ライター4人の共同生活が始まった
2026年6月10日。
成田空港から、ダラスへ向かった。今回のワールドカップ取材は、ここから始まる。
ワールドカップの取材は、今回で5回目だ。南アフリカ、ブラジル、ロシア、カタール。そして、北中米大会。これまでの大会では、空港に着いた瞬間に「ああ、ワールドカップが始まるんだ」と感じるものがあった。
ところが、ダラス空港に着いて感じたのは、びっくりするぐらい「何もない」ということだった。
大会の装飾がされているわけでも、グッズを売るショップがあるわけでも、ボランティアの人たちが出迎えてくれるわけでもない。非日常感ゼロ。「ようこそ、ワールドカップへ」という熱気はまるでなかった。
アメリカという国の大きさなのか。それとも、サッカーという競技の立ち位置なのか。あるいは、ダラスがそこまで盛り上がっていないのか。
もちろん空港だけではわからないけれども、少なくとも、これまで自分が取材してきたワールドカップとは違った。
空港でレンタカーを借り、ダラス空港から車で20分ほどのキャロルトンという町へ向かった。今回の宿は、ホテルではなくAirbnbで借りた一軒家だ。
このW杯では、僕を含めて4人のライターで共同生活をする。
一人目は、安藤隆人さん。通称「ユース教授」、育成年代における第一人者と呼ばれるライターだ。全国各地を精力的に飛び回って取材をし、日本代表選手たちを若い頃から見てきた。
二人目は、神谷正明さん。もともとは金子達仁さんが主催していた「金子塾」の卒業生で、現在はスポーツコンテンツの翻訳や配信に携わっている。常に冷静沈着で、感情の波がない。
三人目は、池田タツさん。今回は人気解説者・林陵平さんのYouTubeチャンネルのディレクターとして現地入りしている。ドレッドヘアーがトレードマークで、現場で異彩を放つ。
そして僕。この4人で、アメリカでのワールドカップ取材生活が始まった。
大事件発生!車のトランクが開かない!
ホテルではなく一軒家に泊まるということは、食事も、洗濯も、生活の段取りも、基本的には自分たちでやるということだ。まず必要なのは、食料と水。ということで、キャロルトンの近くにあるウォルマートへ買い出しに行くことになった。
水、飲み物、卵、肉、野菜。しばらく共同生活をするつもりで、かなりの量を買い込んだ。さあ、これを車に積んで宿へ向かおう。そう思って、トランクを開けようとした。
ボタンを押す。
開かない。
もう一度、ボタンを押す。
開かない。
何かがおかしい。
車の後ろ側をのぞき込むと、原因はすぐにわかった。タツさんのリュックの紐が、トランクの接続部分に見事にはまっていたのだ。
本当に、見事に。
トランクを開けようとしても、何かが挟まっていると車が判断しているのか、まったく開いてくれない。力ずくでやろうとしても、どうにもならない。
ウォルマートのだだっぴろい駐車場で、4人の大人がトランクを前にして固まった。
「これ、紐を切るしかないわ」
タツさんがそう判断し、ウォルマートでハサミを買ってきた。そして、リュックの紐をジョキジョキと切り始めた。
ところが、切っても切っても、根元の部分がはまってしまっていて取れない。結局、その場ではどうにもならず、買った荷物は後部座席側から無理やり積み込むことになった。
キャロルトンの奇跡
宿に戻ってからは、作戦会議が始まった。どうしたらトランクは開くのか。ネットで調べたり、安藤さんが知り合いの中古車屋さんに聞いたりした結果、「押しながら開けると開くことがあるらしい」という情報にたどり着いた。
そこから、みんなで試す。
押す。
開ける。
開かない。
もう一度、押す。
開ける。
やっぱり開かない。
何回か同じことを繰り返したあと、あるタイミングで、「ポンッ」と音がした。
開いた!!!
あっけないくらい突然、トランクは開いた。
ウォルマートの駐車場から続いていた「トランク開かない問題」は、ここでようやく解決した。
ただ、その代償は小さくなかった。
タツさんが長く愛用していた「パブリック・エネミー」のリュックは、片方の紐を失ってしまった。焦ってハサミやカッターで切ったことで、もう元の姿には戻らない。
その日の夜は、安藤さんが料理を作ってくれた。安藤さんは自分のことを「サムライメディアブルーの料理長」と言っている。実際、料理がとてもうまく、共同生活ではかなり頼りになる存在だ。
安藤料理長による栄養満点の日本食をみんなで食べながら、「リュックもったいなかったな〜」と笑い合った。
きっと、何年経っても、この日のことを思い出すんだろうな。
取材・文=北健一郎

