ダビド・ビジャ
David VILLA
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| ポジション | FW |
| 国籍 |
スペイン
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| 生年月日 | 1981年12月03日(44歳) |
| 利き足 | 右 |
| 身長 | 174cm |
| 体重 | 68kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ |
ダビド・ビジャのニュース一覧
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元神戸のビジャにセクハラ疑惑、インターンの元スタッフが訴える
昨シーズンまでヴィッセル神戸に所属し、一線を退いた元スペイン代表FWダビド・ビジャにセクハラ疑惑が浮上した。『ESPN』が報じた。 今回のセクハラ疑惑が浮上したのは、かつて所属したニューヨーク・シティFC時代の話。トレーニングスタッフとしてインターンで働いていた元スタッフがビジャから身体的な接触があったとし、7月にセクハラを受けたと訴えていたことに端を発する。 <div id="cws_ad">◆ダビド・ビジャMLS時代の輝かしいプレー集!<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJEaFNvVlo1dyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 女性によると、「私の名前を覚えようともせず、私をつかんだり、言葉で嫌がらせをした」とし、日々そういったことが続いていたようだ。 ニューヨーク・シティFCは、外部の法律事務所を介して調査を開始。インタビューを受けたのは40名で、そのうち半数以上が女性。対象者は、元スタッフ、嫌がらせの疑いをかけられているスタッフ、および直接関与していないスタッフと幅広い層が応対したとのこと。ビジャを含めて調査への協力を拒否した人間はいなかったとのことだ。 ニューヨーク・シティFCは今回の件について声明を発表。実際にそういった行為があったとした。 「調査の過程でなされていた主張は、少数の選手とスタッフがインターンや他のクラブスタッフとのやりとりにおいて、クラブの基準に従って行動していなかったというものだった」 「この行動には、不必要な身体的接触やからかい、衣服や外見に関するコメントが含まれていた。クラブはこの行動が不適切であり、受け入れ難いものだと判断しました」 なお、この声明自体にはビジャを名指しするなどの言及はなかったものの、『ESPN』はビジャが不適切な方法でスタッフに触り、不快感を与えていると調査の結果わかったとの情報を得たようだ。 ビジャ自身はこの訴えに対し「完全に虚偽だ」と否定。調査結果に関するコメントについては、代理人が「ダビドは常にこの問題を真剣に受け止め、調査に全面的に協力してきたが、最初から言っているようにこのような訴えは真実ではない」とし、セクハラ行為はなかったと主張している。 2020.11.07 16:30 Sat2
「サッカーに引退させられるのではなく…」ビジャが語る引退理由、感謝、天皇杯への思い
ヴィッセル神戸は13日、元スペイン代表FWダビド・ビジャ(37)が今シーズン限りでの現役引退を発表した。 ヴィッセル神戸のオーナーである三木谷浩史氏と共に記者会見に出席したビジャは、引退理由について語った後、これまでのキャリアで関わったすべてのクラブや人たちに丁寧に感謝の言葉を伝えた。その後、今シーズン、唯一、神戸にチャンスが残された天皇杯というタイトル獲得を成し遂げることでフィナーレを飾ることに意気込んだ。 「みなさんこんにちは。今日はお忙しい中、こちらに集って頂き、ありがとうございます。今日ここで記者会見をするのは、この場を借りて、わたくしが今シーズン限りでプロとしてのキャリアに終止符を打とうと、引退を決意しましたと発表するためにこの場を設けさせてもらいました」 「この決断というのは自分の中でも、長く考えてきたことです。これまで自分をサポートしてきてくれた方々、家族で会ったり、周りの人とも話し合った結果、決めたものです。コンディションという意味では今シーズン、ヴィッセル神戸で自分は良いプレーができていると思いますし、チームに貢献できるゴールというのも決めてこれたと思っています」 「ただ、自分の中でずっと思ってきたことがあり、それは『サッカーに引退させられるのではなく、自分の意志でサッカーを引退したい』とずっと考えてきたことがあります。