『サカつくRTW』“Jリーグモード”の登場全選手が発表! 昇降格、カップ戦も充実!

2018.12.13 12:00 Thu
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▽サッカークラブ経営シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(以下、サカつくRTW)は、2018年12月に実装予定の“Jリーグプロサッカークラブをつくろうモード”(以下、“Jリーグモード”)に登場するJ1からJ3の全54クラブの搭載選手リストを公開した。

▽『サカつくRTW』では、“Jリーグモード”実装時に、Jリーグ各クラブの選手いずれかが必ず獲得できる「Jリーグスカウトチケット」計50枚などのゲーム内アイテムがプレゼントされる事前登録を実施中。この機会に登録してみてはいかがだろうか。

▽今回の“Jリーグモード”に登場する選手は、2018年2月23日から8月31日までの試合を元に独自にデータ化。今夏加入したヴィッセル神戸のアンドレス・イニエスタやルーカス・ポドルスキ、サガン鳥栖のフェルナンド・トーレス、J1得点王のジョー(名古屋グランパス)なども登場する。

▽“Jリーグモード”の日程進行では、年間を通じて他のクラブと優勝を競い合う。“Jリーグモ ード”昇格降格要素があり、他のクラブも同様に昇格降格対象となるので、実際のJリーグと同じ白熱した戦いが待っているぞ。

▽また、カップ戦はグループに分かれてリーグ戦を行い、各グループ上位チームが決勝トーナメントに進出する。

【Jリーグモード全選手リスト】
◆北海道コンサドーレ札幌
ク・ソンユン
キム・ミンテ
福森晃斗
進藤亮佑
宮澤裕樹
深井一希
菅大輝
駒井善成
チャナティップ
都倉賢
ジェイ
菅野孝憲
石川直樹
兵藤慎剛
早坂良太
荒野拓馬
三好康児
宮吉拓実

◆ベガルタ仙台
シュミット・ダニエル
大岩一貴
平岡康裕
椎橋慧也
富田晋伍
中野嘉大
蜂須賀孝治
奥埜博亮
関口訓充
野津田岳人
石原直樹
関憲太郎
板倉滉
金正也
永戸勝也
梁勇基
ハーフナー・マイク
ジャーメイン良

◆鹿島アントラーズ
クォン・スンテ
昌子源
チョン・スンヒョン
山本脩斗
内田篤人
レオ・シルバ
三竿健斗
土居聖真
遠藤康
鈴木優磨
セルジーニョ
曽ヶ端準
西大伍
伊東幸敏
小笠原満男
永木亮太
中村充孝
安部裕葵

◆浦和レッズ
西川周作
マウリシオ
槙野智章
岩波拓也
青木拓矢
柏木陽介
宇賀神友弥
橋岡大樹
ファブリシオ
興梠慎三
武藤雄樹
福島春樹
森脇良太
阿部勇樹
マルティノス
長澤和輝
アンドリュー・ナバウト
李忠成

◆柏レイソル
中村航輔
パク・ジョンス
鎌田次郎
小池龍太
高木利弥
小泉慶
手塚康平
江坂任
クリスティアーノ
伊東純也
瀬川祐輔
桐畑和繁
亀川諒史
中山雄太
大谷秀和
細貝萌
キム・ボギョン
オルンガ

◆FC東京
林彰洋
チャン・ヒョンス
森重真人
太田宏介
室屋成
高萩洋次郎
橋本拳人
東慶悟
大森晃太郎
永井謙佑
ディエゴ・オリヴェイラ
大久保択生
小川諒也
米本拓司
田邉草民
富樫敬真
前田遼一
リンス

◆川崎フロンターレ
チョン・ソンリョン
谷口彰悟
登里享平
車屋紳太郎
エウシーニョ
守田英正
大島僚太
中村憲剛
阿部浩之
家長昭博
小林悠
新井章太
舞行龍ジェームズ
奈良竜樹
長谷川竜也
エドゥアルド
知念慶
齋藤学

◆横浜F・マリノス
飯倉大樹
中澤佑二
畠中槙之輔
ドゥシャン
松原健
山中亮輔
扇原貴宏
喜田拓也
天野純
久保建英
伊藤翔
鈴木彩貴
栗原勇蔵
チアゴ・マルチンス
遠藤渓太
ウーゴ・ヴィエイラ
仲川輝人
大津祐樹

◆湘南ベルマーレ
秋元陽太
坂圭佑
大野和成
山根視来
秋野央樹
石川俊輝
杉岡大暉
岡本拓也
菊地俊介
梅崎司
山崎凌吾
富居大樹
アンドレ・バイア
松田天馬
小川慶治朗
ミキッチ
高山薫
イ・ジョンヒョプ

◆清水エスパルス
六反勇治
フレイレ
ファン・ソッコ
松原后
立田悠悟
竹内涼
河井陽介
石毛秀樹
金子翔太
ドウグラス
北川航也
西部洋平
二見宏志
飯田貴敬
白崎凌兵
鄭大世
クリスラン
ミッチェル・デューク

◆ジュビロ磐田
カミンスキー
大井健太郎
櫻内渚
高橋祥平
田口泰士
中村俊輔
松浦拓弥
小川大貴
大久保嘉人
山田大記
川又堅碁
三浦龍輝
新里亮
荒木大吾
山本康裕
松本昌也
上原力也
小川航基

◆名古屋グランパス
ランゲラック
丸山祐市
中谷進之介
金井貢史
宮原和也
小林裕紀
エドゥアルド・ネット
玉田圭司
前田直輝
ジョー
ガブリエル・シャビエル
楢崎正剛
和泉竜司
櫛引一紀
秋山陽介
八反田康平
長谷川アーリアジャスール
佐藤寿人

