかなか盛況なようである。 大手広告代理店の『電通』がFリーグから手を引いて4年、まさにFリーグ関係者の努力のたまものだろう。 1部12チームと2部8チームの計20チームの監督、選手が今年のスローガンと抱負を述べたが、各チームともユニホームの胸にはスポンサー名があり、営業努力を感じずにはいられなかった。 早いもので、Fリーグが誕生してから13年目を迎える。カンファレンスにはそれぞれの地元からも記者が取材に訪れるなど、地域との密着も進んでいるようだ。 そんな順風満帆に見えたFリーグだが、関係者によると問題山積だという。前回2016年のW杯予選敗退を契機にFリーグのクラブライセンス制度の導入を試みた。試合会場となる施設、クラブ運営法人に関する組織面、財務面、法務といった各基準を満たすことや下部組織を持つことをトップリーグ加盟の条件にしたのである。 しかし「オリジナル8」――第1回Fリーグ加盟の8チーム、名古屋オーシャンズ、デウソン神戸、ペスカドーラ町田、シュライカー大阪、湘南ベルマーレ、バルドラール浦安、バサジィ大分(ステラミーゴいわて花巻は2012年に退会)の1部チームから既得権を理由に反発を受けた。 これは小倉純二FリーグCOOの力業で乗り切りライセンス制度を導入することはできたものの、体育館の修理を約束しながら6年も放置しているチームがあるそうだ。名古屋オーシャンズのホームコートであり、Fリーグオーシャンカップのメイン会場である武田テバオーシャンアリーナは、東京五輪開催で注目を集めるバレーボールやバスケットの国内リーグ、バドミントンなど多くの競技を開催したことで、こちらもコートの損傷が激しいという。 来年2月にはリトアニアで開催されるフットサルW杯のアジア予選(AFCフットサル選手権。日本とイランしか優勝していない)が開催されるが、「もしもW杯の出場権を連続して逃すようだと、フットサル人気は致命的なダメージを受ける」と関係者は警鐘を鳴らしていた。 2012年のW杯には横浜FCのFW三浦知良が日本代表として参加し、世間の注目を集めたが、まずは予選を突破してW杯の出場権を獲得することが一番の起爆剤になるだろう。リーグ戦は難しいかもしれないが、代表戦は取材しようと決意を新たにした次第である。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.05.09 22:55 Thu
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なかなか骨格が見えない五輪代表の苦しい台所事情/六川亨の日本サッカー見聞録

元号が令和に変わって最初のコラムですが、テレビのワイドショーにはちょっと食傷気味でもあります。 さて昨日の日刊スポーツでは田嶋幸三JFA(日本サッカー協会)会長のインタビュー記事が掲載されていました。それによると田嶋会長は「メダルを狙いにいかないといけないし、ベストメンバーにしたい」とコメント。地元開催だけに、メダルを狙うのは当然だろう。 そして「OA以外は、海外のクラブからも招集できるようお願いしていく。実際動いている。23歳以下に関しては、非常に前向きに進んでいると思う」と自信を見せ、「東京五輪は世代交代する千載一遇のチャンス。隙間を空けずに22年につなげていく」と世代交代の必要性を訴えた。 田嶋会長の言う通りだと思う。にもかかわらず、森保五輪ジャパンのイメージがどうにもわかないのだ。 これまで代表監督と五輪監督はW杯のたびに交代してきた。その例に漏れず、ロシアW杯後に代表監督に森保氏が就任したのは自然な流れとして、五輪監督も兼務することになった。過去の例からも、五輪監督の最初の仕事は秋に開催されるアジア大会である。森保五輪監督はジャカルタでの大会でチームを決勝戦まで導いた(韓国に1-2で敗れ準優勝)。 しかし、それ以降は代表監督に専念し、五輪代表を率いたことは一度もなければ、国内で強化試合をしたこともない。五輪代表に選出される選手のほとんどはU-17やU-20などアンダーカテゴリーでプレー経験があるだけに、強化の継続性はあるだろう。しかし、東京五輪に臨む代表チームの骨格がなかなか見えてこない。 今年3月にミャンマーで開催されたAFC U-23選手権タイ2020予選には、横内昭展監督代行がチームを率いた。同時期はキリンチャレンジ杯があったため、森保監督は日本代表に専念せざるを得なかったからだ。 五輪代表の骨格がなかなか見えてこないのは、5月23日から6月15日にかけて、ポーランドでU-20W杯が開催されるせいかもしれない。冨安健洋や堂安律らはU-20日本代表の主力であるだけでなく、すでに日本代表でもそれなりの実績を残している。さらに今シーズンは台頭著しい久保建英もいる。当然、U-23日本代表にその名を連ねてもおかしくないが、優先順位はU-20W杯ということになるだろう。 このため次にU-23の活動の場となるトゥーロン国際大会での招集が濃厚かと言えば、話はそう簡単にいかない。まず日程が6月1日から15日と、U-20W杯と日程が重なっている。もしも日本がグループリーグで敗退すれば5月30日以降の合流は可能だが、選手は休みなく2大会に出場しなければならないため、現実的な選択とは言えない。 