【東本貢司のFCUK!】お楽しみはこれからだ
2016.09.16 13:15 Fri
▽ざっと8、9か月前のこと―――年の変わり目にほんの“一瞬”首位に立ったアーセナルがその地位をレスターに奪還され、あろうことか宿敵スパーズにまで追い抜かれた頃、ある知人がこう宣った。「このチャンスを逸したら向こう100年経ってもめぐってこないだろうから、レスターかスパーズにタイトルを獲ってもらってもいい気分になっている」さてこの知人、他でもない超のつくガナーズサポーターが、である。そこには一抹の負け惜しみにも似た“寛容”の匂いを感じ取ったものだった。そして結末は、多分「アーセナル命」の狂おしい心情に最も“寛容”な形に収斂した。レスターの歴史的優勝と、最後の最後で足並みを乱したスパーズを逆転しての2位。だが、彼とその故国のプレミアファンとの温度差にさほどのものはなかったに違いないとしても、“母国”の識者や通の者たちですら、レスターの快挙を「歴史的=一時の奇跡」として扱う素振りしか見せなかった。
▽つまり“奇跡のチーム”レスターの連覇、その可能性は限りなくゼロである、と。その目に見える根拠はと言えば、カンテを失ったことと・・・・いや、それだけにもかかわらず! 彼らの目は、「現代最高」の誉を引っ提げて乗り込んできたグアルディオラと帰ってきたモウリーニョの「一騎打ち」に奪われ、世紀の「口の減らない」尊大なストライカーと新・世界最高額の出戻りプレーヤーのコラボに奪われ続けた。アーセナルも、スパーズも、もちろんレスターも、所詮は露払い役、もしくはそのまた下である、と。ある程度はやむをえまい。かのブライアン・クラフが率いたノッティンガム・フォレストの時代とは、何もかもが隔世そのものの今、奇跡が持続する余地はほとんど考えられない。その予兆よろしく、コミュニティーシールドでユナイテッドに敗れたのはともかく、シーズン緒戦で昇格ハルに屈し、対アーセナル・ドロー、ようやくスウォンジーを一蹴した初勝利を挟んで、リヴァプールに大敗・・・・。それ見たことか、奇跡は奇跡、それ以上の何ものでもない・・・・。
▽さて、知る人ぞ知る「クラフのボトル」―――常にほろ酔い気分の怖いもの知らずのクソ度胸で知られたブライアン・クラフの“裏呼称”) ―――が、何があろうと微動だにしないクラウディオ・ラニエリに(若干姿を変えて)乗り移ってはいないか、と夢見る愚か者は筆者だけなのだろうか。ヴァーディーが「心の声」に感じ、ドリンクウォーター、マーレズがふとした誘惑から踏みとどまった事実が、レスターのアンダードッグ魂に再び火をつけたと考えるのはそれほど浅はかだろうか。キーワードは「クラフ」、そして夢の舞台は―――チャンピオンズリーグだ。奇跡の新たな再現の芽はすぐそこにある! かくして、レスター・シティーの記念すべきチャンピオンズ初挑戦は快勝で火ぶたを切った。相手がどうのという話はきっぱり却下する。というより、これはプレミア王者としての特権、勲章である。それをきっちり勝ち切ったことがすべて。つまり、ここ(チャンピオンズ第一戦)でたたらを踏むようなことがあればとの危惧を吹き飛ばしてくれたことが大事なのだ。
▽まだ始まったばかりじゃないか、という声はあえて聞き流す。要するに、レスターが新たな奇跡の風を吹かせ、単なる“寛容”では片づけられない何かを有無を言わせず打ち立てること―――それが、プレミアはもちろん、ヨーロッパ全体をひっくるめたプロフットボールの正しい隆盛に貢献すると思うからだ。さて皆さん、チャンピオンズをどう評価するか。とんでもない高給取りの世界的スーパースターたちで目のくらむようなクラブが、いつまでたっても上位/優勝争いを独占し続ける昨今の現状が、はたして真に健全と言えるのだろうか。つまり、これは格差是正とは対極にある寡占の世界。チャンピオンズ上位常連だけが莫大な見返りを享受し、それによってさらに高給でスーパースター(ないしはその候補)を独占的に駆り集めることができる、いびつなカルテル、無国籍超大企業のやりたい放題。ならばどうだ、今季第一節の結果を眺め渡したとき、これは何か大暴れしてくれそうな予感をもたらしたチームは、どう見てもレスターしか目に映らないではないか?