◆ガンバ大阪
東口順昭
ファビオ
三浦弦太
藤春廣輝
菅沼駿哉
遠藤保仁
今野泰幸
オ・ジェソク
倉田秋
渡邉千真
アデミウソン
林瑞輝
初瀬亮
米倉恒貴
高宇洋
藤本淳吾
小野瀬康介
ファン・ウィジョ

◆セレッソ大阪
キム・ジンヒョン
木本恭生
マテイ・ヨニッチ
丸橋祐介
松田陸
オスマル
山口蛍
清武弘嗣
ソウザ
高木俊幸
杉本健勇
丹野研太
山下達也
水沼宏太
福満隆貴
山村和也
柿谷曜一朗
ヤン・ドンヒョン

◆ヴィッセル神戸
キム・スンギュ
渡部博文
大崎玲央
ティーラトン
高橋峻希
藤田直之
アンドレス・イニエスタ
三田啓貴
郷家友太
ルーカス・ポドルスキ
長沢駿
前川黛也
藤谷壮
三原雅俊
古橋亨梧
田中順也
大槻周平
ウェリントン

◆サンフレッチェ広島
林卓人
水本裕貴
野上結貴
佐々木翔
和田拓也
青山敏弘
稲垣祥
柏好文
柴崎晃誠
ティーラシン
パトリック
廣永遼太郎
千葉和彦
吉野恭平
川辺駿
森崎和幸
工藤壮人
渡大生

◆サガン鳥栖
権田修一
ジョアン・オマリ
三丸拡
小林祐三
高橋秀人
福田晃斗
高橋祐治
高橋義希
小野裕二
金崎夢生
フェルナンド・トーレス
高丘陽平
キム・ミンヒョク
吉田豊
原川力
趙東建
田川亨介
豊田陽平

◆V・ファーレン長崎
徳重健太
徳永悠平
高杉亮太
ヨルディ・バイス
磯村亮太
島田譲
飯尾竜太朗
翁長聖
澤田崇
鈴木武蔵
ファンマ
増田卓也
田上大地
大本祐槻
黒木聖仁
中原彰吾
中村慶太
平松宗

◆モンテディオ山形
櫛引政敏
栗山直樹
加賀健一
熊本雄太
中村駿
本田拓也
山田拓巳
三鬼海
小林成豪
南秀仁
阪野豊史
児玉剛
松本怜大
汰木康也
楠神順平
北川柊斗
中山仁斗
フェリペ・アウヴェス

◆水戸ホーリーホック
松井謙弥
細川淳矢
伊藤槙人
ジエゴ
田向泰輝
小島幹敏
前寛之
木村祐志
黒川淳史
伊藤涼太郎
ジェフェルソン・バイアーノ
本間幸司
福井諒司
浜崎拓磨
茂木駿佑
白井永地
岸本武流
宮本拓弥

◆栃木SC
ジョニー・レオーニ
服部康平
福岡将太
菅和範
ヘニキ
岡崎建哉
夛田凌輔
久富良輔
浜下瑛
西谷和希
大黒将志
竹重安希彦
西河翔吾
パウロン
和田達也
川田拳登
西澤代志也
榊翔太

◆大宮アルディージャ
笠原昂史
菊地光将
河本裕之
河面旺成
酒井宣福
三門雄大
大山啓輔
茨田陽生
マテウス
大前元紀
ロビン・シモヴィッチ
塩田仁史
山越康平
渡部大輔
金澤慎
嶋田慎太郎
奥抜侃志
富山貴光

◆ジェフユナイテッド千葉
ロドリゲス
増嶋竜也
下平匠
近藤直也
熊谷アンドリュー
矢田旭
茶島雄介
為田大貴
船山貴之
ラリベイ
指宿洋史
佐藤優也
鳥海晃司
エベルト
小島秀仁
佐藤勇人
町田也真人
清武功暉

◆東京ヴェルディ
上福元直人
平智広
井林章
奈良輪雄太
田村直也
内田達也
梶川諒太
渡辺皓太
ドウグラス・ヴィエイラ
藤本寛也
レアンドロ
柴崎貴広
李栄直
井上潮音
泉澤仁
佐藤優平
アラン・ピニェイロ
林陵平

◆FC町田ゼルビア
福井光輝
酒井隆介
深津康太
奥山政幸
大谷尚輝
森村昂太
井上裕大
中村祐也
平戸太貴
中島裕希
鈴木孝司
高原寿康
藤井航大
ロメロ・フランク
吉濱遼平
戸高弘貴
杉森考起
ドリアン・バブンスキー

◆横浜FC
南雄太
カルフィン・ヨン・ア・ピン
田所諒
ペ・スンジン
佐藤謙介
武田英二郎
北爪健吾
レアンドロ・ドミンゲス
松井大輔
イバ
三浦知良
辻周吾
渡邉将基
渡邊一仁
野村直輝
中里崇宏
戸島章
瀬沼優司

◆ヴァンフォーレ甲府
河田晃兵
小出悠太
エデル・リマ
今津佑太
フェフージン
佐藤和弘
湯澤聖人
高野遼
小塚和季
堀米勇輝
ジュニオール・バホス
岡大生
山本英臣
道渕諒平
島川俊郎
田中佑昌
小椋祥平
金園英学

◆松本山雅FC
守田達弥
橋内優也
浦田延尚
飯田真輝
藤田息吹
パウリーニョ
石原崇兆
岩上祐三
前田大然
セルジーニョ
高崎寛之
村山智彦
田中隼磨
岩間雄大
中美慶哉
ジネイ
山本大貴
永井龍

◆アルビレックス新潟
アレックス・ムラーリャ
ソン・ジュフン
富澤清太郎
安田理大
原輝綺
カウエ
加藤大
高木善朗
戸嶋祥郎
田中達也
矢野貴章
大谷幸輝
広瀬健太
小川佳純
梶山陽平
ターレス
河田篤秀
渡邉新太

