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富山FW苔口卓也に第二子が誕生「カターレ富山のためにこれからもしっかり地に足をつけて頑張っていこうと思います」2018.09.19 16:46 Wed

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▽カターレ富山は19日、FW苔口卓也に第二子が誕生したことを発表した。▽苔口は、クラブ公式サイトで以下のようにコメントしている。

「私事ですが、9月16日に2人目となる元気な男の子が産まれました。家族を支えていくのはもちろんですが、カターレ富山のためにこれからもしっかり地に足をつけて頑張っていこうと思います。これからも熱い応援よろしくお願いします!」

▽苔口は2010年にセレッソ大阪から富山に加入。今シーズンはここまで明治安田生命J3リーグで12試合に出場し1ゴールを記録している。

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【質疑応答】川口能活、始点・横浜マリノスと終点・SC相模原を振り返る…将来は指導者として「GKが人気なポジションに」

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【質疑応答】川口能活にとってGKとは…きっかけ、理想像、コンプレックス、GK人生を語る

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【質疑応答】「あのシュートはもう一度受けても…」川口能活が衝撃を受けたのはあのブラジルの名手

▽14日、今シーズン限りでの現役引退を発表したSC相模原の元日本代表GK川口能活(43)の引退記者会見が、相模原市内で行われた。 ▽川口は4日に現役引退を発表。今回改めて現役を退く意思を明かした同選手はその後、メディア陣からの質疑に応対し、これまでの現役生活で味わった苦楽、印象的なシュートやゴール、自身のセーブについて明かした。 ◆GK川口能活(SC相模原) ──長い現役生活で一番嬉しかったこと、一番辛かったことは 「嬉しかったことは、自分がプレーをして試合に勝ち、優勝した瞬間。辛かったことは…。良いことも辛いことも数多く経験してきましたけど、やはりサッカーができなかった時です。ケガや試合に出れなかったり、そういう時が一番辛かったです」 ──ご自身が驚いたセーブは? 「まずはアトランタオリンピックでブラジルと対戦した時。ロベルト・カルロス選手のシュートをキャッチした時です。あれは自分でもキャッチできると正直思わなかったです。ただ、トレーニングの時に、マリオコーチから『とにかくキャッチだ』と、キャッチしないとトレーニングを終わらせてくれなかったんです。そのトレーニングの賜物で、あのロベルト・カルロス選手のシュートをキャッチすることができたと思います」 「あともう一つは、数多くありますけど…。ドイツ・ワールドカップの時に、確か前半でしたけど、ジュニーニョ・ベルナンプカーノ選手のシュートを指先一本で触ったシーンがありました。あのシーンは、少しでも指の位置がズレていれば、もしかしたら指が折れていたかもしれません。それぐらい強烈なシュートでした。他にも数多くありますが、この2つは自分にとって、忘れられないセーブです」 ──ゴールを決められてやられたなと思ったゴール、後ろから見ていて嬉しかったゴールは 「今まで受けた中で一番強烈だったシュートは、先ほども名前が出ましたけど、ドイツ・ワールドカップのブラジル戦で受けたジュニーニョ・ベルナンプカーノ選手の2点目のゴールです。あのシュートは、もう一度受けても…。今ならこういうシュートがくると予測できるかもしれませんが、あの時に受けた衝撃は、今でも鮮明に覚えています。あのシュートは素晴らしかったです」 「逆に見ていて嬉しかったゴールは、いくつもありますが、一つはオリンピック出場を決めた準決勝サウジアラビア戦、2-1で勝った試合の前園(真聖)さんが伊東輝悦さんとのワンツーからゴールを決めたシーンです」 「それからジョホールバルで、中田英寿のミドルシュートからの岡野(雅行)さんのこぼれ球ゴール。この2つのゴールは、自分にとって世界大会に出るために必要なゴール、決めてくれたゴールです。この2つが自分にとってかけがえのないゴールです」 ──PKを止める姿も印象的だが、PKに臨むに当たって心がけていたことやコツは 「特にないですね(笑) 目力で相手を威圧するぐらいですかね(笑) 最近はキッカーの質が非常に上がっていますし、PKを止めるGKも増えています。特にコツはないですね。相手をいかに威圧するかだと思います」 2018.11.14 20:56 Wed
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【質疑応答】川口能活、引退理由は「近年の日本の戦いぶり」…決断の経緯や周囲の反応を明かす

