【東本貢司のFCUK!】クーマン“ギャンブル”の誘い
2016.06.08 16:00 Wed
▽各クラブ運営陣、監督・コーチらにとっては気の揉める夏である。コパ・アメリカに続いて直にユーロが始まり、それが終わるとオリンピックが待っている。母国の代表としてプレーヤーたちの健闘と勝利を願いながらも、新シーズンに向けてのチームコンディション調整にただならぬ不安をかこつ。心身疲労は言うに及ばず、ケガでもされたらと思うと、つい眉間にしわが寄る。そこで賢い指導陣は、この夏をそっくり休養・充電に充てられる準レギュラーや若手有望株のレベルアップ度に期待し、手助けをする。また、補強についても「これからの逸材」発掘に、普段以上に目を配り、可能な限り実行に移そうとする。総じて、来る新シーズンは、出来合いの大物を呼び寄せるよりも“自前のファーム・クラス”引き上げに実績と手腕に定評がある指導者が率いるクラブチームの台頭が目玉となる。
▽ロベルト・マルティネスを切ったエヴァートンが、ロナルト・クーマンに白羽の矢を立てた理由もきっとその辺りにある。報道によると、クーマンのヘッドハンティングを強く望んだのは新オーナーのファラド・モシリだとされているが、もしそうならモシリ氏はただのフットボール好きな金持ちではない。むろん、それなりのアドバイザーの存在があってもおかしくはない。それに、彼ほどの財力(少なくとも、エヴァートンの仇敵リヴァプールを支えるジョン・ヘンリーよりも資産はかなり上だという)をもってすれば、グアルディオラ・クラスの“高くつく”お大尽を引っ張ってくるのは造作もないはず。だが、彼はこだわった。同じ土俵で(つまり、プレミアで)近年目覚ましい実績を残している誰か。それも、万年中堅以下の、一つ間違えれば残留争いも視野に入るクラブを2季連続で上位に導いた“巧将”。ならばクーマンしかいない。お忘れなきよう。サウサンプトンは過ぐる2年前、主力をごっそり“二大・赤の名門”にもっていかれた廃墟に等しかったことを。
▽このクーマンの“変節”に真っ向から異論を唱えているのは、現時点でマット・ル・ティシエただひとり。「失望している。ありえない。ヨーロッパリーグに出るセインツを捨ててまで落ち目のエヴァートンに行くとは。それとも、特級クラスの億万長者がついてくれることで、もっとやりやすくなるとでも思ったのか」―――気持ちはわかる。サウサンプトン一筋の“聖者の町の英雄”ル・ティシエにしてみれば、いかにもカネと超古豪の名前にほだされたかに見えるクーマンが恨めしい。が、それも要するに手前みその郷愁、もしくは、どこまでも個人的な感傷にすぎない。モイーズ退団から右肩下がりの(今や)中堅以下のクラブを引き上げるチャレンジの魅力は、この2年で同様の功績を遺したクーマンだからこそどでかい。何よりも自身の力量をはっきりと認めてくれた証であり、それに報いたいと思うのはごく自然な心情ではないか。「ギャンブル」だからこそ遣り甲斐もある。
▽ちなみに「(セインツを後にしてエヴァートンへの)ギャンブル」とは、某現地メディアがつけた見出しのキーワードだ。クーマンも、ル・ティシエも、仮に内心ではそうだと思っているとしても、この言葉は一切口にしていない。メディア一流の、状況を凝縮・圧縮した上での“引用もどき”の造語。もし、それがさも「引用」そのものとして独り歩きしてくれれば、してやったりの社内表彰ものになる。そのせいで、当人や当事者たちが多少なりとも迷惑しようがかまわない(と割り切っている)。話は下世話な方向に逸れるが、石田純一の「不倫は文化」、能年玲奈騒動の「報道リンチ」と同工異曲である。あくまでもキーワード、“誤解”と紙一重の“詠み人知らず”と肝に銘じておきたい。百歩譲って、それを良くも悪くもこの“キーワード”蒸し返す、もとい、振り返るならば、クーマン率いる新生エヴァートンがいかなる道筋をたどり、果実を育み、結果を残した後にしようではないか。メディアはいざ知らず、我々ファンはひたすらゲームの熱気を追うのみである。
▽さて、今週末からのユーロ本番。参加チームが増えたからとはいえ、初出場組の動向が嫌でも気になる画期的な大会となった。願わくば、その中の一チームでも決勝トーナメントに勝ち上がって大いに盛り上げ、テロの脅威という鬱陶しいほど余計な不安をドカンと吹き飛ばしてほしいものだ。2年弱をかけた長丁場の予選リーグとは違って、計算できない正真正銘の一発勝負(の連続)では何が起こっても不思議ではない。例えば、よりによって強豪揃いのグループに入ったアイルランドが、台風の目の筆頭候補。ふと思い出すのは94年W杯での対イタリア、粘りの快勝。おそらくはロビー・キーンの最後の舞台、グループ最終戦ならばその再現も決して夢じゃない? また、伏兵中の伏兵、負けないチーム、北アイルランドがドイツ、ポーランドのいずれかに土をつけるような番狂わせも期待してみたくなる。目玉は異色の成り上がりストライカー、コナー・ワシントン。事件の予感がする。優勝予想? 意味がない。強いてと言われれば本コラムの管理人としては当然・・・・!