◆ツエーゲン金沢
白井裕人
作田裕次
庄司朋乃也
沼田圭悟
毛利駿也
梅鉢貴秀
藤村慶太
加藤大樹
清原翔平
マラニョン
垣田裕暉
田尻健
廣井友信
石田崚真
宮崎幾笑
杉浦恭平
大橋尚志
佐藤洸一

◆FC岐阜
ビクトル
竹田忠嗣
田森大己
福村貴幸
阿部正紀
宮本航汰
風間宏矢
三島頌平
ライアン・デ・フリース
田中パウロ淳一
山岸祐也
原田祐輔
小野悠斗
藪内健人
長沼洋一
永島悠史
中島賢星
難波宏明

◆京都サンガF.C.
清水圭介
増川隆洋
染谷悠太
本多勇喜
石櫃洋祐
重廣卓也
仙頭啓矢
岩崎悠人
小屋松知哉
レンゾ・ロペス
田中マルクス闘莉王
若原智哉
牟田雄祐
宮城雅史
庄司悦大
ジュニーニョ
金久保順
カイオ

◆ファジアーノ岡山
一森純
濱田水輝
喜山康平
後藤圭太
上田康太
末吉隼也
三村真
椋原健太
仲間隼斗
伊藤大介
齊藤和樹
金山隼樹
高橋壮也
塚川孝輝
武田将平
ジョン・チュングン
イ・ヨンジェ
赤嶺真吾

◆レノファ山口FC
藤嶋栄介
渡辺広大
坪井慶介
鳥養祐矢
前貴之
三幸秀稔
ワシントン
ジュリーニョ
オナイウ阿道
高木大輔
丸岡満
村上昌謙
瀬川和樹
大崎淳矢
池上丈二
佐藤健太郎
岸田和人
山下敬大

◆カマタマーレ讃岐
清水健太
パク・チャニョン
麻田将吾
アレックス
武田有祐
岡村和哉
永田亮太
重松健太郎
佐々木匠
原一樹
木島徹也
ソン・ヨンミン
中島大貴
渡邉大剛
高木和正
佐々木渉
西弘則
森川裕基

◆徳島ヴォルティス
梶川裕嗣
石井秀典
井筒陸也
藤原広太朗
シシーニョ
表原玄太
広瀬陸斗
岩尾憲
小西雄大
ピーター・ウタカ
バラル
松澤香輝
ブエノ
内田裕斗
杉本太郎
前川大河
狩野健太
杉本竜士

◆愛媛FC
岡本昌弘
山崎浩介
安藤淳
林堂眞
野澤英之
田中裕人
前野貴徳
小暮大器
近藤貴司
河原和寿
藤本佳希
馬渡洋樹
西岡大輝
小池純輝
神谷優太
西田剛
丹羽詩温
有田光希

◆アビスパ福岡
圍謙太朗
岩下敬輔
古賀太陽
篠原弘次郎
鈴木惇
枝村匠馬
輪湖直樹
ドゥドゥ
松田力
石津大介
森本貴幸
杉山力裕
堤俊輔
實藤友紀
駒野友一
山瀬功治
ユ・インス
城後寿

◆ロアッソ熊本
佐藤昭大
青木剛
多々良敦斗
園田拓也
米原秀亮
上村周平
黒木晃平
田中達也
中山雄登
皆川佑介
安柄俊
畑実
小谷祐喜
上原拓郎
水野晃樹
伊東俊
八久保颯
巻誠一郎

◆大分トリニータ
高木駿
鈴木義宜
刀根亮輔
福森直也
丸谷拓也
星雄次
松本怜
小手川宏基
前田凌佑
馬場賢治
伊佐耕平
修行智仁
清本拓己
三平和司
川西翔太
宮阪政樹
後藤優介
藤本憲明

◆グルージャ盛岡
土井康平
田中舜
稲森克尚
福田友也
小谷光毅
河津良一
江頭一輝
白石智之
谷村憲一
藤沼拓夢
宮市剛
小泉勇人
嫁阪翔太
呂薛安
畑本時央
益子義浩
山田陸
梅内和磨

◆ブラウブリッツ秋田
松本拓也
尾本敬
韓浩康
千田海人
山田尚幸
藤山智史
山田樹
青島拓馬
前山恭平
久富賢
藤田祥史
清水慶記
堀田秀平
中村亮太
古田寛幸
平石直人
吉平翼
田中智大

◆福島ユナイテッドFC
堀田大暉
東隼也
阪田章裕
輪笠祐士
岡田亮太
ニウド
前田尚輝
橋本拓門
樋口寛規
田村翔太
武颯
石井綾
宇佐美宏和
石堂和人
星広太
鴨志田誉
三橋秀平
池田昌生

◆ザスパクサツ群馬
松原修平
舩津徹也
小柳達司
久木田紳吾
風間宏希
碓井鉄平
星原健太
小林竜樹
金城ジャスティン俊樹
大島康樹
高橋駿太
朴昇利
坪内秀介
市川恵多
吉田直矢
松下裕樹
岡庭裕貴
大久保哲哉

◆Y.S.C.C.横浜
中西規真
大泉和也
後藤京介
吉田明生
奥田晃也
北脇健慈
宗近慧
仲村京雅
小澤光
辻正男
リンジェ・ジャブラニ・アリ
北原大奨

◆SC相模原
川口能活
梅井大輝
森本大貴
工藤祐生
丹羽竜平
千明聖典
保崎淳
成岡翔
谷澤達也
松本孝平
ジョン・ガブリエル
辻尾真二
菊岡拓朗
トロ
北井佑季
チッキーニョ
大塚翔平

