またスペインに黄金期がやって来た…

「これでしばらくはノンビリできるのね」そんな風に私が脱力感を覚えていたのは水曜日、この先、8月15日にアラベスvsヘタフェ、セビージャvsラージョのリーガ開幕戦があるまで、ドキドキする必要がないことに気がついた時のことでした。いやあ、まさか2年前のユーロのように、この夏も最後までスペインが楽しませてくれるとは予想もしていなかったんですけどね。更にW杯開催中の39日間はほぼ毎日、TVE(スペイン国営放送)で何がしかの試合を見ていたのが、急に夜が手持ち無沙汰に。

それこそ5月30日のラス・ロサス(マドリッド近郊)にあるサッカー協会施設での合宿開始から、この月曜に優勝祝賀イベントが終わるまでの51日の長きに当たる間、ずっとスペイン代表に寄り添いっぱなしだったのを思うと、いささかロス感がなきにしもあらず。こうなると、4年後の2030年スペイン・ポルトガル・モロッコ(+パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン)共催大会なんて、参加チームが今回の太っ腹増量48カ国から、64カ国にまで増えるらしいため、2カ月近く、代表追っかけをするかと思うと、今からゾッとしないでもないんですが、まあ、それはそれ。

とりあえず、スペインが16年ぶりにW杯王者となった日曜の決勝から、振り返っていくことにすると、実はとうとう、私もコロン広場でのパブリックビューイングに参加することになってねえ。準々決勝前に偵察に行った時はキックオフ2時間前に長蛇の列ができていたため、即自宅観戦を選んだんですが、この日は2時間半前に着いて、何とか潜り込むことに成功。決勝用には覆いに囲まれた会場の外、カステジャナ大通り側にも大型スクリーンが増設されたため、マドリッドでは私がユーロ2024準決勝を見に行ったマドリッド・リオ、モビスター・アレナの3箇所でPV開催となり、コロン広場には2万5000人ものファンが駆けつけることに。

ただ、やっぱり思った通り、場内には腰を下ろすところもなく、日差しと暑さで私も目が回りそうだったんですが、いやあ、一つだけ大きな計算違いがあってねえ。というのも、今回もファンの反応を伺いながら、適当な所に陣取って、試合はスマホで見るつもりだったのが、あまりに人が多いせいでネット障害が発生。しょっちゅう画面がフリーズしてしまったから。だからといって、まったく身動きできなくなる大型スクリーンの正面に行って、一緒に「Argentino el que no bote, eh, eh/アルヘンティーノ・エル・ケ・ノー・ボテ、エー、エー(跳びはねないのはアルゼンチン人)」なんて歌う訳にもいきませんしね。

結局、何とかスクリーンが半分程、見られる位置から、成り行きを追っていたんですが、大丈夫。生ではよくわからなかったプレーも、ええ、何せその日から、tdp(TVEのスポーツ専門チャンネル)が決勝の再放送祭りとなりましたからね。復習はしてあるので、何とかお伝えできると思いますが、実は2日前、ダラスからニュージャージーに入ったスペインは雷雨警報のせいで、前日にグラウンドでの練習ができず。ジム調整だけだったの比べ、そこから30km程、離れたところにいたアルゼンチン代表は普通にセッションができたって、一体、アメリカの天候はどうなっている?

ちなみにメットライフ・スタジアムでアップの前から、長々とあったショーはPV会場では映されず、スタージに上がった司会のトークやミニライブで、ファンは盛り上がることに。そしていよいよキックオフとなったものの、鉄板のスタメンをリピートしたスペインの前半は早い時間にジャマル(バルサ)がGKディブ・マルティネス(アストン・ビラ)に弾かれてから、39分にオジャルサバル(レアル・ソシエダ)のシュートが外れるまで、そんなにチャンスがあった訳ではなくてね。すると44分、16強対決のポルトガル戦から、毎試合、繰り返されてきた、相手チームの負傷禍が起こったんですよ。

そう、今回はCBリサンドロ(マンチェスター・ユナイテッド)がケガをして、オタメンディ(リーベル・プレート)に代わったんですが、それよりも大きかったのはマドンナ、BTS、ジャスティン・ビーバー、シャキーラ出演のハーフタイムショー27分を経て、後半25分にもう1人のCB、クティ・ロメロ(トッテナム)も続行不能に。メディーナ(オリンピック・マルセイユ)になったことの方だったかと。そこで17分にはオジャルサバル、ファビアン(PSG)をフェラン・トーレス、ペドリのバルサコンビへとすでに交代していたデ・ラ・フエンテ監督もいよいよ、最大の切り札を投入。

