コラム

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【六川亨の日本サッカー見聞録】2017J1リーグ展望①

▽昨シーズンのACL王者の全北現代(韓国)のスカウト担当者が、審判に賄賂を贈って八百長を工作したとして、AFC(アジアサッカー連盟)は今シーズンのACLの出場権を剥奪すると発表した。疑惑は今から4年間の2013年だったが、あれだけの強豪チームが八百長を仕掛けるとは何とも理解できない。チームはスポーツ仲裁裁判所(CAS)に不服を申し立てるとしているが、果たして結果はどう出るのか注目されるところだ。 ▽さてJリーグは多くのチームが先週末に始動を迎え、早くもキャンプに突入している。今シーズンから優勝チームには多額のボーナスが出るものの、オフの移籍市場は穏やかで、これといった“目玉”はなかったのは残念だ。鳥栖がGKブッフォンの獲得を表明したものの実現せず、あとは神戸がオファーを出している元ドイツ代表FWのルーカス・ポドルスキが来るのかどうか。神戸は柏からFW田中順也、FC東京からMF高橋秀人、仙台からDF渡部博文と即戦力を補強。FWペドロ・ジュニオールを鹿島に引き抜かれたのは痛手だが、あとはレアンドロとコンビを組む新外国人を補強できれば面白い存在になりそうだ。 ▽その補強で相変わらずの“手堅さ”を感じたのがJリーグ王者の鹿島だ。FW金崎夢生というエースストライカーに加え、前線にはFW赤崎秀平、FW土居聖真やFW鈴木優磨とタレントはいるものの、神戸からペドロ・ジュニオールを引き抜いた。ACLとのターンオーバーを見据えつつ、金崎がシーズンを通じてフル稼働できない可能性もあるため、その保険も兼ねているのだろう。MF柴崎岳の海外移籍が噂されているが、ミスター新潟とも言えるレオ・シルバを獲得と抜かりはない。唯一の不安はCBファン・ソッコの抜けた穴だが、そこはDF植田直道の成長に期待したい。 ▽このJリーグ王者に挑むのが年間勝点1位の浦和ということになるのだろうが、即戦力候補は新潟から獲得したFWラファエル・シルバくらいだろう。千葉から獲得したFWオナイウ阿道やレンタルバックのMF長澤和輝、岡山からレンタルバックのMF矢島慎也らは将来的な若返りを見据えてのことだろう。それだけスタメンはほぼ決まっている。逆に不安材料を上げるとすれば、固定されたスタメンと6年目を迎えるペトロヴィッチ監督の“マンネリ感”ではないだろうか。2月25日、鹿島とのゼロックス杯は今シーズンの浦和を占う意味でも注目したい。 ▽移籍市場で大胆な動きを見せたのがFC東京だ。川崎FからベテランFWの大久保嘉人、J2に降格した名古屋からFW永井謙佑、フィテッセから左SB太田宏介、GKに鳥栖から林彰洋と代表クラスを獲得するなど、1月15日のチーム始動日には約2000人のファンが練習場に集まり、期待の高さをうかがわせた。さらにFCソウルのブラジル人MFの獲得を狙っているとの噂もある。問題は、新加入選手により出場機会を争うことになるFW前田遼一やMF河野広貴、阿部拓馬、DF徳永悠平といった“功労者”のメンタル・マネジメントだろう。昨シーズンと違いACLはないだけに、リーグ戦に集中できるとはいえ豊富な戦力をどうコントロールするのか。篠田善之監督の手腕が問われることになる。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.01.19 15:45 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】W杯の増枠は疑問

▽今月9日のことだったと思う。元日本代表の中田英寿氏がFIFAのFootball Advisory Panel(サッカー諮問委員)の一員として、W杯の参加国数の増加について好意的な意見を述べていた。正直、将来的な展望と想っていたところ、FIFAのインファンティノ会長は2026年のW杯から、現行の32チームから48チームに出場枠を拡大することを決定したのには驚かされた。 ▽狙いは単純。選手の負担を考慮して、1次リーグは3チームによるリーグ戦と試合数を減らし、その後はトーナメント戦にするものの、門戸の拡大によりトータルの試合数は現行の64から80に増える。開催国は入場料収入が増え、FIFAはテレビ放映権料の増加や、クラブW杯のスポンサーになった中国のアリババ・グループなど新たなスポンサーの獲得にもつながるメリットが予想される。 ▽それに対し、早くもヨーロッパからは否定的な声が出ている。それもそうだろう。選手の年俸を負担して生計を支えているのは各クラブだからだ。決勝戦まで勝ち進んだ場合の試合数は変わらないものの、そのしわ寄せは日程に来ることが予想される。そもそも、48チームに拡大する必要性がどこにあるのか、その必然性が分からない。 ▽2020年に東京五輪を控え、大会をコンパクトにし、必要経費を削減することが東京のテーマとして議論されている。IOCにしてみれば、経費の膨張は立候補国の減少につながるだけに死活問題と捉えているのではないだろうか。同じことはW杯にも当てはまる。決勝まで勝ち進んだチームの試合数こそ変わらないとはいえ、同じ期間で64試合から80試合を消化するためには、FIFAの規格に適合したスタジアムが必要になる。 ▽問題はスタジアムだけではない。48チームの練習場の確保。48チームのファン・サポーターが訪れた際の宿泊施設(ホテル)の確保など、課題は山積だ。日本より広大な面積のブラジルでさえ、W杯の際はホテルが不足して通常の5倍から(リオは)10倍の値段に高騰した。W杯は都市開催ではなく国開催だと言われるのは、それだけ五輪よりも規模が大きい大会だからでもある。 ▽すでにW杯は2018年のロシア、2022年のカタール開催と決まっている。その次の2026年は北米が有力だが、逆説的にも48チームを受け入れられるのはアメリカしかないだろう。同じことは2030年にも言えて、W杯が48チームで開催されるなら、招致できる国も限られる。W杯の共催は日韓両国で実績があるとはいえ、欧州選手権の共催は必ずしも成功したとは限らない。もはや限られた国しか開催できないW杯にする参加国増の今回の決定だ。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.01.12 15:00 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】選手権の持つ役割

▽全国高校選手権は1月5日に準々決勝4試合が行われ、夏冬連覇を逃した市立船橋に続き、大会連覇を狙った東福岡も敗れる波乱があった。ベスト4に駒を進めたのは東福岡を破った東海大仰星、佐野日大、青森山田、前橋育英で、どこが勝っても初優勝となる。何が起こるか分からない一発勝負のトーナメントならではのベスト4と言えるだろう。 ▽今大会では、卒業後に川崎Fへ加入する桐光学園の左SBタビナス・ジェファーソンや、正智深谷のベスト8進出に貢献したオナイウ阿道(千葉から浦和へ移籍)の弟の、オナイウ情滋らハーフの選手が大会を彩った。タビナス・ジェファーソンはガーナ人の父とフィリピン人の母、オナイウ兄弟はナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれた。しかし、高校サッカー通の知人によると、ハーフの選手が活躍するのも今年で最後だろうと予測する。 ▽それというのも、彼らの両親のいずれかは、日本経済がバブル絶頂期に日本に仕事を求めて来たものの、その後はバブル崩壊により日本を訪れる機会が減ったからだという。バブルがスタートしたのは1986年と言われ、1985年当時は1ドル250円だったのが、同年のプラザ合意により急激な円高が進み、1988年には1ドル120円まで高騰した。その後1993年頃からバブル景気に陰りが見られ、1998年には大手金融機関が破たんするなどバブル景気は崩壊した。 ▽イラン人の父と日本人の母の間に生まれた大リーガーのダルビッシュ有は1986年生まれ。ジャマイカ人の父と日本人の母の間に生まれた鈴木武蔵は1994年生まれだし、オナイウ阿道は1995年生まれ、タビナス・ジェファーソンは1998年生まれと、偶然の一致かもしれないが、知人の指摘にも一理あるようだ。 ▽そういえば、2005年にドイツW杯予選でイランのテヘランを訪れた時のことだった。アリ・ダエイの兄が経営しているサッカーショップの近くにある食料品店で買い物をした際、店主は10年間、千葉県の館山市で働いてお金を貯めたと流暢な日本語で話していた。イスラム教徒には禁じられているお酒と女性も楽しんだそうだ。またタクシーの運転手は宇都宮で働いたがお金を貯めることはできなかったと、こちらも日本語で話しかけてきたし、街中で出会ったイラン人男性は神奈川県の追浜で働いていたという。いずれもバブル最盛期に日本へ仕事を求めて来た人々だ。 ▽前述の鈴木武蔵やオナイウ阿道と情滋、タビナス・ジェファーソンは日本国籍を取得し、すでに鈴木とオナイウ阿道はU-23日本代表に選出され、近い将来は日本代表を目指している。プロへの登竜門――これも高校選手権の持つ役割の1つであり、彼らの活躍が、後進への道を開くことにつながるよう願わずにはいられない。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2017.01.05 20:00 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】天皇杯決勝は好対称なチームの激突に

▽第96回天皇杯決勝は、6大会ぶり5度目の優勝を狙う鹿島と、初のファイナリストになった川崎Fとの顔合わせになった。準決勝の鹿島対横浜FM、川崎F対大宮の準決勝2試合は、いずれも後者が試合の主導権を握ったものの、勝ち残ったのは前者という皮肉な結果になった。 ▽横浜FMは前半30分過ぎまでに齋藤のドリブル突破などから決定機をつかんだものの、前田のシュートはGK曽ヶ端に阻まれ、富樫のシュートは枠を捉えられずに好機を生かせない。齋藤は鹿島にとって脅威になっていただけに、彼にボールを集めるのは当然の策だが、それを利用するあたり、試合巧者の鹿島らしい。 ▽鹿島は41分に齋藤へのパスをカットした永木から赤崎、柴崎と素早くつなぐカウンターから、最後は土居が頭で押し込んで先制した。横浜FMは後半に中村を投入して反撃を試みるも、後半28分にDF新井がビルドアップのパスを痛恨のミスで永木にプレゼント。これを柴崎、鈴木とつながれて追加点を奪われた。その2分前には金井が同点弾を決めながら、オフサイドの判定で取り消されたのも痛かった。 ▽大宮は今季リーグ5位の躍進につながった攻から守への素早い切り替えと、囲い込む守備で川崎Fにサッカーをやらせなかった。それは大島が投入されても変わらず、ポストを叩いた泉澤のシュートか、フリーにもかかわらずゴール枠を捉えられなかったムルジャのシュートが決まっていれば勝てたかもしれない試合だった。 ▽終了間際に右CKからのこぼれ球を、最後は谷口が押し込んで決勝点としたが、これだけ攻撃に精彩を欠き、何もできない川崎Fを見るのは初めて。それほど、大宮のサッカーは素晴らしかった。 ▽ただ、決勝戦の顔合わせとしては、堅守速攻の鹿島対パスサッカーによる攻撃的な川崎Fという対照的なチーム同士の激突の方が面白いかもしれない。両者はCS準決勝でも対戦し、金崎の決勝ヘッドで鹿島が勝ち進んだが、ボールポゼッションで川崎Fが上回りながらも、決定機の数は互角だった。今シーズンでチームを離れる風間監督とFW大久保が初タイトルを置き土産にできるか。それとも鹿島が天皇杯の優勝回数を伸ばして東京VやG大阪と並ぶのか。決勝戦は元日の14時に吹田スタジアムでキックオフとなる。 ▽最後に個人的なことだが、天皇杯の決勝は大学生の4年間と社会人になってからの36年間、計40年間にわたりスタジアムで観戦・取材してきた。さすがに今回は元日に吹田まで日帰り取材するのは断念して、テレビ観戦の予定だが、改めて国立競技場のロスト感を覚えずにはいられない。 ▽今年のコラムもこれが最後になります。1年間お世話になり、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。それでは良いお正月をお過ごしください。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.12.29 19:30 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】危機感を覚えたJリーグアウォーズ

