【東本貢司のFCUK!】多すぎるイベントが孕む不安

2017.05.24 12:05 Wed
Getty Images
▽渡航の予定はない。それでも思わず背筋に冷たいものが走った。実にいたましく、かつ悩ましいことである。このタイミングで発生したマンチェスターのテロ事件。ターミナルのヴィクトリア駅前にある「マンチェスター・アリーナ」は、音楽コンサートだけでなく、テニスなどのスポーツイベントも催される屋内多目的施設だ。ISがバックにいようが何だろうが、何か荒っぽい“リハーサル”もあるいは“警告”の臭いもする。すぐにウェンブリーでFAカップ決勝が行われるし、チャンピオンズ決勝はカーディフのミレニアムが舞台だ。と思わせておいてヨーロッパリーグ決勝の地、ストックホルムを標的にする可能性もある。たった一人の自爆でも、イベント終了後に観客がどっとあふれる場外を狙われてはたまらない。多数の死者を出したテロ事件発生の報を受けて即、ウェンブリーのセキュリティー強化を打ち出したのは当然。あの、パリ同時多発テロ、サン・ドニ事件を思い出す。ドルトムント一行のバスに災禍を見舞った“模倣犯”の心配もしなければならない。

▽そんな中、アーセナルとマンチェスター・ユナイテッドはシーズンを締めくくる“重要きわまりないラストマッチ”に臨む。両者はともに“すでに”ヨーロッパリーグ出場権を確保している。FAカップのアーセナルは勝っても負けても“収穫”に変化が生じない。だが、悩ましいのはアーセン・ヴェンゲルの、あたかもタイトルを獲れなければ身を引くと言わんばかりの宣言、「カップファイナル後に“結論”を出す」。そして「たとえ(アヤックスに)敗れても失敗のシーズンだったとは思わない」という、ジョゼ・モウリーニョの“自己評価”。ユナイテッドの勝ち負けには、この世界では“天地”の違いほどに相当する“十字架”がかかっているとはいえ、両者がともに失意を引きずる羽目になった場合、来シーズンに向けての展望、強化に甚大な影響を及ぼすのは、ほぼ衆目の一致するところだからだ。だからこそ、もし、ゲームに、プレーに集中できなくなるかもしれない脅威が漂っているこの状況が実に悩ましい。逆に“言い訳”の端くれにはなる? 冗談じゃない。すでにアンダーエイジの大会も始まっている。“標的”の行く先は予測すらつかないのだ。
▽不安ばかりにとらわれていても仕方がない。冷静に状況を“斟酌(「忖度」じゃない!)”する立場を再確認しよう。アーセナルとユナイテッドはともに「勝つ」。希望的観測ではない。かかっているものの重みが違うからだ。ユナイテッドのクラブ・シーズン最優秀プレーヤーに選ばれたばかりのアンデル・エレーラは言う。「勝ってこそだ。それで我々は前を向ける。もしそうならなかったら、なんて考える余裕はあり得ない」。それはチームメイトの誰しもが同じ思いだろう。負傷中のイブラヒモヴィッチも何くれとチームの意識向上に余念がないという。チャンピオンズ“復帰”が叶わなくなった場合、ハメス・ロドリゲスやアントワン・グリーズマンが来てくれないかもしれない、などという心配など、ただ周辺が騒いでいるだけにすぎない。いい加減にしろ、である。あえて言うならば、ジョゼのためですらない、ジョシュ・ハロップ、アンヘル・ゴメスら次代のホープのために、彼らは「勝つ」のである。新星たちの出番はまずありえない。しかし、たとえストックホルムに帯同せずとも、ハートとスピリットはともにある。それがチームというものなのだ。

▽アーセナルについても、傍であれこれ言うほど“心配”はしていない。彼らはヴェンゲルのためにではなく、クラブの明日のために「勝つ」。仮にも、サンチェスの、エジルの心に何等かの躊躇、「もし」の腹積もりがあるのだとしたら、すでに彼らはガナーズの一員でも何でもなくなっている。そもそも、プロではない。コシェルニーの出場不能もむしろ団結と必勝の気概の掛け替えのない力になる。例えば、リーグ最終戦、退団するジョン・テリーの「26分の交代」が、賭け絡みの“出来レース”ではなかったかという“冷やかし”など、間違っても真に受けてはならない。せいぜい、ブリティッシュ流ジョークで笑って済ませればいい。「言霊」とか「事前の禁句」というものは、日本人以外には一切通用しない。あえて今回はエモーショナルな物言いをしているが、それはとりもなおさず、このスポーツが「個(の力)」で成り立っているのではない、ということを再確認してもらいたいからだ。誰が抜けて誰が入ってこようと、些末な問題でしかない。どうか、ファンを自負する皆さんには、知ったかぶりの他人事めいた評論に惑わされないでいただきたい。

▽しかし、それにしても気が付くと、フットボールイベントがやたらと多すぎはしないだろうか。プレーヤーたちにしてもそうだが、ファン(観客/観覧者)にしたところでほとんど目が移り、それこそ目が回る。派生する問題も少なくないIT業界に比べて、世界に冠たる優良で商業的うまみも大きい業界だからこそ、統括/運営母体はもう少し冷静に足元を見直してもらいたいと思うのだが・・・・。独り勝ちになってしまわない配慮を、必要以上にでも“斟酌”していってもらえないのかと危惧するのは筆者だけなのだろうか。グローバル・テロリズムの標的になりやすい状況について、今こそ立ち止まって見つめ直すべきではないのか。ならば、例えば、W杯、ユーロ、ヨーロッパ交流リーグなどの国際大会の拡大ではなく「縮小」こそ、その確たるメッセージになりえないだろうか。まるでゲーム感覚さながらに、戦術やスキルや移籍金の額やクラブの資産価値やらを語る風潮が、実は最近とみに鬱陶しくなってきてはいないか。マンチェスター・アリーナの悲惨で許しがたい事件を耳にした今、そのことに改めて強い疑問が湧き上がる思いである。是非に善処を。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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