反町技術委員長の隠された才能/六川亨の日本サッカー見聞録

2020.07.11 12:45 Sat
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JFA(日本サッカー協会)は7月9日、定例となる第9回理事会を開き、日本代表の強化スタッフの位置づけを確認したり、21年秋に始まる女子プロリーグ、WEリーグの代表理事(Jリーグにおけるチェアマン)を選出したりした。

他にも理事会では、本来なら1月3日から3月27日までの移籍期間が、新型コロナウイルスの影響でほとんど活動できなかったとして、新たに10月2日から30日までを第3の登録期間としてFIFA(国際サッカー連盟)に承認されたことも発表された。

なお7月21日から8月28日までの第2の登録期間は従来通りである。

まずは簡単なテーマから紹介しよう。WEリーグの新たな“チェア"(呼称)に選ばれた岡島喜久子氏である。彼女の名前を聞くのは初めてだった。

1958年5月5日生まれだから、田嶋幸三会長の1歳年下となる。女子サッカーが黎明期だった70年代、数少ない女子チーム「FCジンナン」でプレーし、日本代表としても海外遠征に参加した。

彼女が凄いのは、仕事におけるキャリアだろう。早稲田大学商学部に在学中、アメリカ留学してスポーツ医学とコーチング学を専攻。そして卒業後はJPモルガン・チェース銀行を始め三菱UFJモルガン・スタンレー証券など金融業界に身を投じ、アメリカでも10年近いキャリアを積んだ。

新型コロナウイルスの世界的な患者数の分析で名前を聞いた読者もいるかもしれないが、ジョンズ・ホプキンス大学で、医学部の女子役員を務めたこともある。これまでのサッカー界にはいなかった異色のキャリアでもあり、改めてサッカー人脈の深さ、広さを痛感せずにはいられなかった。

さて、そろそろ本題に移ろう。日本人で初めてとなるA代表と五輪代表の監督を兼務した森保一監督。就任からの経緯を簡単に振り返ると、森保監督はA代表での活動がメインで、五輪代表は横内昭展監督代行が指揮することが多かった。

初めて森保監督が長期間五輪チームを率いた今年1月のU-23アジア選手権はグループリーグで敗退。兼任監督の是非が問われたのは当然のことだった。

その後は新型コロナウイルスの影響で今年3月と6月のW杯予選は延期され、例年ならU-22日本代表が参加していたトゥーロン国際大会も中止と、代表チームの活動は停止したまま。このため森保監督の兼任の是非を問う声もあがることはなかった。

ただ、サッカー界はいつまでも止まっているわけではない。9月のW杯予選は延期になったが、10月と11月に3試合、ACLも10月から大会方式を変更して再開され、アンダーカテゴリーの大会もスタートする。そこでナショナルコーチングスタッフは会議を開き、強化スタッフの再確認をした。

その前に、まずスケジュールを確認すると、今年10月と11月、来年の3月25日と30日、6月7日と11日にはW杯予選がある(6月3日は親善試合の予定)。4月中旬に五輪本大会の抽選会があり、五輪代表は7月5日から事前キャンプに入るとそのまま20日まで続けて五輪本大会を迎える。

その間、5月9日から15日まで代表の活動期間があるものの、ここはA代表と五輪で重なっている。

以上のことから反町技術委員長は1)「スタッフを代えても生産性がない」、2)「2つのチーム作りも現実的ではない」、3)「来年3月と6月に五輪のベストチームを作るのは不可能」ということから、五輪代表に関しては「頭角を現した選手をキャッチする」方法に方針を変えた。

はいまさら説明の必要もないだろう。時間は“十分"ではないが、ハリルホジッチ前監督のときのように「待ったなし」ではない。
も同様だ。A代表と五輪代表と2つのチームを作り、2人の監督でチームを回すということは、日本も1992年のバルセロナ五輪の時に実践した(山口五輪監督と横山A代表兼総監督)。しかし現在では24歳以下の選手がA代表にも名を連ねている。森保監督の言う「ラージグループ」に両カテゴリーの選手が含まれているのが現状のため、分けるのは難しい。

そこで問題になるのが、A代表と五輪代表の活動期間が重なった時だ。これまでは“横内監督代行"だったが、今後は「監督としてやって欲しい」(反町技術委員長)ということになった。