▽今シーズンのJ1リーグのMVPは川崎Fの中村が初受賞した。チームの年間2位に貢献し、9ゴール11アシストと結果も残しただけに、納得できる結果でもある。リーグ優勝を果たした鹿島からベストイレブンに選出されたのは西と昌子の2人だけ。これはCS(チャンピオンシップ)が始まる前の11月18日に優秀選手がノミネートされたため、CSの結果は反映されなかったからだ。第2ステージの鹿島は11位と低迷していただけに、当然の結果と言える。 ▽その一方で、年間勝点1位の浦和からは8人の選手が優秀選手に選出されながら、ベストイレブンに選ばれたのは西川と槙野、阿部、柏木の4人だけ。興梠と武藤はゴールという結果で小林(川崎F)やレアンドロに及ばなかったため選外となったのだろう。 ▽興味深いのはベストイレブンのDF陣だ。昌子と槙野は当然として、6位の広島から塩谷、9位のFC東京から森重が選ばれたのはちょっと意外だった。チームの成績に関係なく、プレーが評価されての受賞だろうが、ベストイレブンに選ばれた4人は、いずれもCBタイプの選手ということ。昌子と森重は4バックのセンターだし、槙野と塩谷は3バックのサイドで果敢な攻撃参加を見せるものの、純粋なサイドバックではない。 ▽ノミネートされた選手には4バックのサイドを務める川崎Fのエウシーニョと車屋、G大阪の藤春もいたが、槙野や塩谷を上回るだけのインパクトを残せなかったということなのだろう。日本代表でもサイドバックは酒井宏と酒井高、長友が長らくレギュラーとしてプレーしている。それだけ“国内組”にはサイドバックの台頭が滞っていることの裏返しと言えるかもしれない。 ▽塩谷と、今回は受賞を逃した藤春は、手倉森監督が「代表に来て欲しい」と期待を込めてリオ五輪のOA枠で招集した選手でもある。ただし、塩谷と藤春はすでに28歳と、もう若手の域を過ぎている。大型CBだけではなく、サイドバックの育成も急務と言っていいだろう。ベストイレブンを見ても、25歳以下での選出は昌子1人だけ。浦和の遠藤や川崎Fの大島、ベストヤングプレーヤー賞を受賞したG大阪の井手口がベストイレブンの選外になったのは残念だったが、若手選手の有望株は浅野や久保、南野のように海外へ流出して、Jリーグそのものが高齢化している証拠かもしれない。 ▽中村のMVPは当然だと思うが、36歳での受賞は過去最年長となる。その彼が、投票で断トツだったことにも危機感を覚えてしまう、今年のJリーグアウォーズだった。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.12.22 13:15 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】ビデオ判定によるPKに違和感

▽FIFAクラブワールドカップ(W杯)で、開催国枠で出場した鹿島が準決勝でナシオナル・メデジン(コロンビア)を3-0の大差で下し、アジア勢としては初となる決勝進出を果たした。 ▽鹿島は1次ラウンドでオークランド・シティ(ニュージーランド)に先制点を許したが、交代出場の赤崎と金崎の連続ゴールで逆転。準々決勝のマメロディ・サンダウンズ(南アフリカ)、準決勝のナシオナル・メデジン戦はいずれも前半から押し込まれたが、持ち味である堅守とGK曽ヶ端のファインセーブなどで無失点に切り抜ける。そしてマメロディ・サンダウンズ戦では遠藤と金崎のゴールで2-0、ナシオナル・メデジン戦は土居のPKと遠藤、鈴木の追加点で3-0と快勝した。 ▽この2試合でゴールをマークした金崎と鈴木はいずれも交代で入った選手。1次ラウンドに続き石井監督の采配もズバリ的中したと言える。堅守速攻をベースに試合巧者の鹿島が、これまでは、なぜかACLで結果を残すことができずに不思議に思っていた。しかしクラブW杯というグレードアップした大会で結果を出したことで、来シーズンのACLにも期待が持てそうだ。 ▽ただ、ナシオナル・メデジン戦では違和感も覚えた。前半26分過ぎ、ナシオナル・メデジンのスローインでプレー再開という時に、主審がストップをかけたまま試合は数分間、中断された。FIFA主催の大会で初めて試験導入されたビデオ判定が適用されたものの、スタンドで観戦していたファンには何が起こったか分からなかったと思う。 ▽ビデオ判定の結果、鹿島のミドルサード左でのFKで、柴崎のクロスに対しゴール前ファーサイドに飛び込んだ西が足を引っ掛けられて転倒したとして、鹿島にPKが与えられた。VTRで繰り返し見たが、故意に足を引っ掛けたというよりも、身体を寄せた際に引っ掛かってしまったという印象を受けた。CKやFKの守備では、相手をフリーでプレーさせないため、身体を寄せるのは常套手段だ。その際に、ボールと直接かかわるプレーではないものの、ホールディングは今シーズンから厳しくジャッジすることになった。しかし西への反則はホールディングではない。 ▽幸いにもビデオ判定はこの1シーンだけだったが、「試合中に何度も繰り返されるようなら、流れが途切れてしまう」と石井監督が試合後に語ったのも頷ける。PKかどうかの判断も含めて、ジャッジは人間が下すから、例えそれがミスジャッジであっても受け入れるところに様々なドラマが生じると思う。ビデオ判定はゴールかどうかの判定だけにとどめた方が、選手もファンもすっきりするのではないだろうか【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.12.15 17:00 Thu
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【六川亨の日本サッカー見聞録】クラブW杯初戦のMVP永木は当然の選出だった

▽昨日8日に開幕したFIFAクラブW杯の準々決勝プレーオフで、開催国枠出場の鹿島は金崎の逆転ゴールでオークランド・シティを2-1で下し、初戦を突破した。試合のMVPに選ばれたのは金崎ではなく、同点弾をアシストした永木だったが、納得できる選出だった。 ▽というのも、試合は立ち上がりから鹿島ペースで、ボールポゼッション率でもオークランドを圧倒したものの、言葉は悪いが「ボールを回しているだけ」の攻撃だった。石井監督が「なかなかギアが上がらない展開。CSの疲れからか、前半は全体的に身体が重かった」と言えば、永木も「立ち上がり、フワッと入ってしまった。過密日程と優勝した余韻に浸った気分があったのかな」と振り返っていたが、苦戦した原因は引いた相手に対し、足元から足元へとつなぐパスが多かったことだ。 ▽トラップしてからのパスは相手も予測しやすい。逆説的に言うと、ワンタッチ(ダイレクト)のパスでの突破がなかったのは、スペースへ走り込む選手がいなかったということにつながる。ここらあたりの動き出しの少なさを、石井監督は「身体重かった」と指摘したのかもしれない。 ▽引いて守りを固めるオークランドを攻めあぐねた小笠原は、何度もサイドチェンジを繰り返しては“幅”のある攻撃で揺さぶろうとした。しかし、最後の突破となるタテへの仕掛けではスペースがないため、遠藤や西、山本へのパスはゴールラインを割ることが多かった。 ▽流れが変わったのは、63分に小笠原に代わって金崎が投入されてからだった。この交代で、それまで左サイドハーフだった柴崎がボランチに入り、2トップだった土居を左サイドハーフにコンバートして、金崎と赤崎の2トップにした。すると柴崎は、サイドチェンジという“幅”を使った攻撃に加え、バイタルエリアの2トップへタテパスを入れる“深さ”を使った攻撃でオークランドDF陣をおびき出した。 ▽そしてもう一つの変化は、小笠原が司令塔の役を務める時はアンカーとして守備に回る永木が、柴崎がボランチに入ると果敢に前線へと飛び出したことだ。67分の赤崎の同点ゴールは、右サイドで永木が遠藤とのパス交換からスペースへ抜け出し、絶妙のクロスを送ったことで生まれた。突進すると見せて後方に戻りながら、自身の前にシュートスペースを作った赤崎のプレーも秀逸だったことも付け加えておこう。 ▽そして思ったのは、やはり柴崎はサイドに置くよりもボランチの方が生きるということ。小笠原とのコンビで攻撃力は確実に増す。しかし永木の攻守における貢献度も捨てがたい。ここらあたりが石井監督も頭を悩ますところだろう。 ▽最後に、CS第2戦の2ゴールに続き、この日も決勝点を決めて“神ってる”金崎を、ハリルホジッチ監督はどう評価するのだろうか。次の代表招集はまだ先のことなので、それまで金崎が好調を持続しているかどうか分からないが、ちょっと気になるところでもある。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.12.09 15:56 Fri
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【六川亨の日本サッカー見聞録】痛ましい墜落事故に思ったこと

▽また痛ましい墜落事故が起きてしまった。もうすでにテレビや新聞、ネットでも報道されたように、11月28日午後10時過ぎ、南米クラブ選手権(コパ・スダメリカーナ)決勝に出場するためコロンビアのメデジンに向かっていたブラジル1部リーグのシャペコエンセの選手やクラブ関係者の乗っていたチャーター機がメデジン空港近くで墜落。奇跡的に救助された3選手をのぞき、22人のメンバーを含め、クラブ関係者や記者など70人が命を落としたという。 ▽哀しい事故により初めてチーム名を知ったが、犠牲者には元神戸のカイオ・ジュニオール監督や千葉でJ2得点王にもなったケンペスや、柏でプレーしたクレーベルら元Jリーガー5人が含まれているだけに、各クラブの関係者、ファン・サポーターも心を痛めていることだろう。HPで哀悼の意を表したり、練習前に黙とうをしたりしてかつてのチームメイトを偲んだクラブもある。 ▽かつては1949年に、当時絶頂期にあったトリノの選手が乗った飛行機がトリノ郊外に墜落して選手全員が死亡した「スペルガ(墜落地)の悲劇」や、1958年にチャンピオンズリーグの帰途、西ドイツのミュンヘン空港で離陸に失敗して選手の大半を亡くした「ミュンヘンの悲劇」と言われる惨事があった。近年では1993年に、W杯予選に出場するため移動中だったザンビア代表の搭乗機がガボン沖合に墜落して乗客全員が死亡したり、1987年にはペルーの名門チーム、アリアンサ・リマの選手が搭乗した飛行機が太平洋に墜落して43人が死亡したりした、痛ましい事故があった。 ▽事故の原因は燃料切れという説と、電気系統のトラブルという説があるが、まだ正確なことは分かっていない。日本と違いヨーロッパや南米、アフリカは広大な大陸ため、移動手段に飛行機は欠かせない。そしてブラジルW杯や今夏のリオ五輪取材時に実感したのは、マナウスからサルヴァドールやサンパウロへ移動するのに直行便はないため、ブラジリアでの乗り換えを余儀なくされ、改めてブラジルの国土は広いということだった。今回のチャーター機も、サンパウロからボリビアのサンタクルスを経由してメデジンに向かった。どちらが墜落の原因であっても、納得せざるを得ない気がしてならない。 ▽ここで話しは大きく変わるが、韓国では朴槿恵大統領の退陣を求める大規模なデモが連日のように行われている。何十万という人々が光化門広場に集まり声なき声をあげている。ドイツのミュンヘンなら市庁舎広場前、ウクライナだったら首都キエフにあるソフィア広場、フランスだとパリのシャンゼリゼ大通り、イタリアではミラノのドゥオーモ広場、メキシコではメキシコシティの独立記念塔、アルゼンチンならブエノスアイレスの独立記念塔といった具合に、嬉しい時や悲しい時、あるいは抗議をするために人々が集える広場がある。 ▽もしも日本にもそうした広場があれば、今回のような痛ましい出来事に、サッカーファンが集って哀悼の意を捧げたと思うが、残念ながら日本にはそうした広場がない。渋谷のスクランブル交差点や大阪の道頓堀ではなく、人々が自然発生的に集える広場が欲しいとの思いを新たにせずにはいられなかった。最後に、亡くなられたすべての方々のご冥福をお祈りいたします。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.12.01 16:00 Thu
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【日本サッカー見聞録】CS準決勝で名言を残した風間監督

