辿り着いた7戦目、アジア王者を懸けたカタール戦へ! 森保監督「やってきたことを思い切り出してほしい」《AFCアジアカップ2019》2019.01.31 21:10 Thu

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2月1日に行われるAFCアジアカップ2019・決勝のカタール代表戦を前日に控えた日本代表の森保一監督と、DF吉田麻也が公式記者会見に出席した。

森保監督は、6試合16得点無失点の驚異の強さで勝ち進んできたカタールとの一戦に向けて「我々も成長しながらこの7試合目、決勝にたどり着いた」と主張。「やってきたことを決勝の舞台で思い切り出してほしい」と選手たちに期待を寄せた。

◆森保一監督
「明日の決勝、カタール戦は非常に厳しい試合になると思っています。すでに両チームとも6試合をやってきていますし、カタールも非常に力のあるチームです。もうひと踏ん張りを日本のほうができるように良い準備をして、明日の試合では選手が思い切って力を出し切れるようにしていければと思っています」

──選手と監督という両方の立場での優勝を目指すことになるが、その挑戦について
「明日の決勝戦は日本代表のチームとして優勝を掴み取りたい、勝ち取ってトロフィーを掲げたいという気持ちはありますが、個人としてその優勝がどうこうということにはあまり関心はありません。明日の試合で優勝して、日本代表を応援してくださる皆さんと一緒に喜べるように戦っていきたいですし、最善の準備の今日の練習でもしていきたいと思います」

──カタールはここまでの6試合で16得点無失点で勝ち進んできているが
「非常に力のあるチームだと思っています。得点16、失点ゼロでここまで勝ち上がってきているのは我々も知っています。しかしながら、常に相手がどこであろうと考え方は同じで、相手に敬意を払い、相手のことを知って、我々が持てる力をカタール戦でもすべて出すということ。選手たちには持てる力をすべて出してもらって戦ってほしいなと思っています」

「そして、我々も勝ち上がってきています。選手たちは勝ち上がってきた自信と1試合1試合でチームとしてステップアップ、成長しながらこの7試合目、決勝にたどり着いてきたと思います。これまでやってきたことを決勝戦の舞台で思い切り出してほしいなと思います」

──今の日本は何が拠り所で強みなのか
「試合の中で選手たちが流れを読み取り、感じながら、意思統一して、チームで連係・連動しながら試合を進めることができているということは、これまでの試合で絶対的に良くなってきていると思います。具体的にというのは少し難しいですけど、これまでの6試合もいろんなスタイルを持っている対戦相手だったが、ボールを握って攻めること、素早く攻めること、守備ではプレッシャーをかけてボールを奪うこと、受け身になった時はしっかり我慢しながら守備をするという部分、そして自分たちの流れに持っていく等々、いろいろな対戦相手と試合状況の中で学びながら、チームの力としてここまで来れたと思っています。明日の試合は、どういう流れになっても選手たちはまた対応力を持って、修正力を持って、集中を切らさずに継続力を持ってやってくれると思います」

──UAEでプレーしているDF塩谷司(アルアイン/UAE)が追加招集されて重要な選手になってきている。サンフレッチェ広島時代に優勝を経験した時からどう成長したか
「まずはこの代表に追加招集でチームに合流してくれましたが、アジアカップ前のメンバー選考の中でも彼のプレーはスカウティングしてましたし、いつでもこのグループに入ってこれるだろうという活躍と結果をアル・ありんでも出していたと思います」

「広島でJリーグタイトルを一緒に取った仲間でもありますし、そのあと彼はアル・アインに渡って国内でも結果を出して、先日のクラブ・ワールドカップでも良いプレーをして、世界の舞台でも戦えることを示してくれていると思います。彼は追加招集ですが、日本代表の貴重な戦力だと思っています」

「彼だけではなく、今UAEに来てくれている選手たちは貴重な選手だと思います。もっともっと日本代表に絡んで来れるだけ力を持っている選手がたくさんいることを見ながら、チームの編成をし、日本の成長につなげていきたいと思っていつも選手を見ています」
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【平成サッカー30年の軌跡】 平成17年/2005年 黄金世代に高まる期待

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0417.jpg" alt="" width="100%"></div> 2005年、小泉政権が行政改革の一環として郵政民営を行った。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■イベントに富んだ1年</span> 平成17年(2006年)は日本にとって様々な分野で多くの出来事が起こった年となりました。まず4月には、JR福知山線脱線事故が起こります。兵庫県の尼崎市内を走っていた列車が、カーブを曲がり切れずに脱線し、線路沿いにあったマンションに突っ込みという脱線事故が起こりました。午前9時の通勤ラッシュの満員電車に起きた事故だった為、運転手を含む死者107名、負傷者562名を出すという史上最悪の脱線事故となりました。これを機に緊急列車防護装置の導入が全国的に進みました。 一方、3月から9月まで「愛・地球博」と呼ばれた2005年日本国際万国博覧会が愛知で開催され、日本中、そして世界中から最新鋭の科学技術の祭典を見に人々が集まりました。特に、保存状態が極めて良い冷凍マンモスが目玉の展示物として話題を呼びました。 政界では、小泉純一郎首相が郵政民営化を争点とした「郵政解散」を決行。解散・総選挙が行われ、自民党が圧勝しました。その結果、国営企業だった郵政公社が日本郵政グループとなり、郵便、簡易保険、郵便貯金がそれぞれ、日本郵政と郵便局、かんぽ生命、そしてゆうちょ銀行という民営会社に分割されました。 また、スポーツ界では、ニュースターが誕生します。アイススケート女子のGPファイルで浅田真央が15歳で優勝し、史上最年少優勝を記録します。浅田真央は国民的な人気を誇りアイススケート女子の国内での人気を大きく引き上げました。 国外に目を向けると、アメリカで大きな自然災害が起きています。ハリケーン「カトリーナ」がフロリダとニューオリンズに上陸し、死者1,200人以上を出す大惨事になりました。一部の被災地では、物資を断たれた住民たちが略奪を行うなど、アメリカ社会の闇が垣間見える出来事になっています。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei041701.jpg" alt="" width="100%"></div> コンフェデ杯2005でブラジルに挑んだ日本代表のイレブン。王国ブラジルと2-2で引き分けたことは大きな自信に繋がった。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■日本がブラジルに“並んだ”日</span> ジーコ体制3年目を迎えた2005年、日本代表は再びコンフェデレーョンズカップ2005に参加します。アジア王者として活躍が期待された日本でしたが、結果は1勝1分1敗でまたも予選リーグ敗退に終わってしまいました。しかし、グループリーグで同組になったブラジル戦では、2度リードされる展開になりながらも、中村俊輔のスーパーミドルなどで2度同点に追いつき、世界王者ブラジル相手に、2-2で引き分けるという熱戦を演じます。ロナウジーニョやカカといったスーパースターを擁するチーム相手に引き分けたというのは、大きな自信に繋がり、「日本があのブラジルに日本が追いついた」と言われました。 この大会は、必ずしも結果は伴いませんでしたが、内容の面で確実に日本サッカーが強くなっているという印象を国民に与えます。また、中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一からなる「黄金のカルテット」と呼ばれる4選手を中心に、史上稀にみるタレント集団が集まる日本代表チームが完成しつつあり、翌年のドイツW杯に向け国民の期待が高まっていました。 2019.04.17 19:00 Wed
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