そういった意味で、自分の周りの人と話した結果、自分自身がしっかり考えた結果、今がそのタイミングだという決断に至りました」 「時間が長くなってしまうのは申し訳ないが、自分のキャリアを振り返り、私のキャリアに関わってくれた方々に、この場を借りて感謝を述べていきたいと思います」 「まずはスポルティング・ヒホンに感謝したいです。子どもの頃に自分をクラブに入団させてくれて、カンテラで育ててくれました。サッカー選手として、そして人として、今の存在があるのはこのクラブのおかげだと思っていますし、自分の夢であったプロ選手としてデビューすることを実現してくれたクラブであります」 「次にレアル・サラゴサに感謝したいです。このチームを通して、スペインのすべての子どもたちが持っている(ラ・リーガ)1部でプレーするということを叶えてくれました。それにタイトルを2つ取ることもできました」 「その次にバレンシアは、自分がキャリアとして最も長い時間を過ごしたクラブでもありますし、家族と長く過ごした街でもあります。大きな舞台で自分がプレーをして(周囲に)認知される機会を与えてくれた場所です。このクラブを通してスペイン代表に定着することができました。自分の二人の長女と次女が生まれた場所でもありますし、大切な場所です」 「そしてバルセロナでは、多くの方々が史上最高と呼ぶチームの一員として素晴らしい3年間を過ごすことができました。ほとんどの人にそういったチャンスは巡ってこないなか、素晴らしい時間をそこで過ごすことができました」 「次にアトレティコ・マドリーでは、1シーズンという短い時間でしたが、とても濃密な時間で、リーグタイトルをとることもできましたし、アトレティコの関係者、ファンの皆さんに持っている特別な思いというのは、その1年のなかでとても熟成されました」 「その次には国境を越えてプレーする機会を与えてくれたシティ・グループの2チーム。まずは短い期間でしたが、素晴らしい時間を過ごすことができたメルボルン・シティ、そして、その後、4年間過ごしたニューヨーク・シティでも素晴らしい時間を過ごすことができましたし、このアメリカという新たな大陸で自分が活躍する機会を与えてくれました」 「そして、今在籍しているヴィッセル神戸。また新たな国でチャンスを与えて頂き、自分としても、家族としても体験してこなかったような体験をすることができました。またこのスピーチの後にもヴィッセル神戸には、感謝の気持ちを述べたいと思います。自分にとって素晴らしい時間を過ごせています」 「最後にスペイン代表。自分が物心がついた頃からの大きな夢があの赤いユニフォームを着ることでした。その場で自分が長くプレーできたこと、98試合代表のキャップ数を積み、ワールドカップやユーロのタイトルを獲得することもできました。本当にサッカー選手のキャリアとしてこれ以上ないような、機会やチャンスを与えて頂きました 「今、言ったすべてのクラブ、そして代表チーム、全ての場所で働いているスタッフの方々、用具係の方、役員の方々、そしてファンのみなさんに感謝の言葉を述べたいと思います。本当にこの人たちの力、流してくれた汗によって、自分というものがあったと思います。自分にとって欠かせない存在でした」 「将来について少し話をさせて頂くと、引退の後に来る恐れなどありません。自分の中で準備してきたこともありますし、まず言いたいことは、自分のプロキャリアの後は、神戸にとって大事な天皇杯というタイトルが残っているので、それを優勝した後にスタートしたいと思います」 「ただ、昨日にも発表がありました通り、(アメリカ2部相当)クイーンズボロFCというサッカーチームの経営にも関わっていきますし、DV7というサッカースクールも展開しています。そういったところで子どもたちのサッカーの教育や他のところに関わることで、ピッチでプレーすることはなくなっても、サッカー界に貢献を続けていくということはこれからもやっていきたいと思っています」 「あと、個人的に感謝を述べていきたい方々がいます。まずはビクトル(・オニャテ)。彼は代理人以上の存在で、私のこのキャリアを導いてきた大切な存在です。そして、自分がサッカーを楽しみながら、サッカーに関わるいろいろなプロジェクトを推進していくうえで、大きな力になってくれました。ありがとうございます」 「次に、仕事が終わった後に私を練習に連れて行ってくれた父。家で食事を作って待っててくれていた母に感謝をしたいです。そして、私の姉妹たち。結婚した後の義理の両親、私を支えてくれた友人であったり、親戚の皆さんには本当に感謝したいと思いますし、彼ら、彼女らの存在なしに今の自分はありえなかったと思っています」 「そして子どもたち。自分が毎朝起きて、練習に行って、自分と向き合うための力を与えてきてくれた自分の子どもたちに感謝したいです。