【東本貢司のFCUK!】ヴェンゲル放逐の大いなる罪

2017.03.09 11:30 Thu
twitterfacebookhatenalinegplus
photo
Getty Images
▽数字は正直だ。確かに、アウェイのファーストレッグと寸分違わない最終スコアは屈辱的だろう。だが、その(合計)「2-10」の“字面”にとらわれすぎてはいないか? 一部の“比較的まともな”メディアは、同点ゴール(レヴァンドフスキのPK)が決まった直後から、アーセナルイレヴンの戦意がみるみる萎んでいった結果、「17分間」に立て続けに4ゴールを失ったと“分析”している。要するに、ガナーズの面々のプレーぶりは明らかに(哀しむべきことに)投げやりになってしまっていたということだ。さらに、ヴェンゲル自身「(それまでは)台頭以上に戦っていた」と述べ、敵将アンチェロッティもそれを認めている。ならば、この大敗の責任は誰でもない、プレーヤーたちにこそあるはずだ。ところが、メディアも、大半のアーセナル・フェイスフル(=忠実なサポーター)も、口を揃え、さも当然のように「ヴェンゲルのクビ」を声高に叫ぶ。批判や揚げ足取りが仕事のメディアはともかく、ファンまで即物的なシロウトよろしく“背を向ける”とは驚いた。

▽百歩譲って、この期に及んでは「リフレッシュ」、もしくはある元プレーヤー曰く「クレンジング」つまり「洗い清める」ための、監督交代要望も一つの手ではあろう。たまたまにしろ(?)、ラニエリを切った直後のレスターが蘇ったかのように連勝を収めた事例を見たばかりでもある。嗚呼、しかし、なんと思慮の浅きことだろうか。たとえ、もしも仮にここでヴェンゲルにご退場いただき、誰が引き継ごうと(おそらく、暫定的にスティーヴ・ボウルド辺りになるのだろう)、そして残り10戦あまりのリーグ戦で“快進撃”を続け、唯一の希望となったFAカップを制してみせたところで、ではそのあとはどうする? アレグリ? まさかとは思うが、彼をコンテの“二番煎じ”と錯覚はしていまいか? 少々うんざりした気分で「探索」してみた。そしてやっと見つけた。「現実」を最も正しく理解していると思われる意見を。アーセナル・レイディーズ(アーセナル女子チーム)の前キャプテン、レイチェル・ヤンキー。「ヴェンゲルを切って、それで誰が? 誰をつれてくるというの? 彼以外にこの逆風を受けて立つことができる人がどこにいると?

▽そして、何よりの“証明”は他でもない、アーセナル・ディフェンス陣からの“叫び”、「すべては自分たちの落ち度。我々は全員、アーセンを今までと変わらず、信頼し支持している」。なぜ、彼らがそう主張するのか。これもたまたまだが、拙訳『インヴィンシブル~アーセナルの奇跡』を読めば、その意味がわかるはずだ(これ、決して本の宣伝ではありません、念のため)。アーセン・ヴェンゲルという人物が、いかに優れた異能の指導者、メンターなのかを、彼らは誰よりも肌身をもって知っているからだ。では、なぜあの2003-04シーズンを最後に、ヴェンゲルのアーセナルがリーグ優勝に届かないままでいるのか。ロマン・アブラモヴィッチの登場がリーグの地平をそっくり変えてしまったからだ。誤解のないように言っておこう。決して、ラニアリ(!)が、ジョゼ・モウリーニョが、アンチェロッティ(!)が、監督としてヴェンゲルよりも優れていたからではない。決して彼らの“戦術(論)”がヴェンゲルのそれよりも優れていたからでもない。この単純明快な事実がわからない(ふりをしている?)評論家やメディアは「ヘボ」である。

▽と、ここまで書き進めて、ふと「どうなったかな」とニューズサイトを覗いてみると・・・・とんでもないドラマの結末が飛び込んできた。終了2分前(正規タイム)からの3得点でバルセロナ、奇跡的な逆転勝利! 大したものだが、パリSGのディフェンスも何やってんだかと思う一方で、これじゃアーセナルへの風当たりもさらに・・・・? いいや、むしろ現実がもっとあからさまに明白になったと考えたい。先制点がスアレス、崖っぷちからの起死回生の2ゴール(うち1点はPK)がネイマール。いざとなった局面で“不可能”を何とか可能にしてしまう、名前も実績も、そして何より動いたカネも桁違いのプレーヤーの(それも複数の)存在・・・・。ヴェンゲルがそのポリシーにおいて決して良しとしない、出来上がった大物プレーヤーの大挙補強が、やはり最後にモノを言う“味気ない”時代。なるほど、グアルディオラがメッシを喉から手の出るほど欲しがるはずだ、ユナイテッドがロナウドを買い戻したくなるはず、それらをチェルシーが虎視眈々横取りを狙うはず?

▽だが、そんな阿漕な“物量作戦”がいつまでもまかり通っていいはずがない。もうお忘れか。“手作りミラクル”レスターの快挙をもろ手で喧伝した大はしゃぎぶりを、アカデミー上がり主体で長く牙城を守り抜いたファーギー・ユナイテッド、そのハイライトとしてドイツ中の精鋭を揃えたバイエルン(!)を劇的にうっちゃってみせて果たしたトレブルのしびれるような快感を、0-3から大豪ミランをイスタンブールに葬ったリヴァプールの気骨を、ほぼ「未完」と「無名」で始まったヴェンゲル・アーセナルの歴史的“インヴィンシブル”をーーー。そう、チェルシー、シティーにレアル、バルサ、パリSGに倣ったカネ太りチームを作って、それでヨーロッパを制したところで何か誇れるものがあるだろうか。以前にも述べたように、名前が入れ替わってもおかしくも何ともないチームばかりがチャンピオンズの歴代覇者に名を連ねて、何が名誉か。そのためにも、アーセン・ヴェンゲルにはその信念と信義を貫いてもらいたい。願わくば引き続き・・・・エミレイツにて。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
コメント