【東本貢司のFCUK!】真のフットボール人、その死

2017.01.15 17:31 Sun
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Getty Images
▽1994年はワールドカップ本大会の舞台が史上初めてヨーロッパ・南米から飛び出した、いわば、その後のグルーバリゼイションの先駆けとなった歴史的大会だった。しかし、ワールドカップ通の記憶に最も色濃く刻まれているのは、ひょっとするとヨーロッパ予選が見た予想外のドラマの方だったかもしれない。確かに、カントナ、パパンら時代を席捲する精鋭を揃えて前評判の高かったフランスが、最終戦終盤、ブルガリアの奇襲に逆転負けを喫した事件は鮮烈だった。そしてそれ以上にショッキングだったのが、“母国”イングランドの無残な予選敗退。なんとなれば、世にいうヘイゼルの悲劇の“後遺症”で長らく国際舞台からの撤退を余儀なくされ、それが解けたばかりの前回イタリア大会で堂々のベスト4、PK戦にもつれ込んだ準決勝・西ドイツ戦の死闘は今も語り種、かつ、超新星ポール・ガスコインが流した涙が、停滞模様のイングリッシュフットボール再生の象徴ともなった。そんな復権の希望が、アメリカ大会予選でものの見事に吹き飛んでしまったのだ。

▽そんな失意のスリーライオンズを率いていたのが、この12日、72歳で急逝したグレアム・テイラーである。おかげで、テイラーには「史上最悪のイングランド代表監督」なるレッテルがつきまとうことになってしまったのだが、その一方で彼ほどブリテン島で愛され、敬意を集めた指導者もそうはいない。そもそも代表監督に抜擢された所以というのが、1977年から指揮を執ったワトフォードにおいて、わずか5年で4部から1部(=現在のプレミアリーグ)準優勝まで駆け上った功績、さらにその後アストン・ヴィラに転身してここでもミッドランズの名門を2部からの復活に導いたことにあった。ワトフォードとヴィラはともに、彼が現役時代を過ごしたクラブであり、この土曜日(14日)、ミドゥルズブラを迎えたホーム、ヴィカレッジ・ロードは「クラブ史上最高の監督」テイラーの追悼一色だった。愛着の深い、てしおにかけて育て上げたクラブチームでの成功が、寄せ集めの精鋭をほんの一時手なずけるだけの代表での仕事には“そぐわない”典型だとも言える。

▽筆者もよく知らなかったが、テイラーに対する敬愛の念は、単にワトフォードやヴィラのファン層にとどまってはいなかったようだ。その根拠は、彼のフットボールに対する深甚な愛情や博識のみならず、彼の知己を得た誰もがほだされてしまう人間的魅力にあったという。ワトフォード時代、同僚およびコーチとして長年付き添ったジョン・マレイが「できることなら彼に成り代わりたかった」と証言するほどに。「温厚で人懐こく気取りのまったくない」テイラーはまた、話好きで、誰彼分け隔てなく年来の友人同然に交流し、何ら隠し事もせず、裏表の一切ない愛すべき人格の持ち主だった。マレイによると、一面識もなかったテイラーの妻子について、いつの間にか長年家族ぐるみの付き合いをしてきたかのような錯覚に陥ったほどだという。代表監督としての失敗後、大手TV局のコメンテイターとして招かれたテイラーは、その溢れんばかりの愛情と博識、的確な分析でもって、一躍評論家として人気を博した。それもこれも、策士たるイメージの強い監督像とは一線を置く“人間味にあふれた指導者”として皆から敬愛されてきた証ではなかったろうか。

▽彼が無類のフットボール好きだった一つのエピソードを、前出のマレイが明かしてくれている。「TVの仕事を何度か断ってまで、彼は3部、4部のゲームに自費でアテンドしていたが、その様子は本当に熱心で頭が下がる思いだった。それが、当時のスリーライオンズそれぞれのエゴやプライドを御し切れなかった真の理由だったのかもしれない」。また、ワトフォードでは副チェアマン(後にチェアマン)を任じていたエルトン・ジョンも「あれほどの人物はめったにいない。生涯で一、二の親友を亡くしたことはわが身のように辛い」と漏らしている。思うに、生き馬の目を抜くプロフットボール界が、90年代以降カネ太りの商業化を加速させていったことに、テイラーは内心、喜びながらも忸怩たる思いだったのではなかろうか。それこそ今、中国発のあられもない“爆買い”ブームには、苦い思いに苛まれつつ、「良き時代遠かりし」と黄昏れ、自らの命が消えてゆくのを悟っていたのではないかとの感傷にとらわれたりもする。「人間グレアム・テイラー」の喪失は、真の意味で一時代の終わりを象徴しているのだろうか。心からその死を悼んでやまない。

▽そう思うと、ワトフォードファンの万感の思いが込められたボロ(ミドゥルズブラの通称)戦がスコアレスドローに終わったのは、あの世のテイラーにとっては納得ずくの「しかるべく」だったかもしれない。とどのつまりは勝ちも負けも時の運、双方力を尽くしての結果に愚痴も言葉も何も要らない―――そんなつぶやきが、あの人懐こい微笑から聞こえてくるような気がすると言えばいがかだろうか。何を甘ったるいことを? いいやそれは、何かと言えば、不振に監督交代を叫ぶファンや、投機狙いで参入してくる外資オーナーシップ、あるいはいかにもこれ見よがしに「わが身優先」でダダをこねるプレーヤーたちこそが、今一度立ち返って噛みしめるべき、一つの指標、その拠り所になり得ないだろうか。テイラーの時代以前に、古き良きフットボールに肌で触れる機会をたまたま得た身にとっては、わずかなりとも昨今の現実にその名残を見出したいという詮無い感傷だとしても、また新たにその思い、願いが湧き上がってくるのである。さあ、目を覚ませ、とばかりに。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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