【2022年カタールへ期待の選手㊺】プラチナ世代の柴崎岳、遠藤航とともに日本代表ボランチの主軸になれるのか?/小林祐希(ワースラント・ベベレン/MF)

2020.05.17 18:00 Sun
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新型コロナウイルスの感染拡大によって、欧州で最初にリーグ戦打ち切りが決まったのがベルギーだ。日本代表の伊東純也(ゲンク)や植田直通(セルクル・ブルージュ)らは「これからシーズン終盤」というところで試合がなくなり、不完全燃焼感を抱いたことだろう。

今季から戦いの場をオランダからベルギーに移した小林祐希(ワースラント・ベベレン)もその1人。2019年夏に3シーズン過ごしたヘーレンフェーンを退団し、欧州でのステップアップを目指していた彼は思うように新天地が決まらないまま、9月に突入。アメリカ・メジャーリーグサッカー(MLS)行きの噂も流れる中、ベベレン入りが決まった。背番号10と落ち着いたプレー環境を与えられたのは朗報だったが、ベベレンというのはベルギー国内で非常に財政基盤が脆弱なクラブ。戦力的にも厳しく、今季は2部降格の危機に瀕していた。休止時点の戦績は1部再開の16位。1月下旬から7連敗と精彩を欠いていた。彼自身は4-2-3-1のトップ下を主に担い、21試合出場2ゴールという結果を残したが、17-18シーズン前半戦に同クラブで10番を背負った森岡亮太(シャルルロア)に比べると物足りない数字と言わざるを得ない。

ただ、本人も「降格を免れたのはラッキー」とコメントしているように、最悪の結果を回避できたことだけは事実。2年契約ということで、来季も残留するのであれば、目覚ましい活躍が求められてくる。最近はセリエAへの移籍話も取り沙汰されているが、どこへ行っても勝負のシーズンになるのは間違いない。2022年カタールワールドカップの大舞台に立つためにも、強烈なインパクトを残すしかないのだ。

92年生まれの小林は東京ヴェルディのアカデミーに在籍した10代の頃から知名度の高い選手だった。2009年U-17ワールドカップ(ナイジェリア)にも参戦。だが、当時はチームの軸になることができず、宇佐美貴史(G大阪)や柴崎岳(ラコルーニャ)に大きく水を空けられたという。

「小学校時代の俺は『日本一うまい』って思いながらプレーしてたんですよね。中学でヴェルディに入った時、結構うまいやつがいると気づかされたけど、代表へ行ったら宇佐美がいた。あいつの感覚は天才にしか分かんないものだった。それを見てプライドをへし折られましたからね。岳にしてもそう。自分には見えないものが見える選手でしたね」

2018年ロシアワールドカップはその2人とともに大舞台に参戦するつもりだったが、メンバー入りは叶わなかった。同い年の昌子源(G大阪)、武藤嘉紀(ニューカッスル)、遠藤航(シュツットガルト)、大島僚太(川崎)が揃って日の丸をつけていたのを見て、本人も複雑な感情を抱いたことだろう。ヘーレンフェーンを退団して異なる環境でチャレンジしたいと思ったのも、「自分も代表の一員としてカタールに行きたい」という気持ちが少なからずあったから。森保ジャパン初招集となった昨年6月のトリニダード・トバゴ(豊田)&エルサルバドル(宮城)2連戦ではイキイキとしたプレーを見せており、十分可能性があると思わせる状態だった。

「自分が2016年に初招集された時から『代表で活躍できる選手って何が違うのか?』をずっと考えていましたけど、サッカーは球扱いがうまければいいってもんじゃないんですよね。岡崎(慎司=ウエスカ)さんなんかは正直、そこまで技術はないかもしれないけど、計算できるし、戦えますよね。大事なのはそこだと思うんです。自分の形があって、その状態でボールを持てたらいいプレーができるけど、そうならなければ何もできないっていうことではダメ。俺らプラチナ世代はそんなタイプが多かったのかな。自分はそこを変えていかなきゃいけないんですよね」