整理すると、森保監督は五輪代表の監督を兼務し、横内コーチは状況によって五輪監督となる。加えて、技術委員会のトップに技術委員長の反町氏がいて、彼と同格で普及・育成担当の小野剛氏(元日本代表コーチ)がいる。そして反町技術委員長の下にA代表と五輪代表の強化を担当する関塚隆(元五輪監督)テクニカルダイレクターがいる。

それぞれの役割や分担は明確なのだろうが、これに「縦軸」としてアンダーカテゴリーの指導者がクロスオーバーしてきても混乱することはないのかどうか気がかりだ。

それよりも反町技術委員長のweb会見を取材していて感じたことがある。例えば横内監督については「選手は五輪の切符を獲るため目の色を変えると思うので、横内をしっかりサポートしたい」とか、「横内には権限ではなく職務を与えるだけ」。代表選考に関しても「下地造りをするだけで、口を出すつもりはない」、「現場は関塚に任せているので、しっかり整理して欲しい」などなど、理路整然とし、とても歯切れが良く、断言していることだ。

そこで思ったのが、反町氏にはJFAの(広報を含め)報道官をやって欲しいということだ。いまの広報は違うものの、かつての広報は中田英を筆頭にメディアの質問に一切答えようとしない選手がいた。彼だけでなく、ミックスゾーンではヘッドホンをして、無言のうちに質疑応答を拒絶する選手もいた。にもかかわらず広報は彼らの行為を注意することすらしなかった。

最近でこそ少なくなったが、まだJクラブのなかには「メディアから選手を守るのが仕事」と思っている広報もいる。その点、反町氏は、選手はもちろん指導者としても実績があり、さらに弁舌も立つ。何を言っても憎まれない性格も報道官に向いているのではないだろうか。選手が嫌がってもメディアやテレビカメラの前に立たせて質問に答えさせる。それを嫌みなくできるキャラクターの持ち主のような気がしてならない。

ただこれは、私見であることを最後に断っておきたい。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた


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リオ五輪組が主力になりつつある森保ジャパン/六川亨の日本サッカー見聞録

木曜日にアップされたコラムでは、日本対キルギス戦でハットトリックを達成したオナイウ阿道が「オールラウンドのFWとして大迫の後継者になれるかもしれない」という原稿を書いた。さらに代表初スタメンの右MF坂元も、カットインだけでなくタテにも抜け出せ、さらにゴールライン際でも仕掛けられる器用さを見せて、攻撃にアクセントをつけられる選手として取り上げた。 そして今月の日本代表の試合でもう1人注目したいのが、左SBの小川だ。 長友の後継者探しは日本代表の課題だった。それはU-24日本代表を見ても、レギュラーに定着した選手がいないほど人材難だった。 そこで小川である。キリギス戦ではオナイウの3点目をアシストしたが、6月シリーズの対戦相手はいずれも格下のため、攻撃ではアピールできても肝心の守備力を試される機会はほとんどなかった。このため軽々に長友の後継者と言うことはできない。しかし次のようなデータもある。 日本代表の試合データである。カッコ内は左SBとしてプレー時間だ(ミャンマー戦は小川、佐々木とも召集外)。 U-24日本戦は、長友(45分)、小川(45分) タジキスタン戦は、佐々木(62分)、小川(28分) セルビア戦は、長友(82分)、小川(8分) キルギス戦は、小川(90分)、佐々木(22分だが、左SBではなく3DFの左) 左SBとしてのトータルのプレー時間は長友が127分、小川が168分、佐々木が62分ということになる。このデータからも、森保監督は小川を積極的に試した4試合と言えるのではないだろうか。左SBとして、少なくとも佐々木より信頼度は高いようだ。 そしてもう1つ注目したいのは、現日本代表は16年のリオ五輪のメンバーが主力を占めつつあるということだ。 リオ五輪に参加した18名のうち、現在も代表に名を連ねているのはGK中村、CB植田、右SB室屋、ボランチ遠藤航、FW浅野の5人である。残念ながら中島翔哉は所属クラブでのトラブルにより、代表チームでの活動からしばらく遠ざかっている。 しかしバックアップメンバーでオナイウと中谷の2人がチームに帯同し、冨安はトレーニングパートナーとして練習に参加した。そしてリオに行くことはなかったが、手倉森ジャパンのキャンプやテストマッチには左SB小川、ボランチ橋本、MF伊東、鎌田の4人が参加した。なんと総勢12名にもなる。 GK中村、DFは右から室屋、植田、冨安、小川。中盤はボランチに遠藤航と橋本、2列目は右から伊東、トップ下に鎌田、左に浅野、そして1トップにオナイウで、控えに中谷と、リオ五輪組で1チーム作れてしまう。 5年間でこれだけ同世代の選手が代表入りしたのは、08北京五輪以来ではないだろうか。当時のメンバーからはGK西川、DF長友、森重、内田、吉田、MF本田、香川、FW岡崎らが長きに渡って日本代表を支えた。 こうして見ると、若返りに成功しつつある森保ジャパンとも言える。そしてそれは東京五輪を経由して、さらに加速するかもしれない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.06.19 10:15 Sat
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代表戦で感じたこと/六川亨の日本サッカー見聞録