▽そもそも、いっとき何かの間違い(?)で頂点に立ったからこそ「アンダードッグ」なのである。しばらく、あと一歩なり二歩なりそれ以下なりに冴えない結果だろうと、常に優勝候補に数えられるレアル、バルサ、ユヴェントスのような“永遠の格”を築いていないチームだからこそ、反響も影響力も大きい。こう考えればいい。一時は世界のトップに君臨し続けながら今やすっかり地に堕ちた感のあるアヤックス。そんなアヤックスですら、いずれチャンピオンズに返り咲いた日には“昔の名前”の威力で必ずや注目の的になるだろう。ときの戦力次第だとしても優勝候補に数えられても不思議ではない。しかし、レスターはその立ち位置がまるで違う。今後、例えば10年や20年、プレミアで他を圧してタイトルを積み上げていって初めて、末席仲間入りの資格を与えられるかもしれない程度なのだ。つまりは、長いシーズン中、一試合の勝ち負けに(ファンか否かを超越して!)一喜一憂する“究極の楽しみ”をもたらしてくれる、そんなレスターが、新たな歴史の一ページを開いた今こそ贈る言葉、それは「お楽しみはこれからだ、You ain't impressed yet!」
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽つまり“奇跡のチーム”レスターの連覇、その可能性は限りなくゼロである、と。その目に見える根拠はと言えば、カンテを失ったことと・・・・いや、それだけにもかかわらず! 彼らの目は、「現代最高」の誉を引っ提げて乗り込んできたグアルディオラと帰ってきたモウリーニョの「一騎打ち」に奪われ、世紀の「口の減らない」尊大なストライカーと新・世界最高額の出戻りプレーヤーのコラボに奪われ続けた。アーセナルも、スパーズも、もちろんレスターも、所詮は露払い役、もしくはそのまた下である、と。ある程度はやむをえまい。かのブライアン・クラフが率いたノッティンガム・フォレストの時代とは、何もかもが隔世そのものの今、奇跡が持続する余地はほとんど考えられない。その予兆よろしく、コミュニティーシールドでユナイテッドに敗れたのはともかく、シーズン緒戦で昇格ハルに屈し、対アーセナル・ドロー、ようやくスウォンジーを一蹴した初勝利を挟んで、リヴァプールに大敗・・・・。それ見たことか、奇跡は奇跡、それ以上の何ものでもない・・・・。
▽さて、知る人ぞ知る「クラフのボトル」―――常にほろ酔い気分の怖いもの知らずのクソ度胸で知られたブライアン・クラフの“裏呼称”) ―――が、何があろうと微動だにしないクラウディオ・ラニエリに(若干姿を変えて)乗り移ってはいないか、と夢見る愚か者は筆者だけなのだろうか。ヴァーディーが「心の声」に感じ、ドリンクウォーター、マーレズがふとした誘惑から踏みとどまった事実が、レスターのアンダードッグ魂に再び火をつけたと考えるのはそれほど浅はかだろうか。キーワードは「クラフ」、そして夢の舞台は―――チャンピオンズリーグだ。奇跡の新たな再現の芽はすぐそこにある! かくして、レスター・シティーの記念すべきチャンピオンズ初挑戦は快勝で火ぶたを切った。相手がどうのという話はきっぱり却下する。というより、これはプレミア王者としての特権、勲章である。それをきっちり勝ち切ったことがすべて。つまり、ここ(チャンピオンズ第一戦)でたたらを踏むようなことがあればとの危惧を吹き飛ばしてくれたことが大事なのだ。
▽そもそも、いっとき何かの間違い(?)で頂点に立ったからこそ「アンダードッグ」なのである。しばらく、あと一歩なり二歩なりそれ以下なりに冴えない結果だろうと、常に優勝候補に数えられるレアル、バルサ、ユヴェントスのような“永遠の格”を築いていないチームだからこそ、反響も影響力も大きい。こう考えればいい。一時は世界のトップに君臨し続けながら今やすっかり地に堕ちた感のあるアヤックス。そんなアヤックスですら、いずれチャンピオンズに返り咲いた日には“昔の名前”の威力で必ずや注目の的になるだろう。ときの戦力次第だとしても優勝候補に数えられても不思議ではない。しかし、レスターはその立ち位置がまるで違う。今後、例えば10年や20年、プレミアで他を圧してタイトルを積み上げていって初めて、末席仲間入りの資格を与えられるかもしれない程度なのだ。つまりは、長いシーズン中、一試合の勝ち負けに(ファンか否かを超越して!)一喜一憂する“究極の楽しみ”をもたらしてくれる、そんなレスターが、新たな歴史の一ページを開いた今こそ贈る言葉、それは「お楽しみはこれからだ、You ain't impressed yet!」
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】 1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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