【クラッキーの実況席の裏側】“他とは違うオリジナリティ”人気アナウンサー・倉敷さんの人物像に迫る:後編

2017.11.26 12:00 Sun
©超ワールドサッカー
▽インターネットでのスポーツ中継が広まり、サッカー観戦がより身近なものになってきた。そんなサッカー中継で欠かせないものの1つが実況ではないだろうか。
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▽今回超WSでは、20年以上もアナウンサーとして活躍し、ワールドカップ決勝でも実況として活躍されているクラッキーこと倉敷保雄さんにインタビューを実施した。前編ではアナウンサーを志した学生時代、スポーツ中継がなく趣味の音楽にのめり込んだ福島での活動。さらに文化放送の記者として国会、警視庁、裁判所での取材など、サッカーとは大きくかけ離れた世界の話を伺った。▽後編では倉敷さんの人生の転機となった1992年について語ってもらい、いよいよサッカー中継と関わっていく。さらに2002年の日韓ワールドカップ決勝から得た充実感やアナウンサーとしての失敗談。さらに休日の過ごし方など多岐にわたって語ってもらった。
◆人生の転機となった92年
――文化放送での貴重な体験を受けて、次はどのような仕事に就かれたのですか
「スポーツの勉強をし直そうとまた野球場に通っていました。それが92年。Jリーグが誕生すると聞いて、もしかしたらという漠然たる気持ちもありましたが、ただ、サッカーの勉強はそれほどしていませんでした。局アナ時代にサッカー中継には参加できないと早くから諦めていたからです」

「その理由は当時のサッカー中継は日本テレビ系列の高校サッカーと、NHKの天皇杯くらいしかなかったからです。日テレ系列に入るか、NHKに入るか、どちらも出来なかった時点でサッカー中継は諦めていたんです。ただ92年にはJリーグ開幕に先駆けて衛星放送の黎明期が始まっていました。先駆けがスポーツ・アイです。僕はちょっとしたきっかけでそこと仕事ができるようになるんです」
「大学の同級生で、アナウンス研究会の同期だった女性がいて、彼女は一般商社に勤めていました。その職場に英語の先生が来ていました。その先生の本職はスポーツの番組を作る事で彼女がアナウンス研究会にいたと話すと実況のできる人はいないか?と尋ねてきたそうです。『倉敷くん、やれる?』と聞かれて『紹介して』、と。スポーツ・アイは海外スポーツを中心とした放送を始めようと準備している段階でした。その英語を教えていた先生は芸能界で活動されていたキャロライン洋子さんのお兄さんの倉地 ウィリアム 浩さんという方で、彼もNHKの『レッツゴーヤング』などに出ていた元芸能人でした。倉地さんとお会いして『海外サッカーを中心に番組を作ります。放送を手伝っていただきたいのですが、サンプルはお持ちですか?』と言われ、困ったなと思いました。サッカーの中継をしたサンプルは1つもなかったからです」

「それが93年でした。Jリーグが開幕した年ですが、僕はアルバイトなど他の仕事をしながら憧れとしてJリーグ中継を観ていた頃でした。時を合わせるかのように、『ライオンズナイター』を手伝っていた制作会社の方から電話がかかってきました。Jリーグ中継を制作することになったけど人手が足りない。君、サッカー中継もできるよね?という願ってもいない誘いでした。『できます。もちろんです』と即答しました。嘘だったんですけど(笑)。チャンスを逃したくないのでにわかにサッカーの勉強を始めます。依頼された試合はいきなり生放送でした(笑)。しかも当時のJリーグは放送したものをセルビデオにして売っていました。自分が初めて実況したものが売られている。いいのかな?大丈夫かな?なんて思いながらも、振り返ることはせず、ダビングを分けてもらい、それを倉地さんに持っていったのですが、見もしないで『ではお願いします』と言われて拍子抜けしました(笑)」

◆初めての海外取材、オランダで掴んたオリジナリティの創出
――いよいよサッカーのアナウンサーとしての倉敷さんが登場するわけですね
「そこからが僕のサッカー実況のキャリアです。当時はJリーグ中継を担当することは殆どなく、メインは海外サッカーでした。最初に担当したのがブラジルリーグとオランダリーグでこの2つが僕の基本です。南米と欧州ですね。ブラジルサッカーは向笠直さんというブラジルサッカーが大好きな大家がいて、その方にポルトガル語のサッカー用語も教えてもらい、こういう表現をしない?と唆すようにリクエストも頂きました。もう一人の師匠筋にあたるのが日産などで活躍された元サッカー選手のマリーニョさん。お二人に何を教わったかというと、まず『これくらいのレベルのシュートやゴールで絶叫するな』でした。そしたら僕は非絶叫系になっていってしまったのですが(笑)。つまり感心すべきレベルで初めて心からの声を出せ、大したことのないプレーでガタガタ騒ぐな。本物はこんなものじゃないよと教わりました」

