最新FIFAランキング発表! アジアカップ準優勝の日本は27位に急浮上!2019.02.07 20:00 Thu

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国際サッカー連盟(FIFA)は7日、最新のFIFAランキングを発表した。

最新の発表ではアジアカップの成績が大きく反映されたランキングとなった。準優勝した日本は、前回の50位から大きくジャンプアップし27位に。日本と対戦し、準決勝で敗れたイランも7つ上げてアジアでは最高位の22位となった。

目を引いたのはカタール。アジア初制覇を達成した中東の雄は55位に。前回から38も順位を上げた。また、イランと同じく準決勝で敗退となったUAEも順位を12上げて67位に。韓国も15上げて38位になるなど、アジア勢が大きく順位を変えた結果となった。

アジアの中では、日本は変わらずイランに次ぐ2位に位置。3位にはオーストラリアを抜いて韓国が浮上した。カタールは5位に上がっている。

なお、全体ではトップ20まで変動はなかった。

3月のFIFAランキング50位(カッコ内は前月の順位)
1.ベルギー(1)
2.フランス(2)
3.ブラジル(3)
4.クロアチア(4)
5.イングランド(5)
6.ポルトガル(6)
7.ウルグアイ(7)
8.スイス(8)
9.スペイン(9)
10.デンマーク(10)
11.アルゼンチン(11)
12.コロンビア(12)
13.チリ(13)
14.スウェーデン(14)
14.オランダ(14)
16.ドイツ(16)
17.メキシコ(17)
18.イタリア(18)
19.ウェールズ(19)
20.ポーランド(20)
20.ペルー(20)
22.イラン(29)
23.オーストリア(22)
24.セネガル(23)
25.アメリカ(25)
25.ルーマニア(24)
27.日本(50)
28.チュニジア(26)
29.スロバキア(27)
30.ウクライナ(28)
31.セルビア(29)
32.ベネズエラ(31)
33.パラグアイ(32)
34.アイルランド(33)
35.ボスニア・ヘルツェゴヴィナ(34)
36.北アイルランド(35)
37.コスタリカ(36)
38.韓国(53)
38.アイスランド(37)
40.スコットランド(38)
41.トルコ(39)
42.オーストラリア(41)
43.モロッコ(40)
44.チェコ(42)
45.ギリシャ(43)
46.ナイジェリア(44)
46.モンテネグロ(44)
48.ブルガルア(46)
49.ノルウェー(47)
50.ロシア(48)