オランダで戦っていた頃、小林祐希はこんな話をしていたが、求められることを確実にこなす多様性と柔軟性を身に着けようという意識は1年前の日本代表戦からもしっかりと見て取れた。そういう方向性を突き詰めつつ、彼らしい左足のキックと思い切ったシュートでゴールを奪うことができるようになれば、森保監督からも認められる日がきっと来るだろう。

実際、彼が代表で主戦場としているボランチは長年の盟友・柴崎が絶対的で、それ以外は混戦状態にある。遠藤航が一歩リードという印象だが、橋本拳人(FC東京)もロシア組の山口蛍(神戸)も大島も東京五輪世代の板倉滉(フローニンゲン)も圧倒的存在感を示しているとは言い難いものがある。「本田二世」の異名を取る発言力と強靭なメンタルを備えた小林祐希が戦力になってくれれば、非常に心強いはず。そのためにも、コロナ禍で生まれた休止期間を最大限有効活用し、自分自身の進むべき道をより明確にしていく必要がある。

ベベレンで攻撃的MFをやりながら試合を決定づける力を蓄え、さらに守備面でより激しくボールを奪える能力を身に着けること。それが今の小林祐希に求められる重要ポイントではないだろうか。28歳という年齢は決して若くはないが、伸びしろがないわけではない。岡崎や本田圭佑(ボタフォゴ)も20代後半から30歳にかけて一段階飛躍した。そんな先人たちを超えるべく、彼にはここからギアを上げてほしいものである。

【文・元川悦子】
長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。
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【2022年カタールへ期待の選手㊽】柴崎二世の天才肌のボランチ、再開J2で完全復活へ。ポルトガル行きの行方は?/藤本寛也(東京ヴェルディ/MF)

