アベランジェ氏の死去にJFAの田嶋会長と小倉最高顧問がお悔やみ
2016.08.17 12:37 Wed
▽日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長と小倉純二最高顧問が、先日亡くなった国際サッカー連盟(FIFA)の第7代会長であるジョアン・アベランジェ氏への哀悼の意を示した。
▽肺炎のために入院していたアベランジェ氏は、16日に逝去した。享年100歳。同氏はブラジルサッカー連盟の会長職や、スタンリー・ラウス(1895-1986)の後任として、第7代FIFA会長を1974年から1998年まで務めた。サッカーの商業化を推進しながらも、各世代の世界大会創設などサッカー界の発展に尽力した。
▽故人を偲び、田嶋会長と小倉最高顧問がJFA公式サイトでお悔やみの言葉を送っている。
◆田嶋幸三会長(JFA)
「大きな星がなくなった、一つの時代が終わったように感じます。サッカーが世界でこれほど大きなスポーツとなったのはアベランジェさんのご功績そのもの。「ユニバーサルアクセス」をコンセプトに、FIFAワールドカップを世界各国で多くの人がテレビ観戦できるようにご尽力されました」
「これによって、より多くの人々がサッカーの虜になり、市場が大きく拡大しました。この功績は計り知れません。FIFAワールドカップのアジアやアフリカでの開催について提言されたばかりでなく、日本にも並々ならぬサポートをくださいました。心からお悔やみ申し上げ、安らかにお休みくださいと申し上げたいと思います」
「FIFAワールドカップメキシコ大会が開催された1986年に、アベランジェFIFA会長(当時)が「21世紀にはアジアやアフリカでワールドカップをやってもおかしくない」と言ってくれたのが、日本がワールドカップ招致を考えるきっかけになりました。これによって、プロ化が議論され始めた1988年当初、プロリーグをつくっても試合をするスタジアムがなかった現実を考え、JSL(日本サッカーリーグ)の活性化委員会のレポートに「プロリーグをつくり、2002年にワールドカップを招致する」と書くことができたのです」
「JFAでワールドカップ招致に立候補することを決め、長沼健さんや岡野俊一郎さん、村田忠男さんらと、アベランジェ会長のところに訪れた際、「日本は、1979年のワールドユース以来、FIFAの大会を開催していないので、U-17選手権を開催して運営能力を示せば良い」と言って、日本の招致活動を支持してくれました。アベランジェ氏が日本びいきであったことは間違いありません。アベランジェ氏は、日本でワールドカップを開催するきっかけをつくってくれた恩人なのです。ご自身、IOC委員でもありました。100歳を迎え、リオデジャネイロのオリンピック期間中に亡くなられたことに、何かしらの因縁を感じます。心からご冥福を祈ります」
▽肺炎のために入院していたアベランジェ氏は、16日に逝去した。享年100歳。同氏はブラジルサッカー連盟の会長職や、スタンリー・ラウス(1895-1986)の後任として、第7代FIFA会長を1974年から1998年まで務めた。サッカーの商業化を推進しながらも、各世代の世界大会創設などサッカー界の発展に尽力した。
▽故人を偲び、田嶋会長と小倉最高顧問がJFA公式サイトでお悔やみの言葉を送っている。
「大きな星がなくなった、一つの時代が終わったように感じます。サッカーが世界でこれほど大きなスポーツとなったのはアベランジェさんのご功績そのもの。「ユニバーサルアクセス」をコンセプトに、FIFAワールドカップを世界各国で多くの人がテレビ観戦できるようにご尽力されました」
「これによって、より多くの人々がサッカーの虜になり、市場が大きく拡大しました。この功績は計り知れません。FIFAワールドカップのアジアやアフリカでの開催について提言されたばかりでなく、日本にも並々ならぬサポートをくださいました。心からお悔やみ申し上げ、安らかにお休みくださいと申し上げたいと思います」
◆小倉純二最高顧問
「FIFAワールドカップメキシコ大会が開催された1986年に、アベランジェFIFA会長(当時)が「21世紀にはアジアやアフリカでワールドカップをやってもおかしくない」と言ってくれたのが、日本がワールドカップ招致を考えるきっかけになりました。これによって、プロ化が議論され始めた1988年当初、プロリーグをつくっても試合をするスタジアムがなかった現実を考え、JSL(日本サッカーリーグ)の活性化委員会のレポートに「プロリーグをつくり、2002年にワールドカップを招致する」と書くことができたのです」
「JFAでワールドカップ招致に立候補することを決め、長沼健さんや岡野俊一郎さん、村田忠男さんらと、アベランジェ会長のところに訪れた際、「日本は、1979年のワールドユース以来、FIFAの大会を開催していないので、U-17選手権を開催して運営能力を示せば良い」と言って、日本の招致活動を支持してくれました。アベランジェ氏が日本びいきであったことは間違いありません。アベランジェ氏は、日本でワールドカップを開催するきっかけをつくってくれた恩人なのです。ご自身、IOC委員でもありました。100歳を迎え、リオデジャネイロのオリンピック期間中に亡くなられたことに、何かしらの因縁を感じます。心からご冥福を祈ります」
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