日本代表がいなくなっても
日本代表の戦いが終わると、毎回、心の中にぽっかり穴が開いたような感覚になる。もう何回も経験しているはずなのに、まったく慣れない。
2026年の北中米ワールドカップ。森保ジャパンは「最高の景色を」という言葉を掲げて、この大会を戦ってきた。選手も、スタッフも、サポーターも、そして僕たちメディアも、その景色を本気で見たいと思っていた。
グループステージを1勝2分で突破し、2位で決勝トーナメントへ進んだ。しかし、ヒューストンで行われたラウンド32でブラジルに1-2で敗れ、大会を去ることになった。
日本代表が残っているうちは、スケジュールはある意味で自動的に決まっていく。次の試合はどこで行われるのか。明日の練習は何時からなのか。誰に話を聞き、何を書くのか。でも、そんな日々が、突然終わってしまう。
「喪失感」「虚無感」「寂寥感」……どんな日本語が当てはまるのかわからないけど、とにかく寂しくて仕方なくて、現実を受け入れられなくて、プツッと気持ちが切れそうになる。「日本に帰る」という選択肢が頭をよぎる。
でも、大会そのものが終わるわけではない。次の試合は行われるし、ワールドカップは続いていく。
誰かが見たかった景色を
僕はこれまで、2010年の南アフリカ、2014年のブラジル、2018年のロシア、2022年のカタールと、4大会のワールドカップを取材してきた。そのすべてで、日本代表が敗れたあとも現地に残り、決勝まで大会を見届けてきた。
ワールドカップは、僕にとって4年に一度の特別な旅でもある。もちろん、世界の頂点を決める戦いを取材することが最大の目的だ。でも、それだけではない。
4年に一度、自分自身とじっくり向き合う機会でもある。この4年間で何ができたのか。何が足りなかったのか。次の4年間は何をするのか。一人の人間として、どう生きていきたいのか――。そんなことを考えさせられる場所でもある。
だから、この旅の中で見たこと、聞いたこと、感じたことを、ちゃんと残しておきたいと思った。
昨年11月、サッカージャーナリストの大先輩である六川亨さんが亡くなられた。ワールドカップを半年後に控えたタイミングだった。
六川さんはきっと、自分の目で森保ジャパンの戦いや、世界各国のサッカーを見たかったはずだ。今、自分が見ている景色は、誰かが見たかった景色でもある。
人生には限りがあるし、この旅をいつまで続けられるかはわからない。だからこそ、大事にしたい。
ワールドカップの旅は、楽しいことばかりではない。移動は大変だし、言葉の壁もある。生活環境も違う。時差もある。思うようにいかないこともたくさんある。
それでも、自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の耳で聞くことができる。これは当たり前じゃない。
たとえばこんなワールドカップ
では、どんな形で残すのか。
今はSNSの時代だ。毎日の出来事をストーリーズに上げることもできる。Xに短い言葉で投稿することもできる。Vlogのように、動画で残すこともできる。
たぶん、そういう形のほうが今っぽいのだと思う。自分も、そういうことがもっとできるようになったほうがいいのだろうなと思うことはある。
だけど、何かしっくりこなかった。
僕はサッカー旅行記が大好きだ。川端康生さんの『フットボールタイム』、竹田聡一郎さんの『BBB(ビーサン)』、金子達仁さんの『熱病フットボール』などは、何度読み返したかわからない。
そこにあるのは、ピッチの上の試合だけではない。旅先で見た景色、出会った人、移動中の出来事、うまく言葉にしきれない気持ち。いつか、自分もこんな文章が書けるようになりたいと思ってきた。
だから、ちょっと古臭いかもしれないけれど、今回は「日記」という形で、2026年ワールドカップの旅を残してみようと思う。
「こんなワールドカップもあるんだな」
そう思ってもらえたらうれしい。
6月10日、成田空港からダラスへ向かったところから、少しずつ振り返っていきます。
取材・文=北健一郎

