【試合後会見】欧州遠征2試合を振り返りハリルホジッチ「大きなライオンを倒すところまでいった」 2017.11.15 09:39 Wed

twitterfacebookhatenalinegplus
photo
Getty Images
▽インターネットでのスポーツ中継が広まり、サッカー観戦がより身近なものになってきた。試合を見に行けなくてもスマートフォンで簡単に観戦できる。まさにいつでもどこでもサッカーに触れられる時代となった。

▽そんなサッカー中継で欠かせないものの1つが実況ではないだろうか。言葉巧みに目の前で繰り広げられている白熱した試合を伝え、視聴者たちをその場にいるような雰囲気にしてくれる。そんな実況者たちはどんな思いを持って、それを伝えているのだろうか。

▽今回、20年以上もアナウンサーとして活躍し、ワールドカップ決勝でも実況としてその熱量を伝えてきたクラッキーこと倉敷保雄さんにインタビューを実施。第1回はいろいろな人との出会いやあらゆる経験、そして何よりも“他との差別化”を考えて突き進んできた倉敷さんの人物像に迫る。

◆少年期に抱いたラジオへの憧れ
――アナウンサーとして20年以上活躍されている倉敷さんですが、この仕事に興味を持った理由は何だったのでしょうか
「ラジオ局に対する憧れが子供の頃からとても強かったんです。良く言えば控えめな少年。違う言い方なら内向的な少年でした。そんな少年にとってラジオは身近な友達でラジオの中のパーソナリティに強いシンパシーを感じていました。今でもラジオの仕事に就きたい、いきなり仕事は変えられないでしょうが、原点回帰していつかはラジオに戻りたいと思っています」

「学生時代からラジオ放送が好きだったので、しゃべる仕事というよりは放送を作る仕事、制作チームに入りたいという漠然とした思いから、放送局に対する憧れがありました。ラジオ局の職種の中で一番身近に感じている職種は何かな? と考えた時にアナウンサーかな、と感じていました。薄く、ですけれど。これがそもそものスタートでしょうね」

◆スポーツ中継を志すもまさかの留年…さらに入社した福島では…
――幼少から興味を持っていたラジオですが、実際に人前で話す仕事に就くまでには苦労されたことも多いのではないでしょうか
「大学生の頃に大きな時代の変化がありました。フジテレビの黄金期でアナウンサーに対しての考え方、ニュアンス、イメージが大きく変わってきた時でした。それ以前の僕は『ニュース読みはアナウンサーの聖域だ』と思っていました。しかし、ニュースはタレントでも読める時代になり、80年代の時点で、もはやアナウンサーの聖域ではなくなっていました。専門職でありたいと思ってアナウンサー職を志望したのにどうしようか?と悩んでスポーツ中継に行き着くんです。これこそ専門職だろうと思いましたね。そこを目指そうとして方向転換したことですごく遠回りをするんです」

「僕は四年間で大学を卒業できませんでした。でも、もし普通に卒業して、専門学校の恩師の推薦で入社が決まりそうだったラジオ局に行っていたら……。そこはあるFM局でした。自分は音楽も好きなので、そこに入社していたら今とは違った道を歩いていたと思います。しかし、遠回り。追試を受けようとした科目の担当教授が海外に旅立ってしまい……そのまま試験は受けられず、留年となりました(笑)。学生課に出かけて事情を話しましたが『留年しかない、いうことでしょうか?』と尋ねたら、あっさり『そうです』と返されてしまい、『就職できるんですけど』と言っても、『お気の毒ですが…』、『あっそうですか』で、終わり(笑)。しかし、そのお陰でもう少し人生経験を積めたというか、多少ボコボコにされてまともな人間になってきたかなと思います」

「まず一年間、遠回りをするわけですが、当時の専門学校には自分よりもうまい人たちばかりがいました。スポーツの専門職になりたい人達と自分とはすでにこれほどまでに差がついているんだなと感じて勉強するようになりました」