新型コロナウイルス感染拡大でストップしていたJ2の再開がいよいよ27日に迫ってきた。2月23日の第1節終了時点での状況をおさらいしてみると、上位はアルビレックス新潟、徳島ヴォルティスら10チームが勝ち点3で並んでいる。非常に混とんとした状態からのリスタートとなるのだ。 J1最多得点記録の185ゴールを挙げている大久保嘉人が今季、鳴り物入りで加入した東京ヴェルディは、初戦で徳島に0-3で大敗。目下、ザスパクサツ群馬と並んで最下位に沈んでいる。しかしながら、再開後は長期離脱を余儀なくされていた若きキャプテン・藤本寛也がピッチに戻ってくると見られるだけに、巻き返しのチャンスは大いにある。「柴崎岳(デポルティボ・ラ・コルーニャ)二世」とも称される卓越したパスセンスと戦術眼を備えた技巧派ボランチの復帰は、J屈指の名門クラブに光明をもたらすに違いない。 「『柴崎岳選手に似てる』というのはよく言われます。僕もA代表の試合をよく見ますけど、なんか自分を見ているような感じがする。柴崎選手みたいな存在感の大きな選手になりたいですね」と本人も目を輝かせる。 99年生まれの藤本は山梨県出身。地元のアミーゴスFC、FCヴァリエ都留を経て、東京Vジュニア入りし、順調にカテゴリーを上げて2018年にはトップ昇格を果たした。非凡な才能は15歳の時点で高く評価されており、2014年には1つ年上の堂安律(PSV)、冨安健洋(ボローニャ)、田中碧(川崎フロンターレ)らとともにAFC・U-16選手権(タイ)に参戦。当時の指揮官は今季から東京Vコーチに就任した吉武博文監督だった。 「吉武さんに会ってなかったら、15歳から先のサッカー人生は充実したものにはならなかった。今のプレースタイルの原点は全て吉武さんに学んだもの。本当に感謝してます」と本人もしみじみ言う。当時のU-16日本代表はアジアを突破できず、批判も浴びたが、藤本自身は成長の歩みを止めることはなかった。堂安や冨安の後を追うようにユース代表へとステップアップ。2019年U-20ワールドカップ(ポーランド)で初めて年代別世界大会の舞台に立った。同大会では齊藤未月(湘南ベルマーレ)と鉄板ボランチを形成。第2戦・メキシコ戦(グディーニャ)では2アシストを記録するなど、絶大な存在感を示した。 「未月とは相性がよかった。ハードワーカーの彼は動いてボールを取ってさばいて前に出る感じの選手。僕はどっちかというと真逆なタイプで、組み立てや予測が得意。攻守両面の特徴が全然違うので、やってて息が合うなと感じてました。カゲさん(影山雅永現U-19日本代表監督)からも『サボるな』『チームのために走れ』とかいろいろ言われていたけど、僕もそういうことは嫌いじゃなかった。世界で勝つために必要なサッカーが何なのかを理解できた気がします」と彼は神妙な面持ちで語っている。 貴重な経験を東京Vに還元すべく意欲を高めていたが、直後の昨年8月の鹿児島ユナイテッド戦で右ひざ前十字じん帯と半月板の損傷を負ってしまう。