◆AC長野パルセイロ
小澤章人
寺岡真弘
大島嵩弘
松原優吉
三上陽輔
東浩史
明神智和
有永一生
堂安憂
松村亮
萬代宏樹
阿部伸行
都並優太
岩沼俊介
河合秀人
宇野沢祐次
竹下玲王
佐藤悠希

◆カターレ富山
永井堅梧
ルーカス・ダウベルマン
今瀬淳也
代健司
差波優人
椎名伸志
前嶋洋太
川上エドオジョン智慧
新井瑞希
佐々木陽次
才藤龍治
太田岳志
柳下大樹
谷奥健四郎
稲葉修土
脇本晃成
木村裕
苔口卓也

◆藤枝MYFC
杉本拓也
浅田大樹
秋山貴嗣
阿渡真也
垣根拓也
水野泰輔
齊藤隆成
川上盛司
遠藤純輝
大竹隆人
谷口堅三
佐藤隼
木下高彰
光永祐也
大迫希
越智亮介
渡辺亮太
養父雄仁

◆アスルクラロ沼津
牲川歩見
藤原拓也
徳武正之
砂森和也
尾崎瑛一郎
谷口智紀
普光院誠
富田康仁
太田一輝
畑潤基
青木翔大
大西勝悟
坂本修佑
前澤甲気
菅井拓也
染矢一樹
沓掛勇太
石田雅俊

◆ガイナーレ鳥取
北野貴之
甲斐健太郎
井上黎生人
内山裕貴
可児壮隆
星野有亮
魚里直哉
小林智光
フェルナンジーニョ
加藤潤也
レオナルド
井上亮太
石井光輝
仙石廉
ヴィートル・ガブリエル
林誠道
那須甚有
山本蓮

◆ギラヴァンツ北九州
山岸範宏
川上竜
有薗真吾
浦田樹
野口航
藤原奏哉
村松大輔
本山雅志
安藤由翔
前田央樹
ダヴィ
高橋拓也
川島將
内藤洋平
加藤弘堅
井上翔太
池元友樹
フェホ

◆鹿児島ユナイテッドFC
アン・ジュンス
平出涼
田中秀人
藤澤典隆
田中奏一
中原秀人
吉井孝輔
永畑祐樹
野嶽惇也
中山雄希
薗田卓馬
山岡哲也
西岡謙太
赤尾公
五領淳樹
川森有真
キリノ
萱沼優聖

◆FC琉球
朴一圭
瀧澤修平
増谷幸祐
徳元悠平
西岡大志
小松駿太
枝本雄一郎
富所悠
富樫佑太
中川風希
和田凌
積田景介
金成純
知念雄太朗
朴利基
上門知樹
播戸竜二
宮内雄希


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勝利を求め続けた“鬼軍曹”ドゥンガ、チームに変革をもたらせたキャプテンシー

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3度のW杯制覇にルール変更、誰もが知る「サッカーの王様」ペレの偉業

一流と呼ばれる選手たちはこれまでのサッカー史の中で数知れず。その中において、記憶にも記録にも残り、誰もが知る超一流の選手はほんの一握りだ。 現役選手では、パリ・サンジェルマンのアルゼンチン代表FWリオネル・メッシやマンチェスター・ユナイテッドのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドがその位置にいると思われるが、誰もが知る「サッカーの王様」と呼ばれるペレは、異質な存在だった。 <span class="paragraph-title">◆3度のW杯制覇の偉業</span> 今年11月にカタールで開催されるワールドカップ(W杯)。前述のメッシ、C・ロナウドは出場すれば共に5度目のW杯となる。 ペレは記録によれば1954年に14歳でデビュー。1977年まで23年間現役でプレーした。 ブラジル代表としても16歳9カ月でデビューを果たしており、これは当時の最年少記録。ペレは1958年のスウェーデンW杯に背番号10で初めて出場。そこから4大会連続でW杯に出場した。 W杯の出場回数では4回ともちろん多いが、4回中3回優勝をしているのだから驚きだ。 現在とはレギュレーションも違った中ではあるが、初めてでたスウェーデン大会では6ゴールを奪い、ブラジルに初めてのW杯優勝をもたらせる。この活躍により、ペレの背番号「10」がエースと見なされるようになったという話があるが、「10」は偶然背負ったもの。エースは違う番号だった可能性も十分にあった。 1962年のチリ大会にも出場したペレだったが、大会序盤で負傷。しかし、チームはペレ抜きでもしっかりと勝ち上がり、連覇を達成。ブラジル代表の存在価値が高まった大会と言われた。 1966年のイングランド大会にも出場したペレだったが、ケガを抱えていたことでこの大会も途中でプレーできないことに。チームも3連覇を逃し、大きな話題となっていた。 イングランド大会を最後にW杯には出場しないと決めていたペレだったが、1970年のメキシコ大会にも出場。3度目の優勝を目指してプレーすると、決勝でもゴールとアシストで貢献し、見事に3度目の優勝を果たすこととなった。 <span class="paragraph-title">◆ルールを変えていった男</span> まだまだテレビやインターネットなどが普及せず、現代とは比べ物にならないくらい情報伝達が遅かった時代に活躍したペレ。それでも、世界中で称賛されるということがどれだけ凄かったかということだ。 今ならプレーシーンは試合中にインターネット上に出回り、一瞬にして世界に広まるが、そんなことは不可能な時代にだ。ブラジルと対戦する全ての相手がペレを警戒し、今であれば考えられないようなラフプレーで平然と止めていた。 というのも、当時はイエローカードやレッドカードというルールはなく、試合中にケガをしても交代できないという、現代では考えられないルールだった。 しかし、このラフプレーでペレにケガが絶えなかったこと、さらにはW杯でのプレーを拒否するような事があり、ラフプレー対策としてイエローカードとレッドカードが導入されることとなったのだ。 また選手交代ができない時代にケガを押してプレーしていたことも多く、試合中の選手交代もペレによって生まれたルールといって良い。現代サッカーの根本となるルールを生み出すあたり、レベルの違う偉人と言えるだろう。 <span class="paragraph-title">◆偉大なるゴール記録も</span> そのペレはキャリアを通じて1375試合に出場し1284ゴールを記録したとされている。オフィシャルの記録では世界で最もゴールを決めているとされている偉大なスコアラーだ。 ただ、このゴールには親善試合も含まれており、クラブや代表チームでの公式戦でのゴールは831試合で767ゴール。十分凄い記録であるが、これはC・ロナウドが2021年3月14日に更新していた。 記録こそ抜かれたが、C・ロナウドも「プロキャリアで770ゴールに到達した。最初の言葉はペレに捧げたい」とコメントするなど、偉大さが失われるわけではない。 時代も進化し、テクノロジーやトレーニング法など、様々な面が大きく変化している中でも、永遠に語り継がれるであろうペレ。「サッカーの王様」は彼しか存在し得ないと言って良いだろう。 <div id="cws_ad"><hr>ブラジル代表で活躍し、「サッカーの王様」として知られているペレが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せた卓越したプレーが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。<a href="https://ryan.onelink.me/C7cD/79aae7be" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2022/sega20220413.jpg" style="max-width:100%;"></div></a></div> <span class="paragraph-title">【動画】見たことある!?「サッカーの王様」ペレのスーパーゴール!</span> <span data-other-div="movie"></span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJmT2lSczhmNCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> <div id="cws_ad"><hr>ブラジル代表で活躍し、「サッカーの王様」として知られているペレが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せた卓越したプレーが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。<a href="https://ryan.onelink.me/C7cD/79aae7be" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2022/sega20220413.jpg" style="max-width:100%;"></div></a></div> 2022.04.15 10:00 Fri
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世界最高の選手とは…DFでただ1人バロンドールを2度受賞した“皇帝”フランツ・ベッケンバウアー