▽JリーグのCS(チャンピオンシップ)準決勝は、昨年に続き年間勝点3位の鹿島が、金崎の決勝点で年間勝点2位の川崎Fを下して決勝戦に進出した。試合そのものは、両チームともイージーミスの少ない、パスをていねいにつなぐサッカーで、年間順位にふさわしい内容だった。ただ、敗れた川崎Fのファン・サポーターにしてみれば、年間勝点で13もの差がある2位と3位だけに、割り切れない思いもあったのではないだろうか。 ▽加えて川崎FはFW小林、MF大島といった主力に加え、武岡、奈良、井川といったDF陣も負傷などでメンバー外となり、MFの田坂を3バックにコンバートする苦しい布陣。リザーブのDFも登里1人のため、19歳のMF板倉と三好をスタメン起用しなければならなかった。さらに21分にはMF長谷川が負傷し、中村と交代を余儀なくされるなど、風間監督にすれば誤算続きだっただろう。 ▽その点について風間監督は、「それは誤算というか、そんなにいい計算はしていないです。90分なので。生き物なので、覚悟するしかない。別に初めからプラン通りにいく試合なんてそうあるわけではない」と割り切っていたのはさすがだ。そして印象的だったのが、試合後の風間監督のコメントだった。今シーズンでチームを去るに当たり、次のような言葉を残した。 ▽「1つは考え方です。もう1つは技術。選手が本気になれば、必ずトップにいられる。それを信じること。それプラス、技術というのは絶対に裏切らない。そこを突き詰めることをやってきた。この2つで初めて、自信であったり強気にできたりする。その考え方を柔らかくして、色んな引き出しを作ってほしい。まだ技術は伸びる。この2つをやっていけば必ず強いチームになる」と持論を披露した。 ▽試合は、川崎Fにもチャンスがなかったわけではない。後半は中村のFKや登里のドリブル突破、アディショナルタイムには谷口がフリーとなってのヘッドなど決定機を迎えた。しかしGK曽ヶ端の好セーブやDF陣のシュートストップなどに遭い、なかなか鹿島ゴールをこじ開けられない。風間監督は「一言でいえば、入らない時は入らないという試合」と振り返り、大久保は「球しか動いていなかった。(DF陣の)間に入ってディフェンダーを動かさないから」と反省点を口にした。 ▽2人のコメントは的を射ていると思う。と同時に、シーズン中にもかかわらず、川崎Fの躍進に貢献した指揮官とエースストライカーが早々に離脱することを表明したことで、チームは求心力を欠いたのではないかという思いも拭えない。風間監督は名古屋へ、大久保は東京Fへの移籍が決まっていて、小林にも鳥栖をはじめ数チームからオファーが届いているという。チームとしてまとまるのは難しい状況だったのではないだろうか。 ▽記者会見の最後を風間監督は「試合を支配するのは個人個人のつながったチーム。試合を決めるのは個人です」という名言を残して締めくくった。その個人個人が、様々な思いによりつながりきれなかったとしたら残念でならないCS準決勝だった。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.11.24 18:30 Thu
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【日本サッカー見聞録】サウジ戦での原口の成長

▽W杯アジア最終予選で日本代表は、グループB首位のサウジアラビアを2-1で下し、オーストラリアがタイと2-2で引き分けたため、サウジと同勝点の2位に浮上した。正直な感想としては、サウジもオーストラリアも「たいしたことはないチーム」という印象だ。むしろイラクに勝ってオーストラリアと同勝点で4位UAEの、オマル・アブドゥルラフマン(背番号10)と、日本戦ではFKとPKから2得点のアハメド・ハリル(背番号11)の方が、「個の強さ」による脅威を感じた。 ▽といったところでサウジ戦である。ハリルホジッチ監督は本田と香川、岡崎をスタメンから外し、久保と大迫、清武をスタメンに起用した。ベンチスタートとなったこれまでの主力を、「ジョーカー」と表現して起用したことは、いままでになかった発想だけに面白い。そしてサウジ戦では原口の決勝点で逃げ切ったが、試合後に原口の発言を聞いて、「やっとチームになった」と感じたものだ。 ▽ザッケローニ監督からアギーレ監督、そしてハリルホジッチ監督になっても、日本代表の攻撃陣は、ほぼ決まった顔ぶれだった。右MFは本田、トップ下は香川か清武、1トップは岡崎だ。唯一、ピースがハマらないのが左MFだった。 ▽遡ること2013年、ザッケローニ監督は東アジア・カップで左MFに原口、大迫、工藤、齋藤らをテストしてきた。その後も歴代監督は宇佐美や乾を同じポジションで起用したため、ポジション争いの無風な右MFやトップ下、1トップと違い、左MFは激戦区となった。その弊害として、左MFに起用された選手は結果を残そうと得点を求めるあまり、個人プレーに走っていた印象が強い。 ▽ジーコ・ジャパン時代から続く、日本代表のレギュラーになるためには「海外でプレーしなければいけない」という呪縛の悪弊だ。ようやくハリルホジッチ監督は、海外組に「試合に出られるチーム」への移籍を推奨したが、これも日本の実情を経験したからの発言だろう。 ▽話を原口に戻そう。東アジア・カップ以降、左MFに起用された選手は、誰もが結果を残そうと自身のゴールにこだわった。チーム内の競争は歓迎すべきところだが、その結果、パスを出していればというシーンでもエゴイストになりチャンスを潰していた。これはチーム作りの難しさでもある。 ▽そんな左MFに、今予選では原口がハマった。W杯の最終予選で4試合連続得点という記録もさることながら、サウジ戦の試合直後に「今日は勝点3が必要な試合だったので、それを達成できてよかったです。(ゴールは)コースは見えていた。ゴールはおまけなようなものです」と、自身のプレーではなくチームの勝利を優先した発言に、彼自身の成長を感じずにはいられなかった。原口の成長が日本を救ったと言っても過言ではないだろう。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.11.17 18:20 Thu
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【日本サッカー見聞録】日本vsサウジはアジアのクラシコ?

▽4-0の勝利を収めたオマーン戦から一夜明けた12日、日本代表は午前10時30分からカシマスタジアムで約2時間近く汗を流した。スタメン組はウォーキングとランニングで、1時間ほどでクールダウンを切り上げたが、途中出場した選手とサブ組はランニングとストレッチ、パス交換などで1時間ほど費やすと、そこからインテンシティの高い練習を1時間30分に渡り繰り返した。 ▽最初は10メートル四方のスクェアにミニゴールを4つ置き、1対1でのゴールの奪い合いを2分交代で繰り広げた。マッチアップしたのは岡崎対森重、原口対長友、久保対槙野、小林対井手口、浅野対植田、香川対長谷部という組み合わせ。10メートル四方という狭いスペースのため、スピードで抜くわけにはいかない。そこでフェイントをかけるわけだが、互いに代表選手だけに、そう簡単には引っ掛からない。 ▽そこでボールをキープするためスクリーンすると、守備側は腰や上半身を使ってボールを奪おうと身体を密着させて圧力をかける。同様にボール保持者も身体や手を使って押し返すため、必然的にハリルホジッチ監督の求めるデュエルが、身体のサイズに関係なく要求されることになる。この1対1が、選手のコンディションの善し悪しを見るには一番分かりやすく、香川と長友はプレーにキレ味を欠いていること、原口と小林は動きがシャープなことが一目瞭然だった。 ▽次は同じスペースでの2対2に移り、岡崎&久保対森重&槙野、小林&原口対長友&井手口、長谷部&植田対浅野&香川という守備陣と攻撃陣の攻防を2分交代で実施。その次は2タッチという制約つきでの3対3で、こちらは森重&槙野&植田対浅野&久保&岡崎、長友&長谷部&井手口対原口&小林&香川という組み合わせだった。 ▽この練習で、さすがと思ったのが香川だった。人数が増えると、味方の動きをダミーに、アウトサイドでパスを出すと見せかけて、柔らかい足首のスナップからインサイドに切り替えマーカーの逆を取る。コンディションとスキルは関係ないことを証明していた。 ▽スモールフィールドでの3対3の次は、GKを入れてペナルティエリアでの6対6の攻防で、こちらの練習もかなりハードにぶつかり合っていた。この練習を見る限り、香川と長友以外はサウジアラビア戦に向け臨戦態勢に入っていると判断してもよさそうだ。 ▽この練習を見学中に、カタールのテレビ局に務めている日本在住のシリア陣記者から逆取材を受けた。日本に来て4年目になるが、内戦が勃発して母国には戻れないでいるという。日本人記者には非公開となるサウジアラビアの練習も取材していて、FWのナセル・アル・シャムラニにインタビューしたところ、ファン・マルバイク監督とは「一言も話したことはない」と、選手と監督間でコミュニケーションはほとんど取れていないそうだ。 ▽1週間前にプライベートジェットで来日した理由は時差調整よりも気候に慣れるためで、「フィジカルの準備はできているので試合に勝つ自信はある。3点は取れるだろう」と豪語していたそうだ。日本が最後にサウジアラビアと対戦したのは2011年1月のアジアカップのグループリーグで、この時は5-0と大勝している。過去の対戦成績でも日本が7勝1分け3敗と圧倒しているものの、アジアカップに3度優勝しているからなのか、サウジアラビアの人々にとって日本戦は特別な試合であり、彼らは両国の対戦を「アジアのクラシコ」と呼んでいるのは初耳だった。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.11.12 19:30 Sat
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【日本サッカー見聞録】代わり映えしない日本代表。唯一の救いは…