それはなぜかと言うと、肉体的な疲労に加え、町田浩樹(鹿島)、立田悠悟(清水)、橋岡大樹(浦和)、齋藤未月(横浜FM)、久保建英(FC東京)、前田大然(松本)、田川亨介(FC東京)ら選手のほとんどが所属クラブでレギュラーか準レギュラーのため、シーズン中だけにクラブ側が招集を許可するとは思えないからだ。 田嶋会長の言う「23歳以下の海外のクラブの選手は」板倉滉(フローニンゲン)、中山健太(ズヴォレ)、伊東達哉(ハンブルガー)らを指しているのだろう。 ではトゥーロン国際に森保監督が参加できるかと言うと、こちらの答えもノーだ。6月5日と9日にはキリンチャレンジ杯があり、それぞれトリニダード・トバゴ、エルサルバドルと対戦する。さらに14日からはブラジルでのコパ・アメリカが控えている。 こうして改めて日程を調べてみても、Jリーグ期間中に五輪代表はほとんど活動できないのが現実だ。田嶋会長はインタビューで「東京五輪では男女ともメダルに位置に行ってもらえるよう、僕らはサポートする。そのために労を惜しむつもりはない」と言っていたが、男子代表に限ってはサポートできることはほとんどない。 唯一、長期の日程をとれるのが来年1月にタイで開催されるAFC U-23選手権で、こちらは東京五輪の最終予選も兼ねているだけに、ガチンコ勝負のできる絶好の機会だし、森保監督もじっくりとチーム作りができるだろう。あとは来年のJリーグのカレンダー作りの際に、どれだけ五輪代表の強化のための時間を捻出するかだ。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.05.02 13:30 Thu
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全日本大学選抜の練習試合で感じた疑問点/六川亨の日本サッカー見聞録

昨日24日はルヴァン杯の取材前に、味の素フィールド西が丘で行われた全日本大学選抜対U-20全日本大学選抜候補の練習試合を取材した。今年7月3日からイタリア・ナポリで開催されるユニバーシアードの最終選考会を兼ねた試合には、日本代表の森保一監督を始め、影山雅永U-20日本代表監督、齋藤俊秀U-21日本代表コーチらJFA(日本サッカー協会)技術委員会のスタッフや、Jクラブの強化担当など多くの関係者が詰めかけた。 試合は1本目が大学選抜対関東の大学によるU-20大学選抜、2本目は大学選抜対地域所属の大学によるU-20大学選抜で行われ、大学選抜は1本目の試合開始早々に先制点を許したものの、その後は三笘薫(川崎U-18から筑波大学)、上田綺世(鹿島学園高校から法政大)、イサカ・ゼイン(桐光学園高から桐蔭横浜大学)の3連続ゴールで勝利を収めた。 試合を見て改めて感じたのは、上田はストライカーとしてゴール前で味方からのパスを引き出すポジショニングとシュートまでの体勢が秀逸なこと、三笘の落ち着きのあるドリブルと視野の広さは群を抜いていることだった。 さらに2本目から出場した旗手怜央(静岡学園高から順天堂大)はドリブラーの印象が強かったが、同業者いわく「チームメイトからは、怜央君はいつも僕のことを見てくれていると言うように、パサーとしての才能も開花しつつある」との言葉通り、ドリブルだけでなく俯瞰するように攻撃陣をリードしていた。 改めて、この3人は現在の大学サッカー界でも図抜けた存在であることを実感した。 そして彼らだけでない。地域所属の大学によるU-20大学選抜ではストライカーの根本凌(上田西から鹿屋体育大の2年生)は、フィジカルの強さ(183センチ、75キロ)を発揮して存在感を示していた。高校選手権で長野県初のベスト4進出に貢献した逸材だが、隣に座っていた景山監督は大学1年の頃から追跡しているようで、外国人選手を相手にしても引けを取らないフィジカルとメンタルの強さを評価していた。 その他にも将来が楽しみな逸材が揃っており、U-19全日本大学選抜は7月にスイス遠征、9月には韓国で開催されるアジア大学サッカートーナメントに参加する。 そこで疑問に感じたのは、せっかく大学サッカー界の逸材、将来のJリーガー予備軍が一堂に会したのに、この試合が一般のファンには非公開で行われたことだ。ただでさえ注目度が低く、身内や関係者しか観戦に来ない大学サッカーの魅力をアピールする絶好の機会だったと思うと残念でならない。 たぶん今年、ユニバーシアードが開催されることを知っているファンも少ないだろう。かつての関東大学リーグは西が丘が聖地だったが、現在は開催地が分散しているため観戦するのにも苦労する。だからこそ、大学サッカーの関係者はもっと情報を積極的に発信すべきではないだろうか。ここらあたり、JFAにも大学サッカーのバックアップをお願いしたいところだ。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.04.25 18:20 Thu
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初めて知ったジャッジの違い/六川亨の日本サッカー見聞録