30分にはバエナ(アトレティコ)、ダニ・オルモ(バルサ)が下がり、ニコ・ウィリアムス(アスレティック)、そしてポルトガル戦、準々決勝ベルギー戦と続けて、途中出場から勝ち越しゴールを挙げた頼りになるMFの皮を被ったFW、ミケル・メリーノ(アーセナル)が出動したため、いい加減、立ち見に足が泣いていた私も、ここはちゃっちゃと決着がつくことを期待したんですけどね。残念ながら、ニコのヘッドも、ジャマルのFKもディブにparadon(パラドン/スーパーセーブ)されてしまい、いえまあ、ロスタイムにはクバルシ(バルサ)を吹っ飛ばし、エンソ・フェルナンデス(チェルシー)が2枚目のイエローカードをもらって退場。

おかげで今大会、スペインは初めて、アルゼンチンは3回目となる延長戦は人数的有利を持って戦えることになったんですが、うーん、それにしたって、どうして前半7分、メリーノがオタメンディの前で繋げようとして、ディブが逃したボールを蹴り入れたニコのゴールがファールで認められなかったんですかね。それにはPV会場のファンたちからも、「Infantino, hijo de puta/インファンティーノ、イホ・デ・プータ(FIFAのインファンティーノ会長は娼婦の息子)」と一斉に怒りのカンティコが湧き上がっていたんですが、延長戦後半1分にはついに待ちに待った瞬間がやって来たんです!

そう、その時はジャマルが何10回目になるかわからない、敵DFとの2対1を避け、ボールをペドロ・ポロ(トッテナム)へ送ると、そのクロスをゴール左前でニコがヘッドで落とし、フェランがフィニッシュ。「自分はW杯中、凄く批判されていたから、Una liberación muy grande/ウナ・リベラシオン・ムイ・グランデ(とても大きな解放感だった)」というゴールを決めてくれたから、ファンはもう大絶叫ですって。いえ、フェランは更に9分にもカウンターからの1対1でゴールを入れてくれたんですけどね。こちらはオフサイドとされてしまい、スペインはリードを広げることはできず。

決勝トーナメントでは土壇場のremontada(レモンターダ/逆転劇)を何度も見せてきたアルゼンチンだけに、2010年の南アフリカ大会決勝オランダ戦で「Recuerdo la imagen de Vicente pidiendo calma/レクエルドー・ラ・イマヘン・デ・ビセンテ・ピディエンドー・カルマ(デル・ボスケ監督が落ち着くように頼んでいた光景を思い出した)」というデ・ラ・フエンテ監督も気が気ではなかったでしょうが、そんな時、何と意外にもジュリアーノ(アトレティコ)が最大の味方になってくれたんですよ。

そう、土曜のロス・アンヘレス・デ・サン・ラファエル(マドリッドから1時間の高原リゾート)キャンプ最終日のセッションをガビ第2監督に任せ、遥々、決勝に駆けつけたシメオネ監督の見守る前、その息子がゴール前に入れたクロスはクバルシがクリア。最後のCKからのシュートも天に撃ち上げてくれたため、かつてGKカシージャスがロッベンを弾いて同点を免れたようなピンチも訪れず、そのままスペインは1-0で勝利することに。

超WORLDサッカー! またスペインに黄金期がやって来た…

いやあ、実際、シュートを20本(枠内12本)も撃ったスペインは、「勝負はもっと早く決しているべきだったが、las intervenciones de Dibu ha impedido que se ganara antes/ラス・インテルベンシオネス・デ・ディブ・ア・インペディードー・ケ・セ・ガナラ・アンテス(ディブの介入がウチの勝利を遅らせた)」とデ・ラ・フエンテ監督も言っていたように、枠内シュートが1本もなかったアルゼンチンに勝てない理由はまったく、なかったんですけどね。

相手は準決勝イングランド戦程ではなかったものの、この日もラフプレーが多く、あまつさえ、試合終了後にはオタメンディがガビ(バルサ)を突き倒したり、スタッフの1人がオルモにパンチしたりして、tangana(タンガナ/小競り合い)を引き起こす始末でしたしね。となれば、マスコミに一番気に入られたタイトルが、「Football won/El fútbol ganó/エル・フトボル・ガノ(サッカーが勝った)」というクロースのツィート引用だったのも無理はない?