5月28日の日本代表対ミャンマー戦、そして6月のIMD(インターナショナルマッチデー)によるW杯アジア2次予選やU-24日本代表の親善試合、なでしこジャパンの強化試合など、ファンにとっては見逃せない試合の連続が続いている毎日だ。 11日は日本代表対ピクシー率いるセルビア戦(1-0)、12日はU-24日本が4-0と圧勝したジャマイカ戦、そして13日はなでしこジャパンがメキシコに5-1と快勝した。 こうした活動の裏では、最初にジャマイカの一部選手が出国の際の不備で来日できず、日本との試合が急きょU-24日本に変更された。 その後も海外から来日したチームに新型コロナウィルスの感染者や濃厚接触者がいたり、コロナでは陰性ながらミャンマーの用具担当者が亡くなられたり、ジャマイカの監督は体調不良で(コロナの検査では陰性)チームの指揮を執られないなど不測の事態が続いた。 それでも試合はつつがなく行われ、残すは15日の日本対キルギス、タジキスタン対ミャンマーの2試合となった。そこで改めて思うのは、日本の試合運営の手際の良さだ。 5月28日以降、基本的に前述の3チームが順次活動を開始して、日本代表とU-24日本は毎日のように選手がズームで記者会見を行った。これはこれで、素晴らしいことであり関係者の努力に感謝したい。これに加えて試合前日には両チームの監督会見もある。 さらに反町技術委員長の会見や、Jリーグも並行して開催されているため、Jクラブの監督や選手の会見もある。このため終日、自宅でズーム会見の日々ということもあった。 ほんの2年前は、例えば日本代表のメンバー発表はJFAハウスの1Fで盛大に行われた。しかし今回のコロナウィルスの影響で、そうした会見のスタイルは変革を余儀なくされ、もはや旧式のスタイルに戻ることはないだろう。 移動による時間と経費のロスがなくなり便利になったのは確かだが、かえってストレスを感じることもある。 たとえば昨日のジャマイカ戦では、4人の股間を抜いたシュートでゴールを決めた久保のコメントを聞くのが仕事としてマストとしよう。それ以外に、地元出身で豊田スタジアムでの試合を楽しみにしていながら出番のなかった菅原に話を聞きたいと思っても、ズームではその機会がない。 JFAの広報は、毎日のように最大多数の情報を発信しようと努力している。試合後も多くの選手に発言を促している。 これは、かつてはなかったことだ。一時期は、選手をガードしてメディアの前で発言させないのが仕事と勘違いしていた広報もいた。しかしズームという通信手段のおかげもあり変わった。それでも話を聞きたい選手に直接聞けないストレスは残る。 こればかりは、日常が戻る日を期待するしかないだろう。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.06.13 22:45 Sun
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OA枠対決が見られなかったのは残念/六川亨の日本サッカー見聞録

