【東本貢司のFCUK!】北アイルランド発・未知の大物
2016.03.24 13:00 Thu
▽ベルギーのブリュッセルで発生したテロは改めて来るユーロ・フランス本大会に影を落とすものだ。無論、フランスの当局と組織委員会は最大限の警備体制を敷くだろう。が、そのあおりで取材陣や来訪ファンは少なからず居心地の悪い思いをするはず。それに、必然的に各スタジアム周辺に警備が集中することになれば、手薄になる地域がテロリストのターゲットにされる恐れもある。そもそも、攻撃目標がフランスやベルギー国内に限られている保証などどこにもない。次週に予定されているベルギー対ポルトガル・フレンドリーの会場は、当初のブリュッセルから(ポルトガル側からの申し出もあって同国中西部の)レイリアに変更されたが、当然そこでも厳重な警備は欠かせないだろう。今週金曜日にアムステルダムで行われるオランダ対フランスも同様。昨年11月のパリ大規模テロの場合、直後にブリュッセルで予定されていた対スペイン・フレンドリーは中止されたのだが・・・・。
▽ふと思い出すことがある。70年代前半、ロンドンの鉄道ターミナル駅を次々に襲ったIRA過激派(とされる)の爆破テロ。その一連の事件が勃発するほぼ直前、筆者は約4年間の英国滞在にきりをつけて帰国の途に就いた。騒乱の一部を故郷で耳に挟んだときは、まるでぴんとこなかった。帰国直前の数日間、名残を惜しむようにロンドンの繁華街をそぞろ歩きながら満喫した長閑で優雅な日々の真新しい記憶に、その頃もまだうつつを抜かしていたからだが、しばらくしてじわりと恐怖がこみ上げてきたものだった。ただ、今だから言えるのかもしれないが、もしもあの頃、ひと月も経たずに来英する機会がめぐってきたとしたら、躊躇わず舞い戻ったと思う。現代のISの方は、昔日のIRAとは比べ物にならないほど、行動が向こう見ずでやり口も手が込んでいて危険極まりない。仮に取材要請が来た場合は腹をくくるしかないが、観光気分の観戦となると二の足を踏んでしまいそうだ。せっかく伏兵中の伏兵ウェールズと北アイルランドの「初」お目見えだというのに。
▽そんな憂鬱はひとまず措いて、今回はその北アイルランド代表に初招集された興味尽きないプレーヤーの話を。コナー・ワシントン、23歳。おそらくは、相当の通のファンでも耳慣れない名前のはず。現所属はチャンピオンシップ(2部)のQPRだが、ほんの4年前はノンリーグ、ケンブリッジ州セント・アイヴズという小さな町のチームにいた。そこで披露した50試合53得点の離れ業が、階層にして5段階ジャンプアップのリーグ2(4部)、ニューポート・カウンティーの目に留まり、わずか5千ポンドで出世移籍。だが、ニューポートではまったく結果を出せず終い(39試合5得点)で・・・・と、そこで一つの奇跡が起きる。ダレン・ファーガソン(サー・アレックスの次男)率いるピータボロが、20歳の未知数ワシントンに20万ポンドの値をつけたのだ。2季後、QPRがさらにこの若者を大抜擢したのだが、その際の移籍金(未発表)の20%が契約上ニューポートに入る約束となっていたおかげで、ニューポートはクラブレコードの移籍金を手にした。かくて「“英雄”ワシントンの遺産」は同クラブのホーム、ロドニー・パレードの“誇り”となっている。
▽思えば、奇妙で耳を疑うようなシンデレラストーリーではないか。プレミアから数えて8つ、9つも下のアマチュアに毛が生えた程度のレベルで(それもたったの2シーズン)しか実績のない若者が、それからわずか4年でプレミア昇格を争うチームの主軸にのし上がろうと・・・・もとい、そのQPRでコナー・ワシントンはまだエースの座をつかむにはほど遠い地位にいる。にもかかわらず、ユーロ初出場で気勢の上がる代表チームからお声がかかったのだ。多分、訳知りの方なら、今や「奇跡のチーム」としてプレミア初制覇に邁進しているレスター・シティーの大シンボル、ジェイミー・ヴァーディーをふと思い出すかもしれない。が、繰り返す。コナー・ワシントン/23歳は、本年2月28日時点で、QPR公式戦出場わずかに8試合、ゴールは0。今を時めくヴァーディーの日の出のステイタスには足元にすら及ばない。筆者はまだそのプレーを拝めてさえいないが、それほど将来性を高く評価されているのだろうか。だとすれば、とんでもない大物ということになるが。
