サッカー選手の価値は、必ずしも実力だけで決まるわけではない。監督の考え方、チームのシステム、ライバルの存在。ほんの少し歯車が噛み合わなくなれば、昨日までの主力がベンチに座ることもある。
第2次森保ジャパンの立ち上げ当初、右サイドバックの一番手だった菅原由勢もその一人だ。アジアカップでの苦い経験、システム変更による立場の変化――。絶対的なレギュラーから当落線上の選手へ。それでも24歳のサイドプレーヤーは下を向かなかった。
ワールドカップ初戦のオランダ戦。背番号2は世界の舞台に立った。その姿は、どんな逆境の中でも自分を磨き続けることの大切さを教えてくれた。
「偽サイドバック」の申し子
第2次森保ジャパンがスタートした2023年春。日本代表は新たなチャレンジを始めていた。その中心にいたのが、名波浩コーチだった。攻撃時にサイドバックが内側へ入り、ビルドアップの起点となる。いわゆる「偽サイドバック」と呼ばれる役割である。
新戦術のキーマンとして抜擢されたのが菅原由勢だった。
当時オランダでプレーしていた若き右サイドバックは、中盤の選手のようにボールを扱い、前線へ質の高いパスを送り込むことができる。2023年9月、ドイツ代表を4-1で破った歴史的勝利でも伊東純也のゴールをアシスト。日本代表の新しい武器として、大きな期待を集めていた。
しかし、勝負の世界は残酷だ。
2024年1月のアジアカップ。イラク戦で日本は相手のロングボール攻勢に苦しみ、菅原のサイドを徹底的に狙われた。敗戦後、菅原はスタメンの座を失う。さらに日本は準々決勝でイランにも敗れ、アジア王者という目標を逃した。
森保一監督が試合後の円陣で口にした。
「我々はもっと先の、これからアジアを確実に戦って勝つ力と、世界に勝つ力をつけないといけないということを、今日、思い知らされた」
日本代表は変わらなければならなかった。そして、その変化は菅原の立場をも変えることになる。
絶対的なレギュラーから、当落線上の選手へ
アジア最終予選へ向けて、日本代表は4-2-3-1から3-4-2-1へ移行した。そこに、右サイドバックというポジションはなかった。右ウイングバックには堂安律や伊東が起用されるようになり、菅原の序列は下がっていく。代表に呼ばれないこともあった。
サッカー選手の立場は不安定だ。昨日までレギュラーだった選手が、監督の考え方やシステム変更をきっかけにベンチへ座ることも珍しくない。どれだけ能力が高くても、自分だけではどうにもならない要素が存在する。
第2次森保ジャパンの立ち上げ当初、菅原は右サイドバックの一番手だった。ドイツ代表戦ではアシストも記録し、日本代表の未来を担う存在として期待されていた。しかし、アジアカップで流れは変わった。さらに3-4-2-1への移行によって、右サイドバックという居場所そのものが消えた。
絶対的なレギュラーから、当落線上の選手へ。
それでも菅原は腐らなかった。2024年11月のインドネシア戦。途中出場した菅原は伊東とのワンツーから鮮やかなゴールを決める。試合後、「自分に対してのいら立ちというか、他の人に矢印を向けそうな時もありましたけど、やっぱりサッカー選手なので、ピッチに立って自分を証明することは日ごろの結果に繋がってくると思っていた」と本音を明かしている。
苦しい状況に置かれた時、人には二つの選択肢がある。環境のせいにするか、自分を磨くか。菅原が選んだのは後者だった。森保ジャパンの右ウイングバックとして求められるプレーを研究し、堂安とも伊東とも違う武器を磨いた。得意のクロスにはさらに磨きがかかり、自らの価値を証明し続けた。
その積み重ねが、2026年5月15日のワールドカップメンバー発表につながる。26人のリストの中に「菅原由勢」の名前はあった。
背番号2のリベンジが始まった
オランダとのグループリーグ初戦。1-2と追いかける75分、森保監督は堂安に代えて菅原を送り出した。ワールドカップ初戦。しかもビハインドの状況だった。森保監督が「試合を変えられる」と信じた選手だからこその器用だった。
ピッチに入った菅原は、その期待に応える。同じく途中出場した伊東と連動しながら、内と外を使い分けて相手守備を揺さぶる。鋭いクロスを送り込み、自らも積極的にゴールを狙った。
日本が2-2の同点に追いつく流れを作った選手の一人だったことは間違いない。
ただ、試合後のミックスゾーンで菅原はコメントを残していない。ゴールに絡んだ中村敬斗や鎌田大地の周囲には記者の輪ができていた。その横を、背番号2は静かに通り過ぎていった。
前日の取材で、菅原はこんな言葉を残している。
「ワールドカップへの思いですか? 優勝したいとしか思っていない」
だからなのだろう。ワールドカップのピッチに立ったことも、オランダ戦で流れを変えたことも、彼にとってはまだ途中経過に過ぎない。
アジアカップで味わった悔しさ。失ったポジション。当落線上に立たされた日々。そのすべては、優勝という目標へ向かう過程でしかない。
オランダ戦の菅原の活躍は、サッカーの枠を超えて、たくさんの人に勇気を与えるものだったと思う。レギュラー落ち、降格、左遷……どんな逆境でも腐らないこと。評価されなくても努力を続けること。そして、自分の価値を結果で証明すること。
ただ、おそらく本人はそんなことは考えていないだろう。菅原の視線は最初からその先に向いている。ワールドカップは、まだ始まったばかりだ。背番号2のリベンジもまた、ここから始まる。
取材・文=北健一郎