▽昨日3日でJ1リーグは全日程を終了し、すでに第2ステージ優勝を決めている浦和が年間総合勝点でも首位の座を守り、CS(チャンピオンシップ)決勝進出を確定した。しかしファンの最大の関心事は残留争いにあっただろう。名古屋、新潟、甲府の3チームによる争いは、3チームとも敗れた結果、得失点差で名古屋が初のJ2降格となった。 ▽これで93年に開幕したJリーグに参加した、いわゆる「オリジナル10」でJ2降格を免れているのは鹿島と横浜FMの2チームだけ。千葉(当時は市原)と東京V(同じくヴェルディ川崎)はJ2に落ちて久しいだけに、改めてトップリーグに居続けることの難しさが分かる。 ▽名古屋の久米社長は降格から一夜明けた4日に辞意を表明し、その場で受理されたという。柏や清水、名古屋で強化部長として成功を収めてきたものの、今シーズンは経験の浅い小倉監督兼GMに指揮を委ねたことが仇となったようだ。修羅場をくぐってきた久米氏が、小倉監督に固執して早い段階で手を打たないのが思議でならなかったが、1シーズンでJ1に復帰できるかどうか。選手の流出も予想されるだけに、名古屋には茨の道が待っているかもしれない。 ▽そして4日は、11日のオマーン戦と15日のサウジアラビア戦に臨む日本代表のメンバーが発表された。今回の出席者はハリルホジッチ監督だけ。そしてVTRも使わず、質疑応答は37分間という異例の早さで終わった。それというのも初招集はG大阪の井手口だけで、あとはほとんど10月のメンバーと変わらないからだろう。小林と大島(川崎F)はケガで外れたのは想定内だったが、柏木(浦和)がメンバー外だったのはちょっと意外だった。 ▽指揮官によれば、山口(C大阪)と井手口が柏木の代役のようで、永木(鹿島)は長谷部の控えという位置付けのようだ。2列目には香川や清武、小林(ヘーレンフェーン)の他にも原口や齋藤、大迫らのタレントがいる。そこで中盤の底には敢えてプレーメーカーは必要なしと判断したのかもしれない。 ▽海外組の合流日時にもよるが、ハリルホジッチ監督はオマーン戦では若い力を試すようなことも匂わせていた。テストマッチだけに、海外組に無理をさせてコンディションを崩しては元も子もないだけに、当然と言えば当然の起用法だろう。サウジは3勝1分けの勝点10でグループBの首位に立っている。勝点3差の3位につける日本としては、ホームだけに勝利が義務付けられているし、それを熟知しているだけにハリルホジッチ監督もいつものような長広舌によるエクスキューズを今回は控えたのかもしれない。 ▽これは毎回思うことだが、代わり映えしないメンバーとはいえ、「では他に誰を呼ぶのか」と聞かれたら返事に困ってしまう。それだけチームの若返りは遅々として進んでいない。ハリルホジッチ監督ならずとも、頭の痛いところだろう。それでも誰かを推薦するとしたら、GKの中村(柏)くらいで、あとは鹿島で出場機会のない植田よりは、U-19日本代表でも活躍し、柏での出場機会の多いCB中山くらいか。 ▽今回のメンバーで唯一の救いは、やっと宇佐美が外れたことだ。去年の第2ステージから、かつての輝きを失っているにもかかわらず、ハリルホジッチ監督は彼を呼び続けた。それはアウクスブルクに移籍して出番を失っても変わらなかった。宇佐美を呼ぶなら、代わりに家長(大宮)を入れた方がまだマシだと思っていただけに、やっと納得できるメンバーになった。とはいえ、そんなことくらいしか話題にできない、寂しい日本代表でもある。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.11.04 19:00 Fri
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【日本サッカー見聞録】飛び飛びで分かりにくいCSと天皇杯の日程…早すぎるオフ突入の楽しみはストーブリーグ

▽J1リーグは第2ステージも残すところあと2試合。浦和がYBCルヴァンカップに続き第2ステージも制しそうで、どうやらCS(チャンピオンシップ)は浦和と第1ステージ覇者の鹿島、そして川崎Fの出場が濃厚だ。本来なら佳境を迎えて盛り上がるはずなのに、いまひとつ盛り上がっていないような気がする。 ▽それというのも、これはあらかじめ分かっていたことだが、日程が飛び飛びになっているからだ。今年の第2ステージは11月3日に終了する。昨シーズンの11月22日に比べ、3週間近くも早い。そしてCSは3チームの出場となると準決勝は11月23日からで、こちらも3週間近く空いてしまう。そしてCSに出られず、天皇杯でも敗退しているチームは、11月3日からオフに突入し、約3カ月近くも実戦から遠ざかることになる。これだけ長いオフを経験するのは、どのチームも初めてだろう。 ▽これは11月中旬に日本代表のテストマッチとW杯予選、いわゆる“代表ウィーク”が入っていたのと、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)決勝のため、約2週間の中断期間を設けねばならなかったからだ。さらに11月9、12日には天皇杯のラウンド16の8試合が行われるが、準々決勝は1カ月以上も先の12月24日である。これは12月にクラブW杯があるためだが、CSも天皇杯もこれだけ中断期間が長いと、勝ち残ったチームのファンでない限り、いつ何の大会をやっているのか分からないだろうし、興ざめもはなはだしい。 ▽すべての原因は2ステージ制とCSにあるのだが、幸いなことに来シーズンからは従来の1シーズン制に戻るため、いくぶんはすっきりするだろう。ただし、来年も代表ウィークは続き、ACLに出場するチームはリーグ戦とリーグカップ戦、そして天皇杯もあるだけに、過密日程は避けられない。これまで何回か書いたが、天皇杯はもうアマチュアの日本一を決める大会にして、ACLの出場権はルヴァンカップの勝者に与えるべきだと思う。 ▽そのJリーグは来シーズンからパフォーム社と10年間で総額2100億円の放映権契約を結んだ。それに伴いJ1の18クラブに支給する「均等分配金」や選手に還元される「優勝賞金」も大幅に増額した。さらにACLに出場する4チームには、3年間で総額15億円の「強化分配金」も支払うことが決まっている。とはいえ、これで大物助っ人の獲得に結びつくかといえば、中国Cリーグの資金力には到底及ばないため、ビッグネームの獲得は難しいだろう。 ▽シーズンも終盤を迎え、そろそろストーブリーグも始まり、浦和は新潟のFWラファエル・シルバの獲得に動いているそうだ。まだ24歳と若く、高速ドリブルを武器にするストライカーで、けして悪い補強ではない。しかしながら、本来ならJリーグをリードするビッグクラブでなければならない浦和の、来シーズンの補強の目玉がラファエル・シルバでは、浦和のファン・サポーターの心が躍るとは思えない。川崎Fの大久保には複数のクラブが獲得に乗り出しているそうだし、同じく川崎Fの小林には神戸が興味を示していると報じられた。 ▽川崎Fのファン・サポーターにとっては、監督も交代し、その上で主力選手を引き抜かれては気が気ではないだろうが、やはり新鮮味には欠ける。それならいっそ、海外で出番に恵まれていない選手に触手を伸ばした方が新鮮味もあるというもの。まだ残留争いの渦中にいる名古屋だが、降格を免れたらGK川島、CB吉田、MF本田の3人を呼び戻した方がインパクトも強いだろう。 ▽早すぎるオフ突入で、楽しみはストーブリーグになるだけに、「あっ」と驚くようなサプライズを期待したいところだ。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.10.28 12:45 Fri
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【日本サッカー見聞録】ルヴァン杯MVPは時間が決めた?

▽今週のコラムはメルマガに引き続き、YBCルヴァンカップ決勝の話題をピックアップしよう。この試合のMVPは途中出場からファーストタッチで浦和の同点弾を決めた李忠成だった。この1点がなければ延長やPK戦にはならず、G大阪が優勝していた可能性もあるだけに、価値ある同点ゴールと言える。 ▽李忠成はPK戦でも4番手に登場し、呉屋のPK失敗に動ずることなく強シュートを右サイドに突き刺した。ただ、延長戦では2度の決定機に遭遇しながら、シュートをゴール枠に飛ばすことができなかった。どちらか1本でも決めていれば、文句なくMVPだけに惜しまれる。 ▽それでも李忠成がMVPに選ばれたのは、同点ゴールの時間帯ではないだろうか。実は取材受付でIDカードをもらう際に、私ともう一人のベテラン記者の名前に蛍光マーカーで印がつけられていた。気になったので理由を聞いたところ、「大会MVPの候補を両チームから選出して欲しい」と言われて投票用紙を渡された。恐らく新聞社や通信社、そして専門誌の記者も投票したのだろう。 ▽記者席に着くと、大会関係者が回収のための座席を確認し、「投票のリミットは後半の35分くらいです」と言う。そして試合は76分(後半31分)に李忠成の同点ゴールが生まれた。その時点ではまだ記入していなかったし、試合は1-1の同点になったため、両チームからMVP候補を選ぶのは至難の業。そこで試合終了まで待ってもらえないかと打診したところ、答えはNGとのこと。そこで仕方なく、浦和の候補は李忠成、G大阪は先制点を決めたアデミウソンがすでに交代で退いていたため、今野か井手口かで迷ったが、ニューヒーロー賞を獲得した井手口の名前を書いた。 ▽最終的には大会関係者がPK戦も含めてMVPを決めたのだろうが、個人的には李忠成のゴールにつながるCKをお膳立てし、延長後半は体力を消耗してふらつきながらも果敢にサイドアタックを仕掛けた関根をMVPに推したい。今大会で浦和の攻撃を牽引したのは、この関根や駒井、高木らサイドアタッカーの活躍があったからだ。米倉や藤春との攻防は、決勝戦にふさわしい高レベルだったことを付け加えておこう。 ▽そしてもう1点、この試合で気になったことがあった。それは84分にペナルティエリア左でボールをキープしたズラタンを、背後からマークしていた米倉が倒したものの、佐藤主審はファウルを取らずにプレー続行をうながしたことだ。ハリルホジッチ監督はデュエルを求め、村井チェアマンもタフな攻防を推奨する。それはそれで悪いことではないが、米倉のプレーはW杯予選では“アジアの笛”によりPKを取られないかと危惧したものだ。 ▽記者会見場へ移動する際に、偶然にも上川元審判委員長と遭遇したので、米倉のプレーについて聞いたところ、「たぶん」と断った上で、「ズラタンも後ろ手で米倉選手のシャツを引っ張っていたのでしょう。だから佐藤主審は笛を吹かなかったのだと思います」と解説してくれた。まだまだ見方が甘いと痛感した次第である。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.10.20 18:00 Thu
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【日本サッカー見聞録】W杯予選考察による日本サッカーの曲がり角

▽W杯予選は4試合を終えて日本は2勝1分け1敗の3位につけている。初戦のUAE戦にFKとPKによる失点で逆転負けを喫したのは誤算だった。ここで勝点3を確実にモノにしていれば首位だっただけに、返す返す残念でならない。とはいえ思い通りにならないのがサッカーでもある。残念といえば、11日のオーストラリア戦も、もしもUAEに勝っていれば、もう少しアグレッシブなサッカーができただろうし、勝点3を奪えたのではないだろうか。 ▽というのも、日本と同様にオーストラリアも世代交代の端境期で、アジア王者とはいえかつての破壊力は感じられなかった。攻撃陣ではケーヒルやレッキー、クルーズは以前ほどの存在感はなく、スピラノビッチとセインズバリーの両CBも守備に不安を抱え、ビルドアップ能力にも特筆する点はなかった。それはベンチにいたマーク・ミリガンも同様だろう。キャプテンのジェディナクが最終ラインに入ってゲームを組み立てていたが、彼にプレスを掛ければオーストラリアの攻撃は手詰まりになっていた可能性も高い。 ▽ただ、そうするとオーストラリアはリスク回避のため、日本にとって嫌なロングボールでの攻撃が増えるだろう。このため最終ラインにはあまりプレスをかけず、オーストラリアが自画自賛する地上戦に持ち込んだ方が得策でもある。アウェイで勝てなかったのは残念とはいえ、オーストラリアの実力を確認できたのは収穫だった。 ▽意外なのはスタートダッシュに成功したサウジアラビアだ。格下(イラクとタイ)相手に連勝したのは組み合わせに恵まれただけと思っていたが、オーストラリアと点の取り合いから引き分け(2-2)、UAEには3-0と完勝した。“中東の雄”復活の気配が感じられるだけに、11月15日の試合は警戒が必要だろう。サウジだけでなく、UAEとイラクも若手選手が台頭してきて、簡単に勝てる相手ではないことを日本は身をもって実感した。 ▽グループAでは実力者のイランが首位に立ち、日本と同様に韓国は2勝1分け1敗の3位と出遅れている。海外組が主力の日本、韓国、オーストラリアが苦戦しているが、それは海外組のコンディションだけが問題ではないかもしれない。若年層の育成はどの国も力を入れている。しかしながら、日本を例にとるとロンドン五輪やリオ五輪の選手がすぐに日本代表の主力や中心選手になっていなのが現状だ。このタイムラグをどう解消していくか。 ▽代表監督にすべての責任を押し付けるのでは解決しないターニングポイントを、アジアのサッカー界は迎えているのかもしれない。これまでの日本は1990年代からカズ、ヒデ、俊輔、圭佑と自然発生的に代表を牽引する選手が生まれてきたが、それももう限界を迎えようとしているのかもしれない。もしもそうであるならば、日本はどのような道を選ぶべきか。代表監督のクビを挿げ替えるだけで済む問題ではないほど、根は深いと思う。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.10.13 20:00 Thu
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【日本サッカー見聞録】W杯予選の醍醐味

