【東本貢司のFCUK!】ビッグ・サムへのラヴコール
2016.07.15 11:45 Fri
▽さあて誰に一票投じるべきか、まさか“マス”つながりってだけでも縁起でもないし、あのご婦人はどうせ孤立する、するとやはり・・・・じゃなかった、話は“傷だらけ”のスリーライオンズに喝を入れる新監督の人選。実はもう大方の見立ては決まっている。多分、FAの三人委員会の腹も。こんな状態でポンとユルゲン・クリンスマンでもあるまい。グレン・ホドルは論外。仮にもここでヴェンゲル教授を担ぎ出すのは気が引ける。エディー・ハウには諸々荷が重かろう。ハリー・レドナップはFAと没交渉中。だとすればもう“ビッグ・サム”しかおらんのですよ。現サンダランド監督サム・アラダイス。ダーツの腕はプロはだし、ちょいと睨みを利かせりゃ泣く子も黙る、くわえ葉巻がお似合いの貫禄のドンそのもの。いや、そんなことはどうでもいい。アラダイスといえば知る人ぞ知るイングリッシュフットボール界きっての「再生の名人」、少なくとも短期修復はお手の物(?)。
▽ご存知の方も少なくないと思う。彼は“その昔”、イングランド代表史上初の外国人監督、スヴェン・ゴラン・エリクソンが辞任する際、一時は後継者の最有力候補といわれ、本人もいたく乗り気だった(結局、選ばれたスティーヴ・マクラーレンはまもなく失脚した)。だが、本国のその筋の通や識者を除けば、ビッグ・サムの何たるかを述べよとの問いに、さてどれだけの人が澱みなく答えられるかといえばかなり怪しい。実は実はこのお方、存外細かく、かつ相当ネチっこい策士なのである。かつてボルトンでアラダイスの指揮下にいたケヴィン・デイヴィスの証言:「規律を絵に描いたような人。ボルトン時代、我々は彼のバイブルを熟読する義務があった」。デイヴィスのいう「バイブル」とは約25ページからなる文書でいわば「ビッグ・サム肝入りの倫理書」。あれをしてはいかん、こういうときはこうでなければならん、などの文言がビシバシ書き連ねられていたらしい。言い換えれば、そこに書かれている「掟」は絶対であり、反論など一切許されなかったともいう。
▽しかし、そのおかげか、ビッグ・サムの下で(短期にしろ)プレミア有数の戦士に再生、もしくは成功して名を残した“そろそろ過去の人=ややトウの立ちかけた”内外のプレーヤーも少なくない。ギャリー・スピード、フェルナンド・イエロ、イヴァン・カンポ、ミチェル・サルガード、ユーリ・ジョルカエフにJ・J・オコチャ・・・・人呼んで「ワイルドカード・プレーヤー好み」の再生請負人! そうは言っても、哀しいかな、その手腕を歴史に刻み付ける勲章はない。惜しかったのは、2004年のリーグカップ決勝、屈した相手はミドゥルズブラ、その指揮官はほかでもないスティーヴ・マクラーレン! なんと、アラダイスは二度までもマクラーレンに煮え湯を飲まされたことになる。仮にもしもこのときの結果が逆の目に出ていたら、その2年後の代表監督後継人事にも反映されていた・・・・かどうかはわからない。マクラーレンがエリクソンの副官だったからには、やはり疑問だろう。それにビッグ・サムがスウェーデン人の下に就く屈辱を良しとしたはずがない。
▽2015年の『ガーディアン』紙にこんな内容の記事が載っている。「アラダイスのチーム作りの基本は『適材適所』。それも特に、スローイン、フリーキック、コーナーキックにおいて最適の人材を鍛え上げ、もしくはリクルートする。彼は個々の能力を最大限に引き出すノウハウに長けている」―――とどのつまり、マン・マネージングの達人、誰の何たるかを見抜き、飴とムチの使い分けを心得ている、というわけ。ならばこそ、自信を根こそぎぶった切られた今のスリーライオンズに、ビッグ・サム流処方箋の効き目を期待できるという理屈である。そうなると、いくつか見えてくるものがありそうだ。ルーニーをストライカーに戻す(これはジョゼ・モウリーニョと同意見)、ケインのコーナーキッカー役を解除する、陰が薄れかけているバークリーとストーンズのエヴァートンペアに陽を当てて攻守の要役を課す・・・・などなど。いずれも、多くの識者が結果的に首を傾げ続けてきたホジソン采配へのアンチテーゼ。ビッグ・サムなら平然とそれらをやってのけられる。