「アプローチとしては、東都大学や六大学野球で野球中継の練習をしようと神宮球場に通いました。これはスポーツアナを目指す者にとってはとてもオーソドックスな練習法です。僕はその年の東都大学の試合は全試合を口に出して実況練習しました。一日2試合、火曜日と水曜日です。400円の一番安いチケットを買って、ネット裏の2階席に行き、小型のテープレーコーダーを持って一試合すべてをしゃべる。自分で聞いていて、ダメなところをチェックする。それから恩師に聞いてもらい、『ここがダメだ』とお小言を貰って、次の週にまたそれを繰り返す。“継続は力なり”ではないですが、自分の中で、人より余計に努力してきたと思えることが、試験の時に自分を支えてくれるものになりました。絶対に野球中継をするぞ、と意気込んでいたんです」

「翌年、ようやく(大学)卒業とアナウンサー試験の合格を手にすることができて、福島のラジオ局に行きました。ところが、入社した局には野球中継がなかった(笑)『神様はたくさんの試練を与えるな』と思いましたね」



◆スポーツから大きく離れるも培われた他と違うことをやる姿勢
(C)CWS Brains,LTD.
――福島ではスポーツ中継ではなくどのようなことをやられていましたか
「スポーツ中継は競馬だけでした。でも視力が悪かったこともあって、中継を楽しむまでには成長できませんでした。年間に数週間しか開催期間はありませんでしたしね。そして代わりに音楽番組の制作にはまっていったんです。入社して半年もすると、このラジオ局は自主制作番組が多かったので君も番組を作って良いよと。これは楽しかった。どんどんのめり込んで、代わりにスポーツ中継からは大きく離れた時代でした」

「入社時からとても生意気な新人と評価されていまして(笑)。当時は確かに機会があれば一刻も早く東京に戻って仕事をしたいと思っていましたし、それを上司にも知られていました。『あいつはどうせすぐにやめる』という雰囲気の中でとても可愛がられました(笑)。音楽はとても好きだし、得意なジャンルだったので、入社してすぐに番組を担当させてもらえたのはいいんですけど、『いくらでもやりたいよな』という先輩たちの好意でどんどん仕事が増えて……勤務時間を過ぎてもなかなか家に帰れないほどの量の番組をもらっていました。いや、すごく勉強になりました。感謝、感謝です」

「で、生意気な新人はさらに先輩を怒らせます。レコード会社のディレクターに会いに東京へ出掛けたんです。もともと休みの日には東京の演劇や舞台を観に上京していました。常に文化を吸収し続けないと良いアナウンサーになれないと思っていたからです。東京へ出掛けた折には主に洋楽のアーチストを抱えているレコード会社の担当ディレクターに名刺を渡しに、就職活動のように会社を回りました。名刺を手に『音楽番組を担当しています』と話すと、『直接、プロモーションのための宣材やレコードを送りましょうか。担当番組のタイトルも入れたアーチストの肉声メッセージも必要ですか?』という仕事の話になり『ぜひお願いします』と。それを重ねていくうちに、僕の机には東京から直々に届くノベルティなどの宣材やレコードが先輩たちのそれの何倍も届くようになっちゃったんですね」すると『おまえは何をやっているんだ』とまた怒られる。こっちは怒られると思っていないので、『何がですか』と言い返すと『先輩は誰もそんなことやっていないだろう』『え? なんでやらないんですか』とまた火に油を注いで……。でも、福島では楽しい思い出ばっかりです。確かに生意気な新人だったけど、結局、すくすくと育てて頂きました。福島はいい人ばかりだったんです。」

◆まだまだ多難なスポーツ中継への道
――福島で音楽番組制作を行われた後はどのように進まれたのですか
「ものを作る楽しさを満喫していましたが、スポーツからは遠く離れた状況です。やがて趣味だった音楽にも番組作りに自身のマンネリを感じて来て……しばらく何か別なことをやりたいなと思っていた時に、母が病気になりました。僕は『死んでしまうならせめて最後は一緒にいよう』といきなり会社を辞める事にしました。ボーナスももらわずに慌ただしく辞めて、仕事もなかったので半年間プー太郎です」