▽この原稿は、現地時間の10月8日午後21時45分、オーストラリアはメルボルンのドックランドという地域にあるホテルで書いている。6日の日本vsイラク戦を取材後、翌日の夕方に成田を飛び立ち、バンコク経由で今日の午後2時過ぎにメルボルンへ到着。ホテルにチェックイン後、トラムで30分ほどのところにあるレイクサイド・スタジアムで午後5時30分からの練習を取材して戻り、ホテルの机に向かっている次第だ。 ▽9月のW杯初戦はUAEに逆転負けする“まさか”のスタートとなった。タイには何とか勝って初勝利を奪ったものの、10月の2連戦に招集予定の武藤嘉紀と宇佐美貴史がケガで辞退を最初のトラブルに見舞われる。武藤はともかく、海外移籍したとはいえここ1年はJリーグでも代表でもこれといった目立つパフォーマンスのない宇佐美を、なぜ続けてハリルホジッチ監督が呼んだのが不思議だっただけに、斉藤学の追加招集はうれしい出来事だった。 ▽ところが6日のイラク戦では右サイドバックの酒井宏樹が2枚目のイエローカードでオーストラリア戦が出場停止となる。ブンデスリーガでは反則にならなくても、アジアの笛は違うことをUAE戦のジャッジで学ばなかったのかと思うほど、不要なファウルが目立った。日本にとって痛手ではあるが、試合後はこれで「酒井高徳が右サイドバックに回り、左サイドバックは久々に長友佑都のプレーが見られる」と期待したものだ。 ▽ところが翌7日の練習で長友と槙野智章が激突して長友が負傷。脳震とうという診断からオーストラリアへの遠征メンバーから外れた。予想外の出来事である3度目に不運である。そして7日の国内では室内練習を続けていた岡崎慎司が、オーストラリアに来たものの、練習は最初からフィジカルコーチとマンツーマンでのストレッチに終始してロッカールームに引き上げた。イラク戦の低調なプレーを思い起こすと、単に時差や移動によるコンディション不良だけでなく、肉体的な負担も抱えていたことが予想できる。 ▽結果、武藤、宇佐美に始まり10月のW杯予選は岡崎、長友と短期間に4選手がチームを離脱することになった。時間もないため追加招集はできない。そして迎える相手はアウェイのオーストラリア戦と、今年の大一番だ。思い起こすにザッケローニ時代は選手も伸び盛りか円熟期を迎えていたのとは、あまりにも対照的なハリルホジッチ・ジャパンである。主力選手の直前の離脱に代役も限られているが、ものは考えようだ。この苦境を脱することができれば、チームも自信を取り戻せるかもしれない。 ▽なぜなら、これ以上はない最悪の状況での、アジア最大のライバルであるオーストラリアとの決戦だからだ。どんな結果になるのか、日本が崖っぷちに立たされるという状況は1997年以来と記憶するが、スリリングな状況もW杯予選の醍醐味だと思う。だからこそ11日までの3日間をハラハラドキドキしながら楽しもうではないか。ロシアへの道は一日にしてならず、である。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.10.09 00:22 Sun
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【日本サッカー見聞録】イラク戦はコンディション重視の選手起用を

▽インドのゴアで開催されているU-16アジア選手権で日本は、準決勝でイラクに逆転負けを喫した。アジア最強と言われるイラクに対し、日本は久保ら負傷者も出てベストの布陣ではなかったものの、前半こそ2-1とリードしたが、後半はイラクのエースであるタムードにPKから2点を奪われるなど2-4と試合を引っくり返された。U-17W杯の出場権を獲得した後だけに、モチベーションを保つのに難しい面もあったのかもしれない。この雪辱は来年の本大会に期待するとしよう。 ▽そして昨日はロシアW杯アジア最終予選のイラクとオーストラリアに臨む日本代表も発表された。約2時間に及ぶ会見だったようだが、今日の報道を見る限り、これといった話題は特にない。それというのも、選ばれたメンバーは9月の2試合とほとんど同じで、サプライズは鹿島MFの永木だけ。その永木にしても、実際に試合で使われるかどうか、彼が長谷部や山口に代わる選手になれるかどうかは未知数の部分が多いため、初招集に「?」を抱いた読者も多いだろう。 ▽今回招集されたメンバーを見る限り、「エクスキューズ」の人選といった印象を受けた。前回初招集でUAE戦では2失点に絡んでしまった大島は、今回呼ばなければ自信を失いかねない。柏木の後継者候補として期待しつつも、柏木の状態が万全ならイラク戦とオーストラリア戦で使われることはないだろう。同じことは海外組の所属クラブで出番のない宇佐美や香川にも当てはまる。招集しないことでメンタリティの低下を懸念したのではないだろうか。 ▽ハリルホジッチ監督は、彼らに代わる選手がJリーグにはいないこと、彼ら自身が欧州のトップレベルの選手とポジション争いをしていることを招集理由にあげていた。そして齋藤(横浜FM)や中島(FC東京)の名前を出しながら、まだ海外組からポジションを奪うほどの活躍はしていないとの見解を示した。日本代表の左MFは“最激戦区”でもある。しかし9月のパフォーマンスを見る限り、宇佐美よりは齋藤や中島の方がゴールに向かう姿勢を感じられた。 ▽同じことはトップ下の香川にも当てはまる。もういい加減10番を重用するのはやめて欲しい。香川の才能は認めるものの、現在の彼は全盛時のパフォーマンスからほど遠い。最終予選は結果が求められるだけに、いっそ予備登録の中村憲を呼んでみてはいかがだろう。とりわけインテンシティの求められるオーストラリア戦は、香川の密集地帯へのショートパスより、中村憲のスルーパスやサイドチェンジが生きるような気がする。 ▽本田や岡崎もけしてベストの状態ではないと思うが、彼らはまだピッチに立てば“ファイト”できるのが救いだ。そしてイラク戦に関しては、試合前日に合流した選手は起用しないで欲しい。コンディション優先の選手起用を指揮官には求めたい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.09.30 16:45 Fri
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【日本サッカー見聞録】注目度の低い天皇杯はアマチュアの大会にすべきでは

▽昨日はバスケットボールのBリーグの開幕戦をテレビ観戦した。さほどバスケに興味がある方ではないが、これまで福利厚生を目的にした企業チームのNBLと、地域密着でプロ化を目指していたbjリーグの反目で、国際連盟から資格停止処分を受け、リオ五輪予選に出場できない危機にあったバスケ界。それを救ったのがJFA(日本サッカー協会)の最高顧問の川淵三郎氏だったからだ。 ▽川淵氏はJリーグでの成功体験をもとに、剛腕を発揮して地域密着やホームアリーナの確保を義務付け、自治体や地元企業も巻き込んだクラブ作りを指導した。Jリーグの常務理事で、クラブライセンスの基礎を作るなど経営のプロである大河正明氏を転籍させ、チェアマンに就任させた。彼以外にもJリーグからBリーグに移籍して昨日の開幕戦に尽力した知人がいるだけに、その船出が気になった。 ▽幸いにも開幕戦は盛況のうちに終了したが、Jリーグ同様、今後は継続する力が必要になるだろう。日本代表の強化と底上げにつながるかどうかも大事なポイントになる。といったところで、サッカーの話題に移ろう。Bリーグの開幕戦を見ながら、チャンネルを変えて天皇杯の3回戦も観戦したが、昨日に天皇杯が行われていることをどれだけのファンが知っているのか疑問に思わざるを得なかった。 ▽テレビはもちろん一般紙での告知も皆無だった気がする。チームの熱狂的なファンやサポーターしか、試合が行われることを知らなかったのではないだろうか。これまでもリーグ戦とリーグカップにACLと、ただでさえJ1のクラブは過密日程なのに、天皇杯が加わり、さらにクラブW杯が日本開催の時はカレンダー作りに苦労して、そのしわ寄せが選手のコンディションに影響してきた。 ▽もういい加減、天皇杯はアマチュアにとって“最高峰”の大会に規定を変えた方がいいと思う。ACLへの出場権はリーグ戦の上位3チームにルヴァンカップの優勝チームに与えると同時に、ルヴァンカップをJ1だけでなくJ2とJ3にも門戸を開く。そして大会方式もトーナメントに変えるのはいかがだろう。 ▽リーグ戦でないとホームの試合数が減り、入場料収入の減少が予想されるとはいえ、これまでのルヴァンカップのグループリーグのスタジアムは、閑古鳥が鳴いているのが現状だ。幸い、来シーズンからはCS(チャンピオンシップ)は廃止されて1シーズン制に戻るため、日程的に余裕はできる。Jリーグは各カテゴリーのリーグ戦とルヴァンカップ、ACLの3大会に専念して、JFAが主催する天皇杯とは袂を分かつ時期に来ていると思うのだが、いかがだろうか。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.09.23 12:35 Fri
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【日本サッカー見聞録】久保とU-16日本のアジア選手権に期待

▽いよいよ今日からインドのゴアで、AFC U-16アジア選手権が始まる。日本は明日、ベトナムとの初戦を迎えるが、グループリーグ3試合をCSテレ朝チャンネルがライブで、NHKのBS1が録画で放映してくれるのは楽しみなところ。チームに対する期待と同時に、やはり久保建英(FW。FC東京U-18)の存在が大きいのかもしれない。 ▽私事で恐縮だが、昨日の夕方に日本テレビから突然電話があり、久保の凄さについてコメントして欲しいという依頼が来た。今朝の6時過ぎにオンエアされたZIPという番組だったが、担当者も「待ったなし」の状況で困り、電話してきたのだろう。21時過ぎから始まった収録の際にプロデューサーから注意されたのが、「朝の番組でサッカーファン以外も見ているため、なるべく分かりやすく、サッカー用語やカタカナは使わずにお願いします」ということだった。こちらは慣れないため、何度も取り直して迷惑をかけてしまった。 ▽番組の趣旨は、今月にトップ登録されれば15歳と3カ月という史上最年少Jリーガーの誕生についてフォーカスしたもの。彼の非凡な才能について、改めて語る必要はないと思うが、VTRを見ていて感心したのは、ドリブルにしてもパスにしても、余裕を持ってプレーしていることだった。ボールコントロールに絶対の自信があるのだろう。ボールを見ることはほとんどなく、常に周囲の状況を把握してプレーを選択している。 ▽相手を見下しているといっては語弊があるかもしれないが、とにかく落ち着き払っている。例えば代表クラスのJリーガーが中学生を相手にしたら、技術的にもスピード的にも圧倒できるため、余裕を持ってプレーすることが可能だろう。しかし久保は、同学年や年長者を相手に同じプレーができる。彼の成長を促すためにも、U-18ではなくもう1ランク上のトップチームに入れた方がいいというFC東京の判断は正解だ。 ▽その久保を始め、平川怜(東京U-18)と福岡慎平(京都サンガF.C. U-18)のボランチコンビや、得点源のFW中村敬斗(三菱養和SCユース)ら、今回のU-16日本には前線から最終ラインまで豊富なタレントが揃っている。グループBの最終戦ではシード国のオーストラリアと対戦するが、まずは初戦のベトナムと第2戦のキルギスから勝点3を奪い、ベスト8進出を確実なものにしたいところだ。 ▽日本は前回大会で韓国に準々決勝で敗れて世界への道を断たれている。今回は準々決勝に勝ち上がってもシード国の韓国(グループC)と北朝鮮(グループD)とは対戦しない組み合わせ。しかしグループAには開催国でシードのインドの他に、イラン、サウジアラビア、UAEと中東勢がひしめいている。アンダーカテゴリーになると中東勢とはフィジカルの差が大きいものの、なんとかベスト8の壁を突破して、世界切符を、さらにはアジア制覇を達成して欲しいものだ。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.09.15 15:00 Thu
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【日本サッカー見聞録】手倉森氏のコーチ就任を歓迎すると同時にU-19代表の強化も課題