アジア内トップ10(カッコ内は総合順位)
1.イラン(22)
2.日本(27)
3.韓国(38)
4.オーストラリア(42)
5.カタール(55)
6.UAE(67)
7.サウジアラビア(70)
8.中国(72)
9.イラク(80)
10.シリア(83)
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1-1で迎えた後半アディショナルタイム。トリコロールの背番号41をつける小柄なアタッカー・三好康児は自身の力で勝利をもぎ取るべく、右サイドから強引な突破を見せ、思い切り左足を振り抜いた。が、「ちょっと相手が気になって少しミートしなかった」と本人は悔やんだが、GK武田洋平との1対1を決め切れずにタイムアップの笛。13日の名古屋グランパスとの上位対決を制することはできなかった。 昨季の北海道コンサドーレ札幌に続き、今季は横浜F・マリノスに2度目のレンタル移籍に踏み切った三好。札幌ではミハイロ・ペトロヴィッチ監督の信頼を勝ち取り、J1・26試合出場3ゴールという数字を残した。その実績を引っ提げてジュニア時代から在籍する川崎フロンターレへ復帰する道もあったが、本人は「もう一度、外でチャレンジしたい」と横浜FM行きを決断。勝負の2019年を迎えた。そして新天地デビュー戦となった2月23日のガンバ大阪戦でいきなりゴールをゲット。非常に幸先のいいスタートを切ったと思われた。 アンジェ・ポステコグルー監督からも信頼を勝ち得て、そこからコンスタントに先発出場しているが、得点は1のままストップしている。今回の名古屋戦でもインサイドハーフの位置から切れ味鋭いスルーパスをたびたび前線のマルコス・ジュニオールや仲川輝人に送るなど、お膳立ての部分では異彩を放ったものの、自身のシュートは冒頭の1本のみ。 「もう少しゴールに近いところでシュートを打つなり、工夫をしてもいい。開幕戦のゴールはペナ外でしたけど、このチームでゴールまで近づいて行けるチャンスはある。味方としっかり連携を合わせることで決定機を作り出せるだろうし、そこは自分の中でも改善していかないといけない部分だと思います」と本人もゴールに迫る回数や迫力不足を痛感している様子だった。 <div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://prf.hn/click/camref:1100l3Pqd/adref:innews_j" terget="_blank">横浜FMの三好康児に注目!<br />Jリーグを観るならDAZN!<br />1カ月のお試し無料視聴はコチラから!</a><hr></div> それでも、数々の得点チャンスを演出してくれる「三好加入効果」を実感する選手は多い。U-22日本代表で一緒に戦う遠藤渓太も「康児君は前を向くのがすごくうまいし、自分にないものを沢山持ってるからすごい参考になる。今はセンターFWをマルコスがやってますけど、彼や自分、康児君が流動的にプレーして連動することが大事だと思います」とコメントしていた。東京五輪世代の盟友が指摘する通り、前線のコンビネーションが研ぎ澄まされていけば、横浜FMの攻撃力が増し、三好の課題である得点の部分も改善していくはず。現状から一歩前進し、壁を超えられればできれば、来年に迫った自国開催の東京五輪出場はもちろんのこと、日本代表入りも見えてくるはずだ。 2017年U-20ワールドカップ(韓国)をともに戦った1つ下の堂安律(フローニンヘン)がすでに森保一監督率いる日本代表に定着している通り、同世代には優れたアタッカーが少なくない。17歳の久保建英(FC東京)も近未来のA代表入りが噂されているほどだ。同じレフティの小柄なアタッカーで、U-22代表では10番を背負う三好も「彼らに負けていられない」という危機感は非常に強いはずだ。 「国内国外問わず、仲間たちとの競争で自分は高め合っていけると思っています。律が力のある選手だというのは分かっていますし、タケもU-20から一緒にやっていて(その凄さは)今に始まったことではない。ただ、自分には自分の特長があるので、そこを出していくしかない。やっぱり一番大事なのは最後に点を決めるか決めないか。結果に結び付けなければ先はないと思っています」 三好は語気を強めたが、大激戦の2列目アタッカー競争に勝とうと思うなら、本当にゴールという数字を残すことにこだわるしかない。すでに森保ジャパンの主軸にとなっているリオ・デ・ジャネイロ五輪世代の中島翔哉(アル・ドゥハイル)や南野拓実(ザルツブルク)、さらに年長の2018年ロシア・ワールドカップ組の香川真司(ベシクタシュ)、乾貴士(アラベス)、原口元気(ハノーファー)らもいるだけに、先輩たちを押しのけて台頭するためには傑出した実績がどうしてもほしい。22歳という年齢を考えると決して若いとは言えないだけに、三好はここから一気に勝負をかけるべきだ。 「五輪に出ることが自分の目標じゃないですし、小さい頃からA代表として大会に出ることが目標だった。それは今も変わっていないし、先も変わることはないです。マリノスでしっかり結果を残さなければ、五輪もA代表も見えてこない。『自分がチームを勝たせなければいけない』という思いはもちろん強く持っています」 名門・マリノスで勝利請負人としての役割を果たし、10年以上遠ざかっているJリーグタイトルを引き寄せる原動力になれれば、彼を取り巻く環境も劇的に変化する。そういった勢いを見せられるか否か。札幌に続く2度目のレンタル先で着実に進化する三好康児には大きな期待が寄せられる。<hr>【元川悦子】長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。<div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://prf.hn/click/camref:1100l3Pqd/adref:innews_j" terget="_blank">横浜FMの三好康児に注目!<br />Jリーグを観るならDAZN!<br />1カ月のお試し無料視聴はコチラから!</a><hr></div> 2019.04.17 11:50 Wed
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【平成サッカー30年の軌跡】 平成16年/2004年 アジアで伝説となった男たち

