【六川亨の日本サッカーの歩み】寝台車が1時間も早く逆方向へ出発

2018.07.10 20:00 Tue
▽ロシアW杯は、7月9日はレストデーということでつかの間の休息。残すは10日、11日の準決勝2試合と、14日、15日の3位決定戦と決勝戦のみとなった。ここまで来ると、長丁場のW杯も「あっという間だったな」というのがいつもの感想だ。
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▽今回のW杯はヨーロッパで開催されたため、国内移動に飛行機は一度も使わず、すべて寝台車を利用した。順を追って紹介すると以下のようになる。▽6月18日 カザン→サランスク 00:54発 翌日09:54着 8時間
6月22日 カザン→エカテリンブルグ 20:08発 翌日10:22着 14時間14分
6月25日 エカテリンブルグ→カザン 08:12発 21:37着 13時間25分
6月26日 カザン→ヴォルゴグラード 12:21発 翌日11:48着 23時間27分
6月29日 ヴォルゴグラード→モスクワ 10:20発 翌日10:38着 24時間18分
7月1日 モスクワ→ロストフ 12:20発 翌日11:19着 23時間
7月3日 ロストフ→モスクワ 14:30発 翌日07:35着 17時間5分
7月5日 モスクワ→カザン 23:08発 翌日10:45着 11時間37分
7月8日 サマラ→モスクワ 03 :42発 22:25着 18時間17分
▽これにあと2日、モスクワ-サンクトペテルブルクの2往復があるが、こちらは近距離のため乗車時間はそれほど長くない。上記の移動時間を合計すると、6日と9時間18分ほどを寝台車で過ごした計算になる。車中では、同乗者がいなければコンパートメント(上下2段ベッドの4人乗り)の机で仕事ができるが、同乗者がいればそうはいかない。さらに停車した駅以外ではネットがまったく通じないため、ほとんどの時間を寝るか本を読んで過ごすしかなかった。

▽車中ではロシアやポーランドのサポーターと同室になることも多く、彼らは一様にコロンビア戦の勝利やセネガル戦の引き分けを讃えてくれた。そんな寝台車の移動で、一度だけトラブルに見舞われたので、恥を承知で公開したい。
▽寝台車に乗る際は、乗り場で乗車券(A4の予約表)とパスポートを提示し、係員がリストと照合してからになる。忘れもしない6月19日、いつものように早めに駅に着くと、目的の列車が発車するプラットフォームを確認。すでに列車が到着しているので、乗車券とパスポートを係員の女性に提示すると、「コンパートメントは1号ね」と親切に教えてくれた。

▽今回の移動はカザンのアパートを引き払い、モスクワのアパートに移り住むため大型と小型のスーツケース2個を持参だ。このため早めにスーツケースをコンパートメントに運び込み、駅のホールに戻って水と昼食用の菓子パンを買って自分のソファー(兼ベッド)に戻って一息ついた。

▽すると、出発まで、あだ1時間はあるのに、突然列車が動き出したからビックリ。この寝台車には記者仲間も乗るため、急きょ出発が早まったなら連絡しないといけない。そう思いつつ目の前のロシア人夫婦に「モスクワ行きですよね」と確認すると、なんと返ってきた答は「ソチ行きだよ」という。

▽寝台車を乗り間違えた! 1本前の列車だった。その瞬間、頭の中は真っ白。「取りあえずヴォルゴグラード1駅に戻らないといけない」――そう思い乗務員に次の停車駅と時間を聞くと、「今夜の0時過ぎにソチに止まるまで、ノンストップよ」と言われてしまった。さらに、「ソチから寝台車でモスクワに行くなら到着は7月3日の深夜1時になるわ」と言いつつ紙に書いてだめ押しの一撃。これでは2日の日本対ベルギー戦に間に合わない。

▽モスクワにスーツケースを置いてからロフトスへ移動するのが本来の目的だ。そうした事情を知らずに集まってきた女性乗務員たちは、口々に「日本の次の試合会場はロストフでしょ」とか、「なんで直接ロストフ行きの列車に乗らなかったの」と(たぶん)言ってくる。もうお手上げ状態だ。

▽するとそこへ、乗車の際にパスポートと乗車券をチェックした英語の話せる女性乗務員が顔を出したので、持っている乗車券を見せると自分の間違いに気づいたようで、右手を額に当て「Oh、No」といった(かどうかは分からないが)感じで顔を曇らせる。

▽そこで、ヴォルゴグラードからモスクワへ行き、さらにモスクワからロストフへ行く予定であることを、予約してある乗車券を示して説明しつつ、スーツケースをモスクワでドロップすることを伝えた。彼女も理解してくれたようで、一度姿を消して待つこと10分。戻って来た彼女は「次の駅で停車するので、そこで降りて。そこからバスかエレクトリック・トレインでヴォルゴグラード1駅に戻りなさい。列車を降りたら駅員にこの紙を見せて」と、破ったノートにロシア語で走り書きしてくれた。

▽あとでロシア語を読めるカメラマンに訳してもらったところ、そこには「私はヴォルゴグラード1駅に戻る必要があります」と書いてあるとのことだった。

▽止まるはずのない駅で降りると、すでに降車口には2人の駅員が待機していて、スーツケーを駅舎まで運んでくれる。そして駅舎に入ると女性が待ち受けていて、パスポートとIDを確認しながら英語とロシア語の氏名を書き写すと事務所へと消えた。その間、待つこと5分、スマホで顔写真も撮影された。

▽やがて戻って来た女性は、次の電車の最後尾に乗るよう身振り手振りで示してくれる。乗ったら乗ったで、車内の添乗員が「スーツケースは出口に置いておいていいから、こちらのシートに座って」と同じく身振り手振りで示してくれた。

▽初めて乗ってみて気づいたのだが、これはガイドブックで紹介されていた市内近郊を走るエレクトリーチカ(電気電車)という電車で、長距離の寝台車が止まる駅ではない。間違いに気づいた女性乗務員は、間抜けな日本人のために寝台車を急きょヴォルゴグラード1駅に戻れる駅に緊急停車し、その後のフォローを駅の乗務員に託してくれたのだった。

▽無事、ヴォルゴグラード1駅に戻ると、ここでも降車口に3人のボランティアが待っていた。リーダーらしき女性に付き従い切符売り場に案内されると、「新たに乗車券を買う必要があるけど買いますか」と言うので「ダー(イエス)、ダー」と連呼。すると彼女は番号札を引き抜き窓口に行って係員と一言二言かわすと、いきなりデジタル表示がいま引き抜いたばかりの番号に変わり、待つことなく乗車券を買えた。

▽当初の乗車券はヴォルゴグラード10時20分発でモスクワ到着は翌日の10時38分だった。新たに購入した乗車券は3等列車のため6人乗りの寝台車と狭かったものの、15時30分発なのに、モスクワには翌朝の7時過ぎに到着する。8時間近い短縮だ。

▽無事にモスクワ行きの寝台車に乗れて、改めて彼女の機転とその後のフォローには感謝せずにはいられない。列車を降りるたびに駅員やボランティアが待ち受けていて、先導して案内してくれる。ちょっとVIPになった気分もしたが、むしろ1人で初めて海外旅行する小学生を、行く先々でキャビンアテンダントがフォローしたと言った方が正しいかもしれない。

▽彼女、彼らには別れ際に何度も「スパシーバ(ありがとう)」と繰り返したのは言うまでもない。

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