ジャマイカ代表のヨーロッパ組10名がコロナウイルスの陰性証明に不備があったとして飛行機に搭乗できず、日本代表との対戦が不可能になった。そこで急きょJFA(日本サッカー協会)は3日に札幌で予定されていた対戦カードを日本代表対U-24日本に切り替えた。 試合は無観客とはいえ、ゴールデンタイムでの地上波テレビ中継が決まっている。苦肉の策だったが、結果は“吉"と出たと言っていい。 ジャマイカのように選手が来日できないこと。定刻通り来日しても空港での検査結果が深夜0時を過ぎてしまうと3日後の試合に出場できないこと。さらには5日に福岡でU-24日本と対戦するU-24ガーナの選手1人が来日時の空港での検査で陽性反応だったこと。そのため濃厚接触者の特定検査が必要になったことなど、短期間でいろいろなことが起きた。 これらは全て東京五輪・パラリンピックにとって絶好のシミュレーションになったことだろう。4日に千歳空港から福岡空港へ移動するはずだったU-24日本が、折からの暴風雨でフライトに遅延が出て足止めを食らったのは想定外だったが。 さて試合である。開始早々に室屋が仕掛けてつかんだ右CKから橋本があっさりと先制点を奪った。ボールを持ったら足を止めずにそのまま仕掛けて旗手をかわした室屋の積極的なプレー。ロシア・リーグのロフトスへ移籍して、2列目からの飛び出しで得点感覚を高めた橋本と、元FC東京の2人は海外移籍の成果を証明した。 代表戦に限らずクラブチーム同士の試合でも、キックオフから10~15分くらいはハイプレスで攻撃を仕掛けることはよくあるパターン。しかしU-24日本は受け身になってしまった。ここら当たり、「経験不足」と言ってしまえばそれまでだが、特に橋岡と町田のCBは1点目も2点目もCBとしての役割を果たせていなかった。 橋岡は本来右SBだが、そのポジションにOA枠の酒井が来て、CBにも吉田がいる。彼自身としたら右SBで勝負したかったところだろう。 いずれにせよDF陣の経験不足は明らかで、OA枠に吉田と酒井、さらに日本代表戦は負傷で出場を見合わせた冨安は「欠くことのできない戦力」ということが証明された。DF陣に関して言えば、今後は左SBのポジション争いと、右SBのバックアッパー探しということになるだろう。CBに関しては板倉と中山もいるので心配することはない。 次に攻撃陣である。前半は1トップの田川にロングパスを出すか、久保の個人技による突破の2パターンしかなかった。三好や遠藤渓にもっと久保と絡んで欲しかったので、こちらは“消化不良"といった感じだ。その久保にしても、複数人で囲むしたたかさが日本代表にはあった。 後半は両チームとも多くの選手が代わったが、U-24日本でいえば田中が入ったことでタテパスが入るようになり、遠藤航が入ったことで中盤でタメができ、落ち着いて攻撃できるようになった。OA枠では大迫が必要だと思っていたが、遠藤航のプレーには感心させられてしまった。 試合後の大迫は「正直残念な気持ちの方が強いです。せっかくだったらオーバーエイジも出て欲しかったです。試合前からその気持ちの方が強かったですね」とOA枠とのマッチアップを楽しみにしていたことを明かした。 たぶん今回の対戦が決まったことで、多くのファン・サポーターは日本代表の1トップと2列目の3人(南野、鎌田、伊東)と、吉田&冨安と酒井の対戦を期待したことだろう。ただし冷静に考えれば、合流した翌日に予定を変更して札幌入りしたU-24日本に十分な練習時間が取れなかったことも事実。彼らのプレーは5日のガーナ戦と、12日のU―24ジャマイカ戦で見られることを期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.06.05 10:15 Sat
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ミャンマー戦で改めて大迫をOA枠に推薦/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は29日、政府の緊急事態宣言の延長により来月から始まるキリンチャレンジ杯とカタールW杯アジア2次予選、そしてU-24日本代表のテストマッチ1試合(5日のU-24ガーナ戦)をリモートマッチ(無観客)で開催することを発表した。有観客試合となるのは12日に豊田で開催されるジャマイカ戦だけの予定だ。 その一方で五輪は開催のために着々と準備が進められている。五輪のための緊急事態宣言の延長という見方もできるし、そのために日本はW杯2次予選のセントラル開催(複数チームのバブル対策のシミュレーション)を引き受けたと思うのは私だけだろうか。 さてミャンマー戦である。19年9月のアウェーは豪雨の影響もあり2-0の勝利にとどまった。当時は毎日夕方になるとスコールだった印象が強く残っている。