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0416.jpg" alt="" width="100%"></div> 2004年、MLBのシアトル・マリナーズで活躍するイチローがリーグの1シーズン最多安打記録を84年ぶりに更新し、注目を集めた。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■災害の多かった1年</span> 平成16年(2004年)は自然災害が数多く起こった1年でした。日本では、マグニチュード6.8、最大震度7の新潟中越地震が起こります。最大震度7を観測するのは平成7年(1995年)の阪神淡路大震災以来となり、観測史上2度目の大地震となりました。 この地震は直下型地震ということもあり、幹線道路の亀裂やライフラインの断裂など起こり、復興に多くの時間を要しました。これによりJリーグでも新潟を本拠地とするアルビレックス新潟の試合が延期される等、様々な影響を及ぼしました。 また、海外でもスマトラ沖地震が発生。津波による大規模な被害が起き、14ヵ国以上で22万人の死者を出す大惨事になります。 また、この年に日本で新紙幣が発行されます。1,000円札に印刷された肖像が夏目漱石から野口英世に、5,000円札は新渡戸稲造から樋口一葉にそれぞれ変更されました。特に樋口一葉は、明治時代の紙幣に印刷されていた神功皇后以来、実に123年ぶりに女性として紙幣の肖像に採用され、話題になりました。 その他には、「鳥インフルエンザ」が日本国内で79年ぶりに発生し、日本中の注目を浴びます。また、高性能の携帯用ゲーム機であるソニーの「PSP」、任天堂の「ニンテンドーDS」が発売され、ゲーム機市場は新時代へ移行していきます。 スポーツ界では、メジャーリーグ、マリナーズのイチローが、1シーズン最多安打記録を84年ぶりに更新。最終的に、それまでの記録を5本上回る262安打という記録を打ち立て、メジャーリーグの歴史にその名を刻みました。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei041601.jpg" alt="" width="100%"></div> アジアカップ2004で日本代表の守護神・川口能活選手が伝説となった。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■伝説となったアジアカップ準々決勝</span> この年、アジアカップ2004が中国北京で開幕します。このアジアカップは、選手個人の判断、そして創造性を掲げてチームの強化を図ってきたジーコJAPANの実力が試される大会となりました。 グループステージを突破し、準々決勝、ヨルダン戦に駒を進めた日本でしたが、この試合は90分で決着が付かず、PK戦に突入します。ところが、日本の1番目のキッカー中村俊輔、2番目のキッカー三都主アレサンドロが相次いでボールを枠外に外してしまうというまさかのアクシデントが発生。日本は絶体絶命のピンチに陥ります。ここで日本代表キャプテン、宮本恒靖(現ガンバ大阪監督)が行動を起こしました。 日本の2人が外したのはペナルティスポット付近の芝の状態が悪いからであるとして、エンドを変更するように審判に抗議したのでした。現にPKをミスした2人は両方とも左利きであり、蹴る瞬間に軸足を置いている芝がそのまま滑ってしまっていることは明らかでした。抗議の結果、キャプテン宮本の主張は認められ、エンドが変更されます。 この行動は不穏だった流れを大きく変えます。依然として日本はピンチの状況であった日本でしたが、炎の守護神・川口能活が躍動します。あと1本でも決められたら敗退が決定というプレッシャーのかかる場面で、神がかり的な反応と集中力を見せ、セーブと相手のミスを含め、なんと4人連続シャットアウト。日本は残りのキッカーがしっかりと決めて勝利し、川口の活躍とともにこの試合は日本サッカー史、そして大会史に残る伝説となりました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■成長の実感が見えた連覇達成</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei041602.jpg" alt="" width="100%"></div> 完全アウェーの中国との決勝を制した日本がアジアカップ連覇を果たした。 準決勝でもレバノン相手に4-3という激闘を制すと、決勝では開催国である中国と対戦します。完全アウェーの中、試合前の国歌斉唱では、「君が代」が流れると中国サポーターから大ブーイングが起こるなど、異様な雰囲気の中で試合が行われました。 試合が始まると前半、日本がセットプレーから先制するも中国も負けじと同点に追い付きます。その後もホームサポーターの声援を受けた中国の猛攻を受けますが、またしても日本の守護神川口能活がファインプレーを連発し、ピンチを救います。すると後半に、またしてもセットプレーから日本が勝ち越すと、試合終了間際には、カウンターから玉田圭司が抜け出して止めの3点目。3-1で中国を破り、2000年に続き、日本がアジアカップ2連勝を達成したのでした。 しかし、試合後、中国サポーターがスタジアムの周りで暴動を起こし、日本行使が乗った車の後部ガラスが割られる等、後味の悪い大会となってしまいました。 とはいえ、ジーコが目指してきた選手の個性を活かし、自分で考えるサッカーがチームに浸透してきている実感、そして自分たちのスタイルが通用するという、確信を持つ事に繋がる非常に大きな大会となりました。 2019.04.16 19:00 Tue
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