診断結果は全治8カ月。昨季後半を棒に振り、辛いリハビリ生活を強いられることになった。影山ジャパンの盟友だった安部裕葵(バルセロナ)や久保建英(マジョルカ)が世界に羽ばたく傍らで、藤本は大きな出遅れを強いられたのだ。 けれども、2020年に入ってから、環境は確実に変わりつつある。前述の通り、まず恩師・吉武監督が東京Vの一員に加わったのだ。「また吉武さんと一緒に戦えるのはすごく嬉しい」と本人も息を弾ませていたが、自身を高く買ってくれた指導者が近くにいてくれることは本当に心強いはず。実際、メンタル的な力強い支えになったことだろう。 J2開幕の2月はまだリハビリ中だったが、コロナ騒動で空白期間ができ、ケガを癒す時間が生まれた。「早くても3〜4月くらいに戻れればいい」と藤本は1月時点で復帰見通しを話していたが、リーグ中断期間を有効活用することができたのだ。 その5月にはポルトガル1部のジル・ヴィセンテへの移籍報道も浮上した。仮に海外移籍を選ぶにしても、欧州組の今夏はプレシーズンがほとんどない。ポルトガルも7月26日の最終節の後、新シーズンに向けて間髪入れず始動することになるため、選手の肉体的負担は大きい。今からJ2で何試合か戦い、徐々に状態を引き上げることができれば、過酷な環境に身を投じても耐えられるようになる。当の藤本が何を選択するか未知数ではあるが、ここから本格的に始まるシーズンが自身のキャリアを大きく左右するのは間違いないだろう。 かつて柴崎も2010年U-20ワールドカップ出場を逃し、2012年ロンドン五輪落選を強いられ、A代表に呼ばれるたびにケガや病気で離脱するという苦境を強いられてきた。回り道を重ねて2018年ロシアワールドカップで大輪の花を咲かせ、今の地位を確実なものにしたのだ。ここまでは紆余曲折の連続だった藤本も挽回できるチャンスはまだまだいくらでもある。「柴崎以上の才能」と言われるボランチにはこの先、爆発的な成長を遂げ、五輪代表、日本代表へとステップアップしてもらわなければならないのだ。 「この1年は自分にとってすごく大きい。この1年が充実したものになるかならないかは自分次第。まずは公式戦に復帰して、そこで持ってる力のすべてを出せるようにしたいと思ってます」 そう語気を強める藤本の復帰戦は27日の町田ゼルビア戦になることが濃厚だ。将来の日本を背負うことになるかもしれない稀代のボランチの一挙手一投足を今、我々はしっかりと目に焼き付けておきたいものだ。 <hr>【文・元川悦子】<br /><div id="cws_ad">長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2020.06.27 14:00 Sat
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超過密日程、5人交代で出場機会増へ。一気にブレイク狙う西川潤ら期待の若手たち

