【東本貢司のFCUK!】変革と改革と伝統と

2016.02.26 13:37 Fri
▽本日(26日)スイスはチューリヒで開かれるFIFA総会にて、新会長選挙が行われる予定だ。あえて「予定」と言ったのは、候補者のひとり、ヨルダンのアリ・ビン・アル=フセイン王子が、投票システムの透明性に疑問があるとして延期を訴えているからだが、むろん、ここに及んでの予定変更はまず考えられない。いずれにせよ、ジョーゼフ・ブラッター“帝国”がやっと正式に終焉の日を迎えることになるわけだが、これで汚濁にまみれたFIFAの悪名が浄化されるわけでもなんでもない。この会長選挙は単なる区切りの儀式でしかなく、あくまでも前途多難な船出の始まりにすぎないのだ。そのことを誰よりも声高に叫ぶのが、一応は現UEFA事務総長でスイス人のジャンニ・インファンティーノを押すFA(イングランド協会)のチェアマン、グレグ・ダイク。「誰が選出されようと、肝心かなめは『改革』の中身。生まれ変わったFIFAのビジネスの仕切り方というか」

▽そのことについて、ダイクは次のような文言で端的に言い表している。”What matters is tracing the money in and tracing the money out. What matters is making sure decision making is done properly and democratically.「カネーの収支を滞りなく追跡(し精査)すること。意思決定はつつがなく民主的に行われること」ーーー言うは易く行うに難し、という気もするが、要するに“趣旨”はそういうことになる。「誰が選出されようと」この趣旨を元に実行の旗を振るのに変わりはないはずであり、言い換えれば、今回立候補した5名が(たぶん)何等かの形で今後もFIFA運営に関わっていく、一種の合議制が敷かれる、というのが多くの関係者に共通する“願望”に違いないのではないか。ダイクがインファンティーノを支持するのも、彼が「間に合わなかった」ミシェル・プラティニの最良の補佐役だったこと、つまり事務方の仕切り役タイプだからだろう。これは勝手な憶測になってしまうが、仮に落選しても彼はそれなりの地位に就くのではないか。

▽現時点ですでに「決定(合意)」している事項がある。新しいFIFAの幹部職員の任期に制限を設けることと、給与を公開にすること。さらに、新規にFIFA評議会を設置し、そのうちの最低6名を女性とすること。これらは、5人の誰が新会長になっても変更されないことになっている。具体的な「改革」のプログラム作りはまだまだ先、ということになるが、少なくとも上記3条項を“確保”しておけば・・・・という、少々どんぶり勘定的なにおいもする。FBI主導で刑事告訴中の“悪徳”幹部連はともかく、もしも、依然として不正金銭授受について潔白を主張しているプラティニの“復権”が実現したら、相応のひと悶着や場合によっては揺り戻しもないとは言えない。裏を返せば、そんな危惧も織り込み済みの「プラティニとブラッターの長期締め出し」だともいえるだろう。当たり前だが、真にFIFAが浄化され、生まれ変われるかどうかは、この会長選挙終結以後の、新会長を軸とした決然たる姿勢にかかっている。ダイクの本心は当にそこにあるに違いない。
▽さて、そのインファンティーノがプラティニに代わって指揮役を務めるUEFAでも、いくつかの“変革”につながる案件が燻っているようだ。とりあえずは、この夏に迫ったユーロを仕切るというクッションがしばらくは火種を緩和してくれそうだが、その閉幕直後から一気に問題噴出という事態も考えられないではない。が、その辺りについては改めて議論していこうと思う。その前に、というよりも、遠からず関連する案件として、我らがFA発で上がった“火の手”について触れておこう。FAカップおよびリーグカップのシステム変更案だ。端的に、「プレーヤーに負担を軽減する目的」で「引き分け再試合を廃止」してはどうかという。ただ、注意すべきは、この「軽減案」が「チャンピオンズリーグ出場ないしは出場権を争っている」チームばかりに向いていることである。再試合はそのまま双方のクラブ(特に下位リーグ所属のクラブ)に少なからぬ収益をもたらすこともあって、「一握りのチームの便宜」を優先するのはいかがなものか、という反対論は多い。

▽実は、この「軽減案」に誰よりも真っ向から反対しているのは、誰あろう、アーセナルのアーセン・ヴェンゲルなのだ。「(チャンピオンズを戦っているような)上位チームはそれなりに十分な戦力を有しているはずではないか。やりくりはそうむずかしいことではない。そんなことよりも、世界最古の由緒正しいトーナメントの伝統をなしくずしにしていまっていいのか」! 覚えておられる方はいるだろうか。今世紀に入った頃、イングランドが移籍ルールをヨーロッパ基準に合わせて「オフ」と「1月」のみにしてしまったときも、ヴェンゲルは誰よりも強硬に反論を申し述べたのだ。むしろ英国系の監督たちが概ね揃って受け入れる姿勢を示したのを横目に、異邦のフランス人、ヴェンゲルは「イングランドの伝統を堅持する」尊さを叫んだのである。そして、ヴェンゲルにほだされたかのように、他の外国人監督やプレーヤーの中にも疑問を呈する声が上がっている。時代は移る。が、だからこそ守るべきものもある。さて、FAは、ダイクは、今、何を思うだろうか。

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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