いつの時代であっても、“最高のサッカー選手”というのはファンの間で話題になる。 一番ゴールを決めた選手なのか、最もテクニックがある選手なのか、それともタイトルを一番獲っている選手なのか。見る人1人1人の好みもあり、“最高”という言葉で括るには基準がたくさんありすぎる状況だ。 そんな中、1956年にフランスのサッカー専門誌『フランス・フットボール』によって創設されたのが、世界の年間最優秀選手に送られる“バロンドール”だ。 11月29日には2021年の受賞者が発表され、パリ・サンジェルマン(PSG)のアルゼンチン代表FWリオネル・メッシが受賞した。史上最多の7度目、2位のポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウド(マンチェスター・ユナイテッド)の5回に2つ差をつけることとなった。 この選出には、多くの意見が噴出。2位に終わったバイエルンのポーランド代表FWロベルト・レヴァンドフスキがふさわしいという声が多く、事前の予想でもレヴァンドフスキが受賞するという声も多かったが、メッシへと手渡され、レヴァンドフスキは新設された「ストライカー・オブ・ザ・イヤー」を受賞することとなった。 <span class="paragraph-title">◆攻撃的な選手が有利な傾向</span> 創設当初から、“バロンドール”の受賞対象は欧州の国籍を持つ選手のみだった。投票も欧州の52カ国の記者によって行われていた。 その後1995年には、欧州クラブに在籍している選手が対象となり、国籍は問われないことに。さらに2007年からは、全世界でプレーするサッカー選手に拡大されることとなり、投票権を持つ記者も欧州以外に広がることとなった。 そのバロンドールだが、最多受賞のメッシ、2番目に受賞しているC・ロナウドのように攻撃の選手が受賞する傾向が強い。1956年から、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で選考されなかった2020年を除いて今年で65回目となった“バロンドール”だが、GKとDFの選手が受賞したのは、たったの4回しかない。明確な数字で成績を残せないため、評価がされにくいということが多い。 その中で、初めてDFとして受賞し、守備的な選手として唯一2度の“バロンドール”を受賞しているのが、元西ドイツ代表のフランツ・ベッケンバウアーだ。 <span class="paragraph-title">◆“皇帝”と呼ばれたレジェンド</span> ベッケンバウアーはミュンヘン出身で、バイエルンの下部組織で育ち、1964年から1977年までバイエルンでプレーした。 背筋をピンと伸ばして視野を広く取り、常に冷静な判断力を武器にピッチ上で試合をコントロール。ディフェンスラインをしっかりと統率するキャプテンとして活躍したベッケンバウアーだが、元はストライカーやウインガーとしてプレーしていた。 若くしてその素質を見出された一方で、フィジカル面の弱さが指摘されることも多く、鍛えることをズラトコ・チャイコフスキー監督に指示された。実力のある若手である一方で、将来を心配しての指導だったが、この指導が大きくキャリアを変えることに。プロデビューはウインガーだったが、徐々にポジションを後ろに下げていくこととなった。 最終的にベッケンバウアーは“リベロ”というポジションを確立。攻撃に積極的に参加するという、自身の本質を生かしながら、守備を統率し、優れたストライカーたちを抑えるという役割を務めていた。ユーティリティ性を兼ね備えていたことに加え、強いキャプテンシーも発揮していたこともあり、ベッケンバウアーありきのバイエルンは「FCベッケンバウアー」とも呼ばれるほどだった。 そのバイエルンでは名誉会長を務めているベッケンバウアーだが、初めてバロンドールを受賞したのは1972年だった。 この頃バイエルンは、ブンデスリーガで3連覇をする一方で、チャンピオンズカップ(現:チャンピオンズリーグ)も3連覇。西ドイツ代表としても1972年のユーロと1974年のワールドカップを制しており、ベッケンバウアーはどちらも中心選手として活躍。1974年、1975年は2位に、そして1976年に2度目の受賞となった。 <span class="paragraph-title">◆ベッケンバウアーですら悩んだ受賞</span> サッカー界を代表するレジェンドでもあり、一時代を築くだけでなく、“リベロ”というシステムの概念を変えてしまったほどのベッケンバウアーだが、それでも“バロンドール”には悩んでいた。 それは1974年。ベッケンバウアーが2位に終わった年だが、この年の受賞者はアヤックスで活躍し、ベッケンバウアーと同世代のFWヨハン・クライフだった。 クライフは説明するまでもないが、言わずと知れたサッカー界の指折りのレジェンドの1人。その卓越したテクニックやプレースタイルから「空飛ぶオランダ人(フライング・ダッチマン)」も呼ばれていた。 一方、ベッケンバウアーは1974年に西ドイツ代表のキャプテンとしてワールドカップを優勝。バイエルンのキャプテンとしてチャンピオンズカップを優勝していた。しかし、受賞したのはクライフ。2人の得票数の差は「11」となっていたため、僅差であることに違いないが、クライフが選ばれることとなった。 「私はこれ以上何をすればいいんだ」と当時嘆いていたベッケンバウアー。世界最高の選手とは一体なんなのか。ベッケンバウアーですらその悩みを抱えていただけに、その答えは見つかりそうもない。 <div id="cws_ad"><hr>西ドイツ代表でも活躍し、バイエルンのレジェンドとしてもしられ、DFとして2度のバロンドールを受賞しているベッケンバウアーが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せた卓越したプレーが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。<a href="https://ryan.onelink.me/C7cD?pid=worldsoccer2110&c=worldsoccer2110&is_retargeting=true&af_inactivity_window=3d&af_dp=ryan.app%3A%2F%2F&af_web_dp=http%3A%2F%2Fsakatsuku-rtw.sega.com%2F" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20211215.jpg" style="max-width:100%;"></div></a></div> <span class="paragraph-title">【動画】これがセンターバック!? ベッケンバウアーの圧巻ゴール集</span> <span data-other-div="movie"></span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJQRkFmM2dQUyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD?pid=worldsoccer2110&c=worldsoccer2110&is_retargeting=true&af_inactivity_window=3d&af_dp=ryan.app%3A%2F%2F&af_web_dp=http%3A%2F%2Fsakatsuku-rtw.sega.com%2F" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20211215.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> 2021.12.15 21:30 Wed
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相手が恐れる右手…ストライカーの完成形と呼ばれた男、アラン・シアラー