▽ロシアW杯アジア最終予選のタイ戦が終わって2日が経っても、香川を始めとした数選手のパフォーマンスや起用法に疑問の声がメディアだけでなくファンからも上がっている。これはこれで健全な議論だと思う。海外のビッグクラブでプレーしているからといって、彼らを“アンタッチャブル”な存在にするのは危険だと思うからだ。とりわけハリルホジッチ監督は宇佐美に対する期待が大きいようだが、彼は昨シーズンのJ1リーグ第2ステージ以降、パフォーマンスが低下しているだけに、過度の期待は起用法に疑問を招きかねないだろう。 ▽海外でもW杯予選に出場した選手はクラブに戻ると活躍できず、「FIFAウイルス」という言葉も生まれた。移動距離の長い日本人選手なら、その負担は増すばかりで、往復によるダメージはかなりのものだろう。W杯予選をホームの日本で戦い、次はアウェイの中東なら、ホームは国内組で戦い、アウェイは海外組と割り切って準備することも一つの手だと思うが、そこまで選手層は厚くないのが現実だけに、なんとも悩ましい問題だ。 ▽このジレンマは現行のシステムでは解決しようがないだけに、なんとも悩ましい。せめて代表選手を拘束できる時間をもう1週間確保できれば、コンディション調整にも余裕が生まれるが、そのためにはリーグ戦の日程調整が必要になる。ここらあたりはFIFAが指導力を発動して各大陸連盟に譲歩を迫るしかないものの、コトはそう簡単にはいかないだろう。 ▽そんな厳しい状況の代表チームにあって、日本に朗報がもたらされた。昨日、都内でハリルホジッチ監督と会談した手倉森・元U-23日本代表監督が、代表チームのコーチに復帰することが濃厚になったからだ。過去、山本氏(アテネ五輪)、反町氏(北京五輪)、関塚氏(ロンドン五輪)と3大会連続して五輪代表監督は、五輪終了後に兼任していた代表チームのコーチに復帰することはなく、Jクラブの監督に就任していた。 ▽兼任とはいえ五輪終了までの2年間は代表チームのコーチは名ばかりだったため、“復帰”には抵抗があったのかもしれない。このため代表チームのコーチは外国人スタッフで占められてきた。今回はハリルホジッチ監督の「日本人コーチ」という要請があったため実現したが、選手とのコミュニケーションを円滑にする意味でも、“会話力”のある同氏のコーチ就任は歓迎したい。 ▽リオ五輪終了後、移動のための空港で開いた囲み会見でも、手倉森氏はリオ五輪での経験の「継続性」や、早川コーチの「コンディショニング」の重要性を訴えていた。こうした財産をロシアに向けて役立てるためにも、手倉森氏の経験を活用しない手はない。 ▽そして、せっかく手倉森氏を再び代表スタッフに加えたなら、来月中旬からバーレーンで始まるU-19アジア選手権にも彼をスタッフの一員にしてはいかがだろう。これまでU-20日本はW杯の出場を逃し続けている。それが国際舞台の経験不足と指摘されてきた。今回も、内山監督の手腕を含め選手のクオリティからW杯出場は不安視されている。現チームは20年東京五輪のベースとなるだけに、ロシアW杯の予選突破は直近の課題ではあるが、こちらも並行して強化に着手しなければならない課題だと思うからだ。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.09.09 13:00 Fri
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【日本サッカー見聞録】UAE戦レビュー

▽サッカーにミスはつきものだ。シュートミスに始まり、トラップミス、パスミスなど数え上げたらきりがない。それは審判も同じで、誤審もサッカーの試合の一部とされている。有名なところでは、1966年イングランドW杯決勝のジェフ・ハーストのバーを叩いたシュートがゴールか否か。いまでも敗れた西ドイツ国民はノーゴールと主張する。1986年のメキシコW杯では、ディエゴ・マラドーナの“神の手”がイングランドを突き放した。 ▽勝敗とは別に記憶され、語り継がれる試合があるとすれば、昨夜の日本対UAE戦も、レフェリーを務めたアブドゥルラフマン・アルジャシムという名のカタール人の名前を憶えて置いたほうがいいだろう。逆転負けを喫した悔しさから彼ら審判団を批判しているわけではないが、1点目のFKは吉田の反則とは思えないし、2点目のPKも大島が足を引っ掛けたというより相手選手のダイブに見えた。 ▽そして浅野のゴールを認められなかったのは、アルジャシム主審の判断ミスというより、適正なポジションにいて正確なジャッジのできなかった第2副審のスピード不足にある。日本はアルジャシム主審の3つの判断ミスで勝利を逃したとも言えるが、それよりも残念だったのは、接触プレーのたびに笛を吹き、不必要なイエローカードを出したことだ。 ▽W杯出場のかかった最終予選で、これほどまでにレベルの低い審判団を指名したアジアサッカー連盟(AFC)の姿勢こそ、日本サッカー協会(JFA)は糾弾すべきだろう。UAEはけして格下のチームではなかった。GKを除くスタメンの10人は2年前のアジアカップに出場したメンバーで、当時に比べ堅守からのカウンターだけでなくオープンな打ち合いでも日本をヒヤリとさせた。 ▽失点は、1点目が大島の緩いパスをカットしてのカウンターからのFK、2点目は長谷部のバックパスのミスからペナルティエリアに侵入を許し、3人で相手選手を囲いながら与えたPKと、遡れば原因はいろいろとある。とはいえ、吉田は相手がフェイントをかけてバランスを崩した時のアタックだし、大島も相手が香川と酒井宏にサンドイッチされて“死に体”になってからのボール奪取のプレーで、いずれもプレーのアドバンテージは日本サイドにあった。 ▽憂鬱なのは、これがアウェイの“中東の笛”なら諦めもつくが、ホームでこれほどレベルの低い審判団だったということだ。それは9月6日のタイ戦を始め、今後の最終予選でも続くかもしれないことだ。W杯最終予選での初戦の敗北と、埼玉スタジアムでの不敗神話の崩壊など、ネガティブな要素はあるものの、「負けていい試合はないものの、これが初戦で良かった。残り9試合、しっかり勝てばいい」(田嶋JFA会長)ことに変わりはない。 ▽UAE戦のジャッジを過去のエピソードにするためにも、アウェイのタイ戦と10月のホームのイラク戦は勝利が求められるハリルホジッチ・ジャパンと言えよう。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.09.02 18:00 Fri
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【日本サッカー見聞録】ハリルホジッチ監督の深謀遠慮

▽2018ロシアW杯のアジア最終予選、9月1日のUAE戦と5日のタイ戦に臨む日本代表24名が8月25日に発表された。今回の発表でのサプライズは次の3点と言える。まず、これまで所属チームで出番がなかったり、所属チームそのものがなかったりしたGK川島を、「手元においてコンディションを見てみたい」とケガをのぞいて招集してきたが、今回は「先発に入れなければ」正GK争いの競争には加われないと突き放したこと。 ▽過去2度のW杯に出場した守護神も33歳を迎えた。体力的な衰えは練習でカバーできたとしても、試合勘の鈍りは否定できないだろう。移籍先のFCメスは公式ホームページで川島を「第3GK」と公表しているだけに、代表への返り咲きは国内復帰も視野に入れて、まずはスタメン確保が最低条件となりそうだ。 ▽次に驚かされたのが、名前こそ出さなかったが香川と清武が負傷した場合は川崎Fの中村憲剛の招集を計画していることだ。中村憲剛をボランチではなくトップ下で使うのかという疑問は抜きにして、これまでJリーグ得点王の大久保嘉人を代表に呼ばないのかという質問に、「2年後に彼は何歳になっていますか?」と頑なまでに拒否していたのに、「私が見てきた中でも使いたい選手」と、あっさりとこれまでの発言を撤回した。 ▽そして、その理由を「W杯予選はたくさんのことを考慮しないといけない。ケガ人も予想しないといけない。この選手も予想の一環で、W杯予選はリスクを冒せない。ロシアに行くには予測もカギになる。(ケガ人に)驚いているようではロシアに行けない」と、しれっとした顔で語っていた。 ▽この言葉を聞いて、「このおっさんはヤルな」と感じずにはいられなかった。たぶん、「前は年齢を理由に大久保の招集を見送ったのに、なんで中村憲は呼ぶんだ。選手の選考基準に一貫性がない」と突っ込んでも、平然とした顔で「あの時とは状況が違う」とはねのけるだろう。日本人にありがちな、自分の発した言葉に縛られないしたたかさと、最終予選にはかなりの危機感を抱いていることが伺われた。 ▽そんなハリルホジッチ監督のことだから、例え最終予選で中村憲が活躍してW杯出場を決めたとしても、本大会に臨む23名からは年齢を理由に外しかねない。彼には“功労者”をリスペクトするという発想より、W杯では「いかにグループリーグを突破して決勝トーナメントに進むか」と目標を切り替えていることだろう。この切り替えの速さ、ドライさは川島へのコメントでも想像できる。 ▽そして最後は金崎夢生への厳しい態度だ。こちらは100パーセント金崎に非がある。自業自得とも言えるが、もしもこれが日本人監督だったら、金崎の「か」の字も言わずにスルーしていたのではないだろうか。それを、敢えて問題提起したところにハリルホジッチ監督の日本サッカーに対する愛情と、理解度の深さを感じた。 ▽就任当初はことさら規律に厳しかった。それは、これまで歴任してきたアフリカでの経験が招いたものだろうと推測した。日本人のメンタリティーなら言わなくてもいいことだと違和感も覚えた。そうして1年が過ぎ、ようやく彼も日本人の「言われたことは従順に守る」メンタリティーを理解したのではないだろうか。 ▽それでも金崎の湘南戦での態度に言及したことは、新たな問題提起につながって欲しい。なぜなら審判に対して同様の抗議をすればペナルティが科されると思うが、監督に対してはどういう裁定になるのか前例がないからだ。クラブが独自にペナルティを科すのか。いずれにせよ、マスコミ不信と言われる金崎だが、いくら激高しても監督に詰め寄る態度は許されるものではない。せっかくの才能を持ちながらセルフコントロールできないのは残念でならない。あとは、いかにして誰が、どういう形で金崎に救済の手を差し伸べるのか。ハリルホジッチ監督が問題を提起した鹿島とJリーグの判断を待ちたい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.08.25 22:30 Thu
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【日本サッカー見聞録】リオ五輪のこぼれ話