「ラテンのサッカーは技術も文化もツッコミどころ満載で、どんどん南米サッカーに惹かれていきました。もう1つのオランダサッカーは、当時の欧州を代表するベーシックな文化でした。海外に初めて取材に行ったのもオランダでした。自分が担当するオランダサッカーを観てみたい、取材したい。現地を見ないと説得力もないと思い、取材申請をしてオランダ代表戦をアムステルダムで観ました。印象的だったのは試合より記者会見です。記者は大した質問をしません。つまらない質問だけです。どこで他社との差別化をするのかな、と思っていたらぶら下がり取材でした。自分だけのネタが欲しいから個別に捕まえて話を聞く。今では当たり前のことだと思っていますが、日本のスポーツ新聞は未だに同じ様な一面になりますね。僕は日本の取材現場も知っていますが個別の取材をせずに口裏を合わせて誰かが聞いてきたことだけを書く記者もいる。無難も良いけど、取材する権利を与えられているメディアは競争すべきだと思っています」

「そう考えるから、僕は外れていくんですかね(笑)。コンプレックスと経験、人との出会いからいろいろなものをつまみ食いしてきたことが僕のこれまでです」



◆「日韓国W杯の決勝戦で喋れたことが自分の中でのステータス」
(C)CWS Brains,LTD.
――前途多難な道のりでしたが、晴れてスポーツアナウンサーの職業に就かれて20年以上が経ちました。これまでに達成感や充実感はありますか
「達成感とは違うのですが、Jリーグの会場に行くたびに、現場でサッカーの実況ができる喜びはありますね。遠回りをしましたが、この放送席には自分のための場所がある。実況って他のスタッフよりちょっとだけ大事にしてもらえるんです。一応、出演者ってことで。その分僕はスタッフの方々に感謝の気持ちを忘れないようにしています。音声さんやカメラさん。みんなで作り上げるのは一人でラジオを作っていた頃とは違った充実感があります。そういう自分の居場所があるのは楽しくて。コメントの内容には賛否両論あるでしょうけど、意見を言い切らないなら話題にさえのぼらない。それはパーソナリティの覚悟だと思うんです。テレビのサッカー中継はテレビなんだけどラジオ的な、モニターの向こうにいる人を意識しながらやっています」

「僕は相当な方向音痴なので、現場に出かけるまでは嫌で、かなりの出不精ですが、着いて準備さえできてしまえば、こんなに楽しい時間はないと思っています。毎回の放送が楽しみで仕方ないです。遠足もそうでした。子供の頃は行きたくないと駄々をこねていても、行くと一番はしゃぐタイプでした(笑)」

「もし、スポーツアナウンサーにとっての達成感という話であればステータスを感じられるラインがあると思います。例えば大会の決勝戦をしゃべった、五輪でしゃべったとかですね。僕の場合は2002年ワールドカップの決勝戦をスカパー!のライブ中継で原博実さんとご一緒しましたが、この時は一つの達成感を感じました。スポーツの実況者にはなれないと思っていた自分が、日本と韓国で開催されたワールドカップの決勝戦をスタジアムで喋っている。ワールドカップに於ける日本代表の初勝ち点、初勝利も自分の口で伝えられました。この仕事を引き受けてよかった、誘っていただいてありがたかったと、後からしみじみ感じましたね」

「達成感や充実感と引き換えにその時は虚脱感も凄かったですね。日本各地の会場を回って、家に着替えを取りに帰って、またすぐに出かける。その繰り返し。しかも現在のように資料映像を手軽に持ち運べる時代ではないですから大変でした。まだビデオテープの時代です。担当するチームの直前の試合を行く先々のホテルでどうやって見るか?ビデオデッキを持ち歩いて、テープは届けてもらって、ホテルに着くたびに『端子はありますか』とフロントに聞く。端子がないとなるとスカパー!の方にテレビまで届けてもらったりして。それが2002年です。そこからの15年間ってすごい進化ですね(笑)。今なら全く問題ない。タブレットやスマホで見られる時代ですもん。そこは楽になりましたね」

◆失敗体験の中で見つけたアナウンサーとしての幅
――逆に失敗体験はありますか
「資料を忘れたことがありました。全部。生中継なのに。カバンを開けると何も入っていない。どうしようかと青ざめました。気付いたのが放送30分前。本当にパニックでしたね。今のようにメールでもらうわけにもいかない時代でした。あの時はどうやって乗り切ったのかな?(笑)。とりあえず解説を最大限に活かしました」

「ただ、普段自分が5段階あるうちの「4」でやっているとしたら、「4」から下に落とすことは簡単です。どうあがいても「3」にしかならない状態になったわけですから「3」の中継をしようと切り替えるテクニックがあります。ギリギリセーフの「可」を目指すずるいテクニックを実況者は誰も持っているはずです。困った時に使えるテクニックの一つが『これはどうですか』と解説者に振るというNHKの山本浩アナから教わったメソッドです。もっともトラさん(山本浩アナのあだ名)ほど効果的には使えません。トラさんのことも勝手に師匠筋と慕っていますが、遥か雲の上の存在ですからね。」