しかし今回は万全のピッチ状態で、日本はJリーグが開催されている関係から“海外組"のメンバー編成になったが、“国内組"がスタメンに入る可能性はかなり低いだろう。 つまり現状で考えられるベストメンバーで試合に臨んだだけに、10-0の大差がついたのも当然だ。そして大迫は2試合連続してハットトリック、南野はW杯予選で6試合連続ゴールという記録を更新した。こちらも対戦相手の実力を考えれば当然の結果であり、特筆すべきことではない。 それでも敢えて指摘するなら、今シーズンのブレーメンではノーゴールだった大迫の得点感覚は衰えていないことだ。巧みなポジショニングからヘディングでのゴールがあり、体が自然に反応したスライディングでのゴール、南野のシュートに反応したゴールなど、様々なパターンから得点した。 3月の時も言っていたが、ブレーメンではトップ下だったりサイドだったりと、本職のFWで起用されないことに不満を漏らしていた。しかし森保ジャパンでは4-2-3-1の「1」の絶対的な存在である。そして起用されれば期待に応える結果を残してきた。 現在の日本のストロングポイントは、南野や鎌田、原口ら2列目にテクニシャンが揃っていることだろう。それはU-24日本も同様で、堂安、久保、三笘、三好、食野、相馬とタレントは豊富だ。となると、東京五輪でも1トップを採用する可能性が高い。 今回U-24日本に招集されているFWは林、前田、上田、田川の4人だが、前田と田川に林はA代表では伊東と浅野のポジションで起用されるタイプである。スピード勝負であり、ロンドン五輪では永井の役割となる。とするなら大迫のようなオールラウンダー候補は上田しかいない。しかし上田もケガに悩まされることが多いのが気がかりだ。 となれば、やはりOA枠は当初の予定通り「呼ばれると想像していなかった」という酒井ではなく大迫を選ぶべきではないだろうか。 先週のコラムで大迫が外れたのは「五輪の経験の有無を森保監督は重視した」と紹介したが、酒井自身、ロンドン五輪は「初戦のスペイン戦でケガをして、ろくに動けないのでチームに迷惑をかけた思いしかない」と振り返っていた。 今回招集されたメンバーで右SBには橋岡と菅原の2人の候補がいる。手薄なのは板倉と中山という候補はいるものの、彼らはCB候補でもあるためボランチということになるだろう。そのために遠藤航がOA枠に選ばれたことは理解できる。そしてCBは冨安という絶対的な存在がいるが、これまではU-24日本より日本代表の活動の方が長いため、コンビを組むなら吉田ということになるのも必然だ。 今シーズンでマルセイユを退団する酒井は、フランスが日本と同じグループになったことに触れ、「ベストメンバーが来れば強いですよ」と言いつつ、「U-23代表はEUROがある」ことで主力の来日を懐疑視した。ヨーロッパ勢はEUROの本大会があり、U-23の大会もある。だからこそ優勝候補は南米の2強(アルゼンチンとブラジル)であり、日本にもメダルのチャンスがあるというわけだ。 そのためには、負けないことも大事だが、勝ちきる必要もある。ミャンマー戦を見る限り、ロンドン五輪の出場を逃した大迫にリベンジの機会を与える意味でもOA枠として選出することを森保監督に提言したい。 もちろん5日のU-24ガーナ戦で前線の選手が活躍すれば、考えが変わる可能性もあるけれど……。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.05.29 22:10 Sat
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OA枠で大迫が外れたのは五輪経験の有無か?/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は20日、今月28日から始まるカタールW杯アジア2次予選に臨むサムライブルーと、キリンチャレンジカップに出場するサムライブルー、そして五輪の強化試合に出場するU-24日本代表の3チームのメンバーを発表した。 W杯2次予選とキリンチャレンジカップでサムライブルーが2チームあるのは、5月28日にフクアリで開催されるミャンマー戦は、IMD(インターナショナルマッチデー)ではないため選手の招集に拘束力がないからだ。実際ミャンマー戦の2日前と2日後はJリーグの試合が入っている。 そこでミャンマー戦だけは、シーズンの終わっている海外組の選手26人を招集して戦う。そこには冨安(ボローニャ)、久保(ヘタフェ)、堂安(アルミニア・ビーレフェルト)、三好(ロイヤル・アントワープ)ら五輪世代も含まれている。 そして29日からは国内組の選手も合流し、総勢24名が6月3日のジャマイカ戦(札幌ドーム)、7日のW杯予選のタジキスタン戦(パナソニックスタジアム吹田)、11日のセルビア戦(ノエビアスタジアム神戸)、15日のW杯予選のキルギス戦(パナソニックスタジアム吹田)の4試合を戦う。 