サッカーの試合で最もボルテージが上がる瞬間と言っても良いのがゴールシーン。どのカテゴリーの試合でも、間違いなく観る者、そしてプレーする選手のテンションを上げる場面だ。 そのゴールシーンでは、各選手が特徴的なゴールパフォーマンスを見せ、ゴールを多く決める選手ほど、その代名詞とも言えるパフォーマンスを持っている。 現代サッカー界で最も広く知られているのは、マンチェスター・ユナイテッドのポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドが見せるポーズだろうか。ゴールを決めた勢いのまま走り出すと、コーナーフラッグでジャンプし反転。「Siiiii!(イエース!)」と絶叫し、両手を広げながら着地する仁王立ちパフォーマンスは知られたものだろう。観客もパフォーマンスに合わせて「Siiiii!」というものだ。 その他にもゴールパフォーマンスを見せる選手は多く、バク宙をする選手や勢いをつけてヒザで滑るもの、ハートを手で作ったり、古くは指輪にキスをするなど様々。世のサッカー少年は、好きな選手のパフォーマンスを真似するのに必死なはずだ。 そのゴールパフォーマンスだが、右手を高く掲げるゴールパフォーマンスを見たことはあるだろうか。シンプルなパフォーマンスだが、対戦相手にとっては悪夢とも言えるこのポーズは、かつてイングランド代表のエースであったアラン・シアラーのものだ。 <span class="paragraph-title">◆商標登録されるパフォーマンス</span> 特段目立つパフォーマンスでもなく、むしろ地味でシンプルなものだが、ことシアラーの右手を掲げるパフォーマンスは誇り高きパフォーマンスとして愛されている。 このパフォーマンスは商標登録されるほど。もちろん、パフォーマンスをすることが他の選手に禁じられているわけではなく、シアラーが右手を高く掲げるこのパフォーマンスの写真等を使用した商品は、10%がチャリティに寄付されるというものだ。 それだけこのパフォーマンスの価値が高いということを示しており、イングランドにとって重要なパフォーマンスであることが知れるところ。プレミアリーグにおける最多得点記録保持者ということでも、どれほど多くの回数右手が掲げられたかがわかるだろう。 ニューカッスル出身のシアラーは、サウサンプトンの下部組織で育ち、1988年にアーセナル戦でプロデビューを果たす。 そのデビュー戦では、まさかのハットトリック達成。2点ビハインドから3点を奪い、チームに勝利をもたらせたことで一気に注目を集めることに。シアラーが17歳で成し遂げたことだった。 当時はプレミアリーグ発足前、ファーストディビジョンとして行われたリーグだが、1992-93シーズンに開幕したプレミアリーグで、一気にシアラーの得点力が花開くことに。スコアラーとしての地位を確立していくこととなる。 <span class="paragraph-title">◆大舞台で輝くストライカー</span> そのシアラーがイングランド代表としてデビューを果たしたのは1992年2月。フランス代表とのフレンドリーマッチだった。 フランスはエリック・カントナやジャン=ピエール・パパン、ディディエ・デシャンなど、往年のスター選手が出場していた中、シアラーは2トップで先発出場。43分に先制ゴールを記録し、こちらもデビュー戦ゴール。プロデビューに続いて、デビュー戦でいきなりゴールを決めるという勝負強さを見せる。 当時のエースは、後に名古屋グランパスに加入し、Jリーグでもプレーするギャリー・リネカー氏が務めていたが、新たなエース誕生という期待がシアラー氏にかけられていく。しかし、所属クラブとは裏腹に、イングランド代表ではシアラー氏は思うようにゴールを決められない。 シアラー氏がイングランド代表として最も輝いたのは、1996年に行われたユーロ。初戦のスイス代表戦でゴールを決めると、スコットランド代表戦で1ゴール、オランダ代表戦で2ゴールと3試合連続ゴールを記録。準決勝のドイツ代表戦でも1ゴールを決め、大会通算5ゴールで得点王に。チームはベスト4で終わったが、初めてイングランド代表でもその得点力を披露することとなった。 なお、ユーロ初戦でゴールを決めるまで、20試合ゴールを決めていないことも大きな話題となったが、大舞台での活躍で信頼を取り戻す。 その後も、日本代表が初めて出場した1998年のフランス・ワールドカップ(W杯)に向けた欧州予選ではゴールを量産。無事に出場権を獲得すると、本大会でも2ゴールを記録した。 シアラーは2000年のユーロにも出場し、2ゴールを記録。ユーロ予選も含めてゴールを決めた一方で、フレンドリーマッチではほとんどゴールを決めないという不思議な現象もあり、代表通算63試合で30ゴールという成績に。歴代8位という意外な数字で終わっているが、決めなければいけない試合でのゴールをしっかり決める勝負強さを発揮した。 <span class="paragraph-title">◆ストライカーの完成形</span> イングランド代表としては大きな輝きを放てなかったシアラーだが、クラブレベルでの活躍は素晴しいものだった。 プレミアリーグが発足した1992-93シーズンにブラックバーンへと移籍したシアラーは、21試合で16ゴール4アシストを記録。