「自粛期間は自宅でサッカーの動画を見て、戦術の勉強をしたり、トレーニングも毎日の日課にしてました。Jリーグ再開後は日程が過密になるし、総力戦になることは自分もよく分かっています。交代枠も5人になるので、よりチャンスの幅が広がりますし、いい準備をしてのぞんでいきたいと思います」 2020年期待のルーキー・西川潤(セレッソ大阪)が6月初旬のオンライン取材で語気を強めたように、コロナ禍を経て再開される今季Jリーグは若い世代にとって絶好のアピールの場となるだろう。 7月4日からリスタートするJ1をとってみても、7月だけでリーグ6試合、8月はリーグとYBCルヴァンカップを合わせて8試合が組まれている。ロティーナ監督(C大阪)も「選手層の厚いチームが有利」と断言したが、真夏の連戦を年齢層の高い主力だけでは戦い抜くことは困難だ。当然のごとく、西川のような粗削りの若手がピッチに送り出されるケースも多くなる。そこでインパクトを残せば、一気にブレイクすることも可能なはず。目の前に転がっているチャンスをつかむべく、フレッシュな面々は今、モチベーションを高めているに違いない。 とりわけ、97年生まれ以降の東京五輪世代にとっては、今季のパフォーマンスが大舞台に直結するだけに、1つ1つのゲームの重要度がより高くなる。日本サッカー協会の反町康治新技術委員長も「五輪代表活動は年末に再開できたらいい」という見通しを述べていて、チーム作りはゼロからの再出発を余儀なくされるため、生存競争もフラットな状態に戻ることになる。森保一監督が2019年コパ・アメリカ(ブラジル)など過去の代表活動でコンスタントに招集していた杉岡大暉(鹿島アントラーズ)らが新天地で出番を得られず苦しんでいるように、これまでの序列が維持されるとは限らない。北海道コンサドーレ札幌から湘南ベルマーレにレンタル移籍中の岩崎悠人が「1年という時間ができたことは正直、ラッキー」と前向きにコメントした通り、確固たる地位をつかんでいない選手は虎視眈々と1年後を見据えていくはずだ。 こうした中、有利になるのが、直近のリーグ戦でコンスタントに出場機会を得る選手。森保体制で招集歴のある森島司や大迫敬介(サンフレッチェ広島)、田中碧、旗手怜央、三苫薫(ともに川崎フロンターレ)、渡辺剛(FC東京)、橋岡大樹(浦和レッズ)、相馬勇紀(名古屋グランパス)、岩田智輝(大分トリニータ)などは各クラブで重要な役割を担っているため、この調子で着実に結果を積み上げていけば、東京五輪に大きく近づくのは間違いない。 ただ、これまでほとんど実績のなかったグループにも存在感が急上昇しそうな者はいる。その筆頭が安部柊斗、紺野和也、中村帆高のFC東京大卒ルーキー三人衆。彼らは長谷川健太監督から重要戦力と位置付けられていて、悲願の初優勝を狙うチームのキーマンになるかもしれない。そういう意味でも再開後のプレーを注視すべきだろう。急激な若返りを図っているサガン鳥栖の松岡大起、本田風智らも非常に興味深い。伸び盛りの意外なタレントが熾烈な五輪代表争いを展開し、Jリーグ全体を活性化してくれれば面白い。 一方で、J2にいる東京五輪世代の一挙手一投足も見逃してはいけない。ジュビロ磐田にはエースFW最右翼と目される小川航基がいるし、レノファ山口FCにも高宇洋、小松蓮といったダークホースがいる。FC町田ゼルビアへレンタル移籍している安藤瑞季、高江麗央、小林友希らも成長著しい若手たちだ。安藤と高江に関しては、6月13日の浦和レッズとの練習試合でもゴールを奪い、ひと際大きなインパクトを残した。もちろん相手とのコンディションや実戦感覚の差はあったものの、切れ味鋭い飛び出しやゴールへの貪欲さは大いに目を引いた。東京ヴェルディにも「柴崎岳(ラコルーニャ)2世」の呼び声高い藤本寛也、組み立てに秀でた井上潮音がいる。若手はちょっとしたきっかけで飛躍的成長を遂げることが往々にしてある。試合数の多いJ2にはそんなチャンスがゴロゴロ転がっている。だからこそ、より一層、しっかりと動向をチェックしていく必要がありそうだ。 過去2年半の森保監督の東京五輪チーム作りは、堂安律(PSV)や冨安健洋(ボローニャ)、板倉滉(フローニンヘン)といったA代表経験のある欧州組に偏りがちだった。しかしながら、彼らの多くが新型コロナウイルス感染拡大の影響で、リーグによっては長期間実戦から離れる形になっていて、パフォーマンスやコンディションが未知数な部分もある。久保建英(マジョルカ)のように4カ月の休止期間を有効活用して以前よりキレのあるプレーを取り戻した選手もいるが、全員が同じような軌跡を辿るとは限らない。コロナの第2波・第3波次第ではこの先、彼らを代表活動に招集することさえ困難になるかもしれない。 そういった複雑な事情を踏まえると、やはり国内組をベースにチーム再構築を進めていくのが現実的。そこで欧州組を超えるような勢いと爆発力を持ったタレントが次々と出てきてくれれば、指揮官も安心できるのではないだろうか。大きな期待を寄せる森保監督に向けて、「自分が堂安や久保を蹴散らして大舞台に立つんだ」というギラギラ感を前面に押し出すJの若手選手が何人出てくるのか。一気にブレイクする人間は果たして誰なのか。予想もしなかった逸材の出現を今から楽しみに待ちたいものだ。 <hr>【文・元川悦子】<br /><div id="cws_ad">長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2020.06.26 12:50 Fri
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【2022年カタールへ期待の選手㊼】古巣・バルサ戦からのリスタート。気になる来季以降の所属先、東京五輪・A代表の行方/久保建英(マジョルカ/MF)