そしてU-24日本代表は5月31日に集合して、6月5日のU-24ガーナ戦(福岡のベスト電器スタジアム)、12日のジャマイカ戦(サムライブルーとすでに対戦したチーム。豊田スタジアム)に臨む。こちらは総勢27名で、OA(オーバーエイジ)枠の吉田(サンプドリア)、酒井(マルセイユ)、遠藤航(シュツットガルト)の3人は、ミャンマー戦後はU-24日本に合流して活動する。 すでに各チームのメンバーは紹介されているので省略したい。 そして今回取り上げたいのはOA枠についてだ。一昨年の段階からOA枠の1人は大迫(ブレーメン)で決まりだと思われていた。ブレーメンのGMも地元開催の五輪に大迫がOA枠で出ることを了承している発言が紹介された。五輪が1年延期され、大迫自身もブレーメンでの出場機会が限られたものの、今年3月の韓国戦やモンゴル戦では日本の第一人者であることを証明した。 彼とCBの吉田、そしてここ1年で守備だけでなく攻撃でも長足の進歩を見せた遠藤航の3人がOA枠と思われた。しかし、酒井の浦和移籍が報道されてからは、大迫に変わって酒井のOA枠が規定路線のように報道されてきた。 20日の会見で森保監督は当初「その時々の状況で、どのポジションでOA枠を起用したらいいのかたびたびスタッフと話してきたが、決まったものはなかった。日々、毎回議論は変わっていた」と選出の難しさを振り返り、「今回の3人にしたのは試合を安定して戦うこと」と理由を述べた。 しかし、大迫だって前線でボールを収め、試合を安定して戦うことを可能にする選手である。そう思っていたら、最後に森保監督の本音が出た。 指揮官は次のように述べたのだった。 「(OA枠の3人は)五輪の経験があるだけでなく、A代表でも世界の経験があるのでリストアップした。五輪の経験ではなく現在の力で評価した」と言いながら、続けて「五輪ではベスト4だったり(ロンドン五輪の吉田と酒井)、直近のリオに出た(遠藤航)。A代表のワールドカップの舞台とは違う雰囲気が五輪にはある。6試合を18人で戦わないといけない。彼らはそういう経験があるので好影響を与えると思う。五輪の厳しい戦いを知っているのでプラスになる」と、五輪の経験を選考理由にあげた。 それならそうと最初から言えばいいと思うのだが、やはり大迫に気を遣ったのだろう。 12年ロンドン五輪で大迫(当時は鹿島)は候補選手の1人だった。彼とポジションを争っていたのは現在浦和にいる杉本だ。当時の杉本はC大阪に所属していたものの、「五輪で招集できる選手は1チーム3人まで」という暗黙の縛りがあった。シーズン中のため戦力低下を避けるためである。 そして当時のC大阪には山口(現神戸)、扇原(現横浜FM)、清武(現C大阪。五輪開幕前にニュルンベルクへ移籍)とすでに五輪の有力候補が3人いた。そこで杉本は東京Vにレンタル移籍することで五輪代表の座を獲得しようとした。 そうした杉本の貪欲さに対し、大迫は代表候補キャンプでのアピールに欠けた。その結果、大迫と指宿(当時はセビージャ)、宮市(当時はアーセナル)らは予備登録メンバーから外れたのだった。 五輪はグループリーグの初戦から3位決定戦まで、5試合を中2日で戦わなければならないハードな日程だ。 男子なら7月22日に南ア戦(東京スタジアム)、25日にメキシコ戦(埼玉スタジアム)、28日にフランス戦(横浜国際スタジアム)があり、準々決勝は31日(カシマスタジアムか横浜国際スタジアム)、準決勝は8月3日(カシマスタジアムか埼玉スタジアム)、3位決定戦が6日(埼玉スタジアム)となっている。 決勝戦だけが7日開催(横浜国際スタジアム)と中3日になっている(なおかつ国立競技場での試合はない)。 このため森保監督が指摘したように、経験値も必要かもしれない。しかし、それと同時に初戦での勝利がメダル獲得には重視される。 12年のロンドン五輪では、初戦で優勝候補の一角にあげられていたスペイン(10年南アW杯優勝のため)に1-0と勝利を収め、続くモロッコ戦も1-0と連勝したことでターンオーバーを利用。ホンジュラスとは0-0だったが、グループリーグを1位で突破して、準々決勝のエジプト戦は3-0と快勝した(準決勝で優勝したメキシコに1-3。3位決定戦では韓国に0-2で敗戦)。 勝ちきるには絶対的なエースの活躍も必要で、それが今回招集された林(鳥栖)、前田(横浜FM)、上田(鹿島)、田川(FC東京)の中から出てくるのか。こちらは「最終選考という意味合いが強い」(反町技術委員長)、今回の2試合を注意深く見守りたい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.05.21 16:50 Fri
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