【東本貢司のFCUK!】ドリンクウォーターの勲章

2016.03.18 12:30 Fri
▽2年ほど前になるだろうか、時間つぶしにふらりと入った地元のカフェでカウンター越しに声をかけられたことがある。20歳そこそこの青年で、プレミアのマッチコメンテイターとしてお茶を濁していた頃の筆者を覚えてくれていたらしい。以後、訪れるたびに二言三言、言葉を交わすようになった。去年の暮近い頃「レスター、すごいですね」ときたから、手短に返答:「ヴァーディー、マーレズ、オルブライトン…でも、本当のキーマンは地味だけどドリンクウォーターだと思う」。一瞬ハッとした表情を見せた後「でも、すごい名前ですよね」。そんな他愛のないエピソードからほんの数か月、レスター・シティー、クラブ史上初のトップフライト優勝がさらに現実味が増す中で、ドリンクウォーターにはヴァーディーに続いてロイ・ホジソンのイングランド代表招集の朗報が飛び込んできた。

▽ダニエル・ノエル・ドリンクウォーター。一見してもっさりした風貌とおつむが涼しそうだが、当年26歳。マンチェスター生まれのマンチェスター・ユナイテッド・ユース出身。決して見過ごされていたわけではないが、さすがにサー・アレックス率いるトップチームには割り込めず、いくつかローンを経て2012年1月、レスターへ移籍。翌年12月には月間最優秀プレーヤー(2部)に輝くと同時に、チャンピオンシップ年間最優秀賞にノミネートされている。レスターが実に9年ぶりのプレミア昇格を果たしたとき、GKキャスパー・シュマイケル、CBウェズ・モーガンとともに、最大の功労者となったのがドリンクウォーターだった。今やレスター不動の中盤の要であり、そのタフネスと正確なロングフィードは、ヴァーディー、マーレズ、そして岡崎やウジョアにとっても頼もしいパートナーシップを成している。すでにU18/U19の代表歴があり、今回の招集も驚きには当たらない。

▽ホジソンの狙いは、今季絶好調のみならず、ユナイテッド・ユース時代からスランプ一つなく場数を踏んできたドリンクウォーターの安定感を、今月末からのフレンドリー連戦、対ドイツ、オランダでテストし、ゆくゆくはポスト・キャリックを視野に、若き有望株のデレ・アリ(スパーズ)との相性も測りつつ、といったところだろうか。振り返れば、久しぶりに表舞台に登場してきた“汗っかき”タイプの万能ミッドフィールダー。レスターのゲームを見るたびに感じる「あゝ、この男がいると妙に落ち着くな」を、昨今のスリーライオンズが欠いていた何かにはまるイメージ、それがドリンクウォーターなのかもしれない。この抜擢が吉と出れば、それを潮目にイングランドの再生/世代交代にも加速がつきそうだ。そう、アリとスパーズの同僚メイソン、それに、彗星のように現れたユナイテッドのマーカス・ラシュフォード。即優勝はともかく、楽しみな未来図が広がってきた。
▽そこで、もう一人、これはひょっとしたらと思わせる逸材候補に触れておこう。ウェスト・ハムのミハイル・アントニオだ。25歳と、ぴちぴちの若手というわけではない。が、それがまた即戦力候補の所以。トゥーティング・ミッチャムというロンドン西南部に本拠を置く、いわば底辺から這い上がってきた苦労人。レディング、シェフィールド・ウェンズデイ、ノッティンガム・フォレストと着々階段を上って、昨年ウェスト・ハムへ。このときの移籍金700万ポンドは、彼の経歴と年齢からすれば異例の高額と言っていい。以来、ウィングポジションからここぞという貴重なゴールをたたき出して、その期待に十分応えている。さて、そのアントニオ、このほど両親の故国ジャマイカから代表招集の要望があったが、スリーライオンズ入りの夢にかけてこれを断った。決して珍しい話ではないとしても、年齢とキャリアを秤にかければかなりのギャンブル。だが、それだけの実力もある。

▽もしも、以上の面々がルーニー以下、ケイン、ダイアー(スパーズ)とともにレギュラーに名乗りを上げれば、イングランドは一気に若返り、経験は乏しくとも楽しみが増す。さて、そのラインアップをざっと眺めたとき、スパーズ色がぐっと濃くなるのがわかるが、そのスパーズ、ヨーロッパリーグ・ラスト16でドルトムントに本日あえなく敗退した。ケインが故障でベンチスタートというハンディもあったが、レスターをうっちゃって55年ぶりのリーグ優勝に向けて弾みをつける意味でも、また、若き代表中心でドイツの強豪を慌てさせるという意味でも、残念と言えば残念な結果。これを踏み台にして反発を期待したい。他方、来季チャンピオンズ参戦の“最後”の可能性に賭けていたユナイテッドは、宿敵リヴァプールにその道を断たれてしまった。つくづく、ここという場面で決められない、乗っていけないクセがまた…あとはかすかに残ったトップ4割り込みに望みを託すのみ。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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