新型コロナウイルス感染症による3カ月超もの長い中断期間を経て、ようやく再開されたスペイン・ラ・リーガ。久保建英が所属するマジョルカは6月13日(日本時間14日未明)、本拠地・エスタディ・デ・ソン・モイシュで古巣・FCバルセロナを迎え、新たなスタートを切った。 [4-4-2]の右MFに陣取った久保は、開始早々のビダルの先制点直前にボールを奪いに行くもかわされ、悔しい入りを余儀なくされた。それでも勇敢さは持ち続け、右サイドから積極果敢な突破を試み、メッシ擁するスター軍団に真っ向からぶつかっていった。22分にはダニ・ロドリゲスとのワンツーから右のインサイドに切れ込んで左足で強烈シュートを放ち、32分にはペナルティエリア外側中央からの直接FKを名手・テアシュテーゲンの正面に蹴る決定機を作った。 <div id="cws_ad"><script src="//player.daznservices.com/player.js#44a12140e3dda008f998a5a1a9.1tybkqliqmgvi1ndbmyxnzxqc3$videoid=143ihub1krxnc1t4afmsced00w" async></script></div> 結局、ゴールという結果にはつながらなかったが、バルサ相手に前半だけで枠内シュート3本を放ち、物怖じせずドリブルとシュートという武器を押し出そうとするあたりは、普通の19歳の日本人選手とはかけ離れている。だからこそ、森保一監督も18歳になったばかりの彼を昨年6月9日に行われたエルバサルバドル戦(宮城)で国際Aマッチデビューさせ、2019年コパアメリカ(ブラジル)にも連れて行ったのだ。今回のコロナ禍で3月7日のエイバル戦以降、公式戦から遠ざかり、コンディションやパフォーマンスが懸念されていたが、こうした心配が無用であることを実証。関係者を安堵させた。 ここからリーガは超過密日程。6月だけで5試合、7月は19日までに6試合を消化するという超人的スケジュールだ。19歳になったばかりの久保と言えども、ケガが不安視されるところだが、つねに向上心を持ってサッカーに取り組む彼のこと。休止期間にも体幹強化や体のメンテナンスに気を配っていたに違いない。その努力の成果を発揮して、今季3ゴールという数字を大きく伸ばすことができれば、今後の身の振り方もポジティブな方向に持っていけるはずだ。 マジョルカのレンタル契約は1年。今季終了後には保有権を持つレアル・マドリーに戻るか、別のクラブに行くか、マジョルカに残留するかという3つの選択肢のいずれかの道に進むことになる。レアルで試合に出られればそれが一番いいのは当たり前だが、ベイルやアザールなど世界屈指のタレントを数多く揃える強豪で出番を劇的に増やすのはそう簡単ではない。一部報道ではイタリアからオファーが届いているとも報じられたが、スペイン語というアドバンテージを有効活用できるスペインに残った方がベターだろう。 とはいえ、今回のコロナショックで各クラブは想像以上に大きな経営的なダメージを受けている。マジョルカを含むリーガのクラブが新戦力を補強するハードルは想像以上に高い。久保がこの逆風を跳ね除けて、理想的なプレー環境を手にするには、今季の残り11試合で圧倒的な存在感を示すしかない。その重要性を賢い若武者はよく理解しているはずだ。そんな久保が今、考えるべきなのは、今季のマジョルカのようにほぼコンスタントに公式戦出場できるクラブに行くこと。それが成長への一番の早道だ。 1年延期された東京五輪やA代表での活躍はその延長線上にある。東京五輪が予定通り、開催されたとしても、次のシーズンで久保がピッチから遠ざかるような状況になれば、森保監督も攻撃陣を託すことはできなくなる。クラブで活躍しすぎると、逆に五輪代表招集が難しくなる可能性もあるが、先々を考えたらクラブ側が派遣拒否するくらいの強烈なインパクトを残してくれた方がいい。今の東京五輪世代にしてみれば、1年延期されたからこそ、五輪の重要性がより高まった部分はあるだろうし、久保本人も「出るからには優勝しかない」と断言しているが、やはり彼らが見据えるべきなのはその先。2022年カタール・ワールドカップ出場権を確実に得て、本大会で悲願のベスト8入りを果たすこと。その牽引者になることが久保建英に課された最重要命題と言っていい。 「ワールドカップは4年に1回しかないですし、まだまだ先のことと言えば先のことですけど、今回の予選はその切符を勝ち取るためのもの。誰が出るかとか誰が選ばれるかとか毎回変わってくると思いますけど、その時に選ばれて試合に出ている選手が全力を尽くしていくことが大事。前の大会もそうやって切符を勝ち取っていると思いますし、次の試合につなげるっていうのが一番だと思います」 2019年9月の2次予選初陣・ミャンマー戦(ヤンゴン)に挑むに当たって、久保は一戦一戦の重要性を強調していたが、その言葉通り、A代表で実績を1つ1つ積み重ねていくことがスターへの階段を駆け上がることにつながる。過去の代表エースである中田英寿、中村俊輔(横浜FC)、本田圭佑(ボタフォゴ)らをはるかに超える若年層からの国際経験値を持つ彼には、成し得ることも多いはず。そういう期待に応えるべく、リスタートされたリーガでアタッカーとしての確固たる基盤を構築すること。それを第一に考え、日々の成長につなげてほしい。 <div id="cws_ad"><hr>【文・元川悦子】<br />長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2020.06.14 16:00 Sun
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【2022年カタールへ期待の選手㊻】酒井宏樹の後継者として期待される右サイドバック。J再開後は浦和を引っ張る!/橋岡大樹(浦和レッズ/DF)