「ただ、母はすぐに回復して、結局なんだよと(笑)。やがて文化放送の報道部が記者を探していると聞き、面接を経て、採用してもらえる事になりました。それから二年間、首都東京の報道記者としてまったく知らない道の世界を経験しました。現在スポーツの実況者で国会、警視庁、裁判所の記者クラブに入って事件現場や法廷での取材経験があるのは僕ぐらいかもしれませんね」

「わずか2年間ですが、とても勉強になりました。日本の報道の中心部の仕組みがどういうものかがよくわかりました。記者クラブの良し悪しもまたよくわかりました(笑)。今の仕事に役立っているのは、記事に関してここまでは取材していて、ここからは取材していないな、と文脈と行間からわかるようになったことです。海外の記事でも同様にこれは取材して書いている、してないというのがわかります。放送で使用するならここまでは割り引かないでコメントして良くて、ここはぼかそうと区別します。ぼかすにしても自分なりのぼかし方をしようと考えます。文化放送時代に覚えたことは今の仕事への汎用性が高くて、地方と東京、日本と海外の違いについて考えるアプローチを学んだ時間でした。みんな優秀で親切で大人が多いのが文化放送報道部だったんです。」

「別の伝手でNHKの仕事もしました。ニュース&スポーツ番組のいわゆる影読み。番組で使うVTR部分で顔出しなしで原稿読みやナレーションを入れるものなのですが、最初に『一回ミスすると二度と呼ばれないからね』なんてプレッシャーをかけられました。で、たまたま間違えなかったので(笑)その仕事は10年以上続けさせてもらえました。日本の報道機関で一番大きなNHKの報道&スポーツの現場を10年にわたって見させてもらえたことも原稿づくりやVTR編集を考える際に、かけがえのない経験になりました。」

「ただ、報道も自分には向いていないと悩み始めるんです(笑)。文化放送では2年間の報道を経て半年間だけスポーツ部に行かせてもらいました。記者ではなくタレントとして『ライオンズナイター』の仕事を手伝ったんです。たが、半年間の契約でその後は延長してもらえないとわかっていました。それでもスポーツの現場に行きたいという思いが再び高まっていたんですね。Jリーグの誕生も近づいていましたからスポーツの制作現場に飛び込むならこのチャンスだと思い、パートタイムでNHKの仕事を手伝いながらも基本はスポーツ中継の勉強に明け暮れるプー太郎になりました」

▽学生時代の留年、福島での音楽番組の作成、国会、警視庁、裁判所での取材経験など、ここまで全くサッカーと関りがない倉敷さんですが、どのようにしてサッカーの実況者となっていくのだろうか? 後編では倉敷さんの転機となった1992年の話、2002年の日韓ワールドカップでの充実感、そしてアナウンサーから離れた倉敷さんに迫る。

◆倉敷保雄さん『スポナビライブ』出演情報
▽11月29日(水)
25:54〜
[LIVE]ストーク・シティ vs. リバプール
解説:ベン・メイブリー 実況:倉敷保雄