▽リオ五輪も残すは3位決定戦と決勝戦のみとなった。その決勝は、ブラジルvsドイツという因縁の好カード。ブラジルとしては2年前のW杯で1-7と惨敗した屈辱を晴らす、またとない絶好の機会でもある。まさに「舞台は整った」と言えよう。 ▽五輪の取材は2008年の北京以来だが、北京でのサッカー会場は天津や遼寧といった北京近郊の都市だったし、北京にも滞在したためメインメディアセンターにも何回か足を運んだので、五輪の雰囲気を楽しむことができた。しかし“リオ五輪”とは言うものの、日本の試合会場はマナウス、サルバドールの2会場だったし、グループリーグを2位で突破した場合のサンパウロにも滞在したが、五輪の雰囲気はまるで感じられなかった。 ▽それらの3都市ではサッカーしか行われないから当然と言えば当然だし、五輪のサッカー競技は各グループとも同日に行われるため、日本以外の試合をテレビで見られる機会はない。W杯ならグループリーグ期間中は連日のように試合があるため、他国の試合をテレビ観戦することができる。ここらあたりも、五輪は都市開催、W杯は国開催の違いといったところだろう。 ▽やはり五輪の雰囲気を満喫するには、リオに行くしか方法はないようだ。そのリオだが、連日のように強盗などの被害がニュースになっている。「五輪に行く」と言うと、多くの知人・友人から温かい忠告を頂いたが、マナウスは田舎のためか身の危険を感じることはほとんどなかった。日本の練習取材のためにタクシーに乗ったら、運転手がICレコーダーを取り出し、「日本人の忘れもだから返して欲しい」(と言っていたと思う)と手渡された。海外取材で初めての経験でもある。 ▽さすがにサルバドールは2年前のW杯で同業者がひったくりに遭い、逃げようとして肘を骨折したことがあったため警戒せざるを得なかった。サルバドールはリオと同様、海岸沿いのビーチが美しいリゾート地。やはり観光客が集まる所は、強盗などの物騒な輩が出没するのだろう。日本食のレストランで久々の和食を堪能した帰り道、歩いてタクシーを拾おうとしたらお店のママから忠告された。 ▽彼女いわく、「2年前からブラジル経済は閣僚の汚職で悪化し、お店がどんどん潰れている。そのため強盗が増えた。彼らは拳銃を持っているので、絶対に抵抗してはいけない。抵抗したら、彼らは怖くなって撃つ。移動には必ずタクシーを使いなさい」とアドバイスしてくれ、タクシーを拾うまで炎天下で付き合ってくれた。 ▽2年前のW杯は、連日、日本の練習取材のためサンパウロ郊外(と言ってもバスで1時間かかる)のイトゥと試合会場への移動の往復のため、現地の人と触れ合う機会はほとんどなかった。五輪はW杯に比べて日程的に余裕がある。これはこれで、いいのかもしれないと思った。残念なのは、日本がグループリーグで敗退したことだった。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.08.18 19:20 Thu
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【日本サッカー見聞録】手倉森監督の指摘した2つの課題

▽日中の陽射しは刺すように痛かったマナウス、初夏の気候を思わせる爽やかな風の吹いていたサルバドール、そして待ちゆく人々はダウンやレザーのジャケットを着ている冬のサンパウロ。同じ国でありながら、こうも気候が違い、改めて国土の広さを痛感させるのがブラジルだ。 ▽残念ながら手倉森ジャパンは1勝1敗1分けでグループリーグ敗退を余儀なくされた。試合を重ねるごとに駆け引きの妙を見せつつあっただけに、せめてあと1試合くらいは見たかったというのが正直な気持ちだ。すべては初戦のナイジェリア戦の“打ち合い”が誤算だったが、それについて手倉森監督は計算外だったことを明かした。 ▽アジアではボールポゼッションで対戦相手を上回れるものの、逆にカウンターの餌食になりやすい。ところが世界に出れば、日本のストロングポイントであるボールポゼッションは通じない。それはザック・ジャパンが2年前に身を持って体験した。そこで手倉森監督は、アジアの戦いからボールポゼッションを半ば捨て、ショートカウンターに活路を求め、アジアでは成功を収めた。この発想はハリルホジッチ監督に通じるものがある。 ▽ところがナイジェリア戦では、相手の素早い仕掛けに後手に回った。アジアと比べて“個の強さ”も違った。「前からプレスに行けば」と悔やんだものの後の祭り。大会前にアフリカ勢と2試合を行ったが、所詮はテストマッチに過ぎず、効果はほとんどなかったと言える。ただ、こうした経験の積み重ねをいかに今後に生かし、共有していくか。そのことを試合後に手倉森監督が指摘していたのは興味深い。こちらは霜田NTDを含め、技術委員会の今後の課題となる。 ▽そしてもう一つ見逃せないのが、アジア最終予選と今大会を含め、手倉森監督は選手のコンディションについて自信を持っていたことだ。それは早川コンディションングコーチの存在を抜きにして語れない。2000年シドニー五輪以来、A代表と五輪チームを掛け持ちで見続けてきた早川氏は、アテネ五輪の山本ジャパン、南アW杯の岡田ジャパンでも陰でチームを支えてきた。 ▽そんな早川氏について、手倉森監督は、外国人監督だと同じく外国人フィジコを採用するため、その指導法が日本人に合っているのか疑問を呈していた。過去にはファルカン時代にフィジコのトレーニングがハード過ぎて、選手が悲鳴を上げ、ブラジル人と日本人では骨格や筋肉の質が違うため、指導法に疑問の声が上がったこともある。現状は、外国人フィジコと早川氏がコミュニケーションを取りながら指導しているものの、イニシアチブは外国人フィジコが握っているように映る。 ▽選手とのコミュニケーションを考えれば、早川フィジコの方が選手も安心して練習しやすいだろうし、違和感を覚えてもすぐに相談できる。そうした利点も含めて、経験豊富な早川フィジコを手倉森監督は全面的に信頼していたからこそ、選手のコンディションには自信を持っていた。スタミナと早いリカバリーは日本の武器の1つでもある。それを支えるフィジコについても一石を投じた手倉森監督。このことも、技術委員会にはしっかり検証し、今後の代表強化に生かしてもらいたい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.08.13 11:30 Sat
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【日本サッカー見聞録】久保の招集を断念。当てにならない約束より現実的な判断を歓迎

▽4日に開幕するリオ五輪男子サッカーで、マナウスで調整中のU-23日本代表の手倉森監督は現地時間2日20時30分過ぎに、FW久保(ヤングボーイズ)の招集を断念し、バックアップメンバーからFW鈴木を18名に登録することを明らかにした。鈴木の代わりにはFWオナイウ阿道を追加招集する。 ▽ヤングボーイズのGMと日本サッカー協会(JFA)との交渉は、最後まで平行線を辿った。当初はチームのFWが負傷したため久保の招集を拒否したヤングボーイズだったものの、急きょ霜田NTDが現地入りして交渉した結果、3日のCL(チャンピオンズリーグ)予備戦後は久保の招集に柔軟な姿勢を見せた。 ▽日本サイドとしては、4日のナイジェリア戦は物理的に間に合わないものの、3日のCL戦後にスイスを発ちマナウスに向かえば、4日の試合中には合流できる可能性が出てきた。このため3日の試合後は必ず久保をリリースして飛行機に乗せることの確約を求めた。選手を入れ替えるタイムリミットをFIFA(国際サッカー連盟)とIOC(国際オリンピック委員会)に確認したところ、2日に手続きをしないと間に合わないことが判明したからだ。選手を入れ替えない場合、初戦は久保が不在となるが、第2戦以降の主力として期待できる。 ▽そこで2日昼過ぎに最終決断を下すとして粘り強く交渉したものの、ヤングボーイズの結論は「3日の試合が終わらないと久保を出せるかどうかの判断はできない」というものだった。3日以降では選手の入れ替えができないため、もしも3日の試合後にノーという返事が来たら、日本は17名の選手で五輪に臨まなければならない。ヤングボーイズが3日の試合後に久保をマナウスに向かわせるという確約が得られない以上、久保の招集を断念せざるを得ない苦渋の決断を手倉森監督は下した。 ▽手倉森監督は「縁というのは良いバランスがあってこそ結ばれるもの。自分が、彼は海外組であり、この世代のエースと思い過ぎたことで縁がなくなってしまったのかな」と自戒を込めて久保の離脱を残念がった。そして18名の登録枠に滑り込んだ鈴木は「久保の思いを考えると、あいつの分もやらないといけない。複雑な気持ちでもあるが、せっかく来たチャンスなのでモノにしたい」と、久保を気遣いながらも意欲を見せていた。 ▽正直なところ、今回の決断は正解だったと思う。それというのも、例え「3日の試合後は久保をリリースする」とヤングボーイズが確約しても、その約束にどこまで拘束力があるのか不明だからだ。「やっぱり出せない」とか「ケガをしたので出せない」と言われたら、それまでのような気がする。当てにならない約束なら、現実的な判断をした方が被害も少なくてすむ。久保にはロシアW杯や東京五輪のOA枠を目指してもらい、チャンスをもらった鈴木にはマナウスで爆発して欲しい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.08.04 00:05 Thu
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【日本サッカー見聞録】パフォーム社との放映権契約(2)

▽今週は先週に引き続き、来シーズンからJリーグはパフォーム社と放映権契約を結んだが、スマホやタブレットでJリーグの試合をファンがライブ観戦できるメリットにどんなものがあるのか紹介しよう。 ▽そもそもの発想はアメリカのMLBを参考にしている。MLBでは球場内のwi-fi環境を整備し、複数台のカメラでベンチだけを撮影したり、ファンだけを撮影したりしている。Jリーグもそうしたマルチ映像に加え、プレーバック機能を使ってゴールシーンをリプレイしたり、解説者のオリジナル分析を聞いたりするなど、目の前で繰り広げられる熱戦に加え、様々な情報をリアルタイムで選択して視聴できることで、観戦スタイルの幅が大きく広がることが予想される。 ▽さらに放映権料の増加(年間50億円が4倍強の210億円になり、さらに地上波とBS放送権料の増加も見込まれる)により、各クラブへの分配金を増やし、大物外国人選手の獲得をJリーグが資金的にサポートしたり、経営基盤の強化につなげたりするメリットもある。これまでJFA(日本サッカー協会)と比較して放映権料やスポンサー契約、入場料収入で脆弱だったJリーグだが、これでやっと対等な立場になったと言えるかもしれない。 ▽この契約に関してJリーグの村井チェアマンは「日本のスポーツ界初と言える長期大型の放映権契約であり、日本のスポーツ産業が有力なコンテンツとして、海外から投資対象と認識いただけたものと考えております」とコメント。先駆者的な役割を果たすところは、元リクルート社出身だけにフットワークの軽さと大胆な決断のなせる技だろう。一方、パフォーム社はサッカーをきっかけに、今後は野球、テニス、バスケット、ラグビー、モータースポーツ、総合格闘技でも同じようなサービスを展開する予定でいる。 ▽「DAZN(ダ・ゾーン)」が提供するサービスの概要(値段や加入方法など)は今年の夏に発表する予定でいる。月額の値段が幾らになるのか、そしてどんなサービスが受けられるのかで加入者は判断するだけに、サービス概要は気にかかるところだ。そしてもう1点、気になるのがパフォーム社とソフトバンクが争っていた今年2月頃の噂である。そもそもパフォーム社は英国で「ウォッチ&ベット(Watch&Bet)」という、オンライン・ブックメーカー向けの動画配信サービスを展開したことで急成長した。 ▽スポーツ中継をライブ配信しながら、ベット(賭け)を促すサービスは、提携するブックメーカーにとっては口座獲得の窓口にもなる。英国ではスポーツが賭けの対象になっているからこそできたサービスだ。しかし日本にはtotoがあるものの、あくまで“サッカーくじ”として賭けのイメージを排除している。ギャンブルという言葉にはネガティブなイメージがつきまとい、抵抗感があるからだろう。このため一時はソフトバンクとの契約を望む声も多かった。それが最後は契約金の高さでパフォーム社に決まったが、その背景にはベット(賭け)に関する懸念もクリアできた公算が高い。果たしてオリジナルの動画配信により顧客数増で、どれだけ動画広告収入が伸びるのか。サービスの概要ともども気になるところだ。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.07.27 17:30 Wed
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【日本サッカー見聞録】Jリーグはパフォーム社と放映権で破格の契約を締結