良い時も、そして何より悪い時にもみんなが見せてくれた愛情が本当に力になっていました」 「最後にこの中で一番、大切な存在である(妻の)パトリシア(・ゴンザレス)に感謝したいです。彼女は本当に欠かせない存在ですし、私はこれまでサッカー選手として、そして人生においていろいろな決断をしてきました。良い決断もあれば、失敗した決断もありますけど、自分のなかでの最高の決断は、彼女と結婚したことだと思っています」 「そして私がキャリアを終えることになるこのヴィッセル神戸に改めて感謝を述べたいと思います。まず自分を信じて賭けてくれたこと。キャリアこそあったが、年齢を重ねていた自分のような選手を信じてくれたことを本当に感謝していますし、このクラブを支えるスタッフの皆様、一人一人に感謝したいと思います。もちろん、この場に集まってくれている選手、チームメイトの皆さんにも感謝しますし、今まで仕事をすることができた監督、あらゆる人の力があって、ここでの自分の時間は素晴らしいものでありました。これからも素晴らしいものであると確信しています」 「今日、このような場を設けたことが願わくば、残りのシーズンの試合を良い形で挑めるような助けになればと思います。特に、天皇杯というこのクラブにとっても大事なタイトルが残っています。それを戦い抜くための助けに少しでもなってくれればありがたいです」 「特に感謝したい方々がいます。まず、三木谷(浩史)社長。先程も言った通り、年齢を重ねた自分のような選手を獲得する決断というのは、決して簡単なものではなかったと思います。そんな私に賭けてくれたその思いは、自分にとってもこのクラブで日々、練習していくための大きなモチベーションになりました。自分が少しでもクラブが掲げる目標を達成するための、助けになれたなら幸いです」 「もう1人感謝したい方が、最初に神戸の興味に関して、私に連絡をしてくれて、メッセージをくれ、このクラブ、チームメイト、生活での適応をサポートしてくれた(アンドレス・)イニエスタに感謝したいです」 「本当に、彼と生きてきたことというのは、かけがえのないものですし、残りの一カ月半の時間を満喫して、最後に一緒に、他のチームメイトも一緒に天皇杯のタイトルを持ち上げることができれば幸せです」 「スピーチが長くなってしまって申し訳ないです。最後にもう一つ強調したいことは、今日、この場は自分の引退を発表する会見になりますが、引退は今日ではありません。私の強い願いは1月1日に天皇杯優勝を成し遂げて引退するということです。この記者会見が終わった後、自分は家に帰って早く寝て、早く起きて、今までやってきたようにクラブハウスに行って練習の準備をして、万全の状態で練習に挑み、日々、練習を重ねていくことはキャリアの中で、すべてのクラブでやってきたように変わらず、続けさせて頂きます。今日は本当にありがとうございました」 2019.11.13 15:10 Wed3
デ・ブライネにアメリカの4クラブが熱視線、インテル・マイアミ以外にも3クラブが動き出す
マンチェスター・シティのベルギー代表MFケビン・デ・ブライネ(33)には、アメリカの複数クラブが関心を強めているという。『The Athletic』が伝えた。 今シーズン限りで10シーズンを過ごしたシティからの退団を発表したデ・ブライネ。発表後の12日に行われたプレミアリーグ第32節のクリスタル・パレス戦では、直接FKを叩き込むなど1ゴール1アシストの活躍を見せ、2点ビハインドからの逆転勝利に貢献していた。 衰えを見せていないデ・ブライネに関しては、メジャーリーグ・サッカー(MLS)のインテル・マイアミが獲得に強い関心を示していると報じられた中、実は4つのクラブが関心を持っているという。 デ・ブライネに関心を持っているのは、インテル・マイアミの他、シカゴ・ファイアー、ニューヨーク・シティFC、DCユナイテッドの4クラブとのこと。クラブの複数の関係者が、予備的な交渉を進めていると明かしたという。 インテル・マイアミは、すでにリオネル・メッシ、セルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバ、ルイス・スアレスとかつてバルセロナでプレーした4選手が所属。サラリーキャップ外で獲得できるデジグネイティッド・プレーヤー(DP)の3枠が埋まっている状態であり、デ・ブライネを獲得するには、格安の条件になると見られている。 一方で、抜け道として考えられるのは、「ターゲット・アロケーション・マネー・プレイヤー(TAM)」と呼ばれるもの。移籍金を支払って獲得した選手など、一定の条件を満たした際に給与を引き上げられる枠として設けられており、給与上限は165万1250ドル(約2億3500万円)となっている。