もちろん、優勝が決まった後のPV会場は大騒ぎで、そこここで「Campeones, campeones, oh,eh,oh,eh/カンペオネス(チャンピオン)」、「Yo soy espanol, espanol, espanol/ジョ・ソイ・エスパニョール(自分はスペイン人)」といったカンティコが響き渡り、大会MVPとなったキャプテンのロドリ(マンチェスター・シティ)がトロフィーを掲げた後、ようやくお開きとなったんですけどね。いやあ、暑さと立ち疲れでヘロヘロだった私がメトロの駅に入ったところ、ホームで電車を待つファンと同じぐらい大量にファンが降りて来たから、ビックリしたの何のって。そう、彼らはコロン広場から10分程、南に下ったシベレス広場を目指していたようで、祝賀イベント会場がもうすでに人で溢れているって、だってえ、チームは翌日の夜まで来ないんですよ。

W杯優勝の喜びはかくも大きいのかと実感させる出来事でしたが、自宅の最寄り駅を出た時も街中でお祝いしているグループを複数目撃しましたっけ。ちなみに表彰式終了後、各選手、ミニトロフィーやNBA風の優勝リングをもらってから、即座に飛行機に乗せられたチームは月曜午後1時頃、バラハス空港に到着。ホテルで少し休憩した後、バスに乗ってサルスエラ宮殿にスペイン国王一家、続いてモンクロア宮殿にペドロ・サンチェス首相への表敬訪問を終えると、いよいよ午後8時にはオープンデッキバスに乗り換えて、市内パレードがスタードしたんですが…いやあ、早くも午後3時半から、日陰のまったくないシベレス広場で場所取りしているファンが何人もいるって、本当に凄くない?

それだけに午後7時頃には広場の中心にあるステージにはとても近づけない状態になっていたんですが、ええ、もちろん私は行きませんでしたよ。パレードは2年前のユーロ優勝と同じコースと聞いたため、今年はアトレティコのコパ・デル・レイ決勝後、そしてラージョのカンフェレンスリーグ決勝後に祝賀イベント完全追っかけ中継を予告。結局はローマ教皇の訪問でしか、機会のなかったテレマドリッド(ローケルTV局)がレポーター総動員で届けてくれる映像を見ながら、タイミングを計って、近所の歩道で選手たちがバスの上で祝っている風景をキャッチすることに。

超WORLDサッカー! またスペインに黄金期がやって来た…

あとは冷房の効いた部屋でパレードが亀の歩みで午後10時15分に12万人のファンが待つシベレスに到着し、1人1人、自分が選んだ曲のかかったステージに登場。プビルやジョレンテ(アトレティコ)ら、カラオケ状態になっている選手も多かったんですが、それがどうも今回、キャプテンとして、初めてトロフィーを掲げたロドリが、この世のものとも思えない程、はっちゃけまくりでねえ。何度も途中にスペイン人アーティストのライブが挟まるわ、ボルハ・イグレシアス(セルタ)はDJを始めるわ、ククレジャ(チェルシーからレアル・マドリーに移籍)はドラムを叩いているわ、挙句の果てに選手たちがステージで踊り出すって、ちょっと内輪受けが過ぎなくない?

まあ、それでもパレードと合わせると200万人が参加した祝賀イベントは成功裏に幕を閉じたんですが、いやあ。これからバケーションに入る26人の選手の脇で今はもう、多くのクラブがプレシーズンマッチ真っ盛り。いえ、W杯参加選手の多いマドリー、アトレティコは来週、それぞれ水曜、火曜にレガネス、ヘタフェとの非公開練習試合が皮切りになるんですけどね。すでにボルダラス監督のチームなど、キャンプ地オリバ(地中海沿岸のゴルフ&ビーチリゾート)で先週金曜にレディング(イングランド3部)にサトリアーノのgolazo(ゴラソ/スーパーゴール)で1-0でと勝利した後、この水曜にもサトリアーノのPKとサイド・ロメロの一発で1-2とテネリフェ(2部)に逆転勝利。

金曜にはハーツ(スコットランド1部)に2-1で負けていたラージョもすでにオランダのデ・ルッテに移動し、猛暑を避けて、日曜にロッテルダムで行われるフェイエノールトとの親善試合の準備をしていますしね。兄貴分たちもマドリーはギュレル(トルコ)に続いてバルベルデ(ウルグアイ)、アトレティコも月曜のマハダオンダ(マドリッド近郊)での夕方セッションには戻ったシメオネ監督はもちろん、ヒメネス(ウルグアイ)、予定を1週間早めたバルガス(メキシコ)とW杯組の帰還が始まっているため、目を離す訳にはいかないんですが、私も今しばらくはスペイン優勝の余韻に浸っていたいものです。

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原ゆみこ
マドリッド通信員。南米旅行に行きたくてスペイン語を始めたが、語学留学以来スペインにはまって渡西を繰り返す。 遊学4回目ながらサッカーに目覚めたのは2002年のW杯からという新米ファン。ワイン、生ハム、チーズが大好きで近所のタパス・バルの常連。 今はスペイン人親父とバルでレアル・マドリーを応援している。
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