【東本貢司のFCUK!】運命の“すれ違い”交代劇
2016.01.29 14:00 Fri
▽名プレーヤーは必ずしも名指導者たり得ないように、名コーチもえてして名監督たり得ない。一方、文脈によっては「監督」を「ヘッドコーチ」と言いならすことも少なくない。また、コーチを「トレイナー」と呼ぶ例もある。ついでながら、ラテン諸国の中には代表監督を「セレクター(英語)」と呼ぶことも。そして、監督を「マネージャー」と“訳す”慣習は、知られている限り英国圏だけである。用語の取り扱いには、ときに注意を要すことも多々で、早飲み込みは誤解を生じると肝に銘じるべきだ―――とか何とかの議論はひとまずさて措き、ここでは一つだけ確認しておきたい。特定のゲームに際しての「マネージャー(監督)」の主な責務とは、戦術の指針を「確認」し、スタメンとサブの面子を決定し、かつ、ゲーム中は展開に応じて最も適切と思われる「交代」の是非を決断する。この三つめの差配がときに試合の成否に深く関わるとき、思わぬドラマを生むこともある。
▽ドラマの転換、その引き金を引いた「問題の交代劇」が演じられたのは、まさにその直後。それまでピッチ上で最も目を引く存在だったエヴァートンの核弾頭、ジェラール・デウロフェウを、監督ロベルト・マルティネスはあえて引っ込める決断をした。単純に考えると、残り30分を守備重視に切り替える「暗黙の指令」・・・・が、ビジター席のエヴァートンファンからは抗議のどよめきが起こり、解説席で見守っていたロビー・サヴェイジも首を傾げ、何よりも筆者の脳裏を嫌な予感が走った。そして、直感的に思った。これはベンチにいるケヴィン・デ・ブルイネの出番が「早まるのでは」ないか。果たして、ペジェグリーニがヤヤ・トゥーレを下げてまで66分に送り出したデ・ブルイネから“同点”ゴールが! デウロフェウとデ・ブルイネの“すれ違い”が生んだ「痛恨×してやったり」の絵に描いたようなドラマ。ただし、そこにもう一つ、隠れた決定的なドラマが潜んでいたのだとしたら?
▽デ・ブルイネのゴールが決まった直前、ギャレス・バリーの抗議の身振りが視界を過っていた。なぜ? リプレーの映像―――見ると、ラヒーム・スターリングが“ラスト”クロスを上げたその瞬間、ボールは明らかにラインを割っていたのだ。もしもヴィデオチェックの導入がされていたとしたら、当然ゴールは無効。だが、判定は覆らない。レフェリーはラインズマンに確かめるふりも見せなかった。同時点でスコアはイーヴン。流れからして延長突入の確率は高かった。ここで解説を一つ。イングランドでは通常「アウェイゴール(の特例)」を勘定しない。ただし、新しく取り決められた新ルールで、延長後もタイスコアの場合のみ「アウェイゴール:×2」の国際基準が適用される。つまり、延長30分間にエヴァートンが1点でも追加できれば、断然有利になる。せっかく守備を固めた以上、残り20分を守り切れば勝機は十分、すなわち、まだ優位はビジター側にあったのだが・・・・。
▽だが“ジャッジミス”の失意を引きずる心理的な後退が、エヴァートンイレヴンを蝕んでいたのはほぼ間違いない。かさにかかって攻めたてるシティーのこのゲーム3点目が、アグエロの(めったにない)ヘディングからひねり出されたとき、マルティネスとそのチームの命運は露と消えた。まだある。終了案際、フィットネスの観点からあえてスタメンを外されていたデ・ブルイネが、接触プレーから転倒して負傷。後に、6週間の安静リタイアが報じられた。「デウロフェウ/アウト、デ・ブルイネ/イン」はそんなアクシデントまでドラマのシナリオに書き加える結果となったのだとしたら・・・・。一足先に決勝進出にこぎ着けたリヴァプールはといえば、このホームのセカンドレッグに0-1で敗れ、胸突き八丁のPK戦でも常に後手に回る瀬戸際を乗り切って(監督クロップは、その一部始終を見るに見かねてそっぽを向いていたというほどに)まさに、運を味方につけた勝負強さを発揮した。