過去にはロサンゼルス・ギャラクシーでプレーしたズラタン・イブラヒモビッチや、ロサンゼルスFCでプレーしたガレス・ベイルなどが加入時はTAMとしてプレーし、イブラヒモビッチはのちにDPに変更。ベイルは変更前に引退した。 インテル・マイアミ以外のチームも、シカゴ・ファイアーはかつて柏レイソルでもプレーしたフリスト・ストイチコフ氏や、メキシコ代表のレジェンドでもあるクアウテモック・ブランコ氏、最近ではスイス代表のジェルダン・シャキリが所属していた。 ニューヨーク・シティFCは、言わずと知れたシティ・フットボール・グループ(CFG)のクラブ。シティと同じオーナーが保有しており、フランク・ランパード、アンドレア・ピルロ、ダビド・ビジャなどがかつて所属しており、すんなり移籍が実現しそうな可能性を持っている。 DCユナイテッドは、ウェイン・ルーニーが選手としても監督としても所属してたチーム。現在は元ベルギー代表FWクリスティアン・ベンテケが所属しており、日本人の木島萌生も所属している。 いずれにしても、アメリカから強い関心を寄せられているデ・ブライネ。2026年の北中米ワールドカップを前に、アメリカの地を踏むことになるかもしれない。 2025.04.17 15:05 Thu4
マジョルカ相手に前半だけでハットトリックの若きメッシがカメラに向かって決めポーズ【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、バルセロナのアルゼンチン代表FWリオネル・メッシが2011年10月29日に行われたラ・リーガ第11節のマジョルカ戦で決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆若きメッシがカメラに向かってウインク<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiIxeG9SMnRsTCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 当時24歳のメッシは、FWダビド・ビジャ、FWイサック・クエンカと3トップを組み先発出場。13分に、相手のハンドからPKのチャンスを獲得すると、これをゴール右上に蹴り込み先制点を記録する。 ゴールを決めたメッシは、テレビカメラに向かって右手親指を立て、人さし指、中指と続けて3カウントした後にカメラを指す、新ゴールパフォーマンスも披露。 すると、21分には左からの折り返しを冷静に右足で流し込み、早くも2点目記録した。止まらないメッシは、30分にも右サイドのDFダニエウ・アウベスからのアーリークロスに抜け出し、それをダイレクトで沈め、前半の30分だけでハットトリックを決めてしまった。 髭のないスッキリした顔に、楽しそうなゴールパフォーマンスと、今よりも少し若さを感じさせるメッシだったが、フットボールの実力は当時から圧倒的だった。 2020.07.20 11:00 Monダビド・ビジャの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2020年2月1日 |
神戸 |
引退 |
- |
| 2019年1月1日 |
NYシティ |
神戸 |
完全移籍 |
| 2014年12月31日 |
メルボルン・シティ |
NYシティ |
レンタル移籍終了 |
| 2014年10月1日 |
NYシティ |
メルボルン・シティ |
レンタル移籍 |
| 2014年7月1日 |
アトレティコ |
NYシティ |
完全移籍 |
| 2013年7月8日 |
バルセロナ |
アトレティコ |
完全移籍 |
| 2010年7月1日 |
バレンシア |
バルセロナ |
完全移籍 |
| 2005年7月1日 |
サラゴサ |
バレンシア |
完全移籍 |
| 2003年7月1日 |
スポルティング・ヒホン |
サラゴサ |
完全移籍 |
| 2001年7月1日 |
スポルティング B |
スポルティング・ヒホン |
完全移籍 |
| 2000年7月1日 |
スポルティングU19 |
スポルティング B |
完全移籍 |
| 1999年7月1日 |
|
スポルティングU19 |
完全移籍 |
ダビド・ビジャの監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2023年3月28日 |
Racing Benidorm |
オーナー |
| 2021年5月6日 |
オディシャ |
監督 |
| 2019年11月12日 |
Queensboro |
オーナー |

スペイン
神戸
NYシティ
メルボルン・シティ
アトレティコ
バルセロナ
バレンシア
サラゴサ
スポルティング・ヒホン
スポルティング B
スポルティングU19
オディシャ
Queensboro