ケガなどもあり満足いく数字を残せなかったが、1993-94シーズンは40試合で31ゴール4アシストと得点を倍増させる。 さらに1994-95シーズンは42試合で34ゴール13アシストとアシスト数も増加。元イングランド代表FWクリス・サットンとのSASコンビでプレミアリーグ得点王に輝くと、チームを優勝に導くことに。ビッグ6と呼ばれるクラブ以外では、“奇跡の優勝”と言われた2015-16シーズンのレスター・シティと共にチャンピオンとして名を残している状況だ。 なお1995-96シーズンは35試合で31ゴール、ニューカッスルへと移籍した1996-97シーズンは31試合で25ゴールを記録し3年連続得点王に輝いていた。 当然その得点力にはビッグクラブが目をつけており、マンチェスター・ユナイテッドやバルセロナなどが獲得に動いたが、自身が愛する地元のクラブであるニューカッスルから離れることはなく、キャリアの終了までプレーした。 シアラーの特徴は、183cmと際立って大柄ではないものの、空中戦にめっぽう強く、ヘディングの技術は卓越したものがあり、多くのゴールにつなげた。 さらにシュートレンジも広く、様々なゴールパターンを持っていることからも、完成されたストライカーの1人として認識され、キャリアの晩年になってもゴールを決め続け、積み上げたプレミアリーグでのゴールは「260」。2位のウェイン・ルーニーが「208」と遠く及んでない。 そのシアラーの記録を抜く可能性を持っているのが、現在のイングランド代表のエースであるトッテナムのハリー・ケインと言われている。現時点で「167」ゴールを記録しており、記録までおよそ100ゴール。28歳のケインがプレミアリーグでプレーを続ければ間違いなく達成されるだろうが、イングランド人FWにとっての目指すべき姿として、今なお愛され続けている。 <div id="cws_ad"><hr>イングランド代表でも活躍し、ニューカッスルのレジェンドとしてプレミアリーグ歴代最多ゴール数を誇るシアラーが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>イングランド代表としてプレーしたDFソル・キャンベル、FWマイケル・オーウェンと共に現役時代に魅せたゴールが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。</div> <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD?pid=worldsoccer2110&c=worldsoccer2110&is_retargeting=true&af_inactivity_window=3d&af_dp=ryan.app%3A%2F%2F&af_web_dp=http%3A%2F%2Fsakatsuku-rtw.sega.com%2F" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20211027.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> <span class="paragraph-title">【動画】伝説のストライカー、シアラーのイングランド代表での技ありゴール集!</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">A huge congratulations to former <a href="https://twitter.com/hashtag/ThreeLions?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#ThreeLions</a> man <a href="https://twitter.com/alanshearer?ref_src=twsrc%5Etfw">@alanshearer</a> on becoming one of the first inductees into the <a href="https://twitter.com/premierleague?ref_src=twsrc%5Etfw">@premierleague</a> Hall of Fame! <a href="https://t.co/FpxSU7B2cK">pic.twitter.com/FpxSU7B2cK</a></p>&mdash; England (@England) <a href="https://twitter.com/England/status/1386592090247860224?ref_src=twsrc%5Etfw">April 26, 2021</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJzUmR6VnJiMiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> 2021.10.27 20:00 Wed
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史上最高“究極”のオールラウンダー、フランク・ランパード