今年2回目となるレフェリーブリーフィングが4月18日に開催されたので、そこで話題にのぼった面白い実例を紹介しよう。第1節から先週末までのJ1~J3とルヴァン杯の240試合中、48試合に関してJクラブから意見交換を求められたそうだ。そこで問題提起された64シーンでディスカッションした結果、14試合の15シーンで間違った判定があったことを審判委員会は認めた。 それを踏まえて今回はハンド、オフサイド、ペナルティーエリアインシデント(危機的状況)、反スポーツ行為、負傷者の5項目について、映像で振り返りながらブリーフィングが行われた。 何かと物議を醸した4月6日の第6節、松本対神戸戦では2つのシーンが取り上げられた。神戸の選手がペナルティーエリア右でこぼれ球を拾い、リフティングしたボールが松本の中美の手に当たったシーンで、神戸の選手はハンドとしてPKを主張した。 レフェリーはプレーを続行したが、ブリーフィングでも上川氏は「よけることはできないし、手も肩より上に上がっていない」との理由から、「レフェリーの考えを受け入れる」と判断して正当性を認めた。ただし、「ハンドのジャッジでも受け入れられる難しい判断」との見解も併せて示した。 この試合では「ペナルティーエリアインシデント」も発生した。神戸は右CKからウェリントンがヘッドでゴールを決めた。しかしレフェリーはウェリントンがシュートを決める前に笛を吹いている。そこでVTRで確認すると、ゴール前にいた神戸の大﨑はボールが蹴られた瞬間、松本の飯田と橋内の2人の選手のユニホームを引っ張って動けないようにすることでウェリントンをフリーにしていたことが判明した。 上川氏いわく「蹴られる前にボールの方向を見ていないので、普通レフェリーは何かやるなと思う」とレフェリーの視点から解説。ただし、イエローカードにつながるファウルではないとも説明した。 反スポーツ行為では珍しい例が3件報告されたので紹介しよう。まずJ2第5節の千葉対京都戦でのことだ。千葉が左CKを蹴ろうとしたとき、ファーサイドのポスト際で水分補給をした千葉の田坂は、そのままゴール裏を走ってピッチの左サイドに移動し、ショートコーナーのボールを受けた。 水分補給の際は少しだけピッチから出ることは許されているものの、それ以外でレフェリーの許可なくピッチを離れればイエローカードである。過去にも九州の高校サッカーで実例が報告されたそうで、上川氏も「なかなかレフェリーは気付かない」頭脳プレーだそうだ。 第3節の千葉対山口戦では、山口の田中がシュートを決めるとベンチへと走り、自身のスマホを取り出して自撮りをした。かつてバロテッリが動画で自撮りしインスタにアップしたのを真似たわけだが、監督やコーチは通信機器をベンチに持ち込むことは許されても、選手が「あらゆる形式の電子もしくは通信機器を身につける、もしくは用いることは認められない」という競技規則から、反スポーツ行為として当然ながらイエローカードの対象となる。 そして同じくJ2の第4節、山形対大宮戦で山形のジェフェルソンが20分にゴール後、左コーナーポストを引き抜きライフル射撃のポーズをとった。これに対しレフェリーはイエローカードを出したが、クラブは昨シーズンも前所属先である水戸で同じ行為をしたのにイエローカードは出なかったため質問状が届いたという。 それに対し上川氏は「レフェリーの判断だが、リスペクトに欠けるものなので、フィールドに設置された物を動かすまたは使うの過度であり、JFA(日本サッカー協会)としてイエローカードとなる」との判断を示した。 今回、ハンドに関するジャッジについては割愛したが、ハンドを含めた新ルールが6月1日から採用される。その前に5月にポーランドで開催されるU―20W杯で新ルールが初めて採用されるため、小川審判委員長は今週始めに千葉で実施されたキャンプで新ルールの説明会を開催した。 その際に実例として紹介したプレーに、選手たちは初めて知ったというプレーもあったので、最後にそれを紹介しよう。 第1問は、AというチームとBというチームが対戦。Aチームの選手が反則を受け、レフェリーは笛を吹きBチームの選手にイエローカードを出そうとしたが、Aチームが素早くリスタートして攻撃した。その後プレーは止まったので、レフェリーはあらためてBチームの選手にイエローカードを出せるのかどうか。 第2問は、Aチームの選手が反則を受け、レフェリーは笛をいてBチームの選手にイエローカードを出そうとしたが、Aチームのアドバンテージを取り、笛は吹かずにプレーオンとした。その後プレーは止まったので、レフェリーはあらためてBチームの選手にイエローカードを出せるのかどうか。 答えは、第1問ではレフェリーが笛を吹いてから次のプレーに移っているため「イエローカードは出せない」が正解で、第2問は笛を吹いていないため、「プレーが止まってから遡ってイエローカードを出せる」が正解だ。 試合中は、反則を受けたチームの選手から「なんでイエローカードが出ないのだ」とクレームが来るそうだが、笛を吹く吹かないでジャッジも変わってくる。正直、初めて知った違いだった。<hr>【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2019.04.18 19:00 Thu
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