「試合ができるなら早くしたいですし、無観客だったとしてもすぐにサッカーがしたいというのが今の正直な気持ちです。もちろんサポーターのみなさんがいた方が僕たちも力が出せますけど、無観客であったとしても、サッカーができないムシャクシャする気持ちをピッチで発散できる。そういう意味で再開のメドが立ってきたのは嬉しい。まずはDAZNでプレーを見てもらいたいです」 新型コロナウイルスの感染拡大によってJリーグが休止期間に突入してから3カ月が経過した。緊急事態宣言が解除された地域のJクラブは徐々に活動を再開しつつあるが、首都圏と北海道のクラブは自宅待機が続いている。23日にオンライン取材に応じた浦和レッズの橋岡大樹も「自宅でできる限りのトレーニングはやっていました」と不完全燃焼感をにじませつつも、二の腕や首回りが太くなった様子を披露。6月末か7月頭と言われるJ再開に向け、はやる気持ちを抑えつつ、今は自身のレベルアップに努めているという。 この中断期間には、東京五輪の1年延期が決まり、今月17日に21歳の誕生日を迎えるなど、さまざまな出来事があった。五輪延期に関しては「今より1年成長した姿を見せられるのはポジティブなこと」と語り、1つ年を取った自分についても「チームの中心的存在になることが今年の目標。自分が引っ張る気持ちでやらないといけない」と新たな自覚を口にするなど、橋岡はつねに前向きだ。「普段からあまりネガティブなことを考えない」という強靭なメンタリティは近未来の浦和と日本代表を担う人間に相応しい。 とりわけ、日本代表に関しては、酒井宏樹(マルセイユ)が担う右サイドバック(SB)が手薄な状況だけに、彼への期待は高まる一方だ。左右両サイドをこなせる安西幸輝(ポルティモネンセ)やリオデジャネイロ五輪世代の室屋成(FC東京)、19歳でオランダに渡った菅原由勢(AZ)など、さまざまな後継者候補者がいるが、橋岡は守備の安定感が高く、3バックも4バックもこなせる万能性がある。センターバック(CB)に入れる点も大きな強み。日本が2019年U-20ワールドカップ(ポーランド)出場権を手にした2018年10月のAFC・U-19選手権・インドネシア戦(ジャカルタ)でもCBとして守備陣を統率。自国サポーターの熱狂的応援に後押しされた敵を完封し、頭抜けた統率力とリーダーシップを高く評価されている。浦和の大槻毅監督も練習でCBに起用することがしばしばあるため、今後のJリーグでもそういう形が増えるかもしれない。 幅広い役割をこなせる逸材だけに、森保一監督からも熱視線を送られている。昨年12月のEAFF E-1選手権(釜山)では韓国・中国との重要なゲームに連続でスタメン出場。中国選手にカンフーキックを浴びながらも大いに奮闘した。東京五輪世代とA代表の混成チームではあったが、このレベルでも十分やれるという自信と手ごたえを得たのは大きな収穫だった。次の代表活動がいつになるか分からないが、橋岡が目指すのは欧州組のフルメンバー集合時にA代表入りすること。そこを貪欲に目指していくしかない。 「自分のストロングポイントは運動量と守備。そこは自信を持っています。それを発揮しつつ、今季はレッズの優勝を狙うしかないですね。開幕前からチーム全体が1つの方向を見ていますし、今年は攻撃的なサッカーをやろうという意思統一もできている。自分がレオナルドや慎三(興梠)さんのゴールをお膳立てする回数が増えれば、より可能性が高まると思います。今年の個人の目標は2ケタアシスト。サイド攻撃のバリエーションを増やしていくことも考えて取り組んでいきたいです」 橋岡がこう語気を強めるように、再開後のJリーグで目に見える数字と結果を残せれば、右SBの大先輩である酒井宏樹とともにプレーできるチャンスを得られる確率は上がっていくはず。酒井宏樹もこの4月には30歳の大台を迎え、右足首の手術を受けるなど、肉体的負担は年々大きくなっている。今回のコロナ騒動でフランスリーグも打ち切りになり、来季まで長い空白期間を余儀なくされるため、パフォーマンス面も不安視される部分がある。2020年カタールワールドカップアジア最終予選も来年秋以降が濃厚と見られるだけに、やはり若く伸び盛りのバックアップ選手に出てきてほしいというのは、日本サッカー界全体の願い。その枠に橋岡が入ってくれば、森保監督の安心材料も増えるのではないか。 「僕が大事にしているのは、『30%の不安と70%の自信』という言葉。自信満々で100%の状態でやれる人はそれでいいと思いますけど、自分を努力させてくれるのが30パーセントの不安かなと。70%の自信がチャレンジする勇気をくれる。その両方をうまく生かしながら、成長していければいいと思います」 自分らしい気持ちの持ちようで、貪欲に高みを目指していく橋岡大樹。コロナで実戦から離れる間に蓄えたエネルギーも力に変えながら、ここから成長曲線を一気に上げ、「次の日本代表SB」と言わしめるような存在感を示してほしいものである。 <div id="cws_ad"><hr>【文・元川悦子】<br />長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2020.05.30 18:00 Sat
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【2022年カタールへ期待の選手㊹】東京五輪1年延期を前向きに捉える名門の新10番。J再開白紙の中、自分をどう高めるか?/森島司(サンフレッチェ広島/MF)