コメント

関連ニュース

thumb

W杯スコアラーの乾と大迫、ゴール後浦和DF槙野智章のもとへ走った理由は?《ウブロ チャリティーイベント》

▽都内某所で22日、「ウブロ 乾貴士×大迫勇也 チャリティーイベント」が行われた。 ▽今回のチャリティーイベントにはベティスに所属する日本代表MF乾貴士とブレーメン所属の日本代表FW大迫勇也が登場。平成30年7月豪雨で被害を受けた中国地方の子どもたちが日本代表選手2人とミニゲームやキックターゲットチャレンジを行うことでサッカーを心から楽しめる環境を取り戻すことを目的として開催された。 ▽同イベントに登場した乾と大迫は、MCハリー杉山さんの質問に応対し、ロシア・ワールドカップ(W杯)を振り返った。両選手がゴールを決めた際、浦和レッズDF槙野智章の元へ走っていた理由を明かした。 ──大迫選手、コロンビア代表戦でゴールを決めた後どんな気持ちになりましたか 大迫「素直に嬉しかったです。初戦に勝ちたかったので、勝利につながる得点が奪えて良かったです」 ──本田圭佑選手からのCKだったが、練習の中でも想定していましたか 大迫「そうですね。練習でも結構得点を決めることができたので、そのまま試合で出すことができました」 ──乾選手、ベルギー代表戦でのゴールを決めた瞬間はどんな気持ちでしたか 乾「すごく貴重なチームの2点目だったので、嬉しかったです。強いボールを蹴ろうと思ったら、たまたま無回転になったというだけですけど、すごく良いゴールを決めれたなと思います」 ──大迫選手、乾選手は練習の中でもあのようなミドルシュートを打っていたのでしょうか 大迫「練習では全くなかったですね。ただ、試合で出せたのですごいなと思いました」 ──決めたあとに両選手はベンチに向かって走りました。なぜか毎回西野朗監督を通り過ぎて槙野智章選手のところに走っていたのように見えたのですが… 大迫「僕は決勝点を奪った後、チームメイトのところに行こうと思ったら視界に槙野が入ってきたのでそっちの方に行っちゃいましたね(笑)」 乾「僕は多分西野さんを通り越してはないです。その手前でいつも槙野が邪魔をしてくるので(笑) 槙野のせいです」 ──W杯ではどういう力が働きましたか 乾「2カ月前に監督が変わって難しい状況でしたけど、スタッフと選手が一丸となってやった結果、そのようなプレーが出てきたので、みんながやらなきゃいけないという気持ちを持ったことから生まれたものだと思います」 大迫「僕もそうですね。難しい状況からのスタートでしたけど、チームが一つになって戦えたことが結果に繋がったのかなと考えています」 ──サポーターの力も大きかったですか? 大迫「ロシアまでも多くの方が応援に来てくださっていたので、パワーになりました。サポーターの方々の力もあったと思っています」 2018.07.22 23:58 Sun
twitterfacebook
thumb

【囲み取材】海外移籍の遠藤航&植田直通へ…大迫勇也「しっかりともがいて成長してほしい」《ウブロ チャリティーイベント》

▽都内某所で22日、「ウブロ 乾貴士×大迫勇也 チャリティーイベント」が行われた。 ▽今回のチャリティーイベントにはベティスに所属する日本代表MF乾貴士とブレーメン所属の日本代表FW大迫勇也が登場。平成30年7月豪雨で被害を受けた中国地方の子どもたちがサッカーを心から楽しめる環境を取り戻すことを目的として、ミニゲームやキックターゲットチャレンジが実施された。 ▽同イベント終了後、FW大迫勇也(ブレーメン/ドイツ)はメディア陣による質疑に応対。 ──新シーズンではブレーメンという新天地でプレーするが、意気込みや目標は 「チーム自体が変わるのでゼロからのスタートだと思います。個人的にはゴールとアシストという部分をしっかりと積み重ねていけるように、そしてチームメイトからの信頼を早く得られるようにしたいです」 ──新しいクラブでプレーする際に心がけていることは 「新天地がドイツ国内で国が変わるわけではないので、今まで通りやっていこうかなと思っています」 ──今回W杯で出番がなかったDF遠藤航やDF植田直通がJリーグから海外へ移籍するが、彼らにどんなことを期待しているか 「海外に出るということは選手個人として成長できることだと思います。なかなか全てがうまくいかないので、その中でしっかりともがいて成長してほしいなと思います」 ──次のカタール・ワールドカップに向けてどう考えているか 「もちろんサッカー選手である以上、代表は目指すべき場所です。できる限り代表でやりたいなと考えています」 2018.07.22 23:57 Sun
twitterfacebook
thumb

