【東本貢司のFCUK!】レスターと“千載一遇”サーガ

2016.03.02 13:20 Wed
▽残り11試合―――いよいよ大詰めを迎えたプレミアリーグ、最大の焦点はもちろん、レスターの史上初優勝成るか否か。現時点ではまだ、アーセナル、マン・シティーも十分圏内(可能性は相当に低いがユナイテッドにも?) だが、ここではあえて「レスターかスパーズか」に絞ってみよう。いずれの場合も、公平に見て今回がほぼ“千載一遇”のビッグチャンス・・・・とは言いすぎか? いや、昨今の“常識”からすれば、結果がどうあれ、この2チームの目ぼしい主力を巡って激しい争奪戦が予想され、来シーズン以降の戦力分布図がどうなるかは限りなく不透明だ。すでにヴァーディー、マーレズ、ケイン、アリらにはビッグクラブの強欲な触手が動き始めている。また、仮に“無風”で新シーズンを迎えたとしても(個人的にはそう願いたいが)、彼らが今季並みに活躍できる保証はない。疲労や“スポットライト効果”で「案外」も想定内。ゆえに「ほぼ」千載一遇ということになる。

▽スパーズなら実に55年ぶり3度目の待望論となるが、レスターの場合は「初」以上に「昇格2シーズン目」と「昨季は降格争い」という、三大キャッチフレーズがついてくる。実は過去のイングランドリーグでたった一度のみ、「2部から昇格したばかりのシーズンに優勝」という、未曽有の離れ業をやってのけたクラブがある。1978年のノッティンガム・フォレストだ。伝説の名将ブライアン・クラフの下、フォレストは同年、リーグカップとFAチャリティー・シールド(現コミュニティー・シールド)の三冠を達成。また、翌シーズンのUEFAチャンピオンズカップ、さらにスーパーカップ(対バルセロナ)まで制覇している。なお、翌1980年のチャンピオンズカップでも優勝して連覇を果たしたフォレストだが、リーグ優勝は後にも先にも1978年の一度のみ。それこそ“千載一遇”のチャンスを生かしてひときわ記憶に残る「黄金時代」を築いたことになる。また、1979年のチャンピオンズカップでは1回戦で前年優勝のリヴァプールを合計2-0で下して波に乗った。

▽しかし、もしレスターが今季プレミアの覇者となった場合、38年前のフォレストの快挙を上回る価値があると断じても異論はないはず。なぜなら、クラフ・フォレストの“席捲時代”と現代のプレミアとでは、波乱度も含めて何もかもが天地の差ほど違うからだ。その理由はあえて述べるまでもないが、一つ、つい忘れがちになる重大な要因を挙げておくなら、プレミア創設(1992年)以前は今ほどプレーヤーの移動が激しくはなく、何よりも異邦のスター級実力者が参入してくることもなければ、ひいては、法外な移籍金が動くこともめったになかった。たとえ一時的に“世界”を制し、それでクラブ財政がドンと潤ったところで、覇権は長くは続かない。フォレストの盛衰が如実な例だ。今、プレミアが世界一の金満リーグとして我が世の春を謳歌している最大の理由の一つ、すなわち、資産的にワールドクラスのバックアップを持つ一握りのクラブだけが、毎シーズンのように優勝争いを演じる“格差”社会。それが現実だ。レスターにはまだそんな“ゆとり”はない・・・・。
▽さて、レスターと言えば、過去3度のリーグカップ制覇のみ(1964、1997、2000)―――かと思いきや、一つ、意外で“異質”なタイトルがあった。1971年のチャリティー・シールドだ。待てよ、その年(前シーズン)のレスターがリーグ優勝を果たしたわけでもなく、FAカップを制覇したのでもないのに? 取り急ぎ記録を調べてみると、ここにも未曽有の(千載一遇の?)事実があった。まずは、同シールドのデータから。1971年8月7日、レスター1-0リヴァプール、スコアラーはスティーヴ・ウィットワース、会場は・・・・フィルバート・ストリート(レスターのホーム)? ウェンブリーではなくて? しかも、相手のリヴァプールも前シーズン無冠だった! 種明かしその1:1970-71シーズンはアーセナルの二冠(リーグ、FAカップ)で終わっていた。この場合、通常はアーセナルと同季リーグ2位もしくはFAカップ準優勝チームとでシールドが行われる。ところが・・・・。

▽種明かしその2:アーセナルはなぜか、シールド開催日前後にプレシーズン・ツアーを組んでいた。ツアーの契約上、欠場は許されない。そこでFA(協会)は異例の決断を下したのである。FAカップ準優勝のリヴァプールと、2部優勝チームのレスターとでシールドを行う! フィルバート・ストリートが会場に選ばれたのも、一種のウィットのなせる業だったのかもしれない。いずれにせよ、レスターはこの「降って湧いた」チャンスを、つまり“千載一遇”のチャンスを見事に生かして、数少ない主要トロフィーの一つをクラブのキャビネットに持ち帰った。リヴァプール側にもう一つも、二つも、モチベーションが欠けていたかどうかはこの際、問うまい。裏を返せば、レスターにはそんな“千載一遇”級の機会をちゃっかりモノにしてしまう何かがあるのかもしれない。ならば・・・・? もっとも、レスター現監督クラウディオ・ラニエリは「本命はスパーズ。さもなくばアーセナルかマン・シティー。うちは良くてその次くらいだろう」と、不敵にうそぶいている。

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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