▽最後に、ワシントンをめぐるちょっぴり興味深い素性のエピソードを少々。生まれ育ったのはイングランドだが、両親のどちらかの縁でスコットランド代表権もあるらしい。そして、北アイルランドには住んだどころか、訪れたことすらないという。それでも、鬼才マーティン・オニールが初参戦するユーロの代表メンバー候補に彼を指名した根拠はというと・・・・祖母が北アイルランド出身だから。本人は当然ながら「まだ“仮(代表)の身”。どうなるかわからないよ」と謙遜しながらも「フランスに行ければ、まさにドリーム・カム・トゥルーだね」。とはいえ、オニールたっての招集が舞い込んだからには、ウォームアップ出場は間違いないところだろう。その“夢の始まり”の舞台は、どうやらこの木曜日、ウェールズのカーディフ・シティー・スタジアムになりそうだ。「もう、頭の中はウェールズ、ウェールズ、ウェールズでいっぱいさ」。楽しみに見守ることとしよう。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
▽ふと思い出すことがある。70年代前半、ロンドンの鉄道ターミナル駅を次々に襲ったIRA過激派(とされる)の爆破テロ。その一連の事件が勃発するほぼ直前、筆者は約4年間の英国滞在にきりをつけて帰国の途に就いた。騒乱の一部を故郷で耳に挟んだときは、まるでぴんとこなかった。帰国直前の数日間、名残を惜しむようにロンドンの繁華街をそぞろ歩きながら満喫した長閑で優雅な日々の真新しい記憶に、その頃もまだうつつを抜かしていたからだが、しばらくしてじわりと恐怖がこみ上げてきたものだった。ただ、今だから言えるのかもしれないが、もしもあの頃、ひと月も経たずに来英する機会がめぐってきたとしたら、躊躇わず舞い戻ったと思う。現代のISの方は、昔日のIRAとは比べ物にならないほど、行動が向こう見ずでやり口も手が込んでいて危険極まりない。仮に取材要請が来た場合は腹をくくるしかないが、観光気分の観戦となると二の足を踏んでしまいそうだ。せっかく伏兵中の伏兵ウェールズと北アイルランドの「初」お目見えだというのに。
▽そんな憂鬱はひとまず措いて、今回はその北アイルランド代表に初招集された興味尽きないプレーヤーの話を。コナー・ワシントン、23歳。おそらくは、相当の通のファンでも耳慣れない名前のはず。現所属はチャンピオンシップ(2部)のQPRだが、ほんの4年前はノンリーグ、ケンブリッジ州セント・アイヴズという小さな町のチームにいた。そこで披露した50試合53得点の離れ業が、階層にして5段階ジャンプアップのリーグ2(4部)、ニューポート・カウンティーの目に留まり、わずか5千ポンドで出世移籍。だが、ニューポートではまったく結果を出せず終い(39試合5得点)で・・・・と、そこで一つの奇跡が起きる。ダレン・ファーガソン(サー・アレックスの次男)率いるピータボロが、20歳の未知数ワシントンに20万ポンドの値をつけたのだ。2季後、QPRがさらにこの若者を大抜擢したのだが、その際の移籍金(未発表)の20%が契約上ニューポートに入る約束となっていたおかげで、ニューポートはクラブレコードの移籍金を手にした。かくて「“英雄”ワシントンの遺産」は同クラブのホーム、ロドニー・パレードの“誇り”となっている。
▽最後に、ワシントンをめぐるちょっぴり興味深い素性のエピソードを少々。生まれ育ったのはイングランドだが、両親のどちらかの縁でスコットランド代表権もあるらしい。そして、北アイルランドには住んだどころか、訪れたことすらないという。それでも、鬼才マーティン・オニールが初参戦するユーロの代表メンバー候補に彼を指名した根拠はというと・・・・祖母が北アイルランド出身だから。本人は当然ながら「まだ“仮(代表)の身”。どうなるかわからないよ」と謙遜しながらも「フランスに行ければ、まさにドリーム・カム・トゥルーだね」。とはいえ、オニールたっての招集が舞い込んだからには、ウォームアップ出場は間違いないところだろう。その“夢の始まり”の舞台は、どうやらこの木曜日、ウェールズのカーディフ・シティー・スタジアムになりそうだ。「もう、頭の中はウェールズ、ウェールズ、ウェールズでいっぱいさ」。楽しみに見守ることとしよう。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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