サッカーにおいての花形ポジションとされるのは、やはりストライカー。チームを勝利に導くその姿に憧れる子供は少なくなく、幼少期には誰もがゴールを奪いたい気持ちでプレーしたはずだ。 プロの世界になれば、それぞれのポジションにスペシャリストがおり、子供たちの憧れの的になる選手は様々。それでも、やはり目に見える結果が残せるFWの人気は高いだろう。 どの時代においても、わかりやすくスターになれるストライカーたち。しかし、FWでプレーしない選手でも数多くのゴールを決められることを証明した究極の選手がいる。それが、元イングランド代表のフランク・ランパードだ。 <span class="paragraph-title">◆IQ150以上の天才MF</span> ランパードのイメージは、やはりチェルシーだろう。2001年から2014年まで在籍し、中盤に君臨。ほとんどの試合でプレーする姿は、“鉄人”と呼ばれていた。 また、“ランプス”と呼ばれて愛されたランパードは、ロマン・アブラモビッチ氏がクラブを買収し、ジョゼ・モウリーニョ監督を迎えて急激に力をつけたチームにおいて、軸となって支えた1人として記憶に残っていることだろう。ランパード無くして、チェルシーの飛躍はなかったと言っても過言ではない。 しかし、ランパードのルーツは同じロンドンでもウェストハムにある。父は元イングランド代表DFのフランク・ランパード・シニア、伯父には監督として多くのクラブを率いたハリー・レドナップ氏を持ち、サッカー一家で育つ。 家庭は裕福であり、ランパードは運動能力に長けるだけでなく、学力も優れており、IQは150を超える天才。育ちもよく、恵まれた環境で能力も高いという、正にエリート街道を歩む選手だった。 そのランパードがプロ生活を始めたのがウェストハム。頭角を現し、イングランド代表としてもプレーする一方で、伯父が監督、父がコーチを務めていたことで、結果が出なければ非難を浴びることも多々あった。 また、イングランド代表にも早くに選ばれながら、なかなかブレイクせず。その流れもあり、環境変化を求めて移籍したチェルシーで、チームに欠かせない選手に一気に成長。クラブ、そしてイングランド代表にとっての柱となった。 <span class="paragraph-title">◆チェルシーと共に花開く</span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiI2T0tmR0VNTiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> キャリアを始めたウェストハムでも高い能力が認められていたランパード。世代別のイングランド代表に選ばれると、1999年10月10日にイングランド代表デビューを果たす。 しかし、ランパードの代表でのキャリアは順調にはいかない。デビュー後は、出番どころか招集もされず。2001年に入り再び代表に招集されるようになり、日韓ワールドカップ(W杯)の前にはコンスタントに招集を受けるが、最終的にはW杯出場を逃すことに。その後も、しばらく代表からは外れていった。 ランパードがイングランド代表に定着したのは2003年5月以降。チェルシーに移籍して2シーズン目の終わり頃。チームとしても変革を遂げる少し前にポジションを掴んでいく。 そのランパードは定着を果たすと、ユーロ2004ではレギュラーとしてプレー。大会3ゴールを挙げて、ベスト11に選ばれることに。その後のドイツW杯予選では5ゴールを挙げるなど、イングランド代表のW杯出場に大きく貢献する。 その頃、チェルシーはモウリーニョ監督の下でプレミアリーグ制覇を達成し、ランパードとしても乗っている時期と重なっている。 イングランド代表としては2010年の南アフリカW杯、2014年のブラジルW杯にも出場。その後に引退を表明しているが、106試合で29ゴールを記録。歴代10位のゴール記録であり、攻撃的なポジションではない選手では最もゴールを決めている選手となっている。 <span class="paragraph-title">◆類稀なる得点力を備えたオールラウンダー</span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJvM2hRUGZHcyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> そのランパードは、チェルシーでも当然輝きを放つ。2005年にはバロンドール、FIFA最優秀選手ともに全体の2位という栄誉を得る。なお、どちらも元ブラジル代表MFロナウジーニョが1位だった。 またクオリティの高いプレーもさることながら、愛称の“鉄人”が示す通り、プレミアリーグでは164試合連続出場記録を樹立。それまでは元イングランド代表GKデイビッド・ジェームズが保持していた記録であり、フィールドプレーヤーが達成するのは異例だった。 その後もチェルシーの中心選手として君臨し続けたランパード。プレミアリーグで3回、FAカップで4回、EFLカップで2回と国内で9つのタイトルを獲得。さらに、チャンピオンズリーグとヨーロッパリーグを1度ずつ制しており、クラブの黄金期を支えた。 それはタイトルのみならず、個人の成績でも大きく貢献。公式戦通算648試合に出場し211ゴール150アシストという大記録を樹立。出場数は同時期にプレーした生え抜きのDFジョン・テリーに次ぐ2位、ゴール数は名だたる名FWを差し置いてダントツの1位となっており、まさにクラブのレジェンドそのものとなっている。 しかし、成績とは裏腹に、あまり目立たないのがランパードの真骨頂と言えるだろう。同時期に同ポジションを争ったリバプールのMFスティーブン・ジェラードはスター選手として早くから扱われており、リバプールというクラブに出てきた期待の若手というのが大きな要因といえる。 一方で、選手としての能力だけで見れば、ランパードの方が優れているという声も多く、なんでもこなせるハイスペックなオールラウンダーとして評価。得点力、アシスト、さらには中盤でのタイトな守備や泥臭いプレーなど、全てにおいて高い能力を誇り、さらにはケガをほとんどしないことで愛されていた。 <div id="cws_ad"><hr>イングランド代表でも活躍し、チェルシーのレジェンドとして歴代最多ゴール数を誇るランパードが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>盟友のDFジョン・テリーやMFスティーブン・ジェラードと共に現役時代に魅せたゴールが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。</div> <a href="https://ryan.onelink.me/C7cD?pid=worldsoccer2110&c=worldsoccer2110&is_retargeting=true&af_inactivity_window=3d&af_dp=ryan.app%3A%2F%2F&af_web_dp=http%3A%2F%2Fsakatsuku-rtw.sega.com%2F" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20211013.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> 2021.10.13 20:00 Wed
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