【囲み取材】乾貴士、新天地ベティスではエイバル同様「いじられ役を継続したい」《ウブロ チャリティーイベント》

▽都内某所で22日、「ウブロ 乾貴士×大迫勇也 チャリティーイベント」が行われた。 ▽今回のチャリティーイベントにはベティスに所属する日本代表MF乾貴士とブレーメン所属の日本代表FW大迫勇也が登場。平成30年7月豪雨で被害を受けた中国地方の子どもたちがサッカーを心から楽しめる環境を取り戻すことを目的として、ミニゲームやキックターゲットチャレンジが実施された。 ▽同イベント終了後、MF乾貴士(ベティス/スペイン)はメディア陣による質疑に応対。ベティスではエイバル時代と同様にいじられ役になることでチームに溶け込みたいと意気込みを語った。 ──新シーズンではベティスという新天地でプレーするが、意気込みや目標は 「サッカーのスタイルがエイバルとはガラッと変わりますし、戦術の部分でも監督の要求していることを覚えていかなくてはいけません。その中で試合に出た時に自分が何をできるかというのを見せられるように練習からやっていきたいです。具体的な数字はいつも決めていないので、あまり考えてはいません」 ──新しいクラブでプレーする際に心がけていることは 「そこはそんなに変わらないですね。ただ、エイバルではいじられ役だったので、それは継続していきたいです。いじられるようにやっていきたいです」 ──今回W杯で出番がなかったDF遠藤航やDF植田直通がJリーグから海外へ移籍するが、彼らにどんなことを期待しているか 「例え失敗したとしてもそれは悪いことではないので、思い切ってチャレンジしてもらいたいなと思います」 ──次のカタール・ワールドカップに向けてどう考えているか 「僕の場合は大会時に34歳になっているので、代表引退というようなおこがましいことは考えていないですけど、選ばれたらしっかりとやっていきたいなと思います。まずは選ばれるためにチームで結果を出していかなくてはいけません。僕と同じポジションには若くて良い選手がいます。そういう選手たちが出てくるのは悪いことではないと思っているので、それに負けないようにやっていきたいです。リラックスして楽しくサッカーをやっていけたらなと思います」 2018.07.22 23:56 Sun
twitterfacebook
thumb

小学生からの質問に…乾「アザールを見習ってほしい」大迫「乾くんはうるさい」《ウブロ チャリティーイベント》

▽都内某所で22日、「ウブロ 乾貴士×大迫勇也 チャリティーイベント」が行われた。 ▽今回のチャリティーイベントにはベティスに所属する日本代表MF乾貴士とブレーメン所属の日本代表FW大迫勇也が登場。平成30年7月豪雨で被害を受けた中国地方の子どもたちがサッカーを心から楽しめる環境を取り戻すことを目的として、ミニゲームやキックターゲットチャレンジが実施された。 ▽同イベント内では子どもたちからの「Q&Aコーナー」が設けられた。MCのハリー杉山さんの進行と共に、ワールドカップで対戦してすごいと思った選手や仲の良い選手について答えている。 ──ワールドカップで対戦して一番すごいと思った選手は誰ですか? 大迫「どのチームと対戦しても相手のセンターバック2人がすごく良い選手でした。すごいなと思いました」 乾「僕はベルギー代表の(エデン・)アザール選手ですかね。もう止めようがなかったというか、ドリブルもそうですけど、パスも、シュートも全てが世界トップレベルでした。是非日本人の子にはああいう選手を見習ってほしいなと思います」 MCハリー杉山さん「アザール選手はスピードはもちろんですけど、体幹やフィジカルもすごいですよね。そこの部分は乾選手実感されましたか?」 乾「当たり負けも全くしないですし、本当に何をやらせても一流なんだなというのを対戦して感じました」 ──乾選手に質問です。大迫選手がワールドカップでゴールを決めた時どう思いましたか? 乾「そうですね(笑) やはりチームとして点が奪えたので嬉しかったです。サコ(大迫勇也)はああいうところで強いディフェンダーに対しても、ヘディングで勝てるのはすごいなと思いました。チームを勝たせるゴールを決められるのはさすがだなと思いました」 ──仲の良いサッカー選手は誰ですか? 乾「みんなと仲良いですけど、岡崎(慎司)選手は基本的に一緒にいます。すごく仲が良いです」 MCハリー杉山さん「今回のワールドカップでも岡崎選手と同部屋だったそうですけどどうでしたか? 岡崎選手もケガで苦しんだと思いますが」 乾「僕もそうですけどお互いにケガからのスタートだったので、そういう面で互いに支えていったというのはありました。岡崎選手に関しては特にワールドカップに入ってからもケガをしながらも無理してやってくれていた部分はありましたし、一度は離脱かみたいなところまでいきましたけど、彼の苦しいところも正直見てきたので、もう1試合同じピッチに立ちたかったですけど、彼がいてくれて助かったこともチームとしても僕自身としてもありました」 大迫「基本的には食事会場とかでみんな仲良くしています。ただ、僕は基本食べ終わったら部屋に一人でいますね」 MCハリー杉山さん「乾選手、そうなんですか?」 乾「サコは特別仲が良いという人はあまりいないですね。僕と岡ちゃんのような」 大迫「ここ(乾と岡崎)は本当特別ですけどね(笑) なかなかこの2人のような距離感は他にいないと思いますね。バスの中でも隣ですし」 乾「バスも隣ですし、ロシアの時はTVを観るために2つのベットを横につけて、寝るまで2人で観て、そのまま寝てという感じでした」 MCハリー杉山さん「そうなんですね。でも大迫選手、一人で向き合う時間も大切ですよね」 大迫「ずっと一人ではないですけど、リラックスルームというところがあって、そこでみんなで集まって話とかもしていました」 MCハリー杉山さん「みんながリラックスして、試合への準備をしている中でも乾選手はいつも喋っていると聞いていますけど」 大迫「喋っていますね。しかもバスの席が僕乾くんの前なのでうるさいです(笑)」 2018.07.22 23:55 Sun
twitterfacebook
thumb