▽Jリーグは7月20日、2017年から10年間に及ぶ放映権を英国のパフォーム社と締結したと発表した。放映権の総額は2100億円で、無料視聴の地上波テレビとBS放送を除く、国内の有料放送が対象となる。パフォーム社はインターネットを使い、スポーツ映像やデータといったデジタルコンテンツを世界的に展開している大手企業で、新たなスポーツ生中継サービスとして「DAZN(ダ・ゾーン)」を日本で開始することを6月に発表していた。 ▽それにしても突然の発表だった。前日19日には第7回のJリーグ理事会があり、村井チェアマンは1時間前倒しで始めた3時間に及ぶ会議は放映権の議論がメインだったと明かした。しかし具体的な内容については「事務手続きは契約事項なのでケアしないといけない。事務方の整理をしてから発表の日時を決めるので、今日はお話しできません。ただ、来シーズンのことなので時間はかけたくない。迅速に進めたいと思います」と話していた。それが一転、翌日の午前に会見なのだから驚かされた。 ▽かねてから噂のあったパフォーム社だが、これまでJリーグは、スカパー! とNHKの2社と2012年から2016年までの5年契約を結んでいて、スカパー! は年間推定40億円、NHKは年間推定10億円と言われていた。2017年からの新規契約にはパフォーム社と、スペインリーグやイングランド・プレミアリーグの放送権を獲得したソフトバンクもJリーグに興味を示していたものの、金額面で上回ったパフォーム社が権利を獲得した。 ▽今回の契約ではNTTも技術提供やインフラ整備の形で参画し、J1、J2、J3、CS(チャンピオンシップ)、J1昇格プレーオフ、J2・J3入替戦の全試合をライブで配信し、スタジアムに行けないファンはもちろん、スタジアムで観戦しているファンにもスマホやタブレットで視聴できるようにするのが目玉だ。そのため全国のスタジアムのwi-fi環境の整備が急務となる。 ▽では、スマホやタブレットでJリーグの試合をファンがライブ観戦できるメリットはどこにあるのか疑問に思う読者もいることだろう。この続きは次週で紹介したい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.07.21 13:15 Thu
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【日本サッカー見聞録】EUROとJを見比べて感じた疑問

▽今週10日にポルトガルの初優勝で終わったEUROだが、ポゼッションサッカーで一時代を築いたスペインは、主力の高齢化もあり決勝トーナメント1回戦でイタリアに敗れた。W杯を制し、EUROでも連覇を果たした“無敵艦隊”も、一つの時代が終わったと言える。スペイン同様、準決勝ではポゼッションでフランスを圧倒したドイツも敗れ、決勝では終始試合を支配したフランスが延長戦でポルトガルに屈した。 ▽W杯やEUROのような長期間に渡る大会でジャイアントキリングを起こすには、アイスランドのような堅守速攻型しか方法がないことは、過去にもギリシャが証明している。世界のトレンドとして、このままポゼッションサッカーは衰退していくのだろうか。 ▽と言ったところでJリーグである。第2ステージの第3節を消化したばかりだが、3連勝を飾った川崎F、横浜FM、浦和、そして4位につけるG大阪にはいずれも共通点がある。それは中盤に違いを生み出せるパサーがいることだ。中村憲、中村俊、柏木、遠藤らベテランのプレーメーカーがチームを牽引し、横浜FM以外はポゼッションサッカーで優勝争いを演じている。第1ステージ覇者の鹿島にも小笠原と柴崎というプレーメーカーを擁している。 ▽ほんの10年くらい前の日本は、プレーメーカーの宝庫だった。小野、中田英、中村俊、稲本ら中盤にはきらめくようなタレントがいた。しかし現在は香川を筆頭に原口、宇佐美、南野らサイドアタッカーが海外移籍を果たし、リオ五輪日本代表にもプレーメーカーは見当たらない。これはこれでトレンドなのかもしれないが、日本のトップレベルであるJ1リーグで優勝争いを演じているのは、いずれもプレーメーカーを擁したポゼッションサッカーという点にギャップを感じてしまう。そしてACLでのJリーグ勢の凋落が追い打ちを掛ける。Jリーグは世界のトレンドと逆行しているのではないかという疑問である。 ▽ただし、やむを得ない事情もある。日本は欧州やアフリカ勢はもちろん、韓国や中国と比較しても190センチ台の巨漢CBやストライカーはいないし、今後も出て来る可能性は低い。このためアジリティとスキルで勝負するしかなく、必然的にポゼッションサッカーにならざるを得ない。そこで気になるのが、プレーメーカーの後継者だ。いまだ中村憲、中村俊が輝きを放っている一方、彼らの系譜を継ぐ選手がすぐに思い浮かばない。可能性を秘めているのは大島くらいだが、前任者に比べると“小粒感”は否めない。 ▽大型CBとストライカーの育成は日本サッカーの課題であるが、本田や柏木の後継者の発掘と育成も急務なのではないだろうか。1カ月近く、EUROとJリーグを交互に見比べて感じた素朴な疑問だった。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.07.14 15:30 Thu
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【日本サッカー見聞録】望月三起也さんを偲ぶ会に思う

▽7月7日の七夕の日、午後7時から今年4月3日に亡くなられた漫画家の「望月三起也氏を偲ぶ会」が横浜市内のホテルで開催されたので、末席に参加した。会の発起人は漫画家の九里一平氏、さいとう・たかを氏、ちばてつや氏、森田拳次氏、サッカー界からは川淵三郎・元Jリーグチェアマン、杉山隆一・元ヤマハ発動機監督、田嶋幸三・JFA会長など錚々たる方々が名前を連ねた。 ▽望月さんが亡くなられたのは77歳、そして偲ぶ会も7月7日の午後7時ということに、同氏の代表作であるワイルド『7』を偲んでの会であることに間違いはないだろう。最後まで『7』にこだわった偲ぶ会だった。 ▽会には「ゴルゴ13」で有名なさいとう・たかを氏、お別れの言葉を述べた「ロボタン」などのギャグ漫画を描いた森田拳次氏を始め、サッカー界からは付き合いの深かった三菱サッカー部の監督の二宮寛氏や、杉山隆一氏、森健兒氏、田口光久氏の他、三起也さんのサッカーチーム「ミイラ」に縁のある奥寺康彦氏、早野宏氏、前田秀樹氏、木村和司氏、水沼貴史氏を始め、芸能界からも多くの方々が列席し、別れを惜しんでいた。 ▽三起也さんと、いつ親しくなったのかと言われても、正直記憶にない。取材はしたが、たぶんJSL(日本サッカーリーグ)時代に試合会場で顔見知りになり、親しく話しをさせてもらったのだろう。その後も三起也さんとは、三起也さん率いるサッカーチーム「ザ・ミイラ」とメディアの混成チーム「ピンボケズ」や落語家のチーム「マンダラーズ」といった素人チームで「字絵(Jのもじり)リーグ」を立ち上げて対戦し、親交を深めたものだ。 ▽そんな三起也さんは、サッカーの話になると目を輝かせていつまでも話し続けるエピソードを参加したゲストが次々に披露した。サッカー好きとは誰とでも仲良くなってしまう三起也さんの生前がうかがえるエピソードだ。サッカー好き=同士という感覚に近いかもしれない。かつて日本サッカーの父と言われたD・クラマーは「サッカーは少年を大人に、大人を紳士にする」と言った。 ▽三起也さんに当てはめるなら、「サッカーは大人を子供にする」と言えるのではないだろうか。それだけ純真にサッカーの喜びを誰とでも共有しようとしていた。弔辞を呼んだミイラのメンバーで俳優の宮下直紀氏は、「宮本征勝さん(初代の鹿島監督)、ジャンルカ富樫さん(サッカージャーナリスト)、ヨハン・クライフとボールを蹴っていてください。僕らも、いつかそちらに行きます」と述べていた。 ▽会場には老若男女を合わせて300人以上が参加した。一般ファンを受け入れたらその数は倍以上になっただろう。それだけ愛されたサッカー人だと思う。改めて故人のご冥福を祈りたい。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.07.08 11:50 Fri
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【日本サッカー見聞録】五輪代表18名が発表

▽リオ五輪に臨む日本代表18名が7月1日に発表された。6月29日の南アフリカ戦のスタメンでメンバーから漏れたのはCB中谷(柏)とMF野津田(新潟)の2人で、彼らはバックアップメンバーとして8月1日から13日までチームに帯同する。南ア戦は国内最後の試合なので、ケガから復帰したSB室屋とFW中島(いずれもFC東京)は回復具合をチェックするテストの場だと思っていた。結果的に2人とも90分間フル出場したため、最終メンバー入りは確実だと思った。 ▽意外だったのはMFの大島(川崎F)と井手口(G大阪)だ。日本が30分にPKから失点すると、手倉森監督はベンチにいる原川(川崎F)と橋本(FC東京)にウォームアップを命じた。屈強なフィジカルの南アに対し、170センチ前後の大島と井手口がどこまでやれるのかテストしているのだろうと思ったものだ。 ▽そしてハーフタイムに井手口は原川と、大島も51分に橋本と交代した。原川も橋本も複数のポジションでプレーできるポリバレントな選手のためリオ行きは確実で、ボランチでゲームをコントロールしても守備力に不安のある大島か井手口のどちらかが「託される側」に回ると思った。 ▽しかし実際には手倉森監督も認めたように、OA枠を除けば1月のアジア最終予選で戦ったメンバーに落ち着いた。意外だったのはトゥーロン国際大会の初戦で左膝を負傷して、まだ実戦に復帰できていないCB岩波(神戸)を「予測での計算でしかない」ものの、「来週には復帰して、7月9日の試合には出られそう」と見切り発車で招集したことだ。 ▽DF陣の構成は右SBに室屋と塩谷、左SBに亀川(福岡)と藤春、そしてCBに植田(鹿島)と岩波の各コンビによる6人。岩波の保険として塩谷とボランチの遠藤(浦和)はCBもできるとはいえ、もしも岩波に何かあったら中谷と入れ替える予定なのだろう。それならいっそ、遠藤の代わりにボランチもでき、右SBと両サイドのMFでプレーできる橋本をあらかじめ18名に招集し、岩波をバックアップメンバーに入れておいた方が18名の枠をフルに使えるのではないだろうか。 ▽たぶん手倉森監督は、そうしたあらゆる可能性を探った上で、「昨日の深夜、寝る前に」18人のメンバーを決めたのだろう。会見では目標を聞かれて、「金メダルを目指さないと銅にも引っかからない。“どう”にもこうにもならない」とか、キャプテンが誰になるか聞かれると、「遠藤のままでリオに“わたり”ます」と得意のダジャレを連発するなど、大役を果たし終えた解放感からか、終始リラックスした様子だった。 【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。 2016.07.01 18:30 Fri
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