▽14日、今シーズン限りでの現役引退を発表したSC相模原の元日本代表GK川口能活(43)の引退記者会見が、相模原市内で行われた。 ▽川口は4日に現役引退を発表。今回改めて現役を退く意思を明かした同選手はその後、メディア陣からの質疑に応対し、現役引退を決断した理由や経緯、報告した際の周囲の反応について明かした。 ◆GK川口能活(SC相模原) ──引退を決断した理由は 「実はこの1、2年ぐらいプレーを続けるか、あるいは引退するのか、その狭間で揺れていました。サッカーは大好きだから続けたい。でも、試合に出れない時もあり、その中で揺れていました」 「ただ、今年のワールドカップを始めとする日本代表の戦い、各カテゴリーの日本代表のアジアでの戦いぶりを見て、僕が代表でプレーしていた時よりも上のレベル、世界でも戦えるような日本になってきていると思いました。その状況の中で違った形でサッカーに貢献したいなと。サッカーに選手としてではなく、違う形で貢献したいという思いが強くなり、引退する覚悟を決めました」 ──決断する上で誰かに相談したか 「最初に相談したのは、良い時も悪い時も常に近くで支え、応援してくれていた妻に相談しました。良い時は何をやってもうまくいきますが、自分が思い通りにいかない時には、周りに当たってしまったりしてしまう。そういう時でも常に近くで支えてくれる妻にまずは相談しました」 ──背中を押してくれたか 「僕が『続けたい』と伝えた時には、『もういいんじゃない?』というやりとりがありました。今回『辞める』と伝えると、『え? なんで?』と、常に僕の逆を突いてきました。ただ、最終的には僕の意思を尊重してくれました」 ──決断してこの日を迎え、今どんな気持ちか 「やり遂げた気持ちと、まだ体はすごく元気でできるというか、完全燃焼したかと言えばまだ余力はあります。ただ、悔いはないです。自分が常にピッチ上、ピッチ外でベストを尽くしてきたからこそだと思います。後悔はしていませんし、次のステップに進むという強い意思があります」 ──お兄さんや両親に報告をした時はどのような感じだったか 「両親はホッとしていました。僕が大きなケガを2度して、妻とも話をしていた時に、僕が続けていることが辛そうに見えていたようです。そこで自分が『辞める』と言った時は、ホッとしていました」 「ただ、兄はリリースを出す前に伝えましたけど、リリースが出た時に『寂しさが実感として沸いた』と話をしていました。その後に『お前らしく頑張れ。次のステージに言っても頑張れ』と前向きな言葉をかけてくれましたけど、内心『まだまだやれるだろ』という思いもあったようです」 ──高校時代の恩師・大滝雅良氏にどう報告したか 「僕にとって自分が在籍したチームは、どこも同じように特別な思いがあります。清商時代には、高校選手権で優勝することができ、自分もキャプテンとして全国制覇を成し遂げたチームです。当然思い出深いチームです。大滝先生には、引退を伝えましたが、その時には『お疲れ様。能活が経験してきたことを伝えて欲しい。W杯に4回出ているのはお前しかいない』と声をかけて頂き、確かにそうだなと思い、そういった経験を伝えて欲しいと言われました」 ──引退を伝えた時のお子さんのリアクションは 「リリースする前から子供には伝えていました。最初は『良いよ』と言っていましたけど、先日練習試合があり、『パパ、12月2日で引退するの?』と聞いてきました。『うん引退するよ』というと突然寂しくなったみたいです。少しずついろいろなことがわかる年齢にはなってきていますけど、息子の記憶に残るまでプレーできたことは誇れることだなと思います」 2018.11.14 20:55 Wed
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