【東本貢司のFCUK!】決戦“直前”ライオネスの魅力

2015.07.02 13:10 Thu
▽2015女子ワールドカップ準決勝第二試合:イングランド対日本。FCUKの管理人たる者、いずれの肩を持つかは言うまでもないが、本稿をお読みいただける頃にはもうゲームは終わっている。いざこれからという時点でしたためている拙文を、勝敗が決着した後に披露するという「前代未聞の試み」、もとい、矛盾を、まずお許しいただきたい。当初は、この一大決戦の帰趨(きすう)を“シミュレーション”してみようとも考えたのだが、これはあまり意味がないと思いなおした。我が「ライオネスたち」が史上初めてセミファイナルに駒を進めただの、前回大会で唯一優勝したナデシコ軍団に勝ったのは、何の参考にもならない。試合は生き物で、やってみなければ何がどうなるかわからない。せいぜい、バルセロナ・スタイルのショートパス戦法のディフェンディングチャンピオンと、ロングパスを多用し、当たりの強さとセットピースに活を求める挑戦者、という図式もありきたりだ。

▽そこで、勝っても負けても「祭りの後」の話のタネとして、今回のイングランド代表メンバーに関する、興味深いインサイドストーリーをまとめてみようと思う。これが結構“タッチー(=ぐっとくる) ”な話ばかりなのである(だから、後で聞く方がいい)。一人目は、32歳のマーク・サンプソン監督が「ミニ・メッシ」と名付けた秘密兵器、21歳のフラン・カービー。緒戦フランスに敗れた躓きを第二戦のスーパーゴールで吹き飛ばしたワンダーガールだ。実は、彼女は14歳で母親を亡くしているが、このメキシコ戦当日はその母の誕生日に当たっていた。そして、母の突然の死から立ち直れず、4年間引きこもっていたことも。以上の事実は同試合後に初めて明かされ(カービー自身のツィッター)、それを知ったチームメイトは愕然とし、かつ感動に打ち震えたという。「わたしのすることのすべては亡き母へ捧げる誇りのため。少しはやってのけることができたかな」(カービー)

▽32歳になった大ベテラン、ファラ・ウィリアムズの場合、その人生はさらなる過酷な試練をたどった。両親の離婚で最愛の母親から引き離され、都合7年間もホステルからホステルへと移り住む、事実上のホームレス生活を強いられていたのだ。そして、それを彼女はずっとひた隠しにしてプレーを続けてきた。代表の元同僚のレイチェル・ヤンキーは、それらの事実を知った際「ひどく後ろめたい気持ちになった」とか。たぶん、そう感じたのはヤンキーだけではなかったろう。チェルシー、チャールトン、エヴァートンを経て現在リヴァプールでプレーするファラは「わたしは(胸の底に秘めた哀しみを紛らす)フットボールがあって幸運だった」としみじみと語っている。そして今、彼女の忍従はコロンビア戦のゴールという形で華々しく報われた。その瞬間、手の指でハートマークを作ってはしゃいだファラは、今では再び母タニヤと暮らせることになった無上の幸せを噛みしめながら、誇らしくこう述べている。「タニヤ、母さんこそがわたしの“ヒーロー”なのよ」!
▽ライオネス軍団中盤の“心臓”はジェイド・ムーア、24歳。ところが、なんと彼女の心臓には穴が二つも開いていたのだという。それが発覚したのが花の17歳の頃。手術が成功して大事を免れたものの、医師連からはこのままプレーし続ければ40歳まで生きられないだろうと通告されていた。「でも、どうってことないと思うことにしたの。とにかく、フットボールをプレーしたい一心だったからね」と、今、頼もしい中盤のエンジン、ジェイドは事もなげに言う。一方、ウィザード(魔術師)の異名を持つFW、カレン・カーニーのケースは、いわゆる精神的な問題、すなわち重度の閉所恐怖症だった。前回大会ではホテルの部屋の中でさえ、恐怖に打ち勝とうともがいていたという。そんなカーニーを力づけるべく、何くれと行動を共にしてくれたバーミンガムの僚友ローラ・バセットのおかげで、徐々に鬱状態から脱した彼女は今27歳の円熟期を迎え、メキシコ戦ではカービーのゴールをおぜん立てし、コロンビア戦、ノルウェイ戦では自らゴールを決めて完全に蘇った。

▽さて、チームにはママさんプレーヤーがふたりいる。ともに33歳のケイティー・チャップマンとケイシー・ストーニーだ。三児の母チャップマンは、子育てに忙しく一時は練習も休みがちで、前監督(ホープ・パウウェル)と衝突し代表落ちしてからの復帰。前キャプテン、および2012年五輪代表キャプテンのストーニーも「子供たちのことが常に頭から離れず」、やはりパウウェルの不興を買って代表落ち。今大会はサプライズ招集だった。この両女傑の“母なる”芯の強さは、ライオネスたちの貴重な拠り所となっている。トリは、サンプソン曰く「世界最高のライトバックになる器」のルーシー・ブロンズ。そのミドルネームがふるっている。ポルトガルの血を引く父親の家系からもらった、その名も「Tough(タフ)」。一昨年のチャンピオン、リヴァプールからあえて移籍したマン・シティーで、メッシらを鍛えた元バルセロナのユースコーチ、ロドルフォ・ボレルの薫陶を受けて一気に開花。特にセットピースで真価を発揮する今大会有数の“収穫”である。さてここまで書いてきて、決戦のホイッスルまで「あと1時間半」。運命の結果はいかに。

【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ 青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。

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