「本当に幸せなサッカー人生でした」浦和・阿部勇樹が引退を表明、今後は指導者の道へ
2021.11.14 21:15 Sun
浦和レッズの元日本代表MF阿部勇樹(40)が今シーズン限りでの現役引退を発表し、会見に臨んだ。
阿部はジェフユナイテッド市原の下部組織出身で1998年8月のガンバ大阪戦でデビュー。16歳と333日という当時J1最年少記録を樹立した。
2005年、2006年はナビスコカップ(現ルヴァンカップ)の連覇にも貢献。2007年1月には当時の国内最高額の移籍金で浦和へと完全移籍。2010年の南アフリカ・ワールドカップ(W杯)終了後には、当時チャンピオンシップ(イングランド2部)に所属していたレスター・シティへと完全移籍した。2012年1月に浦和へと復帰すると、キャプテンを務めるなど、センターバックやボランチでチームを支え続けた。
会見に臨んだ阿部はこれまで所属してきたチーム関係者やサポーターらへの感謝を述べ、「本当に幸せなサッカー人生でした」との言葉を綴った。そして、スパイクを脱ぐきっかけや今後の進路について以下のように語っている。
今季の開幕戦でもゴールを決めていた阿部は、まだまだ第一線での活躍も期待されていたが、今年を勝負の年と考えていたようだ。引退を決めた経緯については、これまでの「サッカーがしたいという想いの差」が合図になったと述べた。
「実際に(引退を)自分の中で決めたのは、40歳を、誕生日を迎える前までにはある程度決めて、クラブの方には伝えたいという想いがあったので、9月の頭にはクラブの方には伝えさせていただきました」
「もちろん、今でもサッカーをしたいという想いはありますが、1年前のサッカーがしたいという想いと、今サッカーがしたいという想いと、少し変化というか差があるかなと自分では思っていて、その差が僕にとっては、引退する合図なのかなと考えて決断しました」
これまで多くの指導者の下でプレーしたきた阿部だが、今後は指導者の道を目指すという。多大な影響を受けたと名を挙げた2人の監督、千葉や日本代表でも教えを受けたイビチャ・オシム氏。過去に浦和で指揮を執ったミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現:北海道コンサドーレ札幌監督)を、指導者としても目標にしたい述べた。
「23年サッカーをやらせていただいて、本当に多くの監督に教えていただき、多くの選手ともサッカーをしてきました。なので僕は、今後指導者の道へいきたいなと考えています。逆にいかなければ、今まで教えていただいた監督に失礼なんじゃないかなと、自分で思っているので、その道へ新たなチャレンジをしたいと思っています」
「目標とする監督、先ほど2人の監督の名前を挙げさせていただきました。どんなに頑張ってもオシム監督やミシャ監督のようにはなれません。けれど教えていただいた考え方だったり、学んだことっていうのは間違いなく自分の中で生きるものだと思っています」
「なので、こうなっていきたいという目標はありますが、まず大事なのはどうやって色を出していくのか、誰かの真似をするのではなく、こういった考えをしっかりもってやっていくことが一番大事だと思っているので、自分はこういうサッカーをしていくんだ、っていう考え方を強く持つことが大事だと思っているので、そういったお2人の監督に負けないような指導者になっていけるよう、頑張っていきたいと思います」
阿部はジェフユナイテッド市原の下部組織出身で1998年8月のガンバ大阪戦でデビュー。16歳と333日という当時J1最年少記録を樹立した。
会見に臨んだ阿部はこれまで所属してきたチーム関係者やサポーターらへの感謝を述べ、「本当に幸せなサッカー人生でした」との言葉を綴った。そして、スパイクを脱ぐきっかけや今後の進路について以下のように語っている。
今季の開幕戦でもゴールを決めていた阿部は、まだまだ第一線での活躍も期待されていたが、今年を勝負の年と考えていたようだ。引退を決めた経緯については、これまでの「サッカーがしたいという想いの差」が合図になったと述べた。
「今年始まった時点である程度自分の年齢も考えて、勝負の年、最後の年になるのではないかと考えていました。でも本来ならもっと早く引退するべきだったのかなと、振り返ったら思います。けれど、サッカーを通じていろんな方と出会い、いろんな仲間に支えられて、選手寿命を伸ばさせていただいたなと思っています」
「実際に(引退を)自分の中で決めたのは、40歳を、誕生日を迎える前までにはある程度決めて、クラブの方には伝えたいという想いがあったので、9月の頭にはクラブの方には伝えさせていただきました」
「もちろん、今でもサッカーをしたいという想いはありますが、1年前のサッカーがしたいという想いと、今サッカーがしたいという想いと、少し変化というか差があるかなと自分では思っていて、その差が僕にとっては、引退する合図なのかなと考えて決断しました」
これまで多くの指導者の下でプレーしたきた阿部だが、今後は指導者の道を目指すという。多大な影響を受けたと名を挙げた2人の監督、千葉や日本代表でも教えを受けたイビチャ・オシム氏。過去に浦和で指揮を執ったミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現:北海道コンサドーレ札幌監督)を、指導者としても目標にしたい述べた。
「23年サッカーをやらせていただいて、本当に多くの監督に教えていただき、多くの選手ともサッカーをしてきました。なので僕は、今後指導者の道へいきたいなと考えています。逆にいかなければ、今まで教えていただいた監督に失礼なんじゃないかなと、自分で思っているので、その道へ新たなチャレンジをしたいと思っています」
「目標とする監督、先ほど2人の監督の名前を挙げさせていただきました。どんなに頑張ってもオシム監督やミシャ監督のようにはなれません。けれど教えていただいた考え方だったり、学んだことっていうのは間違いなく自分の中で生きるものだと思っています」
「なので、こうなっていきたいという目標はありますが、まず大事なのはどうやって色を出していくのか、誰かの真似をするのではなく、こういった考えをしっかりもってやっていくことが一番大事だと思っているので、自分はこういうサッカーをしていくんだ、っていう考え方を強く持つことが大事だと思っているので、そういったお2人の監督に負けないような指導者になっていけるよう、頑張っていきたいと思います」
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