「東京五輪延期で年齢制限の問題が起きる?まあ心配っていうか、ルールは『1997年(生まれ)』って書いてあるって誰かが言ってたし、問題ないかなと思いますけどね」 3月24日に1年延期が正式決定した東京五輪。その時点では「U-23」というサッカー男子代表の出場資格がどうなるかハッキリしていなかった。97年4月25日生まれの森島は微妙な立場に置かれていたが、本人は冒頭の発言通り、全てを楽観的に捉えていた。 「1年延びたってことで、今シーズン強いチームにいて、試合に出続けることがすごい大事になると考えています。むしろ海外でやるよりは、こっち(Jリーグ)で1位を取って出続ける方がいいかもしれないし。国内にいる限りはその状況を狙っていきたい。五輪のことはあまり深く考えてないですけど、選ばれればいいかなと思っています」とまずはサンフレッチェ広島での結果と自身のパフォーマンスに強くこだわる姿勢を鮮明にしていた。結局、4月に入って国際サッカー連盟(FIFA)がU-24とすることで、97年生まれの選手は救済されることになった。森島も目指すところがより明確になったことだろう。 ただ、同じシャドウのポジションに久保建英(マジョルカ)や堂安律(PSV)、三好康児(アントワープ)らが実力者が並んでいるだけに、18人に生き残るのは簡単なことではない。それは本人もよく分かっているはずだ。それでも、森島には森保一監督の戦術をよく理解しているという大きなメリットがある。新型コロナウイルス感染拡大の影響で長期間代表活動ができない中、森保監督の兼任体制が続くのか、A代表か東京五輪代表のいずれかに専念するのかは未知数ではあるが、チーム体制継続前提なら森島のアドバンテージは大きい。活動期間が限られる分、「自分のサッカーを理解している選手を呼びたい」という指揮官の思いは強まるからだ。 そんな意向が顕著に表れたのが、昨年12月のEAFF E-1選手権(釜山)だった。森島は初めてのA代表招集だったが、初戦・中国戦から非常にスムーズな動きを披露。ボランチと左アウトサイドと1トップを連動させるリンクマン的な仕事を確実に果たし、鈴木武蔵(札幌)の先制ゴールを巧みにアシスト。自らも輝いて見せた。 「あれは相手が弱かっただけなんで。韓国戦になったら全然だった。全体的なスピード感とかが全然違ったので、慣れが必要だなと感じました。フィジカルのパワーもすごかったけど、そこはもうムリ(苦笑)。パワーはつけますけど、勝てるとは思ってないんで、違うところで勝てればいいかなと。判断とか技術を磨いていきたいですね」 本人の自己評価は低かったが、ほとんど準備期間のない中、彼らしいひらめきあるプレーを発揮できたという事実は大きな財産になる。そういう選手ゆえに、森保監督も抜擢に踏み切ったのだ。今後も自身のストロングポイントを研ぎ澄ませながら、広島で絶対的な存在になっていくことができれば、東京五輪のみならず、A代表に滑り込む道も見えてくる。そうなるように地道な努力を続けていくしかない。 広島では今季からエースナンバー10を背負い、攻撃陣をリードする役割を託されている。2月23日の鹿島アントラーズ戦では自身のゴールを含めて華々しいスタートを切り、森島自身も手ごたえを感じていた様子だ。それから予期せぬ中断に入り、早くも2カ月が経過している。コロナ収束が見えないため、Jリーグ再開は早くても7月以降ではないかという憶測も流れている。強度を上げたり下げたりを繰り返してきた選手にしてみれば、再びトップフォームに戻すのは至難の業に違いない。だが、そこにトライしていくしか、輝かしい未来は開けてこない。 「再開がいつになるか分からないけど、連戦になるのは間違いないから『勢いに乗った者勝ち』だと思いますし、2チーム分選手が必要になってくる。自分も含めて全員がいいプレーをしていかないとタイトルが取れないので、みんなが結果にこだわることが大事かなと。タイトルを取る力は十分あると思うんで、狙っていくつもりです」 過去にないイレギュラーなシーズンを乗り越え、広島に5年ぶりの栄冠をもたらした先に東京五輪が待っている……。そんな理想的なシナリオを現実にできれば、森島は同じ四日市中央工業出身でエースナンバー10の先輩・浅野拓磨(パルチザン)を超えるキャリアを築けるかもしれない。「浅野があと一歩で涙を飲んだワールドカップの大舞台に立ってほしい」と願うチームスタッフや四中工関係者も少なくないだろう。本人は浅野に関するコメントは出していないが、心のどこかで意識している可能性はある。日頃は野心をあまり表に出さない森島だが、秘めた闘争心を武器に成り上がってほしいものだ。 <div id="cws_ad"><hr>【文・元川悦子】<br />長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2020.05.01 18:00 Fri
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