◆休日に見る倉敷さんの“良いものを作る”思い
――ここまではアナウンサーとしての倉敷さんのお話をお伺いしましたが、普段の倉敷さんを知らない方が多いと思います。実際に休日などは何をなされていますか
「できるだけ文化的欲求不満を解消しようとしています。中継に臨むに当たってはサッカーにかけるのと同じだけの時間を別のことにかけた方が良いものを作れると考えるからです。アルバム一枚分だけ音楽を聴いたり、本を一冊読んだり、ドラマを一本見たり、どこかに出かけたり、誰かと話したり。そんな程度のアプローチですけどね」

「スタジアムに着くまでに一曲聴いておく。すると中継に使えるかもしれないフレーズが心に残ることがあります。音楽とサッカーをつなぐアプローチですけど、前挨拶でワンフレーズを差し込んで使うことも多いんです」

「サッカーはインターナショナルスポーツです。どこの国にも競技者がいて、身近な話題になっている。その国の文化と密接に結びついています。『人類の文明は川ができると人が集まる。するとまず教会ができて、次に人々はボールを蹴り始める』。海外のサッカー好きがよく話すたとえ話ですが、確かにサッカーほど地域に根差していて、歴史のある娯楽はそうはありません」

「そう考えると歴史、音楽、食文化、建築などいろいろな切り口からサッカーが語れます。『ダヴィンチ・コード』という映画を観ることで舞台となったイタリアの街とクラブチームの話題をシンクロさせられる。ローマやフィレンツェに出かけたくなったサッカーファンがいるかもしれない。サッカーには興味のなかった旅行好きがサッカーを見てみようと思うことだってあるでしょう」

「サッカーの制作現場にはサッカーだけが好きというスタッフも少なくないんです。だから僕は若いスタッフに『サッカーだけ見ているとサッカーの面白い番組はできない。サッカーと同じだけ違うことで遊んでこそサッカーの面白さが伝えられるよ』と口癖のように繰り返しています。もはや老害です(笑)」

◆現場とテレビではそれぞれの良さがある
――最後に実況者として、一人の人として倉敷さんが考えるそれぞれのサッカーの良さはどこにありますか
「サッカーの良さはいくつかの異なる見方で楽しむことで広がることを伝えたいですね。例えばオフチューブで見るサッカーとスタジアムで観戦するサッカーはまるで違います。オフチューブ、つまり映像を現場からスタジオに送ってもらってコメンタリーをつける中継ではスローVTRが入って細かいテクニックを楽しめます。ボールコントロールのテクニックなどですね。メッシは、ダブルタッチを行う時にスパイクのどこにボールを当て、どう筋肉の緊張を強めたり、緩めたりしているのか?高画質の番組ならきれいな画面で繰り返し見られる、大きな画面なら尚更です。視聴者の方は知識が増えるのが好きなんです。技術解説や戦術解説、それが、オフチューブが進むべきひとつの方向性です。サッカーのリテラシーをあげるのに海外サッカーなどのオフチューブ放送を楽しんで欲しいと思います」

「一方で、テレビでは伝えられない致命的なものがスピード感です。一流チームのパス回しのスピードはテレビでは伝えられません。例えばカンプノウでバルセロナのサッカーを観戦すればパスレンジの長さとスピードに感嘆すると思います。足元から足元へ、30m級のパスが、パスを送る味方の利き足に正確に渡っていく。ため息が出ますよ。あれをスタジアムで見てしまうとテレビでは物足りない。その凄さをスタジアムで確認してからまたテレビで見て欲しいんです。贅沢ですけどサッカー観が変わりますよ、きっと」

「スタジアムで見て、ピッチで起こっている多くの意図や戦術に気付ける監督並みのスペシャルな観戦者が海外にはたくさんいる。僕ら日本のファンもいずれそうなるために、まずはテレビ観戦でリテラシーを上げるお手伝いがしたい。でも、自分も含めて、僕らスタッフはディレクターもカメラマンも海外と比較すれば競技の理解度がまだまだ足りないと思います。全員が揃ってその競技の理解度をあげれば、もっと違った映像、違った角度、違ったスイッチング、違ったコメント、違った解説ができるはずです。まだまだスポーツ中継は進歩できる余地が大いにあると思っています。テレビで見る面白さと、現場で見る面白さの両方を楽しんでもらえるために頑張りたいです」

▽数々の苦難を乗り越えながらも、その先々で人との出会いやあらゆる経験からオリジナリティである“人と違うこと”を行ってきた倉敷さん。最後にはテレビで観るサッカーと現場で観るサッカーの違いに関する今後の課題を口にしてくれた。次回は、百戦錬磨の倉敷さんに、実況者として観る“サッカーの視点”について語ってもらいます。

◆倉敷保雄さん『スポナビライブ』出演情報
▽11月29日(水)
25:54〜
[LIVE]ストーク・シティ vs. リバプール
解説:ベン・メイブリー 実況:倉敷保雄



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