▽他にも、まさかと思いたくなる“大抜擢”も(と、アラダイスを知る識者は“勘ぐる”)。例えば、フランク・ランパード、スティーヴン・ジェラード、ジョン・テリーの復帰・・・・というのはさすがに無理筋だとしても、アンディー・キャロルの再リクルートはある、とか、中にはジャーメイン・デフォーの名前を口にする声も。それぞれ、ウェスト・ハム、サンダランドでビッグ・サムの薫陶を受けた面々だからである。ま、いずれにしても、何か面白いことが起きそうな予感が、アラダイスの“周り”に色濃く漂っているのだけは確かだ。それも、長年イングランドの“中堅以下”で采配を振るってきた経験と見識に裏打ちされているからこその説得力付き。この点はさすがにクリンスマン辺りには逆立ちしても敵わない。一度は消えた(消えかけた)才能をもってくるとなると、ヴェンゲルも躊躇するはず。となれば、今こそビッグ・サムの登場が切り札に見えてくるはず。なに、長期政権など本人とて思いの外。修復と再生が急務の今なら、答えはもう出ているはずである。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽ご存知の方も少なくないと思う。彼は“その昔”、イングランド代表史上初の外国人監督、スヴェン・ゴラン・エリクソンが辞任する際、一時は後継者の最有力候補といわれ、本人もいたく乗り気だった(結局、選ばれたスティーヴ・マクラーレンはまもなく失脚した)。だが、本国のその筋の通や識者を除けば、ビッグ・サムの何たるかを述べよとの問いに、さてどれだけの人が澱みなく答えられるかといえばかなり怪しい。実は実はこのお方、存外細かく、かつ相当ネチっこい策士なのである。かつてボルトンでアラダイスの指揮下にいたケヴィン・デイヴィスの証言:「規律を絵に描いたような人。ボルトン時代、我々は彼のバイブルを熟読する義務があった」。デイヴィスのいう「バイブル」とは約25ページからなる文書でいわば「ビッグ・サム肝入りの倫理書」。あれをしてはいかん、こういうときはこうでなければならん、などの文言がビシバシ書き連ねられていたらしい。言い換えれば、そこに書かれている「掟」は絶対であり、反論など一切許されなかったともいう。
▽しかし、そのおかげか、ビッグ・サムの下で(短期にしろ)プレミア有数の戦士に再生、もしくは成功して名を残した“そろそろ過去の人=ややトウの立ちかけた”内外のプレーヤーも少なくない。ギャリー・スピード、フェルナンド・イエロ、イヴァン・カンポ、ミチェル・サルガード、ユーリ・ジョルカエフにJ・J・オコチャ・・・・人呼んで「ワイルドカード・プレーヤー好み」の再生請負人! そうは言っても、哀しいかな、その手腕を歴史に刻み付ける勲章はない。惜しかったのは、2004年のリーグカップ決勝、屈した相手はミドゥルズブラ、その指揮官はほかでもないスティーヴ・マクラーレン! なんと、アラダイスは二度までもマクラーレンに煮え湯を飲まされたことになる。仮にもしもこのときの結果が逆の目に出ていたら、その2年後の代表監督後継人事にも反映されていた・・・・かどうかはわからない。マクラーレンがエリクソンの副官だったからには、やはり疑問だろう。それにビッグ・サムがスウェーデン人の下に就く屈辱を良しとしたはずがない。
▽他にも、まさかと思いたくなる“大抜擢”も(と、アラダイスを知る識者は“勘ぐる”)。例えば、フランク・ランパード、スティーヴン・ジェラード、ジョン・テリーの復帰・・・・というのはさすがに無理筋だとしても、アンディー・キャロルの再リクルートはある、とか、中にはジャーメイン・デフォーの名前を口にする声も。それぞれ、ウェスト・ハム、サンダランドでビッグ・サムの薫陶を受けた面々だからである。ま、いずれにしても、何か面白いことが起きそうな予感が、アラダイスの“周り”に色濃く漂っているのだけは確かだ。それも、長年イングランドの“中堅以下”で采配を振るってきた経験と見識に裏打ちされているからこその説得力付き。この点はさすがにクリンスマン辺りには逆立ちしても敵わない。一度は消えた(消えかけた)才能をもってくるとなると、ヴェンゲルも躊躇するはず。となれば、今こそビッグ・サムの登場が切り札に見えてくるはず。なに、長期政権など本人とて思いの外。修復と再生が急務の今なら、答えはもう出ているはずである。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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