宿敵エヴァートンが敗退し、勝ったシティーもデ・ブルイネ故障の痛手を被った現実とを秤にかける限り、クロップが初タイトルを飾る運まで見えてきた気がする。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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▽リーグカップ準決勝セカンドレッグ、エティハド・スタジアムで行われたマンチェスター・シティー-エヴァートン戦ほど、そのことを如実に思い知らされた試合は、近年記憶にない。前半は第一戦でのリード(2-1)を引っ提げて乗り込んできたビジターのエヴァートンが明らかに主導権を奪った。胸のすくようなカウンターが冴えわたり、早々の18分、若き司令塔ロス・バークリーのミドルが炸裂する。このままではホームサイドは最低でも2点の追撃が必要・・・・と思ったとき、その6分後、シティーのフェルナンジーニョがお返しの強烈なミドルシュートで1-1(通算2-3)。そこから双方息を呑むねじり合いが続くが、ストーンズを中心とするエヴァートンの頑強な守りにシティーは手こずり、ハーフタイムを挟んで開始から1時間に差し掛かろうという時点で、これはマージーサイドダービーの決勝戦が濃厚かと思われた。それほどに、ビジターの攻守はバランスが良かった。▽デ・ブルイネのゴールが決まった直前、ギャレス・バリーの抗議の身振りが視界を過っていた。なぜ? リプレーの映像―――見ると、ラヒーム・スターリングが“ラスト”クロスを上げたその瞬間、ボールは明らかにラインを割っていたのだ。もしもヴィデオチェックの導入がされていたとしたら、当然ゴールは無効。だが、判定は覆らない。レフェリーはラインズマンに確かめるふりも見せなかった。同時点でスコアはイーヴン。流れからして延長突入の確率は高かった。ここで解説を一つ。イングランドでは通常「アウェイゴール(の特例)」を勘定しない。ただし、新しく取り決められた新ルールで、延長後もタイスコアの場合のみ「アウェイゴール:×2」の国際基準が適用される。つまり、延長30分間にエヴァートンが1点でも追加できれば、断然有利になる。せっかく守備を固めた以上、残り20分を守り切れば勝機は十分、すなわち、まだ優位はビジター側にあったのだが・・・・。
▽だが“ジャッジミス”の失意を引きずる心理的な後退が、エヴァートンイレヴンを蝕んでいたのはほぼ間違いない。かさにかかって攻めたてるシティーのこのゲーム3点目が、アグエロの(めったにない)ヘディングからひねり出されたとき、マルティネスとそのチームの命運は露と消えた。まだある。終了案際、フィットネスの観点からあえてスタメンを外されていたデ・ブルイネが、接触プレーから転倒して負傷。後に、6週間の安静リタイアが報じられた。「デウロフェウ/アウト、デ・ブルイネ/イン」はそんなアクシデントまでドラマのシナリオに書き加える結果となったのだとしたら・・・・。一足先に決勝進出にこぎ着けたリヴァプールはといえば、このホームのセカンドレッグに0-1で敗れ、胸突き八丁のPK戦でも常に後手に回る瀬戸際を乗り切って(監督クロップは、その一部始終を見るに見かねてそっぽを向いていたというほどに)まさに、運を味方につけた勝負強さを発揮した。宿敵エヴァートンが敗退し、勝ったシティーもデ・ブルイネ故障の痛手を被った現実とを秤にかける限り、クロップが初タイトルを飾る運まで見えてきた気がする。
【東本 貢司(ひがしもと こうじ)】
1953年大阪府生まれ
青春期をイングランド、バースのパブリックスクールで送る。作家、翻訳家、コメンテイター。勝ち負け度外視、ひたすらフットボール(と音楽とミステリー)への熱いハートにこだわる。
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