乾貴士&大迫勇也、小学生20名とミニゲーム! キックターゲットで獲得した170万円を豪雨被害地域へ寄附《ウブロ チャリティーイベント》

▽都内某所で22日、「ウブロ 乾貴士×大迫勇也 チャリティーイベント」が行われた。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽今回のチャリティーイベントにはベティスに所属する日本代表MF乾貴士とブレーメン所属の日本代表FW大迫勇也が登場。平成30年7月豪雨で被害を受けた中国地方の子どもたちが日本代表選手2人とミニゲームやキックターゲットチャレンジを行うことでサッカーを心から楽しめる環境を取り戻すことを目的として開催された。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw1.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽MCにハリー杉山さんを迎えて始まった同イベントには小学生20名が参加。乾、大迫とウォーミングアップをした後、チームイヌイ(小学生5名+乾)とチームオオサコ(小学生5名+大迫)に別れて5分間×2本のミニゲームを実施した。小学生はひたむきにプレーし、乾と大迫らは華麗なテクニックを披露。一本目では3-3の接戦になる中で、最後は乾がボレーシュートを決めてチームイヌイが勝利した。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽続くチームタカシ(小学生5名+乾)とチームユウヤ(小学生5名+大迫)に別れた2本目はチームタカシの勝利。乾と大迫のはしゃぐ姿に小学生たちも笑顔を浮かべながらサッカーを楽しむ姿が見られた。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽ミニゲームを終えた後は、2選手と勝利した小学生10名によるキックターゲット。10個の的にはそれぞれ金額が書かれており、当てた的の合計金額が日本サッカー協会を通じて平成30年7月に発生した豪雨で被害を受けた地域に寄附されるというもの。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw6.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽このキックターゲットではある小学生が最高金額の40万円の一番小さな的を射抜くミラクルが。これには乾も大迫も驚き、「助かります」とコメントした。小学生が蹴り終わると、今度は乾と大迫が次々と的を居抜き、最終的には170万円が寄附されることとなった。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw7.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div>▽イベント終盤には小学生による「Q&Aコーナー」が設けられた。すると質問者が乾にリフティング技の披露をお願い。「質問じゃない(笑)」と言いつつも快く笑顔で応対し、観衆を沸かせた。その後全員で写真撮影をして同イベントは終了。乾は「自分も元気をもらえた。新シーズンに向けて頑張りたい。微力かもしれないですけど元気を与えられるように何かやっていきたい」とコメントした。<div style="text-align:center;"><img src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/get20180722_100_tw8.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brains,LTD.<hr></div> 2018.07.22 23:45 Sun
twitterfacebook


ロシアW杯

超WS×MON

ACL

欧州移籍情報
hikari

アクセスランキング

@ultrasoccerjp

新着ニュース