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽ロベルト・マルティネスを切ったエヴァートンが、ロナルト・クーマンに白羽の矢を立てた理由もきっとその辺りにある。報道によると、クーマンのヘッドハンティングを強く望んだのは新オーナーのファラド・モシリだとされているが、もしそうならモシリ氏はただのフットボール好きな金持ちではない。むろん、それなりのアドバイザーの存在があってもおかしくはない。それに、彼ほどの財力(少なくとも、エヴァートンの仇敵リヴァプールを支えるジョン・ヘンリーよりも資産はかなり上だという)をもってすれば、グアルディオラ・クラスの“高くつく”お大尽を引っ張ってくるのは造作もないはず。だが、彼はこだわった。同じ土俵で(つまり、プレミアで)近年目覚ましい実績を残している誰か。それも、万年中堅以下の、一つ間違えれば残留争いも視野に入るクラブを2季連続で上位に導いた“巧将”。ならばクーマンしかいない。お忘れなきよう。サウサンプトンは過ぐる2年前、主力をごっそり“二大・赤の名門”にもっていかれた廃墟に等しかったことを。
▽このクーマンの“変節”に真っ向から異論を唱えているのは、現時点でマット・ル・ティシエただひとり。「失望している。ありえない。ヨーロッパリーグに出るセインツを捨ててまで落ち目のエヴァートンに行くとは。それとも、特級クラスの億万長者がついてくれることで、もっとやりやすくなるとでも思ったのか」―――気持ちはわかる。サウサンプトン一筋の“聖者の町の英雄”ル・ティシエにしてみれば、いかにもカネと超古豪の名前にほだされたかに見えるクーマンが恨めしい。が、それも要するに手前みその郷愁、もしくは、どこまでも個人的な感傷にすぎない。モイーズ退団から右肩下がりの(今や)中堅以下のクラブを引き上げるチャレンジの魅力は、この2年で同様の功績を遺したクーマンだからこそどでかい。何よりも自身の力量をはっきりと認めてくれた証であり、それに報いたいと思うのはごく自然な心情ではないか。「ギャンブル」だからこそ遣り甲斐もある。
▽ちなみに「(セインツを後にしてエヴァートンへの)ギャンブル」とは、某現地メディアがつけた見出しのキーワードだ。クーマンも、ル・ティシエも、仮に内心ではそうだと思っているとしても、この言葉は一切口にしていない。メディア一流の、状況を凝縮・圧縮した上での“引用もどき”の造語。もし、それがさも「引用」そのものとして独り歩きしてくれれば、してやったりの社内表彰ものになる。そのせいで、当人や当事者たちが多少なりとも迷惑しようがかまわない(と割り切っている)。話は下世話な方向に逸れるが、石田純一の「不倫は文化」、能年玲奈騒動の「報道リンチ」と同工異曲である。あくまでもキーワード、“誤解”と紙一重の“詠み人知らず”と肝に銘じておきたい。百歩譲って、それを良くも悪くもこの“キーワード”蒸し返す、もとい、振り返るならば、クーマン率いる新生エヴァートンがいかなる道筋をたどり、果実を育み、結果を残した後にしようではないか。メディアはいざ知らず、我々ファンはひたすらゲームの熱気を追うのみである。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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